第12話 白色の温もり

 ましろがみずきの家を訪れたのは、週末のことだった。

 平日はやはり忙しいらしく、帰ってきても遅い時間になってしまう。そんな時間まで待たせるのは悪いと、みずきが週末にしようと言ったのだ。平日が忙しいことは、ましろも両親が共働きをしているためわかっている。ただ久しぶりにみずきの家に行きたかっただけだった。

 右手には父親の詩郎が作ったクッキーの入った箱が携えられている。なにかお土産を持って行きたいと相談したら、作ってくれたのだ。

一応、ましろも手伝ったのだが、どうやら才能のベクトルが逆に向いているらしく、作ったすべてがクッキーと呼べるものではなくなっていた。生地から作ったわけじゃない。ただ形を整えただけで、その有り様だった。それにはさすがの詩郎も驚き、ましろの失敗を責めることなく作り直してくれた。「次、頑張ろう」と頭を撫でられたが、正直に言えば、次も成功する自信がなかった。

 みずきの家までの道のりで、唐突にセレナが切り出した。

『マスターのあの失敗は、もしかしたら魔力が漏れているのかもしれません。そうでなければ、あのような現象はありえません』

 セレナはきっと励ましてくれたのだろうが、ましろはその言葉に落ち込まざるを得なかった。自分の犯した怪奇現象並みの失敗を詩郎に見られてしまったことが、なにより恥ずかしかった。そのとき舞子が起きていたら、あの場にいたら、なにを言われていたのだろうと不安になる。笑われていただろうか。尊敬している、憧れている人に失敗を見られて笑われてしまうのは、たとえそれが親であっても辛い。舞子に隠れて、必死に練習する他ないようだ。そう決心して、ましろはセレナに先ほどのことについて問い掛けた。

「魔力が漏れてるってなに?」

『世界に魔力が満ち溢れているように、人間にも魔力が宿っています。そして微量ですが、外へと流れています。誰かの気配を感じたりするのは、その流れ出ている微量の魔力を感じ取っているからなんです』

 たしかにそういうことはあった。気配が魔力だとは思ってもみなかったが。

『マスターの場合、鍛練のために人より魔力が濃くなっている可能性があります』

「問題はあるの?」

『電子機器などが正常に働かない、あるいは事象のねじれが発生します。人間の作り出したものには、必ず魔力が関わっています。それに気付かないだけで、気付けないだけで人間は魔力と関わっているんです』

 菓子作りに失敗したことを思い出しながら、セレナの話に耳を傾けた。たしかにあれは失敗するはずのない状況で起きた失敗。通常ならば起こり得るはずのない事象。

『今回はマスターの魔力に電子機器が驚いたために発生したのでしょう。マスターの魔力は通常の人間のそれとは異なりますから、対応できなかった』

「静電気みたいなものだったのかな」

『そうですね。そう考えてください。魔力を押さえたいのならば、これまで通りイメージしていたただければ、今のマスターなら充分に対応することができるでしょう』

 それからセレナの監修のもと、何度もイメージして、なんとか常人並みの魔力にすることができた。これまでと違って、目に見える成果があるわけではないため、セレナの助力は必要だった。濃すぎれば周りに影響を与え、薄すぎれば反応を示されにくくなる。ましろにとっての、丁度いい加減を憶えなければならなかった。

 自分で自分の気配を知ることはできない。誰かがいてようやく、気配というものはそこに発生するのだ。

 みずきとの約束の時間に間に合うギリギリの時間まで練習して、ようやくそのイメージを手に掴むことができた。しかし、それが本当に今までの自分と同じものなのかという疑問は拭いきれない。

 午後一時半。休日なのに、あるいは休日であるために、人通りは多くない。天気も良好で、絶好に洗濯日和だと天気予報士が言っていた。そしてその通りだ。雲一つない――ともではいかないが、見事な秋晴れである。

 みずきの家は、閑静な住宅街にある。少し入り組んだ道を行き、塀に猫の置物が置いてある家を目印にその角を曲がった先にある、小さなアパートだ。築年数は相当なものなのだろう、壁の色は日に焼けて色褪せており、所々にヒビが植物の根のように伸びている。決して綺麗だとは言えないアパート。しかし、ましろはその建物が持つ雰囲気が好きだった。これまで何十年もの間、住人を守ってきた。その温かさが伝わってくる。

 一部屋、また一部屋とその前を通り過ぎ、一階の一番奥の扉を目指す。一、二階四部屋ずつの、全八部屋。

 辿り着いて一呼吸置いてから、インターホンを押す。そしてしばらくの静寂。ましろはこの時間が苦手だった。なぜかはわからないが、胸の鼓動が速くなる。なにに怯えているのか、怖がっているのか。まったく見当もつかない。

 扉が開かれるのをじっと待っていられず、つい辺りを見渡してしまう。誰もいない。人の通らない場所は、雑草がかなり伸びてきていた。意味もなく天井を見上げる。蛍光灯の部分に薄っすらと蜘蛛の巣が見えた。

 しばらくして扉の向こうから、駆け寄ってくる音が聞こえてくる。もうすぐ扉が開くのだと、わかった。

「ごめんなさい」の声とともに扉が開かれた。

「こんにちは、ましろちゃん。みずきから聞いてたんだけど、少し眠っちゃってたみたいなの」

 みずきの母、美雪は恥ずかしそうにそう言った。久しぶりに彼女と会ったが、変わったところはなさそうで、あったとしても髪が伸びていることくらいだ。その肩まで伸びた黒髪は後ろで束ねられている。下に垂れさがっていないことから、バレッタを使っていることがわかった。休日のためか、化粧っけはほとんどない。それと垂れ目が合わさって、とても子持ちの母親には見えない。ブラウンのロングスカートと白いブラウス、クリーム色のカーディガンが良く似合っている。

「天気がいいですから、仕方ないですよ」

 ましろの返答に、美雪は「本当にね」と微笑んだ。

 リビングに通され、椅子に腰かける。以前にも座ったことのあるその椅子の感触が懐かしかった。

「ごめんね」美雪が紅茶を淹れながら言う。「今、みずき出かけてるのよ。約束があるのにどこ行っちゃってるのかしら」

「大丈夫です。今日はその、みずきちゃんと遊ぶのもそうですけど、美雪さんに会いに来たんです」

「そうなの? なんだか嬉しいわ。そっか、ましろちゃんが前にうちに来たのは、もうずっと前だものね」

 紅茶がテーブルに運ばれ、ましろは思い出したように、クッキーの入った包みを渡す。

「これ、お土産です」

「あら、気を使わなくてもいいのに」

「お店のものとかじゃないんで、たいしたものじゃないです」と告げるが、それでは詩郎の作ったものを悪く言っているような気がして、慌てて言い直す。「たいしたものじゃないって言っても、お父さんが作ってくれたものなので、美味しいと思います。お店のものにも負けない……です」

 顔が赤くなっているのがわかる。体温も上昇している。どうして身内を褒めるという行為は、こんなにも恥ずかしくなってしまうのだろう。悪いことはしていない。けれど、言葉にしているうちに顔を俯けたくなる。

「ありがとう」美雪がクッキーを受け取る。「お父さんのこと、好きなのね」

 そう言われて、ましろの体は硬直した。思い出したのだ。この芹沢家には父親という存在がないことを。失言だったのかもしれないと後悔する。せめて舞子が作ったことにすればよかった。

「それに、優しい」

 ましろの頭になにかが乗った感触があった。手だ。美雪の手が、頭を撫でている。優しく、そして温かい。

「相変わらずなのね。いいのよ。ましろちゃんが気にすることじゃないの。ましろちゃんはお父さんのことが好き。尊敬してるのね」

「……はい」

 すっと頭上にあった感触がなくなる。「あっ」と呼び止めたくなるほど、名残惜しかった。

「ごめんなさい。別にこんな空気にしたかったわけじゃないの。私はただ、ましろちゃんとお話しができたらと思って」

「私の方こそすいません。変な空気にしてしまって……」

 申し訳なくて、顔を上げることができなかった。正面にいる彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。声の調子から怒っていないことは、なんとなくだが感じ取れた。もしかしたらこれは魔力のおかげなのかもしれない。嫌な場面で役に立ってしまった。

「その様子だと、みずきから聞いてるのね? 夫のこと」

 意外なことに、美雪は話題を変えようとはしなかった。ふいを付かれて、ましろは思わず顔を上げた。

「いえ、なにも聞いてません」ましろは答える。

「そうなの? あの子のことだから話してると思ったんだけど……」

「お父さんがいないってことは言われましたけど、その理由は聞いてません。私もみずきちゃんが話さないのなら、訊かないようにしてました」

「そうなんだ。ちょっと意外ね」

 そう言って微笑みかける美雪に、調子が狂ってしまう。触れてはいけない話題だと思っていた。今でもそう思っている。父親の不在というのは芹沢家にとって深刻な問題で、掘り返されたくない過去なのだと。

ましろが過去にこの話題に触れたのはたった一度だけだ。初めてみずきの家に訪れたときに、彼女に告白された。この家には父親というものがいない――と。それは唐突で、本当になんの脈絡もなかった。虚をつかれ、上手く返答ができなかった。それはたぶん、それだけでのせいではなく、そのときのみずきが笑顔だったことも原因だろう。

その一度だけ。それからは一度も話題に上がることがなかった。みずきの口調は、母親の存在を大きくして、それでも大丈夫なのだと、それだけで充分なのだと、自分に言い聞かせているようだった。だからこそ、ましろは言及しない。

どんなに知りたくても、助けたくても、みずきがそれ拒むことがわかっていたから。

「みずきとは普段、どんな話をしてるの?」

「うーん……」ましろは考える。答えは出ているのだが、その量が多過ぎる。自分たちが普段どれだけどうしようもない会話をしているのかを自覚した。「授業のこととか、テレビ番組のこととか。そんなことばかりです」

「あの子、そんな話するんだ」

「どういうことですか?」

「家ではね、あなたのことばかり話すのよ」美雪は微笑む。「九割はあなたの話。一割は私の話」

 ましろは頬を染めた。どんな話をされているのか気になってしまう。変なことを言われていないだろうか?

「初めてあの子の口から、ましろちゃんの名前が出たときの話ってしたかしら?」

 首を横に振る。

美雪は紅茶を一口飲み、一息ついた。ましろもそれに倣って、紅茶を飲んだ。市販のパックの紅茶のはずだが、かなりの美味しさだった。

「『気にいらない奴がいるんだ』って言ったの。別に珍しいことじゃなかったのよ。みずきは好きな人、嫌いな人がはっきりとしているから、そういうことはよくあった」

 ましろは同意を示すように微笑んだ。好き嫌いがはっきりしている性格。ましろが好きなみずきの一部だ。

「そのときはこんなに仲が良くなるとは思ってなかったの。だって、これまでもみずきは嫌いな子が嫌いで、それが変わることなんてなかったから。だから、また別の日に、ましろちゃんの名前を聞いたときは驚いちゃった」

「なんて言ってたんですか?」

「うんとね」美雪はカップの縁を指の腹でなぞりながら楽しそうに言う。「『あいつ、私が嫌いだって言ったところ直さないんだ』って。なにも変わらないって怒ってた」

「みずきちゃんらしいです」

「そうね。あの子らしい。でもあの子らしくなかったの」

 ましろは首を傾げた。みずきらしいが、みずきらしくない。その意味が上手く掴めなかった。

 美雪は思い返すのが楽しそうだ。

「嫌いなものは嫌い。好きなものは好き。嫌いなものは遠ざけ、好きなものは近づける。当時のみずきは、ましろちゃんのことが嫌いだった。だけど遠ざけなかった。もちろん近づけてもいない。わかる? あの子は、あなたの関係を維持したの。どっちかにしないで、保留を続けた。これはあの子らしくないでしょう?」

 好き嫌いがはっきりとし、そのことに即断即決をするみずきが選んだ保留という選択肢。それは彼女にとってはありえないことで、美雪にも見せたことのないものだった。だから美雪は嬉しそうに話すのだろう。今まで見られなかった娘の一面に直面して、成長を目にすることができた。

「でね、私は訊いたの」

「なにをですか?」

「どうしてましろちゃんにこだわるのかって」

 ましろとみずきが互いを理解し合うのには時間がかかった。表面上だけの友達関係で、そこにあったのは、なんでもないただのクラスメイトという言葉。ましろはありのままの偽ることのない自分をみずきに晒し続け、みずきはましろを気にかけてしまう理由を探した。

 その間も、何度かみずきはましろに自分の内を吐き出していた。気にいらないところ、どうして誰にでも優しくするのか。陰で言うのではなく、直接本人に気持ちを吐露した。

「なんて答えたと思う?」

「えっと……。更生させたい、とか?」ましろは自信なさげに言った。みずきのあの言葉が頭にあったが、恥ずかしくて自分の口からは言えなかった。

 美雪は首を横に振った。

「あの子ね」美雪は嬉しそうに微笑する。「ましろちゃんが私に似てたから、気にかけていたみたいなの」

「美雪さんに……? 私が?」

「そうなの。私はどこが似ているのかわからないし、ましろちゃんも見当がつかないでしょう? でも、あの子は私とましろちゃんが似ているって。顔を赤くしてね。自分より母親に似ているのが気にかかったんだって」

 ましろは、はっとして、みずきの言葉を思い返す。あの言葉の裏側は、みずきが美雪に対して抱いていた気持ちなのだ。羨ましい。眩しい。それは尊敬を表していた。みずきの母親に対する敬いの気持ちは、よく知っている。どうして今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。ましろに美雪を重ね、美雪に重なっているのが自分でないことに、みずきは苛立っていたのだ。自分よりも目標に近い存在だったから、その目標から遠ざけようとした。ましろと美雪を重ねないために。

「可愛いでしょう? 少したくましく育ちすぎちゃったから、女の子らしい一面を見られて嬉しかったわ。目を瞑るだけで、そのときのみずきの表情が浮かぶもの」

 たくましさで言うのなら、みずきは美雪に似てきているのだろう。本当にいい家族だとましろは思った。足りないものを感じさせないほど、豊かである。

「――私も、美雪さんに憧れてるんです」

「本当に? 嬉しい。どういうところなのか教えてもらえる?」

「お母さんは凛々しくてかっこいいんですけど、美雪さんは温かいんです」

「温かい?」

「はい。話していて気持ちが穏やかになるし、なんか空気が温かいんです。和むっていうのかなぁ? そんな感じなんです。私、お母さんみたいな大人になりたいんですけど、理想のお母さん像は美雪さんなんです」

「ありがとう。嬉しいわ」

「どうしたらなれますか?」

「率直ね」美雪は顎に手をあて、考えるポーズをとった。「私みたいになるには――か。考えてみると難しいわね。えーとね、怒らないことかしら」

「怒らないんですか?」

「そうね。最後に怒ったのはいつだったかしら。憶えてないわ」

「凄いですね」ましろは感嘆の声をあげた。

「凄くないわよ。怒るのが疲れるだけよ。怒る方も、怒られる方もいい気分じゃないしね。あまり好きじゃないの。躾も、怒って正すというよりは、優しく導くって感じだったんじゃないかしら」

 導くという言葉がくすぐったいのか、美雪はこのことを他人に吹聴しないようにと告げた。告げるつもりなどなかったため、ましろは即座に同意した。そのときの美雪の仕草がみずきに似ていた。

 みずきが思っているほど、彼女は美雪に似ていないわけではないのだ。ただ近過ぎて気付いていないだけなのだろう。自分の仕草など気にするはずもなく、そのせいで美雪の仕草にも気付かない。第三者が伝えればいいのだろうが、芹沢家にはその第三者に当たる父親がいなかった。

 そう考えると、ましろは舞子に似ていないのかもしれない。詩郎からそう指摘されたことがない。また舞子にも詩郎に似ていると言われたことがない。ただ指摘されていないだけならいいのだが、と不安になる。抱かなくてもいい疑惑の念が胸に残る。思い違いだと、考え過ぎただとわかっていても、それはしつこくこびり付いて、落ちることがなかった。

帰ったら訊いてみよう、とましろは思った。それだけでこの意味のない不安は簡単に取り除かれるのだ。だが、ましろの心中には、「ないと言われたらどうしよう……」という新たな不安の種が芽を出していた。

美雪との他愛のない会話は、時間を感じさせなかった。窓に照らされる日の色や、室内の陰りがなければ、永遠と話していられそうだった。しかし、ここにみずきの姿はない。いまだに帰ってきていなかった。

「そういえば、なんだか新しいものが増えてますね」ましろが見覚えのない電子レンジを見て言った。その他にも、炊飯器などが変わっている。

「そうなの。運がいいみたいでね、ここのところ懸賞がよく当たるの」

「私、当たったことないですよ」

 漫画雑誌に付いてくる懸賞に何度か応募したが、当たった試しがなかった。舞子に当たるわけがないと言われ続け、いつの間にか送るのをやめていた。欲しいものがあったわけじゃない。当選してみたかったのだ。雑誌の最後の方のページに記載される当選者欄に自分の名前があるのを見たかった。

「私もよ。当てたのは、みずき。知らない? あの子、友達から雑誌に付いてくる懸賞のはがき貰って、何度も送ってるのよ」

「知りませんでした」と返答したが、みずきがそれを言うはずがないというのが本音だ。彼女は自分がなにかで頑張っているのを、ひた隠しにする傾向がある。叶えたい願いは口にしないタイプなのだ。

「一年に一回当たればいい方だったんだけど、ここ最近は凄いわね。なんか懸賞の極意を手に入れたって喜んでたわ」

「なんですか、それ」ましろは笑った。

「私もわからないの」美雪も笑う。「でも、当たってるのは事実だし、なにかコツみたいなのを見つけたんじゃないかしら」

 それならぜひとも教えてもらいたいと思ったが、みずきがそう簡単に口を開くとは思えない。「当選確率が低くなるから」などと様々な理由を並べられるに違いない。それにましろはもう当選者一覧に載りたいとは思っていなかった。

「ああでも、届いてるのは最近だから、送ったのはずいぶん前よね。とっくにコツを見つけていたってことになるわね」

 紅茶を飲み、クッキーを食べながら談笑は続いた。

 しばらくして、みずきが「ただいまー」と買い物袋を持って、リビングに入ってきた。近くのスーパーの袋で、ましろにも馴染み深いものだ。内容は確認できないが、ネギの葉だけが見えている。

「おじゃましてるよ」ましろが言った。

「おかえり」美雪が言う。「今日はどうしたのよ。ましろちゃんが来ることはわかってたじゃない」

「そうだけど、ましろは母さんに会いたがってたから、積もる話もあったんじゃないの。私のこととか、私のこととか、私のこととか」

「よくわかったね」ましろが驚きの声を上げる。

「いや、まあ、なんとなくだよ。予想はつくっしょ。変なこと話してない? 母さん」

「話してないわよー」と美雪は微笑んだ。「話したんだ……」とみずきは肩を落とした。

「なかなか興味深い話でしたよ」ましろは少し口調を変えておどけてみせた。

「誰だよ、それ」みずきは笑う。「ましろ、夕飯食べていくっしょ?」

「いいの?」

「ええよ」

「決まりね。電話はそこよ」

 美雪に指し示された場所に行き、電話を借りた。真新しい電話を使うことに、少し抵抗が生まれた。どうしてかわからないが、指紋をつけたりするのが申し訳なかった。そうは言っても、ハンカチを使って受話器を取るなんてことをするのは、失礼にあたってしまう。ましろはしばしの葛藤の後に、ようやく自宅に電話をした。

 出たのは、舞子だった。

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