睡蓮の三角コーナー
空色の不思議な少女に出会ったあと、彼女は本日の目的である
列島半消失以降に建てられたこの総理官邸は、再建築に伴い、国家技術の粋が散りばめられている。その一つが総理の住む横長の建物の裏から
重力波の検出装置が開発されたのは、ほんの10年ほど前のことであった。相互測位球とは、複数個のスイカくらいの大きさの球が他の球との
列島半消失の際に、重力波を測定をしていた世界各地の相互測位球が一斉に重力波の発生を検知したため、消失の現象が起こる時には重力波が同時に発生していることが確認されたのだ。
これにより、仮設政府は総理官邸に巨大なアンテナと重力波の検出装置を置くことで、リアルタイムでの消失の状況の把握と、迅速な対応をとれるように、この施設を建造した。そのアンテナと重力波の検出装置の複合設備、およびそれらを制御するシステムの総称がSui-Renである。
Sui-Renの機能の一つは、鹿児島から名古屋までの各地の電波塔に直接アクセスすることが出来、各地の警察や消防、自衛隊、さらには個人所有の携帯電話に直接回線をつなげることが出来る。これによって避難誘導を迅速に行えたり、各地の様子を事細かく把握することができるようになった。これは通信事業の会社と政府が協力することで、有事の際に、個人情報を政府が直接扱えるようになるということである。Sui-Renのシステムが提案された際、この点を指摘する意見もあったが、実際に日本の首都が消失してから、間もなく仮設政府の設置や救難支援を行えたのは、通信事業の会社が主導して、各業界の人々に声をかけたためである。したがって、有事の際の通信事業者の重要性を再認識したため、この提案は可決されることとなる。
もっとも、列島半消失のその後の1週間以降、新たな消失は確認されず、Sui-Renのもう一つの機能である重力波観測装置は、研究者たちが遠い宇宙で発生した重力波を観測するのに使用されている。
彼女は、総理官邸内の一般市民開放区画の公園で、残暑の熱をゆっくり冷ますかのように優しく訪れる夜風に当たりながら、おにぎりを
夕食を済ませ、彼女はまた三角コーナーのある街灯とベンチのところまで来た。ちょうど三角コーナーのある街灯とベンチは、一般市民開放区画の公園と柵を挟んで反対側にある。公園から三角コーナーを目指すなら、総理官邸の入口まで戻ってから道沿いに進んで行くか、公園内の立木がいくらかある落ち葉に包まれた林を進んでショートカットするルートがある。暗くなってからしばらくしたこんな時間に、小さいとはいえ林を突っ切るのは少女のすることではないなと、まともなことを考えた彼女は、通常ルートをとることにした。
遠回りとはいえ、10分もせずに三角コーナーの前に到着する。しげしげと街灯に照らされた三角コーナーを見た彼女は、
「置いてある場所はともかく、別にこれが怪しいわけではないし、なんだよただの三角コーナーじゃないか。」
と見下したような視線を三角コーナーに向けた。そしてひょいっと三角コーナーを手にとる。重さはさっき北九州市の金物屋で持ったものと同じくらい、何の
「誰かが手入れしてる、、、とか?」
そんなこともあるのだろうかと思い、三角コーナーからの興味がなくなりかけた頃、三角コーナーのフチに折れ曲がったバーコードのような凹凸があることを見つけた。果たしてこれが特別なものなのか、さっぱりわからないが、そういう三角コーナーが下関の総理官邸前で、街灯とベンチに挟まれて置いてあることは確認できた。
三角コーナーを元あった街灯と壁のあいだに戻すと、彼女はベンチに腰掛けた。
三角コーナーはほとんど何の変哲もないただの三角コーナーであった。今日のタスクはこれにて終了である。
ふと、彼女はもったいないなと思った。今日はせっかく不思議な少女と出会えたのに、このまま終わってはちょっともったいないと。
そして彼女はいたずらをかんがえた。
昨日の掲示板が立てられたのが、たしか22時過ぎ。建てた主が新下関ベッドタウンくらいに住んで通勤しているとすれば、昨日の21時頃に三角コーナーと対峙していたと考えられる。
建てた主は今日も調べてみようなんてことをレスしていた。今は20時ということは、あと1時間ばかりここらで張っていれば、掲示板の主を特定することが出来る。
そして彼女は、いたずらの道具を揃えるために、またコンビニに行くことにした。
まことに子供っぽいことを実行しようとしている、子供っぽい容姿の28歳の足どりを、巨大な睡蓮の花は静かに眺めているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます