境界壁の三角コーナー

列島半消失 れっとうはんしょうしつは瞬時に起こったものというのが定説である。消失の際に境目にいて列島半消失を目撃したある青年は、年末に彼女と草津の温泉街にきていた。ホテルで夜中まで2人で飲み明かしていたが、お酒が尽きたため、青年は近くのコンビニまで買い出しに行った。コンビニの前に到着した時、コンビニがゆらりとぼやけたかと思うと、次の瞬間にはコンビニがあった場所は切り取られ、断崖絶壁になっていたという。

「いやほんとに、酔いすぎてるのかなって何度も疑いましたよ!こう、ゆらーって目の前のものがなくなるのびっくりしました!はは!」

青年のこの証言がテレビに映ることは無かった。しかし、この他にも似たような証言が得られたことから、列島半消失は20##年12月26日の深夜11時15分頃と推定されている。

ところで、大地が急激な浮き沈みをすれば、それは大きな地震と津波をもって周辺地域に影響を与える。しかし、列島半消失ではそれが一切見られなかった。科学者の間では、このことが大きな疑問となっている。


そして、列島半消失の境にあった場所は、標高が低いところでは10m程度、群馬などの標高が高い地域では2,000m級の崖になっており、境界壁 きょうかいへきと呼ばれている。特に山を横断している境界壁は常に崩落を繰り返していて近づいて調査することが容易ではない。しかし、想像を絶し雲をも突き抜ける壁と、切り取られた地層に溢れ出す地下水が晴天の日には境界壁に虹をかけており、この世のものとは思えぬほどに荘厳で雄大である。このことから最近出来たばかりの観光省では、この境界壁の接近を観光にすることで、新たな日本の観光スポットにしようと働いている。


いくつかのモニターの光によって部分的に照らされた部屋で、彼女はタンクトップにホットパンツという挑発的なファッションを晒し冷蔵庫からビールの缶を持ってきた。デスクチェアにあぐらをかいて、中年の男が立てた下関の三角コーナーのスレッドをスクロールする。ビールを呷ると伸びきったくせっ毛の髪を手遊びしながら、小柄な背中をぼりぼりとかいてみたりして考え事をしていた。

「そうだな、あたしんちからそんなに遠くもないし、買い物のついでに明日行ってみようか。」

彼女は今無職であった。つい先月までは、列島半消失の原因を探るべく、新潟から静岡にかけて走り回っていたが、彼氏がほかの女に持っていかれて、まあそれはただのきっかけに過ぎなかったが、仕事する気が起きなくなり、大学に辞表を出してきたのである。彼女の5年にわたる研究では、結局何もわからず、研究に飽きてしまったのだ。

「なーにが幼女体型が好みだよ。しね!」

ふと、元彼が漏らしていた言葉を思い出して、ぶつくさと悪態をついた。

「まあ確かに背はちっちゃいし、筋肉も脂肪も同年代の女性と比べたら少ないだろうが、胸だって...」

とタンクトップの襟を伸ばして覗くと、グラウンド上の野球のピッチャーマウンド程度の、慎ましさに慎ましさを掛け算したような丘が見えて、彼女は言葉を失うのであった。

まあつまり、研究発表や論文提出、彼氏の寝取られなどが原因で仕事をしたくなくなったのである。以前住んでいたアパートを引き払い、四国や九州を放浪した後、仕事を求めて下関 しものせき近くのベッドタウンの一角に落ち着いたのである。しかし、一度仕事をしなくなってみると、朝早起きしたり、夜遅くに寝に帰ってくるような生活から解き放たれたことで生活が堕落してしまい、しばらくは定職につかなくてもいいかなと思っているのだった。


境界壁の崖の上ではこの頃、命知らずの若者達がハングライダーやパラグライダーで飛び回ることが流行っている。newtube にゅーちゅーぶに彼らが投稿した動画は、どれも目を見張るようなスケールのものばかりで、立ち入り禁止区域の境界壁周辺に入っていることから、当初は動画の削除があったが、現在は観光省が裏で手を回したのか知らないが、ぞくぞくと動画がアップロードされている。とはいえ、春先は風向きを読むことが難しく、突然の突風も少なくない、また冬になると雲が厚くかかるために、夏から秋にかけてのスポーツとなっている。彼女も当時、彼氏に連れられて二人乗りのパラグライダーに乗せられたものだ。去年の夏には群馬の以前は小高い山だった崖を回ってみたが、高さ100m程度の崖でも救難信号を出せるビーコンやら、食料、圧縮布団のような折りたたみの救命ボートを担いでいくもので、かなり大掛かりなものであった。なにせ上昇気流を掴めなかったら海に緩やかに落ちていくだけで、海に落ちれば、よくわからないおっさんがクルーザーで助けに来てはくれるが、ウン十万もとられるから、それくらいなら自分達でボート漕いだほうが安上がりなのだそうな。

「俺の知り合いは、newtubeのアカウントをおっさんに売り飛ばしたなんて言う奴もいるんだぜ!広告収入が入ってればポイと出せたろうに。はは!」


彼はケラケラ笑ながらそんなことも言っていたなと思い出した。未練たらしいと言われればそれまでだが、彼女は彼の笑顔に惚れていた。今でもたまに思い出して、自分はむすっとしてしまう。

「あーあ、何を間違えたんだろう。」

彼女はまた空虚に向かってつぶやく。列島半消失によって群馬にいた家族がみんな消し飛んだことより、佳境を迎えつつあったお気に入りのアニメが途中で放送を中止されたことよりも、彼女は直近の彼氏との別れを悔やみ悲しんでいた。

しかし、いろいろ考えているうちに眠くなってきたので、彼女はパソコンのモニターを消して眠りにつくのであった。


翌日、正午をすぎる頃に起床した彼女は、ケータイをいじったり、朝飯なの昼飯なのか、おやつなのかもわからないような時間にカップヌードルをすすると、時刻は16時を過ぎた頃に急にせかせかと支度を整えて家を出発した。

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