素人動画の三角コーナー
はたして、林の中に身をひそめること10分ほど。人通りがほとんどない、夜の総理官邸前の道を眺めているのに飽きが来た頃。小さい林の中で身を潜めていた彼女の前に、やっとターゲットが現れた。おおよそ予想通り、中年の男性がベンチと街灯の間で足を止めた。
彼女は暗い林の中にいるので、街灯の光で照らされたところがよく見える。逆に街灯の光の中にいる中年の男性からは、光が足りないので見えなくなるというわけだ。
男性はしばらく三角コーナーと向き合っているように見える。彼女はひっそりと息を飲んで、タイミングを逃さぬように男性の挙動を観察していた。彼女の両手には、細い裁縫に使う糸が握られている。これは先程コンビニに走って買ってきたものである。
男性はしばらく逡巡した後、身を屈めたかと思うと、三角コーナーに手を伸ばした。
いまだ!
彼女は素早く右手の糸を引っ張り左手の糸を緩める。すると、三角コーナーはカリカリカリカリと壁沿いに、男性の手を逃れるかのように移動した。
全く予想だにしなかった三角コーナーの挙動に、男性は
「わきょっっ!!?」
と、どこから出たのか分からないような声を上げ、尻餅をついてしまっていた。笑いを堪えるのに必死になりながら、彼女は左手の糸を引っ張り、右手の糸を緩める。
そうすると、三角コーナーは逆についてる細い糸に引っ張られて、元あった位置にカリカリカリカリと戻っていく。中年男性は小太りな体格に似合わない、死に物狂いの速さで後ずさって逃げ出していった。
いたずらの成功した彼女は、ちょっと道路側にまで聞こえるんじゃないかというほど、笑いが止まらなかった。
しばらく笑い転げていると、さっきの中年男性が、恐る恐る帰ってきた。片手にはスマートフォンを持っている。どうやらさっきの不可解な現象を、また起こるようならカメラに収めてやろうとしているらしい。それならそれと、こちらにも気合いが入る。バッチリ動画に収めてもらって
中年男性は意を決して三角コーナーに近寄りスマートフォンを構えていない左の手をだしてくる。彼女は息を飲み、その最良のタイミングを見極めた。
そこ!
糸が切れないように素早く、右手の糸を引っ張る。バッチリだ。撮影者の方も驚きはするもののしっかりとスマートフォンは構えている。そして男性が手を戻したところで、彼女は左手の糸を引っ張り、三角コーナーをもとあった位置まで引っ張る。
そのとき、
「なにをしているんだ?少年?」
彼女の背後から急に声がかかった。
「わきょっっ!?!!」
彼女は自分の声かも定かではないような声を上げてしまった。振り返ると、5mほど先の公園の歩道から警備員らしき人が、ライトを構えてこちらをみている。総理官邸の警備員で、公園を巡回していた者が、林の中にうずくまるチェック柄を発見したのだ。
彼女の頭の中では瞬時に、アドレナリンがばくばく放出されて、警備員に捕まったらそのまま、いかがわしいことになって、中年男性に撮影されて、素人動画のネタにされる。何故かそんな思考が導き出された。
こういうのは逃げるに限る。
彼女は置いてあったリュックをつかむと、駆け出した。そのとき、糸の端を踏んずけたせいで、カランコロンと三角コーナーが引っ張られて転げる音が聞こえた。
警備員は少し追ってくる素振りを見せたが、林を抜けた先が公園の裏手の出口になっていて、それ以上は追ってこなかった。
人間は驚くとあんな声を出すものなのか。彼女は中年オヤジと同じような悲鳴をあげてしまったことに悔しさと老いを感じた。
まあそんなことはどうあれ、三角コーナーを撮影していたあの中年男性にもバレてしまっただろうか。折角上手くいっていたのに、newtubeでも話題騒然間違いなしの動画を撮れていたとおもうが、最後の声が入っていればネタバレしてお終いである。彼女はそんなことを考えながら、帰路についた。
中年男性は自宅に帰ると、パソコンを立ち上げ、スマートフォンと繋いだ。さっき撮った動画と、この一連の三角コーナーの
最後の方の音を消せば、三角コーナーは元の位置に戻った後、謎の力によって吹き飛ばされるように見える。パソコンで適当に音を消したりしてみると、割といい感じなのでこれでいくことにした。以前はピコピコ動画でゲーム実況だのをしたこともあって(センスがなくてすぐにやめたが)、ひと通りのことが滞りなく進んだ。
newtubeには掲示板にも載せることを考慮して、新しくアカウントを作って投稿した。題名は、下関の三角コーナー。
それが終わると掲示板の昨日からのスレッドに、今日起こったことを途中まではあったことをそのままに書いた。カラクリについては、三角コーナーを拾って確認したが、何の変哲もない三角コーナーであった。と書くことにした。最後にnewtubeのリンクを貼ると、結構な反応があって、翌日にはいくつかのまとめサイトに取り上げられることとなる。男性は誰ともしれないが、いたずらをしてくれた相手に感謝するのであった。
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