第20話 白色の想い

 意識が朦朧としているましろが薄らと瞼を開くと、そこにはなにもなかった。クレーター状の穴がどこまでも広がっていた。街の原型は留めていない。まるでいつか見た、地球が滅びの危機に陥る映画のようだった。

 視界に、みずきの姿が映った。彼女も相当なダメージを受けているが、ましろほどではなく、充分に戦える状態のようだ。魔法着はところどころ破れている。左腕を負傷しているのか、右手で押さえていた。こちらに近づくその姿を、ただ見ていることしかできない。

みずきは倒れているましろの前で足を止めた。

「私の勝ちだよ、ましろ」みずきの声がふりかかる。しかしその声はいつもの彼女のもので、ましろを安心させた。

 手に力を入れて立ち上がろうとしたが、わずかな土を掴むだけで精一杯だった。だからましろは声だけは絞り出してみせた。

「まだ、だよ……。まだ終わって、ない」

「立ち上がることもできないのによく言うよ。ま、私も人のことを言えるような状態じゃないけどね。刃も小さくなっちゃったし」

「みずき……、ちゃん」

「ん?」

「私たちは間違ったことを願ったんだよ……。一番やっちゃいけないことをしようとしてるんだよ」

「やってはいけないこと――なんてのは、人それぞれで、一つの規則(ルール)に閉じ込めようとするのは無理だよ。それに私たちは魔法使いなんだ。人のルールが通用する場所にはいない」

 二人は魔法使いだ。すでに普通の人間と呼べる類ではない。普通の人間が一生をかけても到達できない領域に踏み込んでいるのだ。だから、みずきの言っていることは真実だ。人間のルールで縛られることはない。彼らができないことをやることができる。彼が願っても叶えられないことを叶える権利を持っている。

 だからこそ、とましろは思い、

 それでも、と唇を噛んだ。

「でも、私たちは人間なんだよ。忘れちゃいけないこと、だよ」

「忘れたことなんてないさ。人間だからこそ悲しんだんだ」

「みずきちゃんは、悲しんだ。だけど、それはなかったことにしちゃダメだよ」ましろは言葉を紡ぐ。「美雪さんを失って悲しくて、辛くて……。それはきっとみずきちゃんが乗り越えるべきものだったんだ」

「……なにがわかるんだよ!」

みずきの声が響いた。

この世界に、そしてましろの中に。

「父親もいて、母親も生きてるましろに、なにがわかるんだよ! なにも失ってないくせにわかった気になるなよ。同情なんていらない!」

「わかるよ。みずきちゃんの気持ちが、私の中に溢れてるもん」

「なに、言ってるんだよ……」

「私の勝手を押し付けるけど、ごめんね」

ましろは魔法杖で身体を支えながら、起き上がっていく。ゆっくりと、みずきを見据えながら。

みずきは怯えた表情を見せ、たじろいでいた。

「みずきちゃんは、美雪さんを生き返らせたい。私もそうだった。だからこんなことになっちゃった。私は美雪さんが死んじゃって悲しかった。みずきちゃんほどではなくても、お母さんがいなくなっちゃったような気持ちになった。だけど――これはひどい言い方になって美雪さんに申し訳ないんだけど、私は――みずきちゃんを失ってまで、美雪さんを生き返らせようとは思えない」

 優し過ぎる、という言葉がましろの脳裏に浮かんだ。そしてそれは皮肉のように思えた。誰かのために願いを叶えてきた。

しかしそれは自分がしたいからだった。

結局そうなのだ。自分の都合でしか物事を考えらない。相手がどう考えているのかなんてわからない。叶えたあと、彼らがどんな気持ちになったのかも、気にしていない。きっと嬉しいだろうと決め付けていた。だから、自分が辛い選択を迫られたとき、軸がぶれてしまう。今まで通してきた信念が、簡単に揺さぶられ、崩壊していく。

 けれど、それを壊したままではいけないのだ。

壊れたのなら、作り直せばいい。

崩れたのなら、積み上げればいい。

同じにする必要はない。

自分の描く理想へと辿り着けるように、組み直せばいい。

「なんで、立ち上がってるんだよ。もう限界じゃないのかよ」

「……私には、まだ、やることがあるから」ましろは微笑んで見せた。「だから、ごめんね」

 みずきは叫び、ましろに刃を振り下ろそうとした。しかしそれはみずき自身――正確にはみずきのパートナーによって止められることになる。

青色の魔法陣が、桃色の閃光を防いだのだ。

「なんで二方向から……」

 みずきを攻撃したものは、ましろのいる後方、さらに言えば上空に存在していた。花びらのような形をした五枚で一組の飛行物体――魔力回収装置である。

 ましろはこの装置を見て、あることに気付いたのだ。不規則に移動をしているが、回転する向きはどれも同じなのだと。速さが変わるとはいえ、どれも反時計回りだった。

このときにましろの頭に浮かんだのは、この装置は回収するだけではなく、逆に回せば魔力を放出できるのでないかということだ。もしそれが可能であるのなら、絶対的に不利であるみずきとの戦いにも一筋の光明が見えてくる。

ましろだけにしかない装置だというのなら、みずきにはこれらからの攻撃は予測することはできない。試しに放出を行ってみたが、結果としてそれは可能だった。

 あと残る問題は、魔力を回収する速度だ。少量の魔力を、時間をかけて回収していたのでは、みずきの猛攻に耐えることはできない。防御魔法にだけ魔力を使うわけにはいかない。

そこで提案をしたのが、セレナだった。強い魔力同士の衝突による魔力の飛散を狙うべきではないかと。ましろはそれに賛同し、問題は解決したかと思われた。

だが、セレナはさらに問題点をあげた。それがみずきの機動力である。ましろは魔力を放出している間、その場から離れることができない。きちんと身体を支えなければ、真っ直ぐに魔力を放出できないためだ。

どんなに強い魔力でみずきを攻撃しても、それが当たらなければ意味がない。

確認しておかなければならなかったのは、みずきが緊急事態に陥ったときに回避を優先するのか、それとも防御に徹底するのかであった。

もし回避に専念されてしまえば、上手く誘導をしなければならないし、そのときはもうみずきの頭に、遠隔装置からの攻撃が選択肢として把握されてしまう。緻密な策がなければ、彼女の足を奪うことはできない。

しかしそんな時間はなかった。

故に、ましろたちはどうしてもみずきに防御魔法を使わせたかった。至近距離からの不意の攻撃に回避ではなく防御を選ぶのなら、ましろたちに勝機が見出せる。

そして今、多少の危機があったものの、その勝ち筋へと直面している。

二つの桃色のラインが上空から伸び、地上へと流れていく。みずきは二方向から迫るそれらに対し、二つの防御魔法を使わざるを得なかった。

 ましろは息も絶え絶えに、魔法杖を構える。そしてその二つの眼で対象を見据えた。みずきは、先ほどのましろのように片膝を着き、襲いかかる魔力を防ぐのに精一杯のようだった。

「これで終わらせるんだ……」

 残る二つの遠隔装置が、ましろの後方で飛び回る。それらに回収された全魔力を残らず銃口にチャージされていく。

この魔力には二人の魔力が、ぶつけ合った二つの思いが合わさっている。それを思うと、少し嬉しいような、悲しいような気持ちになった。

「……今までありがとう」

 視線の先にいる親友に向けて、感謝の言葉を述べる。届いているとは思えなかったが、それでもよかった。

「――ごめんね」

 ましろはトリガーを引き、ましろの身体と同程度の大きさになった魔力の塊を放出した。これまでにない反動に、広げられた羽はいつも以上に大きく、しかしそれでもましろの身体はじりじりと後退していった。

 三本目の桃色の光線が、一点に集中する。

 みずきの気持ちを乗せて、

 悲しみを、

 痛みを、

 苦しみを、

 しかし、そこには、ましろの思いも籠っている。

 ただ辛い思いだけが、そこにあるわけではなかった。

 視界が染まっていく。

「――ましろ」

 そう名前を呼ばれたような気がした。

 魔力のぶつかり合う騒音の中で聞こえるはずのない声。

 聞きとれるはずがない声。

 幻聴なのかもしれない。

 けれど、

 その幻聴はたしかにましろの『心』に届いた。

 響いた。

「――みずき、ちゃん……」

 親友の名前を口にし、

 そして唇を噛み締めた。

 親友の姿は、見えなくなってしまった。

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