第4話 白色の変身
「魔法使い――に、なったんだよね?」
『ええ、もちろんです。どこかおかしいところでもありましたか?』
「おかしいというか、私の知ってる魔法使いの格好とは違うなぁって」
今ましろがいるのは、香坂家前だった。
ましろは何度目となるか忘れてしまったが、またもや光に包まれた。慣れてしまったせいか、目を閉じることも、腕で光を遮ることをしなかった。そして気付けば家の前におり、さらに気付けば、格好が制服ではなくなっていたのだった。
白を基調とし、細かいところに桃色があしらわれている。その組み合わせは、ましろの好みにぴったりだったが、しかし服のデザインはそれとは正反対のイメージのものだった。華やかなのは色だけである。
「私の知ってる魔法使い――魔女? 魔法少女? は、もっと可愛い服を着てたと思うんだけどなぁ……」ましろは自分の格好を見る。
『可愛くありませんか? スカートなど似合っていますよ』
「だけど、これってどっちかというと、軍人さんっぽい」
『それはたぶん、前のマスターの影響でしょう』
「前のマスター?」
『はい。前のマスターは、マスターと同じくらいの年齢でした。前のマスターは、マスターの服よりも、もっとスマートなのを所望して、それこそ、本当の軍人のような――しかも、男性の服装がカッコイイと言って聞きませんでした』
「変わった子だったんだね」
『それで、私がもっと女の子らしいほうがよろしいんじゃないか、と訊ねたところ、これだけは譲るわけにはいかないと、一歩も引きませんでした』
「あなたがこの格好を決めたんだね」
『そうです。見てもらったとおり、あの世界は平和でないですから、普通の女の子として生きることができなくなった前のマスターには、少しでも女の子らしさを持っていて欲しかった。そんな思いのせいか、口論は三日三晩続きました』
「三日三晩!?」
『その結果、マスターの今の格好と同じになったのですが、条件として、その頭のゴーグルだけは残すことになりました』
「これだけ、雰囲気違うもんね」
ましろの頭には、彼女の年代には不釣り合いな、大きなゴーグルがあった。一度通常通りに装着してみたが、ましろの顔の半分以上がそれだけで見えなくなってしまうほど大きい。しかし、不思議なことに、ずり落ちることはなかった。重量はそれなりにあり、気を抜くとふらついてしまう。
このゴーグルについては、ましろもカッコイイとは思ったが、ましろの描く魔法使い像には程遠い、縁のないものだった。
「でも、あなたの言い分が結構通ったんだね」ましろは頭上にあるゴーグルに触れる。「じゃないと、色とかもこうはならなかったんじゃない?」
『そうですね。三日三晩語り合ったかいがあったものです』
「ところで」ましろはゴーグルを装着した。視界が少し狭まり、辺りが緑色に見えた。「私、まだあなたの名前知らないんだけど、訊いてもいいのかな」
『セレナです。それが私に与えられた名前です』
「セレナちゃん、か。可愛い名前だね」ましろは微笑む。「私は香坂ましろ。よろしくね」
『よろしくお願いします。ちなみにですが、私も精霊です』
「あの黒い奴と仲間なの?」
『同種族を仲間と呼ぶのなら、そうです』セレナは言う。『ただ、私は人間を守る側に、世界に敵対した精霊です。一般人に危害を加えるようなことはしません』
「そうだよね。そうじゃなかったら、いの一番に私がやられてるもんね」ましろは苦笑いをした。
ましろには、精霊というものの善悪の区別がつかない。これまでに出会ったことがないのもそうだが、別の世界の映像を見て、話を聞いても、自分が体験をしたわけではないため、実感がわかなかった。生まれたばかりの子どもが、目に見えるものの区別がつかないのと同じだ。
世界にはまだ知らないことがたくさんある。他の世界があることも、その世界とこちらの世界が繋がっていることも知らなかった。もしかしたら、セレナはもっといろんな世界を知っているのかもしれない。手段はわからないが、世界を渡り、世界を見てきたのだろう。その上で、人間の味方をしてくれたのだから、ましろは嬉しかった。
「なんか少しだけ、私の知らない知識が増えてる……かな」
『それは私の知識が流れ込んでいるのでしょう。私とマスターは一心同体に近いですから』
「じゃあ、魔法とか使えるの? そこの石をケーキに変えたりとか」ましろは近くにあった小石を指差した。
『「物質変換」ですか……。それは無理だと思います』
「どうして?」
『マスターには、前のマスターの影響が色濃く出ています。たぶん、魔法の方も前のマスターと同じか、それに近いものになっている可能性が高いです』
「そうなんだぁ」ましろは頷いた。「じゃあ、私の魔法ってなにか確かめないとね。どんな呪文を唱えればいいの? それともあの図形を描けばいいの?」ましろは、円柱の魔法陣を思い出していた。そして天に描かれた魔法陣も同時に思い出した。どう考えても描けそうにない。
『いえ、そういうのはありません』
「ないの? 少し意外」
『「魔法杖」を出していただければわかると思います。私を握ってみてください』
ましろは言われたとおりに、セレナを両手で握った。祈るような姿だ。
『あとは、私が「杖」になるのを想像してください。具体的な形ではなくて大丈夫です。ただ、宝石の形から別の形に変わる、ということをイメージしていただければ構いません』
ましろは想像しやすいように目を瞑った。
具体的な杖の形ではなく、宝石から別のものへと変換するイメージ。
頭の中で何度も復唱する。
具体的でなく、抽象的。
ただ、変換すればいい。
この宝石の形が、少しでも変わればいいのだ。
段々と、手の中が温かくなってきた。知らず知らずの内に、力を込めていたのだろうか。
すると、不思議なことが起きた。頭の中で想像していた宝石が、光り始めたのだ。ましろが、そうなればいいと思ったのではなく、勝手に光り出した。ましろはなにが起きているのかわからなくなる。自分の頭の中のことなのに、制御することができない。
赤い宝石は、光を発しながら、その形を変えていく。
ましろの手に納まる程度の大きさだったのだが、それはあっという間に細長い棒状になり、元の体積を超える大きさになった。
頭の中で起きていることに夢中になっていて忘れていたが、ましろは目を瞑ったままだった。手の温かさは残っているが、そこに宝石を持っているという感触はない。
実際に、宝石がどうなっているのか気になった。
うっすらと目を開く。赤い光が強すぎて、そうすることを強いられた。
徐々に光は弱くなり、その光の内にあったものが姿を晒した。
杖のように見えた。どちらが頭なのかわからないが、おそらく太い方がそうなのだろうとましろは思った。「太い」と言っても、ただ太いわけではない。シルエットで見ればそうだが、実際には鱗のような、花びらのような形をしたものが、いくつも装飾されている。ましろはやわらかそうだという感想から、花びらであると断定した。それは、これが鱗だと気持ち悪いと思ったからでもあった。
空中に浮いているその杖を手に掴むと、不思議なことに、懐かしさが込み上げてきた。初めて手にしたはずなのだが、どこか手慣れた感じがする。
『やはり……』セレナは声を漏らした。杖の方から声が聞こえたような気がした。
「やはりって?」ましろは、思い出したようにゴーグルを外した。ゴーグルを付けていたのに、あの赤い光は、色褪せることなく、そしてその光を強調していたのだった。「あ、前のマスターさんの影響が出てるんだね」
『はい。一部、形は違いますが、これは前のマスターが愛用していたものとほぼ同じです』
「へえ……、そうなんだ。言われてみれば、なんか少し、男らしい杖だよね。こう、機械っぽいっていうのかな?」
『ライフルですから仕方ありません』
「ん? 今、なんて言ったの?」
『ライフル、と申し上げました。といっても、スナイパーライフルの方ですけれど』
「ライフルって……」ましろは記憶を引き出そうとする。「えっと……、杖、の仲間なのかな? 杖科杖目ライフルみたいな」
『銃ですよ』セレナは淡々と言う。『武器の性質が遠距離攻撃特化であるため、便宜上でそう呼んでいるに過ぎないのですが、わかりやすく言えば「銃」ということです』
「ふーん」
ましろは杖をあらゆる角度から観察した。見る角度を変えてみて気付いたが、蕾のような花びらの集まりの中に、枝のようなものが四つあった。どうして蕾の中に枝があるのか、ましろにはわからなかった。
「よくわかんないや。本当に変わった人だったんだね」
『ええ、それはもう本当に』
その声はどこか懐かしむようなものであった。ましろにはセレナの前のマスターのことはわからない。お世辞でも平和であるとは言えない世界にいたことくらいしか知らなかったが、それでも両者には楽しいと思えた日々もあったのだろう。そうでなければ、そんな声は出せない。
『それでは早速ですが精霊を倒してもらいます』
ましろは杖を力強く握った。それは緊張の表れだった。
『まず説明させてもらいますと、この空間は――いえ、この空間も特殊なものです。見ていただくとわかる通り、少し色合いがおかしいです。これは空間を隔離しているからです。結界と言えばわかりやすいでしょうか。つまり、マスターのいる世界に多大な影響を及ぼさないように、似たような空間を作り、精霊だけを空間内に残しているというわけです』
「この空間内でないと、他のみんなに被害が及んじゃうんだね」
『そういうことです。この中はあくまで類似品であるため、建物などが壊れてしまっても、元の世界に影響はありません。好きなだけ壊してもらっても構いませんよ』
「ストレスが発散できそうだね」
『ゴーグルを付けてもらえますか?』
ましろは丁寧に杖を地面に置いてから、ゴーグルを装着した。ゴーグルの分だけ顔の前側が重くなり、バランスを掴むのに苦労をした。
『辺りを見渡してみてください。なにか反応があるはずです』
杖を持ち上げてから、ぐるりと辺りを見渡した。イジメを受けていると思い込んでいるときと、見えた風景は変わらなかった。同じ場所にいるのだから、当然である。ましろは空を仰いだり、地面を見下ろしたりした。鳥も、蟻もいない。
すると、『ピピピ』と機械音が鳴り、レンズに左方向を示す矢印が現れた。その矢印を追っていくと、遠くの方にあるビルに丸が付けられた。
「凄いよ! これ凄いよ!」
『反応がありましたか?』
「売れるよ! これを商品化しようよ。きっとその筋の人には売れるよ」
『しかし、それはマスターにしか使えませんから、売買しても意味がありません。諦めてください』
「それは残念だなぁ。ところでこの丸が示している場所、すごく遠いよ? あそこまで行くの大変だよぉ……、もしかしてこれに乗って飛んでいけるの? すごい! 魔法使いみたい!」
『いえ、そんなことはしません』
「えええ」
『大丈夫です。そのための杖ですから』
「遠くから攻撃できるんだっけ? でも遠すぎないかなぁ」
ましろの住む住宅街から、ゴーグルが示した場所までは、数十キロ以上ある。ましろが普段、バスや電車を使って行くような場所なのだ。そこまで魔法が届くとは、到底思えなかった。
『まずは待機モードから、射撃モードに変更することから始めましょう』
「了解であります!」ましろは敬礼をした。「しかし、どうやってでありますか? ボタンなどありませんでしたけど」
『いえ、あの、マスターは魔法使いですので……』
「そっか!」ましろは気付く。「魔法で変形させるんだね」
『……マスターが思うだけで変形します』
「…………うん」
不思議な声に導かれてから、どれだけの時間が経ったのか、ましろには判断できない。日が暮れているのかどうかも見分けることができない上に、時間を確認できるものを持っていなかった。感覚的には、三時間余りが経っているような気がしていた。
今いる空間は、普段、自分が過ごしている空間とは違う。ましろ以外の人間はおらず、他には精霊と呼ばれるものだけだ。同じようで、まったく違っている。
時間は、どうなのか。
ましろが手紙を見つけたのは、放課後――つまりは、夕暮れ前である。それから三時間経っているということは、日がとっくに暮れているに違いない。
(お母さん、心配してるかな……)
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