ニャルラトテップと人生相談
@nyacla
第1話 不審者
「やっと終わった……。今日も疲れたなぁ」
首を曲げたり腕を伸ばしてみたりと、体を軽く解してみる。景気のいい音が数回したが、所詮音だけだ。俺の懐はいつも寂しい。
――所詮コンビニ社員なんてそんなもんだ。
帰る身支度を整える最中、以前店長に言われた言葉を思い出した。
「そんなもん、か」
頭の中では理解している。と、思う。けれど、納得がいく訳ではない。
「んー足りないよなぁ。やっぱり」
一人物思いに耽っていると、事務所の扉がノックされた。
「ん? どうしたんです? 考え事ですか?」
朝勤の佐々木さんが事務所に入ってきた。
顔に出ていたのか。一度頭の中を整理した方がいいかもしれない。
「いや、何でもないよ。今日は暇だと思うけど頑張ってね。お疲れさま」
「お疲れさまでーす」
とにかく俺は早々に帰宅することにした。
キーを回し、車のエンジンを掛ける。
周りの冷気に反応して車内に暖かい空気が送られていく。
冬からずっと暖房設定にしていたが、今では日によって暑く感じることがある。それもその筈だ。
「もう4月だもんな」
最近独り言が増えてきたような気がする。
一人でいる時間が増えたから、一人で考えることが増えたから、いや違うな。
――迷いが出来たから。
「はぁ……」
大きな溜息。
このままでは駄目だと分かっていても、今また一から何かしようとするのは精神的に苦痛だった。
「……帰るか」
このまま車の中で考えていても仕方ない。明日はちょうど休みだし、家でゆっくりと考えることにしよう。
俺は自宅に向け車を走らせた。
数分して何事もなく家に着いた。
毎日毎日家と職場を往復する毎日。仕事先、と言ってもコンビニなのだが。
この生活にもだいぶ慣れた。
玄関の扉を開けながら思わず呟く。
「もう3年経ってるのか。……ただいまー」
ただいま、と言っても答えてくれる者はいない。日常的に言っていた名残に過ぎない。
実家暮らしとはいえ今日は平日だ。兄弟は学校に行っているし、両親は共働き。
毎日寂しく家に帰る。いつもは多少の虚しさはあるが、今日は逆に好都合だ。
誰もいないというのは邪魔される心配がないということ。
考え事には最適だった。
荷物を近場に置き、俺は靴を脱ごうとその場にしゃが見込んだ。
「お帰りなさい」
「え?」
思わず下に向いていた顔が上がる。
人の声を聞いた。
誰かいるのかと思い靴を急いで脱ぎ捨てた。始めは体調不良か何かで誰か帰ってきているのかと思ったが、違う。
俺は、あんな声は聞いたことがない。
強盗の可能性も視野に入れ、家の中を慎重に調べていく。
一階、二階と普段使っていない物置、トイレ、風呂場と、見に行ってみたのだが……。
実際は誰もいなかった。
「幻聴……だったのか? はぁ、相当疲れてんな。寝るか」
いないものはどうしようもない。
とっ捕まえて通報してやろうと、仕事終わりの体に鞭打って無駄に集中した為に余計疲れた。
こんな時は寝るに限る。
頭が回んない時は何をしたって無駄にしかならない。
俺は今までの経験でそれを良く理解している。
いくら頑張っても結局は時間を消費するだけ。なんと勿体ない。
時間は有限なのだ。有効活用するのが基本中の基本である。
そんな寝るための言い訳を自分自身に言い聞かせつつ、俺は二階にある自室に向かった。
扉を開け、さぁ寝るかと部屋に入った俺が見たのは、
「お邪魔してるよ」
見知らぬ少女が俺の部屋で、机に背を預けつつ本を読んでいる情景だった。
ニャルラトテップと人生相談 @nyacla
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