第14話 白色の悲劇

 ましろの魔法使いの非日常は、無理なく行われた。

 魔力の集中、解放までの流れがより洗練され、精霊を数体倒しても、疲労は小さいものになっていた。感覚が染み付いてきて、自然と必要な魔力を使えるようになったのだ。頭に思い浮かべる必要もない。考えれば、その直後に行動に移り変わっている。しかしまだ魔法使いとしては序の口らしい。たしかに思い出してみると、魔法使いたちは空を飛んでいたし、それになにか今のましろにはないものを持っているようだった。経験から生まれる実力や纏うオーラといったものではなく、それとはずれた位置にあるものだ。それがなにかは掴めていない。

 変わったことと言えば、魔法杖の仕組みである。

以前は蕾が開かなければ、花びらが飛ぶこともなく、四本の枝も伸びることもなかったのだが、今では魔法杖を取り出せば花びらはすでに宙を泳ぎ、四本の枝は銃の装飾のように、さながら彫刻のようになり、必要なときだけに展開されるようになった。これは魔法杖がましろ仕様になっているからだとセレナが告げた。

 精霊を倒すことで発生する願いを見て、セレナが驚きを示した。ましろの願いの一覧には自分のためのものはなく、その表示されるすべてが他人のものだったからだ。

表示される願いは、ましろが本当に叶えたいと思う願いである。そこに自分の願いがなく、他人の願いが表示されること、それは他人の願いを本気で叶えたいと思っていて、さらに自分の願いよりも優先順位が上ということだ。セレナは「不思議な人です」と評価を下した。

ましろは不思議だとは思わなかった。もともと魔法使いになり、願いごとを叶えられるようになると聞いたとき、誰かを幸せにできる、と思ったのだ。頭もよくなく、運動も苦手だけど、それでも誰かのためになにかができるならとましろは魔法使いになった。

みんなを幸せにしたい――それがましろの願いの源であり、行動理由だ。

 普段のましろは生活の中で、誰かが願いごとを口にしていないか、周囲に耳を傾けて過ごしていた。通学路、学校など……。神社に赴いて、絵馬に書かれている願いを叶えられないかと眺めたこともあったが、それは祀られた神様に向けたものなので、触れていいものではない気がして、心残りもあったが踵を返したこともある。

それとなく舞子と詩郎に訊いてみたこともあったが、特にないと言われた。

街には、いろんな願いが溢れていた。

普段なに気なく聞く知らない誰かの会話の中にも、その人の願いが込められていた。盗み聞きをしているようでいい気分ではなかったが、それで願いを聞けて、叶えて、その人が幸福を感じてくれるのなら、そんなことは些細なことだった。

願いを叶えることは、誰かを幸せにできる。

ましろはそう思っていた。

もちろん、聞こえた願いすべてを叶えているわけではない。世の中には、負の願い、破滅の願いも存在している。誰かの「死」を望み、誰かの「破滅」を求める。感情というものがある限り、それは仕方のないことだ。好き嫌いはあるだろうし、過剰なまでに嫌悪してしまうときもある。その多くは愚痴であるのだが、やはりその中には本心も介在している。そういった話を聞いてしまったときは、「ごめんなさい」とましろは内心で誰かに謝罪をした。

セレナと違い、現れる精霊は黒く、そしてその形は様々だった。鳥や猫などの動物のときもあれば、草木のときもあり、丸や四角などの図形もあった。そして人型でさえ――。

その場に留まり続けているとはいえ、動きがないわけではない。ゆらゆらと揺らめき、稀に映像が乱れたかのようにぶれることもあった。精霊といっても、実際は精霊もどき、精霊だったもの、その欠片でしかない。近くに同種がいれば、手を伸ばすかのように形を歪ませた。元に戻ろうと、力を戻そうとしているのだという。そういう感情があるわけではなく、そういうシステムなのだともセレナは告げた。

ましろにはよくわからなかった。

世界の意志で、人間を滅ぼすために生まれた精霊。力を失い、世界が変わろうとも、その使命を果たそうとする。だが、《こちら》の世界の意志は、その欠片を倒すことを目的とし、そのために魔法使いを選出した。その魔法使いに従える精霊は、皮肉にも前の世界で人間の味方をしたものだ。

魔法使いとしての技術だけでなく、世界の知識も備わってきたころ、ましろの日常に雷鳴の如き衝撃をもたらす事件が起きた。それはあまりにも唐突で、言葉を失うしかなく、そのときばかりは魔法使いや精霊のことなど忘却してしまったほどだ。

しかし、最も衝撃を受けたのは彼女ではない。

その日は、曇一つない秋空でとても過ごしやすい日だった。昼休みに、こんな天気が毎日のように続けばいいのに、と話していた矢先のこと。

芹沢美雪が事故で命を落としたという悲報が、みずきに伝わった。

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