商店街の三角コーナー

彼女の住むアパートから、総理官邸前まではおよそ電車で40分ほどであった。しかし、彼女はその先に北九州市で食料の補充と、最近読んでいる小説の新刊を探すことにした。北九州市は列島半消失以前からそこそこ栄えていたが、日本の半分が消し飛んで、下関 しものせきに政府を構えることになると、デパートなどの大型商業施設が相次いで参入してきて、今では一大商業都市となっている。


電車で一時間ほど揺られ、駅に到着すると四方に大型デパート、電気店、商社のビルなどが出迎えてくれる。少し通りを進めば、魚屋、八百屋からホビーショップにサブカルチャーなお店、有名ブランド店まで、駅周辺を1周するように押し合いし合いを繰り広げている。彼女はこの場所に来るたびに、この駅周辺の混沌とした様子に心躍るのであった。


いつもの野菜ジュースとパスタ、それから細々 こまごまとしたものを買ってリュックに詰めると、カオスと化した駅周辺を歩き回ることにした。今日の彼女は、スニーカーとジーパンに男物のチェックのワイシャツにリュックを背負うという、後ろ姿はまさしく少年のような服装で、中性的な顔立ちもあって、一見して女性であることを見抜くことが難しい程であった。


下関には未だに、建設中の施設が数多く存在している。それが1つまた1つと完成するたびに周辺には人が集まり、この北九州市の市場は日に日に重要度が増している。なので、混沌とした商店街を抜けた先には内装準備中のお店や建設中の建物が並んでいて、こちらも完成すれば、さらに多くの人達の満足を支えることとなるだろう。

彼女は毎度、このできかけの街に足を伸ばしては、新しいお店の発見を楽しみにしている。


彼女は駅から見て南西方向にある商店街に絞って本日の新発見を探すことにした。商店街はアーケードのあるものから、路上販売の集まりを商店街と称しているところや、瓦屋根の和風な街道をイメージしたところなど、

様々な商店街が密集している。


列島半消失以降、政府が下関に移されることが決まった後、北九州市は商業都市になることを見込んで、鉄道はすべて地下に移動され、区画整理がなされた。それによって駅を中心に東西南北に4本の道路が作られ、その道路を、南東、南西、北西、北東とつなぐ形で商店街のアーケードが二重三重に作られ、重なるアーケード同士を路地裏が繋いでいる。

彼女は今回、南通り方面に進みながら、右に曲がれるところがあったら適当に曲がって商店街に迷い込む腹積もりでいた。


駅から近い場所は既に歩き尽くしてしまったことから、新しい発見は乏しいようにも考えられるが、この商業都市は駅に近いほど競争が激しく、1週間前まであった自転車屋が、今日見に来たら古着屋になっていたり、パチンコ屋が駐車場に、マクド〇ルドがセブン○レブンになっていたりと、話題に事欠かないのであった。

そんなこんなでしばらく、今晩の夕食を探しにきた主婦や、ゲーセンに向かう高校生たちに揉まれながら、路地裏に抜けてみたり、大通りで引き返してみたりしているうちに、彼女は日用品を扱う金物屋の前で足を止めた。このお店は確かこの商業都市ができる前からあったお店だったはずだ。

「そういえば三角コーナーってあったりするのだろうか。」

と思った彼女は、うなぎの寝床のように奥まで続く金物屋の店内に足を踏み入れた。レジは入口の脇にあった。店主は高校生くらいの女の子で、手にした雑誌を熱心に読んでいた。およそ、店主不在の間のアルバイトを任されたこの家の子であろう。セーラー服の上から金物屋の名前の入ったはっぴを着ていた。セーラー服の店主は彼女をみとめると、軽く会釈をしてまた雑誌を読みふけり始めた。金物屋の奥は割と広く作られており、包丁や金槌 かなづち、のこぎりなどが、値段もピンからキリまで、豊富な種類取り揃えてあった。

彼女は、その金物屋の奥に人がいるのに気が付いた。彼女と同じくらいの背丈で、整った顔立ちを黒くて艶のあるショートヘアにふんわりと包まれた少女は、真っ白に透き通った肌に空色のワンピースを着ていた。金物屋の奥まったところ、台所小物用品のコーナーにいるよりは、ひまわり畑からひょっこり出てきた方がお似合いな、そんな感じの少女であった。少女は何かを手に取り、表面をくまなく観察するように眺めていた。彼女は、少女の持っていたそれがステンレス製の三角コーナーであることに気がつき、思わず

「あっそれ」

と、声をかけてしまった。少女は空色のワンピースを揺らして振り向くと、えらく古風な言い回しで答えてくるのであった。

「おやおや、驚いた。この三角コーナーの購入を考えていたのかい?少年?いや声は女性であったか?まあなんだ、君、これがどうかしたのかい?」

声を掛けたはいいものの、なんと話していいものか口ごもる彼女、

「すいません、えっと、、、三角コーナーを、あの、探してて、、」

空色のワンピースの少女は小首をかしげて、そして、何かを納得したように答えた、

「そうかそうか、奇遇なことだ。私も三角コーナーに興味があってな。いや、これはちょっと探していたものとは違ったのだがな。さあどうぞ。」

そう言って少女は、三角コーナーを彼女の手に預けると、さっさと店を出て人混みにかき消されてしまった。

彼女は手に残された三角コーナーを見やり、また外の人混みに消えた空色の少女を思い出した。不思議な雰囲気と、偶然に共通のものを探していた少女は、この人が山ほどいる商業都市北九州市において、特別な存在で、今更になって少女と出会えたことにワクワクしている自分がいた。手にした三角コーナーは彼女との唯一のつながりな気がして、結局それはレジに通された。


また会えるのではないかと、あの少女とまた会いたいと、彼女はそう願うのであった。


最近読んでいた小説の、新刊を購入するのを忘れていた。そのことに気がついたのは下関行の電車に乗った後であった。

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