ざるそばの三角コーナー


線宇宙交差転移 せんうちゅうこうさてんい。少女はそばをひとしきりすすった後に話し始めた。


そばを食べたいと言った少女のために、スマートフォンで近場の評判が良いところをピックアップしたのは彼女であった。そばなら何でも良いというわけでもなく、やはり評判の良いところがよいと少女は申し出た。

それならばここよりも、北九州市まで行った方よいとわかったので、2人は再び電車に乗ると商業都市北九州市に向かった。電車に乗っている間も、ピックアップしたいくつかのお店を品定めした。結局は、駅から東と北に向かう2つの道路に挟まれた、北東二重商店街 ほくとうふたえしょうてんがいの一角にあるお店に行くことにした。決め手は舞茸の天ぷらが一番美味しそうに写っていたからである。


注文したざるそばよりも先に、てんぷらの盛り合わせがやってきた。揚げたてでいい香りのする舞茸のてんぷらを豪快にほおばった少女は、噛みしめるほどにあふれるうまみをひとしきり堪能した。そして語り出した。

「君にはどこから説明すればいいかな。この世界については少し勉強させてもらったが、君は平行世界、パラレルワールドの仮説を知っているかな?」

彼女もつい先日までは一端の研究者であった。

「ええ、まあ。あらすじくらいなら。」

パラレルワールドといえば、並行宇宙とか平行世界とか日本語訳される仮説である。今私たちが認知している現実とは違う世界があるかもしれないというお話である。

それをある程度彼女は知っていると判断し、少女はうなずき、話を続けた。

「そうか、ならば話が早いな。諸君らが仮説としているその理論、推論は、仮説の域を出ていないが、我々の世界では既にその理論が実証されているのだ。」

「それはつまり、、、...」

彼女は少女の言葉を噛み砕きながら、違和感のあるところから疑問を拾い出すと少女に投げかけてみた。

「...我々の世界っていうのは、私が今いるこの世界ではないと?」

「そうだ。君は物わかりが良くて助かる。つまり、私は今こうしてそばが来るのを待っているこの世界、この宇宙とは、君たちの知るところの物理的法則ではお互いに干渉できない世界からやってきた。君たちのいうところの異世界人だ。」

イセカイジン。聞きなれぬその響きに、一瞬頭の中で文字が変換できない。なんだ?いせかいじん?イセカイジン?異世界?ヒト?

異世界人??!

「ぇ?ええぇええぇえ??!!」

「お待たせしました!ざるそばです。」

彼女の驚きは給仕の元気のよい声に被さってしまい、あたかもざるそばに驚いたかのようになってしまった。

「大丈夫ですか?お客様。ざるそばですが?」

給仕のお姉さんもざるそばに驚かれてはたまったものではない。

「あ、いえ、、、あの、ざるそばは悪くないんで!」

テンパる彼女も訳の分からない弁明を始める。

ずずずっとざるそばをすすりながら少女は楽しそうにその光景を眺めていた。

一悶着収まると、

「いやでも、そんなの簡単に信じられませんよ、、」

彼女は至極真っ当な質問をする。

「ここで君に信じてもらえるようなサプライズを用意していればよかったのだが、生憎私はこの通り手ぶらでな。まあそのうちお見せする機会もあるだろうが、ここはひとまず私の言葉を信じてはくれまいか?」

彼女は、そんな少女の言葉に半信半疑ながら、一応は頷くことにした。

そう、彼女は、そのうち見つかるだろうと思われていた宇宙人と出会う前に、異世界人との邂逅を果たしてしまったわけである。しかも金物屋さんで。そして、その告白は蕎麦屋さんときている。

そんな現実を受け入れるのに苦労する彼女には同情をせざるを得ない。



そして冒頭に戻る。少女はそばを堪能すると切り出してきた。

「我々は君たちの住むこの宇宙のものではない。宇宙というのは、我々の概念としては1次元の線として無数に存在するものだ。君たちはその線の1本。私はそこから少し座標の異なる線の1本から来ている。」

「言わんとすることはわかります。」

「それならばよい。我々は、この宇宙群を俯瞰 ふかんして座標を割り当てるまでに至っている。そして、異なる座標にある宇宙同士を部分的に入れ替えるという理論が、私の時間軸ではおよそ7年ほど前に確立した。それが線宇宙交差転移...ずず。ず...っん」

少女はそばのわさびをとりすぎて、鼻にきてしまったようだ。しばらくじたばたした後、涙目になりながら話を続けた。

「失礼した。それでどちらかといえば、宇宙群に座標を割り当てたということのほうが功績は大きい。宇宙同士を入れ替えるというのは、その応用でしかないからな。」

「その宇宙同士の入れ替え技術によって、あなたはこの宇宙にやってきたと?」

「その通りだ。線宇宙交差転移によって私とこの三角コーナーはここに現れ、列島半消失 れっとうはんしょうしつが引き起こされた。」

少女は箸で、彼女の隣に置かれた彼女のリュックを指した。その中には三角コーナーが入っている。

「でも、あなたと三角コーナーが日本列島の半分と交換されるのは、なんとも受け入れ難いというか、」

「正確には、私はこの世界の私と似た人物、名前は田中マリナといったかな、と入れ替わっている。日本列島の半分はこの三角コーナーと入れ替わっている。」

なんじゃそりゃと、彼女は眉間にシワをよせてまじまじとリュックをみやる。

「つまり、この三角コーナーと日本列島の半分は等価であると?」

「いや、それは違う。入れ替えというのはまあ、便宜的な呼び方でな。先程私は宇宙群に座標を割り当てたと言ったな。入れ替える宇宙同士は、原点からの座標の差をとることで、君たちが言うところの位置エネルギーを得る。ここでは便宜的位置エネルギーと呼びたい。原点から離れた所にある宇宙のほうが、原点に近い所にある宇宙よりも便宜的位置エネルギーが大きい。そのエネルギーを含めて入れ替えを成立かせている。」

「つまり、その便宜的?位置エネルギーが高いところにあった三角コーナーが、そのエネルギーを得ることで日本列島の半分と入れ替わったと?」

「うむうむ。そんなイメージだ。」

しかしそこで彼女は疑問を抱いた。研究者であった頃は、毎日のようにボスから、疑問を持て、問題を探せと言われてきた彼女である。質問をすることで、より理解が深まることが多々あることも知っている。

「便宜的位置エネルギーと三角コーナーを足したものと、日本の半分が同じというのはわかりました。ならば、同じ便宜的位置エネルギーの高い宇宙にいたあなた自身と、あなたと入れ替わったその田中さんは、そんなにエネルギー差が大きかったと?」

「いや、私と入れ替わったその少女と私とはほとんど物理的な差はないな。髪の毛の長さくらいだろう。なかなかよい質問だ。そうだな、ならば逆に質問で返そう。」

少女は唇に手をやり、にやりと笑う。年齢に相応しくないその仕草に、彼女は思わず苦笑いになる。

「この便宜的位置エネルギーの原点はどこであると思う?三角コーナーと日本の半分を差に取れるほどの位置に原点はあったと思うかね?」

しばし考えをまとめてから彼女は答える。

「原点が予め決まっていたとすれば、日本の半分と釣り合うのが、たまたま三角コーナーであったと考えられます。でもそうするとさっきあなたが言っていた、『 あなたと入れ替わった田中さんとあなたにそれほど差がない。』ということと矛盾してしまいます。」

「つまり?」

少女は、彼女が必死に少女の引いたレールの先の答えを見極めようとしてる様を、優秀な学生の発表を聞く教授のようにやさしく見守った。

「...つまり、矛盾なくこの入れ替えを成立させるには、原点が複数ある。いやむしろ、原点を任意に決めることができる。、、ですか?」


少女はゆっくりとそば湯を啜って、微笑んだ。

「ご名答!」



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