お賽銭の三角コーナー
公共放送の小さなニュースとしてもとりあげられた。道路の割れ目に生えた大根が、ど根性大根としてニュースになるのと同じくらいの優先度ではあったが。
日本人ならよく知る下関の総理官邸前に、しかし、不思議な三角コーナーがあることは、たぶんこの動画を見てから知った人が多いと思う。
単純なカラクリではあった。動画では、三角コーナーはよくわかるが、光量が足りず、また、彼女ができるだけ黒い糸を選んできたことも手伝って、糸は全く写っているように見えない。初めて見た人には、皆がよく知る下関の総理官邸前に、三角コーナーがある違和感と、その三角コーナーが
その動画が公開されてから、下関の総理官邸前にある三角コーナーは、人々に注目をされだした。動画やスレッド、ニュースを見たり聞いたりした人が、三角コーナーの前で立ち止まる。その立ち止まった人を見た人が、ベンチの横、街灯の脇に三角コーナーがあることを見止めて立ち止まる。そうやって通勤している人たちや近くを通りがかった人たちが、自ずから三角コーナーの存在を知るようになる。
先日三角コーナーにいたずらを仕掛けた彼女も、度々それを見に来た。そうしてまた数日がたった頃からか、三角コーナーにお賽銭がくべられるようになった。なにせ本来は台所の生ゴミを一時保管する、ゴミ箱である。ゴミや吸殻ではなくお賽銭がくべられたのは、近くにコンビニがあって、ちょうどお釣りを持て余していた人がいたのか。はたまた街灯とベンチの間にひっそりと佇む三角コーナーに神々しさを感じたのか。何はともあれ、ゴミ箱から格が上がったのではなかろうか。いくらか貯まるとひもじい誰かが中身だけ持っていったりもしたが、三角コーナーはいつしか、お賽銭箱として新たな生き方を手に入れた。
少女は、今日は空色で水玉模様のシャツにオーバーオールという出で立ちで
いっぽう、先日三角コーナーにいたずらをした彼女は無職である。大学で仕事をしていた時に得た給料を食いつぶして日々特に目的を持たず過ごしている。故に暇を持て余して、最近はたまに三角コーナーを見に行くことくらいしかやることはなかった。この頃は健康的な生活をしたい気分だったので、今日は午前9時半に起床すると朝ごはんを済ませた後、身支度を済ませて家を出発した。北九州市の大規模商業都市に毎日の食事と、その他雑多なものを見に行くついでに、途中下車して三角コーナーを見に寄っていくのがいつものルートだ。
新下関駅で下車すると、そのまま企業区画に通じる道路に沿って歩く。コンビニでお茶を買って、いつもの三角コーナーがある総理官邸前の街灯とベンチのところまで行く。
彼女はそこに思わぬものを目にした。いつかに会った空色の少女が、三角コーナーを手に取ってしげしげと眺めていたのだ。
彼女の視線に気づいたのか、空色の少女は振り返る。
「おや?少年?なにか私の顔についているかな。ん?君はどこかで会ったことがあるような...」
少女は麦わら帽子で日陰になっている真っ白い顔の眉間にしわを寄せた。
「あのっ、、この前、三角コーナーを、、」
なんとも彼女はどうも初対面の人と話すことに慣れていない。
少女は自分の慎ましくやわらかな唇をつんつんしながら、ふと思いついたと手を叩いた。
「ああ思い出した!君はそうだ、金物屋で三角コーナーを探していたね。あれは君のお眼鏡にかなったかな?」
「あ、その時はどうも、、えっとはい、あれはあの後買いました。」
彼女はなんでこんな年下相手に敬語なのかよくわからなかったが、基本初対面には口下手なのでしょうがない気もした。
「そうか、それで今回も三角コーナーをお探しかな?まだいる用事があるのかな?」
三角コーナーが複数いるような、お料理教室を開いているわけではない彼女は首を横にふる。たとえ複数いるとしても、この前金物屋で買っているであろう。
「それはよかった。君にとってはもはや不要の三角コーナーなれども、私にはこれが欲しかったのだ。ここで君と三角コーナーの奪い合いにならずに済んでほっとしているよ。あと、誰か知らぬがこの中にお金を忘れている者がいたが、私がありがたく拝借しておいてやろう。」
少女は三角コーナーを大事そうに抱えるとそう言った。
彼女は興味がふつふつと湧いてきた。あの不思議系空色少女と、お賽銭箱に進化したかつては日陰者だった三角コーナーとがどんな関係にあるのか。今まで何の変哲もないと思っていた三角コーナーがなにか特別なものだったのか。少女はすべて知っているのか。元は研究者の端くれであった彼女は、好奇心と興味のままに行動するタイプであった。
「あの!、、その三角コーナーはなにか特別なものなんですか?それほど大切なものなんですか?」
少女はふと微笑むと遠い目をして言った。
「そうだな、これはただのパーツに過ぎないが、これは大切なものだ。うぬ。」
そして、気分が変わったように視線を戻すと
「そうだ。これからこの国の偉い人と会うつもりなのだが、君も来るかね?」
彼女はなるほど、驚いた。国の重鎮に顔が利くほどの少女なのかと。この古風で上から目線な物言いも納得できると。
「い、いいんですか?私なんかがご一緒しても?、」
「よいよい。遅かれ早かれ皆知ることになるのだからな、それに私もお供がいた方が心強い。」
そう言って少女はすてすてと総理官邸の入口の方へと歩き始めた。少女とその後について行く彼女らは、傍から見ると兄妹のお使いのような、微笑ましい様子であった。
巨大な
「君たち、ここから先は関係者でなければ立ち入り禁止だよ。」
実は28で性別も女な彼女は、てっきり少女は総理官邸などフリーパスで通れるものだと思っていた。
少女は
「私はここの偉い方々とは関係者ではない。しかし、これから関係者になると思うので、ここの偉い方、総理大臣だったかな?その方に面会を頼みたい。ちょうどいい、君、そこまで案内を頼めるかな?」
少女はよくわからんことを言う。
警備員はもちろん怪しんで、
「これから関係者になるって言うのはよくわからないんだけど、お嬢ちゃんは何をしにきたのかな?」
少女は三角コーナーを掲げてこう言った。
「この三角コーナーで失った日本の半分を取り返してやろうというのだ!」
...初耳である。なんだそれはと彼女が口を挟みたかった。しかしそれ以前に呆れ返って声にならなかった。警備員も呆れ返り、ついで優しい目を向けながら2人をさっさとつまみ出してしまった。少年と少女が三角コーナーを持ってきて、
少女はまた唇に指を当てて不思議そうに言う。
「はて、どうしたものか?ちょっと言い方が悪かったかな?」
その疑問を遮って彼女はくってかかる。
「それ以前に、何の話だか説明していただけませんか!?さっぱり話がわからないのですが。」
困惑を示す彼女の話もそこそこに、少女は言う。
「すこしばかりこの国の思考形態を先取りしすぎたかな。まあよい。君、お腹がすいてはいないかな?私は、今日はざるそばが食べたい気分であるな。」
彼女には様々な疑問が山積みであるが、ひとまず2人は、ざるそばを食べに行くことにした。
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