第13話 白色の団欒
今晩の芹沢家の夕ご飯は、シチューだった。それにサラダとトーストである。どうやら芹沢家ではシチューのときはパンを食べるようだ。ましろの家では白米と食べるけれど、しかし考えてみればパンと食べる方が正しいのかもしれない。
「そういや、ましろって市販のパンをあまり食べないんだよね」みずきがトーストを千切りながら言った。意外である。ただし、四枚目だ。シチューにいたっては、おかわりを三回している。家でも気持ちのいい食べっぷりだった。
「そうなの?」美雪が驚く。「じゃあ、料理上手なお父さんが作ってくれるのね。なんでもできちゃうのね」
父親が褒められると、自分のことのように嬉しかった。嬉し過ぎて、顔が赤くなってしまい、美雪を直視できない。俯いてしまう。
「あらあら」美雪は優しく微笑んだ。
「ね、ね、ましろ」
「なに?」みずきは直視できた。
「私のシチューと詩郎さんのシチュー、どっちが美味しい?」
「そんなのずるいよ!」
答えられるはずがなかった。
そもそも比べることではない。みずきのシチューと詩郎のシチューの美味しさは別物である。どちらも本当に美味しいし、優劣をつけるものじゃない。
ただ総合的に考えれば詩郎だと、ひっそりと頭の片隅で考えているましろだった。長年親しんできた味に勝てるものは、なかなかない。
「ふむ、その様子だと詩郎さんか」
「なんで!?」
「『なんで』って、どうしてわかったかってこと? そんなのましろを見れば一目瞭然だよ。ねえ、母さん」
「そうね」美雪は楽しそうに言う。「ましろちゃんは正直だから」
「顔に書いてありましたか……?」美雪に訊ねる。
「似たようなものね」
「まあ答えられないのが答だよね、ぶっちゃけ」
「ごめん……」
「いやいや、私だって詩郎さんに勝てるなんて思ってないよ」みずきは呆気らかんに笑った。「あの人の域に達するには中学生じゃ無理無理。私の見解では、ましろと舞子さんの存在が大きいね」
「どういうこと?」
みずきの言っていることがわからなくて、美雪に助けを求めようと視線を送ったが、美雪は微笑んだままでなにも言ってはくれなかった。どうやら芹沢親子にはわかっているようだ。
自分と舞子の存在が大きい?
家族。
しかしみずきにだって家族がいる。そう言った意味では同列だ。家族のことを思って料理をしているのは、みずきだって同じ。差はないはずだ。それこそ比較することはできないが、家族を思う気持ちは、みずきの方が大きいだろうと、ましろは思った。
言ってしまえば、みずきには美雪しかいない。
父親がいない分、美雪に対する気持ちは大きいだろうし、父親がいないからこそ、母親に抱く感情も増幅する。
だからこそ、ましろはその思考に至ったわけだ。
「家族を思う気持ちに優劣はないけど、まああえて優劣をつけるのなら、自分の子供に思う気持ちは別格だと私は思うよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。だからね、私が詩郎さんに負けているのはそれだけなんだ。うん、きっとそう」
「ただの負け惜しみってことね」と美雪が結論づけた。
「母さーん……」みずきが口を尖らせた。
ましろは思わず笑ってしまう。みずきには悪いと思ったけれど、どうしても堪え切れなかったのだ。
それだけ楽しく、
充実した時間だ。
友達の家というのは、妙に遠慮がちになってしまい委縮してしまうが、今のましろは自然体そのものだった。芹沢親子の温かな空気に包まれ、緊張感がいつの間にか消えていた。まるで自分がこの家族の一員であるかのような心地よさ。
その心地よさからなのか、ましろは二人の会話に耳を傾けることに集中してしまう。二人の空気とは、そのようなものだ。見ているだけで充分なのだ。それだけで、自分も楽しめる。共感できてしまう。
そういえば、とましろは思い出していた。みずきが以前に同じようなことを言っていた。ましろの家に遊びに来て、一緒に夕飯を食べたあとのことだ。
羨ましいとも言っていた。
けれど、みずきが気付いていないだけで、彼女もまた同じものを、同じ充実感をたしかに持ち合わせているのだ。当たり前すぎて、見えていない。
家族として欠けているものはあるけれど、
それでも家族は家族。
優劣はつけられない。
優劣など必要ない。
「どうしたんだよ、ましろ。黙りこくっちゃって」
「え? あ、うん。いいなって思って」
「なにが?」
「みずきちゃんの家」
「ほぉ!」みずきが立ちあがった。「いいよ、いつでもうちの子になっちゃいなよ。私の娘にしてあげる」
「娘なの!?」
居候でもなく、姉妹ではなく、娘と言うのが、実に彼女らしかった。もしかしたら身の危険を感じなければいけないのかもしれないし、今後の身の振り方にも気をつけなければならないのかもしれない。
「あら、私の娘にしたいわ」美雪が言った。「双子って少し憧れてるのよね。同い年の姉妹なんて素敵じゃない」
「いくら母さんでもましろの親権は譲れないな」
「おかしいよ、みずきちゃん!」
「芹沢ましろ。うん、いい名前じゃない。ましろって名前が良いわね。なんにでも合いそうな名前だもの」
「可愛い名前だけど、なんにでも合うとは思えないね」みずきが反論した。「白田とかだったら、『しろ』が重複しちゃうし」
「でも、やっぱり香坂の名前が一番よね。もしましろちゃんが私の子供だったら、きっと今みたいに育ってないだろうし。こうしてみずきの友達にもなれなかった。だから今の関係が一番だわ。ありがとう、ましろちゃん」
「え、あ、いえ、こちらこそありがとうございます」ましろはたどたどしく返事をした。
「なんだ、この堅苦しい挨拶」みずきが笑う。
「あら、みずきも感謝しなさい。ましろちゃんにありがとうって」
「え、あ、いや、それは……」みずきの顔がたちまち赤くなっていく。「は、恥ずかしいよ。私の柄じゃないっていうかさ、キャラじゃないじゃん? だから勘弁して!」
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