プラネタリウムの三角コーナー

信州大学草津キャンパスは列島半消失 れっとうはんしょうしつまでは存在しなかった。消失が起こった後、仮説政府が建設した列島半消失観測施設を、元々調査に協力的であった信州大学が先導し、所有することとなった。そして、様々な研究者や学生などを招いて調査の拠点となっているのが信州大学草津キャンパスである。


あおはもともと群馬大学の学生であったが、列島半消失によりキャンパスは消失。たまたま草津に旅行に来ていた彼女は、辛くも難を逃れた。群馬大学でも男ばかりの工学部キャンパスで、そもそもそんなに友人が多い方でもなかったのだが、大学の知りあいとはことごとく連絡が取れなくなってしまった。身寄りがなくなって途方に暮れていた彼女は当時の彼氏のツテで、この草津キャンパスの研究員として働く口を見つけたのだ。


教授とは週末に会う予定であったので、時間には余裕があった。2人はまだかろうじて売っていた青春18切符を駅で購入すると、ホームへと向かった。今日は神戸か大阪、名古屋くらいまで行ければいいほうだ。


下関に政府ができてからというもの、鉄道関係は軒並み大幅グレードアップをされたことは以前にも述べた。そのおかけで、現在は広島から下関、北九州市、博多までは10分に1本ほどで快速が来ており、2人は広島行きの快速車両に乗り込んだ。

道中、そらがあおの家を物色している時に見つけた携帯型ゲーム機2機で、モンスターを討伐しまくっていた。

もともとはあおのものと彼氏のものだった。が、フられた後に置きっぱなしになっていたのだ。

「んお!なんだこのモンスター!尻尾切れるのか?!」

「えっと、色変わってる時しか切れなかったはずです。、、、あ!回転斬り来ますよ!」

「おお!?こんなの避けられんぞ?!」

乙りまくるそらをサポートしながらやっとディノバ○ドを討伐したあたりで、電車は広島駅へと到着した。

2人は駅でお昼を買って、神戸行きの電車に乗った。通勤、通学の時間から外れていたため普通電車しかなかった。

ガタンゴトンと電車に揺られ、瀬戸内海はからりと晴れた青空を写しているかのごとく澄みわたり、お昼を食べて眠くなった2人はいつの間にか眠りこけてしまっていた。


あおが気がつくと、夕日が街の方に沈みかけていて、電車は兵庫の舞子駅まいこえきにさしかかっていた。あとひと駅ほどで乗り換えだったはずである。


車窓から見える夕日に染まった明石海峡大橋と瀬戸内海が、このうえなく壮大で美しく、あおはここはまだ夢の中にいるのだと錯覚してしまったほどであった。


その後、電車を乗り換え、名古屋に到着したのは午後9時過ぎ。ほぼ半日電車に乗りっぱなしだった2人は、近くのホテルを借りると泥のように眠りに就いた。


翌朝、松本に向かう電車の中、そらとあおは仲良くサンドイッチを食べていた。

列島半消失によって東海道線は静岡の途中で寸断されてしまった。名古屋からは新宿経由で長野に行くことが出来なくなり、今2人が通っている路線は3年前に新しく開通されたものだ。


「私はここらの土地勘が全くないのだが、君の恩師とはそろそろ会えそうなのか?」

サンドイッチのマヨネーズを頬にくっつけたままそらは尋ねる。

「いえ、松本についてから大学のバスに乗って草津キャンパスまでいくので、今日中には着けると思うのですが、まだ先は長いですよ、、」

あおはそのマヨネーズを指摘しながら答えた。


しばらく2人はまたモンスターを討伐したが、

火竜の紅玉が出なさ過ぎてそらはギブアップした。暇を持て余したそらはリュックを漁ると、例の三角コーナーを取り出すとしげしげとながめはじめた。



ガタンゴトン。ガタンゴトン。


...

「お!ガラケーが付いているじゃないか!」

大して人の乗っていない電車の沈黙を破ったのは、そらの嬉しそうな声であった。

「わ!びっくりした!、なんですかいったい?、、あ、死んだー」

そらの操るハンターは、驚いた拍子に回避のタイミングを間違えて、即死攻撃に当たってしまったようである。

「ここを見てくれ、この三角コーナーにはガラケーが付いていたぞ。きっとこれはじじぃ殿の差金かな。」

あおはゲームを中断して、そらのもつ三角コーナーをのぞき込んだ。そらは三角コーナーのバーコードのような凹凸を指さしているが、あおには何の変哲もないただの三角コーナーにしか見えない。

「ガラケー、ですか?、、そんなものありませんけど、」

ガラケーといえば、島国日本で独自の進化を遂げ、いわゆるガラパゴス化した携帯電話端末を想像するが、

「おっと、ガラケーでは通じないか。まあ私のいた方の日本での呼び方だからな。正式名称はたしか、ガラパゴス進化型携帯式多機能集積端末だったかな。うーん。そうだな、君たちの持っているスマートフォンのようなものだ。」

それはつまりガラケーなのか?あおにはよくわからない。

「えーっとそれは、、」

何から質問したらよいのか悩みはじめたあおであったが、

『 まもなく終点、松本ー。松本ー。お降りの方はお荷物のお忘れ物がないようお気をつけください。』

あおの困惑は車内アナウンスによって遮られてしまった。

「おっと、もう終点か。また乗り換えるんだったか?」

そらは三角コーナーの話を中断して荷物をまとめ始めた。

「いえ、ここで降りてバスに乗り換えます。」

あおも、持て余した困惑をとりあえず荷物に詰めて、下車の準備をし始めた。


2人は改札を出て、バスターミナルへ向う。

草津行きのバスは通学時間以外2時間に1本で、2人がバスターミナルに到着した時には次のバスまで30分以上あるようだった。


「まだ余裕があるようだな。そうだ、このガラケーを試してみてもよいか?」

そらはあおに尋ねる。あおに断る理由はなかった。むしろ、そらが異世界から来たという割には、未だにその確証を得られていなかったのだ。いままでそらの持つ謎の説得力によりそうだと思っていた訳だが、この結果次第で納得もいくであろう。あおは真剣に頷いた。


要らぬ注目を浴びたくはないということで、2人はバスターミナルの女子トイレの個室に入った。そらは便座の蓋のうえに乗って三角コーナーを高々と掲げた。あおはそれを呆然と見ていた。

「、、何を始める気なんですか?」

「何を見せてやろうか迷っている。うーん、そうだな、これがちょうどよいかな!」

そらはふと、三角コーナーの側面にあるバーコードのような凹凸に指をすべらせた。


瞬間に、狭い女子トイレの個室の床と壁が溶けるように消えてなくなり、現れたのは果てしなく広がる青空と、それを写した薄い水面が地平線の彼方まで続く白い大地であった。

雲は絶えず形を変えながら悠々と流れていき、それを写した水面は時折風に吹かれるとさざ波を起こす。まるでこの世界がゆっくりとまばたきをするかのごとく、悠久の光景が目の前に広がっている。


「!!?、、ここは、!」

あおは驚きと混乱の中、なんとか言葉を探す。

「私の記憶とリンクさせた仮想空間を展開させている。一部あおの感覚器官も制御下に置かせてもらっているから、足元の水の冷たさや風を感じるだろう?」

たしかに、さっきまであおはスニーカーを履いていたはずなのに、今は素足に水の冷たさを感じる。驚きである。

「、、、どこかで見たことがあるような、...もしかして、ウユニ塩湖?」

そういえば、SNSの綺麗な画像botなんかで見たことが無きにしもあらずだ、とあおはおもった。

「この世界にもウユニ塩湖はあるのか!そうかそうか、この景色は私が幼い頃に父と行ったボリビアのウユニ塩湖の景色だ。幼ながらに感動したのでよく覚えている。」


「じゃあ、今私が見ているのはそらさんの記憶ということですか?、」

あおもだんだんそらの話が分かってきた。

「その通り。ガラケーの機能の1つ、記憶天象儀メモリウム を使っている。使用者の記憶や想像と端末をリンクさせて、閉じた空間内で仮想空間を作り出すものだ。」


記憶天象儀メモリウムは、そらのいた世界の日本で生まれた技術だ。使用者の記憶やイメージを抽出して周辺の壁や床に投影する。元は会議やプレゼンをよりエキサイティングに、直感的に進められるように開発されたものだった。家庭用としては主にプライベートな空間での映画鑑賞や、ロールプレイングゲームにも使われていたりする。

ちなみにそらは、記憶天象儀を利用したホラーゲームをプレイしてみたことがあるが、心臓が止まるかと思うほどビビらされたので、それ以降ゲームをしなくなってしまったそうだ。


「信じられない、、、」

あおは感嘆のため息をついた。

さっきまで狭い女子トイレの個室の床であったところは、どこからどう見ても薄く水の張った白い大地なのだ。


しかし、ここは狭い女子トイレの個室なので、あおは周りを歩き回ってみようとしたらトイレの壁におでこをぶつけた。

「ははは、君の感覚器官を制御下に置いているとはいえ、ある程度までだからな。仮想空間はあくまで仮想だ。現実ではない。」

見た目では全くわからないが、トイレの壁や便器はしっかり存在していて、記憶天象儀がその表面を対象者の目線に合わせて変化させている。

「たしかにこれは、この世界ではまだない技術ですね。、、これをうちのボスに見せれば、簡単にそらさんの話を納得してくれるんじゃないですかね?」

すると、そらはくちびるに指を当ててふむふむと考えた後、

「ほう。なるほど、いい案だな。よし!その作戦でいこう!」


そして2人はバスに乗り、信州大学草津キャンパスを目指した。

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