僕は器の小さい人間かも知れません

チキン南蛮野郎

例その1


始業式終わりの放課後。 部活へ向かう者、まっすぐ帰路につくもの。そのどちらでもない、教室に居残りだべっている私とその友人Kである。


「春って良いよな。」

おもむろにそう語るK。

『そう? 僕は春は嫌いな季節だな。』

私が正直に返すとKは「何でだよ? 入学式に卒業式、出会いや別れの季節良くない?」

と早口でまくし立てる。 ツバが飛ぶ… 汚い。


『お前ってちょくちょく女々しいよな。ミーハーっていうかさ』

Kは私にとって良くも悪くも気を使う対象ではないので毒舌気味に言葉を放る。

「違うわ! ただ入学式とかいいなー、ってだけで。 ほら!可愛い後輩入ってくるかもじゃん!」


何も違わないじゃん。 そう思うがこいつなりに頑張って話をそらそうとしてるようなのでこれ以上いじめるのはやめてやることにする。

「じゃあ、お前が春を嫌いっていう理由はなんだよ?」 私がハイハイと言ったジェスチャーをするとKから話を振ってきた。


私が春を嫌う理由? そんなのは一つしかない。 私は当然のように答えた。


『春が来て桜が咲くと毛虫が出るからだ。』


「え?」間の抜けた顔をするK。

だから、と前置きして私は繰り返す

『僕は毛虫が嫌いなんだ。だから春は嫌いだ。』 今度こそ伝わっただろう。 そう思いKの顔を見ると珍しく真顔になっている。 うん、顔の造形は良くはないな。 などと分析していると

「お前…」

Kがポツリと呟いた。 ん? と思う間に

「お前… 女々しいな。」Kが嘲笑(私にはそう見えた)を浮かべそしてこれ以上ないほどのドヤ顔を見せつけてきた。

私はカッチーーーンと来て『いや! 毛虫は気持ち悪いでしょ!うねうねしてるし! 毒あるし、もはや怖いレベルだわ!』 今思えば我ながら女々しいかもしれない… がその時はそんなことは一切思っていなかった。

Kは「へぇーお前は毛虫が怖いのか! 可愛い弱点だな! まぁ人間いくつか弱点くらいあるから気にするなよ!」

まるで鬼の首でもとったかのような物言いである。

私も『いや、あれだよ。 毛虫なんか怖くないんだけどさ。 まんじゅう怖い的な?』 もはや意味不明である。

K「あー、そっか。 じゃあ大量に毛虫持ってくりゃ良いのかな」

私『ごめん、やめてください。』

その後も調子に乗りまくるKにイラっとして強めにスネを蹴りあげるとKは飛び上がってスネを抑えたまま動かなくなった。


ざまあみろ!


生き返ったKが言うには「春が嫌いとかお前は人生損してるって! 毛虫にさえ目をつむりゃ春に楽しめることは沢山あるんだから!」


『そりゃそうかもしれないけど… あいつら木の上から降ってきたりするし… 花見とか正直正気の沙汰とは思えないよ。』


「そうか… まあ、お前にとっちゃ深刻な問題なのかもな。 からかって悪かった。」 素直に頭を下げるK。 Kのこういう単純なところが私は大好きだ。 今時珍しい若者だと思う。

「しかし、お前も不便だよな。 桜の多い日本に生まれたが故にさー」

あれ? 確かにその通りだ。 疑問に思ったこともなかったが何故日本にはこんなに桜が多いんだろう?


『ねえ、K何で日本には桜が多いの?』もしかしたら、と思いKに疑問をぶつけるが

「え? 何でかは知らないけど…」

だよね。 だと思ったよ。

心の声は押し殺してため息をひとつつく。


『悪い、今日はこれで帰るわ。』長々と話し込んでしまったことに気づきKに別れを告げると

「おう。 帰り道、毛虫に気をつけてな?」

『うるさいよ! じゃあな』

これもあいつなりの気の利いた挨拶のつもりなのだろう。

これからしばらくこのネタでいじられることになるだろうがまあ、それも悪くない… などと思ってしまっていた。


自転車を飛ばして家に着くと早速パソコンを開いて[桜 起源]と検索ワードを入力する。 そう。先ほど疑問に思った、なぜ日本に桜が多いのか。を解決するためである。


時間をかけて調べたところ衝撃の真実が明らかとなった。

ーー江戸時代中頃から品種改良によって生まれたソメイヨシノが人気を博し観賞用として日本各地に植えられたーー


『え?』

その時の私はKに勝る間抜け顔だったと思う。


私は今までてっきり桜というのは日本に古来からある植物だと思っていた。 だから毛虫が出るのも仕方がないと納得出来ていた。 せざるを得なかった。


しかし! 現在桜の8割程を占めるソメイヨシノが人間の手により生まれ、人間の手により植えられたのだとしたら話は別だ!


私を悩ませているものの正体は《人災》だったのである。 この怒りはどこにぶつければ良いのだろうか… 私は問いたい! 小先祖様よ! なぜ桜だったのですか… ツツジでは… 梅ではダメだったのですか! と。


翌日学校でKにこの話をしてみた。 というのもこの話を出来るのがK以外にいなかったからである。 消去法と言えるだろう。 私は毛虫の大量発生が先人の過失である件、そしてそれに対して私が酷く腹を立てている件を綺麗とはいえない言葉で伝えた。 頭の悪いKが理解するまで何度でも説明した。


やっとのことで伝わるとKはいつぞやの無表情となり… 一言。

「お前… 小さいな 人として。」 元も子もないことを言ってくれたものだがそれは私の胸に刺さった。

何故かって? 薄々感づいていたからだ。 『こんなことで怒ってる私って器小さいのかなー』ってね…


取り敢えずこの後Kは再びスネを抑えてのたうち回ることになるのだが… それはまた別の話だ。


そんなわけで私は春が嫌いだ。熱くても寒くても… 彼らを見ないだけマシなのだ。


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