下関の三角コーナー
さんぼんじん
下関の三角コーナー
新潟はほとんど、関東は群馬の一部を残し、東北、北海道、
残された日本人たちは仮設政府を当初、大阪に置こうとしていたが、列島半消失の後にも小規模な消失が続き、大阪や京都も消えてしまうのではという不安から、仮設政府は山口県の
この極めて異常な事態に際して、驚き慄くものの、至って冷静な対処をとれたのは、日頃から地震に揺らされなれてしまった日本人ならではの感性が発揮されたと言って良い。首都が消失して、アメリカなどの大国が援助の名目で日本を接収しなかったのは、この不気味なまでの日本人の冷静さを
列島の消失は1週間ほどで沈黙した。それから5年が経った今では、人々は苦しみや悲しみを抱えながらも、平素は至って平凡にありきたりな毎日を送れるようになった。むしろそうなるように努めた。社会保障制度や保険の類は日本が半分消え失せることを想定などしている訳もなく、甚大な被害を受けたが、地方の銀行や大会社、そしてマスコミが国の失われた機能を演じることで急を脱し、この頃はなんとかそれも落ち着きを見せ始めている。
残暑の熱を容赦なく浴びせてきた日もすっかり暮れて、我が家へと急ぐ人混みもピークを超えた夕刻の通り。下関の総理官邸前、三角コーナーが街灯に照らされステンレス製のボディーを煌めかせながら、歩道の脇に街灯と壁のあいだにぴったりと背を寄せていた。
三角コーナーといえば、台所のシンクの隅にある、生ゴミを一時放置するための台所用品である。しかしそれは今、本拠地であるはずの台所の隅を離れ、およそ本来の目的を果たせぬような総理官邸前の街灯と壁の間で、それでもなお自己主張をせんと、街灯の光をはじき返していた。よく目立つ光り方をしているにも関わらず、その三角コーナーは目立たなかった。というのも、街灯と三角コーナーをおいたすぐ先に誰が設置したかも知れない3人がけのベンチが置いてあり、人通りのある歩道の脇の死角になってしまっている。そうして昼間は人目につかないが、街灯がつく頃、ベンチと街灯の間にそれがあることに気付くのであった。
その夜、残業からの帰り道を行く1人の中年の男が三角コーナーの前を通りがかった。
男は三角コーナーのとなりのベンチに身を放るかのようにぞんざいに腰掛ける。
天を仰いでみると街灯の光が眩しく、光に集まってきた蛾が不器用に舞う様が、男の残業帰りの疲弊した心に追い討ちをかけるかのごとく、より一層の寂しさを孕んでいた。
仕方がないので視線を下に戻すと、視界の端に光るものを捉えた。
はじめ灰皿かなにかかと思ってベンチから身を乗り出してのぞくと、およそその場所にあることが異常な存在、三角コーナーが壁と街灯の間でピカピカと光っていた。正直この程度の異常は日本が半分消失したことに比べれば、それこれ象とアリ、いや象とアメーバくらい、なんかこう強さ的なものが違う。しかしながら、平素、正常を無意識のうちに心がけてきた列島半消失後の日本に住む彼は、この日常の常識から離れた、道端の三角コーナーという存在に妙な既視感を感じるのであった。列島半消失という異常な状態と、総理官邸前の道端に三角コーナーがあるという異常な状態に、彼は似たようなものを感じた。
そして、それを眺めているうちに、彼は三角コーナーに畏怖の念を感じるようになった。この三角コーナーをどこかのゴミ箱に放り込むことは
総理官邸前のベンチで衝撃を受けた中年の男は、家に着くとブラウザを立ち上げ、普段からよく使っている掲示板に「三角コーナーに神々しさを感じた件」とスレッドを立ててみた。総理官邸前を通勤するという情報だけでは個人を特定するに至らないであろうと判断し、三角コーナーの異常な状態を綴った。すると、その三角コーナーを見たことがあるというようなコメがちらほらと現れ、三角コーナーを見ての三者三様な意見が飛び交った。
列島半消失後の下関は、政府の建物が新たにいくつも必要であったため、海は埋め立てられて政府の建物が並び、九州とは地続きになっている。新たに駅と線路が追加され、山陰線、山陽線は大幅にグレードアップした。
今や残りの日本国民の1/4が下関と周辺のベッドタウンに暮らしていた。総理官邸前の道路は、新たにできた
ネットの掲示板での議論を続けながら、中年の男は、その三角コーナーを発見した人はみな、その存在に違和感や異常性を感じるが、誰ひとりとしてそれを触ったことがないことに気がついた。
彼は翌日にそれを触ってみることを試してみようと思い、その日は落ちることにした。
それと同時刻、中年の男が立ち上げたスレッドを読んで、中年の男と同様の考察を得た人がいた。
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