バームクーヘンの三角コーナー
この理論によれば、それぞれの宇宙には11個のパラメータ、もしくは軸がある。そのパラメータもしくは軸を、認知できる低次元まで畳み込んで宇宙群座標理論での座標に置き換えている。それぞれのパラメータは各宇宙ごとに違った値であるためにそれぞれの宇宙は互いに交わることなく1次元の線のように無数に存在できる。
この宇宙群座標に任意の原点をとって、2つの宇宙について便宜的位置エネルギーの差をとることができる。そして、2つの宇宙にある指定したもの同士について、便宜的位置エネルギーの差を含めて等価な入れ替えを行う。
「スケールは原点からの距離の比によって決まる。原点のとり方次第でアリと象を入れ替えることもできるわけだ。」
線宇宙交差転移は少女のいた宇宙、彼女の時間軸では、およそ7年前に確立された理論であるという。いくつもの宇宙が、互いに交わることなく宇宙群として存在していることを実証したのは更にその10年前であるそう。
「線宇宙交差転移は理論上、どんな遠くの宇宙とも入れ替えをすることが可能ではある。この遠くという表現は宇宙群座標においてだ。」
少女は我がことのように偉そうに説明を続ける。
遠くの宇宙のものとも入れ替われるとはいえ、パラメータが違いすぎる宇宙とでは、そもそもそこにはたらく物理法則が違ってくる。生命や惑星といった概念が存在できないような宇宙も無数にある。そういった遠くの宇宙のある一部と入れ替えを行うと、お互いの宇宙を変質させ、結果は何が起こるかわからないという。
「それで、私がいた宇宙の私のいた日本においては、技術大国ではあるものの少々土地と奴隷が少なかったのだ。だから政府の偉い人たちが領地を増やすために君たちの宇宙と線宇宙交差転移を行なった訳だ。君たちの日本の半分の土地と、そこに住まう人たちを奴隷にしてしまおうというわけだ。」
なんと横暴な政府であろうか。少女の話を聞いて彼女は憤りを感じた。
「もちろん、我々の中にも政府の決定に対して反抗する者がいた。私の父もその1人であったが、結果は見ての通り、一人娘を人質として異世界に飛ばされてしまったわけだ。」
少女はすっかり冷めてしまったそば湯を一思いに呑みきると、ふうーっと一息ついて立ち上がった。
「まあ、そこらへんの話はまた後で話そう。とりあえずここらでショッピングといこうかな?」
「えぇ?!これからまた下関に戻って、政府に事情を説明しに行くんじゃなかったんですか?、、待って待って!」
さっさとお会計を済ませて店を出ていこうとする少女を追って、彼女は慌てて荷物をまとめた。
「麦わら帽子!、忘れてますよ!」
ご飯を食べてすぐ運動すればお腹が痛くなるというのは、どうやら自称異世界人には通用しないようだ。少女は、蕎麦屋を出るとステップしながら商店街を進み始めた。
「急がば回れといったことわざが私のいた日本にもあったのでな、この街の商店街回ってみようと思うのだ。まあ、別段急ぎの用事でもないのだがな。」
少女は彼女に向かって話しているつもりだが、当の彼女は少女の軽やかなステップに追いつけず、片腹を押さえながら少女の数歩後ろで置いていかれまいと小走りになっている。
「はぁ、、!、急ぐ必要は無いんですか?、私達としては、一刻も早く日本の半分を返してほしいと思うんですが?」
日頃ベッドに横になって生活をしているアラサーにとっては、小走りも辛いものがある。
「そういう話は帰りの電車の中でもよかろう?今日はデートを楽しもうじゃないか。」
ところで北九州市の商店街において、市は、いくつもの商店街が駅を中心に密集しているため、それぞれの商店街になるべくわかりやすい名前をつけることにした。商店街は、駅を中心とした方角と駅からの近さに応じて名前をつけられている。例えば、
商店街のアーケードを颯爽と進み、気の向くままにお店に入っていく少女に振り回されながらも彼女は結構楽しかった。彼女はさっきまでの電波モドキな話も忘れて、女の子に振り回されるのも悪くないと思ってしまった。
ふと、少女は振り返って彼女に問いかける。
「ところで、君の名前を聞いていなかった。いや、匿名であるというならそれも良し。僭越ながら私があだ名をつけて差し上げよう。」
少女は、そうだなぁとかわいい唇に指を当ててしばらく考え込んだ後、
「少年というか青年みたいな風体だから、一文字とって『 あお』。これでどうだろう。」
彼女もべつにこれといって不服がなかったので了解した。
「じゃあ私も。あなたのことはなんて呼びましょうか。空色の服を着てることだから『 そら』?、、とか?」
だんだんと打ち解けて敬語がどうでも良くなってきた彼女に、そらと呼ばれた少女は
「この服は私の両親が見繕ってくれたものでな、我が家にはこんなのばかりしかないのだ。」
我が家というのは入れ替わった田中マリナちゃんのご両親であるそうな。ご両親には娘が急に賢くなったと思われているらしい。
ちょっと服に関しては不服であるよう。
「そら、か。まあよいだろう。あお、これからは私のことをそらと呼んでくれるな?」
彼女と少女はくすっと微笑みあった。
2人は帰りがけにバームクーヘンを食べたくなったので
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます