116 最後の力
最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:23】
EPISODE 116 「最後の力」
ローズベリーは自らの意志によって、その意識を戦場へと引き戻した。そこには目を背けたくなるほどの、地獄の世界が待ち受けていた。
まだ視界が朦朧とする。体重の重みを感じると、彼女は自分の上に、ブラックキャットが覆いかぶさっている事を認識した。
「生きてる……?」
ブラックキャットが薄く目を開き、囁くように尋ねる。
「な、なんとか……」
ローズベリーが返事をし、ブラックキャットの背中に手を触れると、ぬるりとした感触が手の表面を伝う。違和感を覚え、自らの手のひらを見る……。
血……ローズベリー自身のものではない、これはきっとブラックキャットの……。
「ブラックキャットさん、血が……」
「私は平気だから立ちなさい。……まだ奴は生きてる」
その時、二人の耳が声を聞き取った。
「ああ……そんな……!
バシュフルゴーストの、慟哭にも近い悲鳴だった。
ゴースト・スクワッドの一人、スピーディージンジャーの上半身が強力無比なエーテル光線によって完全に消失していた。致死の光線からバシュフルゴーストを庇って彼は逝った。
スピーディージンジャーであった物体の下半身が転がるその背後の壁には大穴が開き、その先には東京の闇が広がっている。
ベルゼロスはサイキックの暴走状態により過度の興奮状態、既に自我が半分崩れた状態にある事が残された者たちによって、不幸中の幸いといえることだった。
彼は負傷した他の敵を討つことよりも、目の前の「肉塊」に強烈な関心を持つと、まっすぐそれに突き進み、両手に剣を持ったまま獣のようにそれを貪った。
「おいしい……おいしい……おいしい……!!! お肉さんこんなにおいしくてありがとう……僕のために生まれて来たんだ……!」
あまりに冒涜的な光景を目にし、バシュフルゴーストが胃の中のハチミツ酒とパン切れを吐いた。
「スピーディーを喰うんじゃねええええ!!!!」
ポーキードラフトが烈火のごとく怒り、満身創痍にも関わらず単身ベルゼロスに向かう。
「よしなさい!」
ブラックキャットが叫び制止するも遅く、彼はテレポート跳躍すると共にベルゼロスの蠅の三つ首を力いっぱいに殴りつけた。
「よくも、よくも仲間を!!!」
ポーキードラフトが食事を行うベルゼロスを何度も殴り、蹴った。
「食事の邪魔をするなあああアアアアアアアアアア!!!!」
食事の妨害をされた事にベルゼロスが激怒! その人狼の如き腕を振るった!
――――鮮血が散った。
「なぁンだ…………」
ベルゼロスの腹部の、蛆の頭部が大きなえくぼを作り、微笑みを取り戻す。
「君もお肉じゃないか。ありがとう……」
ポーキードラフトのテレポート・キックが読まれた。獣の爪はポーキードラフトの右足を斬り飛ばした。
「うあああああああああああ!!!!!!」
「福本君!!!」
ベルゼロスがポーキードラフトの右足を咀嚼……。
「うん、やっぱりお肉だよ、みんなを食べるとおいしいね……」
醜き蛆の顔が目をとろんとさせ、恍惚の表情を作った。
ポーキードラフトは絶叫し逃れようとするが、激痛のせいでテレポートに集中できない。そこをベルゼロスは逃さなかった。
ボロボロに傷ついた三つの蠅の首で千切れた足の肉を奪い合いながら、ベルゼロスはポーキードラフトを掴みあげ……貫手によってその心臓をそのまま
「か……きょ…………う」
ポーキードラフトは絶命した。
絶句するバシュフルゴーストら三人をよそに、
「うんうん、これもミート、これもミート、全部ミート。おいしい、おいしい……」
スピーディージンジャーのとポーキードラフトを喰らったベルゼロスの傷口に蛆が湧き、それらが傷をたちまち塞いでゆく……。
絶望的な光景であるがこの時に生まれた隙を利用し、ブラックキャットは立ち上がった。肋骨が一本既に折れ、ベルゼロスの渾身のエーテルレーザーからローズベリーを守った際に彼女のキャットスーツの背中は破け、痛々しい傷からは血が流れ出る……。
だが!
「好きにさせるわけにいかないのよ!!!」
これ以上回復させるわけには行かない、ブラックキャットは全力で駆けた!
更なる襲撃を感じ取ったベルゼロスは食事を中断し、ブロードソードと日本刀を再び構える。ローズベリーも目の前の恐怖に抗い、ブラックキャットに続いて敵に立ち向かう。
ベルゼロスの横薙ぎの斬撃を、ローズベリーは前方宙返りで、ブラックキャットはスライディングで回避し、二人同時に蹴りを叩きこむ!
蠅の頭部が噛みつき攻撃を行ってくるが、ローズベリーの背中から繋がるシールドメイデンの盾が二人の命を守る。ブラックキャットは弱点と見定めた蛆の顔に二連続のトリョチャギ(横蹴り)、サマーソルトキックからのネリョチャギ(踵落とし)を決めにかかる。
効果は絶大だったが、ベルゼロスはその圧倒的タフネスに物を云わせ、反撃を行った。
ベルゼロス・ファイナルフォーム、体長3メートルを超える巨体でありながらまさかの迎撃サマーソルトキック。ブラックキャットのネリョチャギは打ち破られ、ローズベリーもろとも空中に打ち上げられる。
「MEEEEEEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAAT!!!!!!!」
聖餐の天使の咆哮が本社ビルをビリビリと揺らす。
ベルゼロスは、必殺の全身全霊斬りを放った。
二人もろとも両断しようとする挟み込みの斬撃が、向かってくる。
――――死。
ブラックキャットの脳裏に、その一言が過ぎった。
危機を前にして、ローズベリーは決死の防御に入った。
背中から
残りの
ハイアーセルフからも、絶望的な目算がローズベリーへと伝わる。
この一撃の防御に失敗すれば、死。
エーテルフィールドごと力尽くでねじ切られて、真っ二つにされる。
(わかってるけど、負けられない。力を貸して――)
――――大丈夫だよ、あなたには私が居る。
私があなたを守る!
『「うあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」』
ローズベリーが、吼えた。
巨大なブロードソードと日本刀、巨大な獣の振るう二つの刃が、一人の少女を挟み込んだ。ローズベリーは自身の限界を超える力を発揮し、盾と、
ブラックキャットがローズベリーの肩に手を添えると、ローズベリーの白色のエーテルフィールドの中に、エメラルドの色が混ざった。
――――破滅的な衝撃が遂にローズベリーを襲った。
少女の全身の骨が悲鳴をあげた。多大なる負荷によって両の鎖骨が割れ、肩甲骨にも大きな亀裂が入り、全身の筋肉はブチブチと音を立てて千切れた。
ギリギリのところで斬撃を防いだローズベリーの眼前に、大口を開ける三つの
終わってない。ローズベリーもブラックキャットも、共に戦慄した。
『大型レーザーが来る!!』
ハイアーセルフの警告が頭に響く。
ローズベリーは大きく傷ついたシールドメイデンの盾を前方に構える共に、両腕をクロスさせた。
――――閃光。
全てを光に呑みこんで滅ぼす、ウグイス色の殺人エーテル光線がローズベリーを襲った。
全身全霊の斬撃から命を救ってくれたシールドメイデンの盾が二つとも光になった。それでもエーテル光線の勢いは止まらず、ローズベリーとブラックキャットのエーテルフィールドを……二人まとめて割った。
エーテル光線がローズベリーの両腕の蔓を焼き、更に左のガントレットを破壊した。
次は両腕が無くなる。
その時
「させません! これ以上死なせるなど!!」
バシュフルゴーストが立ち直り、跳躍すると共にベルゼロスの背中にしがみつき、
ベルゼロスが悲鳴をあげ、エーテル光線が止まった。
ブラックキャットもローズベリーも地上に墜落した。
バシュフルゴーストはたった一人背中にしがみつき、必死にベルゼロスの羽根を引き抜き、地に落とそうとする。バシュフルゴーストが天使の羽根を引き抜くと同時、ベルゼロスは空中で大きく暴れ、バシュフルゴーストを壁に叩きつけた。
バシュフルゴーストが
スピーディージンジャー、ポーキードラフト、戦死。
ローズベリー、ブラックキャット、エーテルフィールドを割られもはや戦闘不能。
――――強すぎる。
ローズベリーは自分の左腕を見た。
着地に失敗して、左腕が折れ曲がっていた。
勝てない。
……
…………
あれは、出撃前の最後の会話だった。
「ファイアストームさん」
「なんだい?」
「あの、聞きたい事が」
「何でも」
「ビーストヘッドの社長の……あの人の事なんですけど……」
「ベルゼロス、か」
「はい。……あの日、ファイアストームさんと、あの人の戦いを見たんですけど、あまりに早くて、目で追い切れなくって。倒す為には、どうしたら……って……」
「…………ひとつだけ」
ファイアストームは涼子を見た。
「ひとつだけどうしても言っておかなければいけない事がある」
「……なんですか?」
「君は強くなった。今の君なら一対一なら乙種チームヒーローの下位、いや……中堅さえクラスさえ倒せるかもしれない。とんでもない成長だ」
そこまで言ってから、彼はこう述べた。
「だが、それでも君は単独ではベルゼロスに勝てない。絶対に一人で戦うな」
「……強いからですか?」
涼子が理由を訊くと、ファイアストームは言った。
「強くて、それ以上に……狂っている。奴の存在が悪意の塊だからだ」
彼は、人が持つ悪意の力がいかにおぞましく、恐ろしく、それでいて……強いかを知っている。我が身を以て…………。
「どうしたら……」
「ブラックキャットがついている」
「……だが、それでも負けるかもしれない」
ファイアストームは眉をひそめて、最悪の事態を考えた。
「考えたくないが、君とブラックキャットと、他の仲間が居ても勝てない可能性は、万一に有り得る」
――――だからシールドメイデンの盾ともう一つ、君に最後の力を託す。
……
…………
――茨城さん、君の友人と、そして君自身のために、この内容をよく読んで欲しい。あの冊子は、そのような書き出しで始まっていた。
まだ君の友達の野原さんが、なぜこんな目に遭ったのか、誰が彼女をこんな目に遭わせたのか、それはまだわかっていない。だけど私達は気を付けるべき事がある。君の友達をこんな目に遭わせた奴らには、恐らく仲間がいる。
そして彼らが茨城さんの事を狙う可能性は、正直言って高い。
私の友人と一緒に調べている最中だが、その仲間がどんなヤツか、具体的な事はまだわからない。だけど、いくつか注意するべきものがある。
要注意リスト1:大きな車。たとえばワゴン車やマイクロバス。人や荷物を運びやすく便利な分、誘拐事件などでも悪用されやすい。茨城さんの近くでが急にそうした車が停車したりしたら、黄色信号。
要注意リスト2:突然声をかけてくる男性。知らない人なのに気さくに声をかけてくるスーツの若い男性などがいたら、特に危険。即赤信号。
危険を感じたら、次のページに書いてあるようにすること――。
…………
……
エーテル光線によって破壊されたガントレットが塵となって崩れ落ちると、その中から宝石のついた銀色のブレスレットが姿を見せた。
こういう時はどうすればいい? 何を頼れば良い? 思考を巡らせた涼子は言いつけを思い出し、激痛に耐えながらも、左手首につけた腕輪の内側にはめ込んである黒い宝石をグっと親指で押した。
「まけな……い。レナちゃんのためにも、みんなのためにも、そして、わたしのためにも……」
星屑の腕輪の黒い宝石が光り輝いた。
茨城 涼子は、自身に残された最後の力で立ち上がり、天井から吊り下げられた肉を貪り続けるベルゼロス――――この世界に涙を降らす暗黒の存在を見据えた。
少女に残された最後の力、それは――――
『「リミット・オフ実行……アセンション」』
ローズベリーが呟くと、折れた左腕に取り付けた腕輪が発光し、サンスクリット語の魔術文字を淡く浮き上がらせる。
腕輪の中から小型の液晶パネルが展開し、03:00:00という赤い数字が浮かび、光った。
最終手段、リミッター解除による
制限時間は三分間、これで倒せなければ
だけどこの最後の時間、決して私は無駄にしない。
ローズベリーの瞳から白目が消え、全てが
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