115 ラヴィアンローズ
最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:22】
EPISODE 115 「ラヴィアンローズ」
市街地では既にファイアストームと陣風戦隊サイクロンとの決着が終了し、もう一つ、もっとも決着の長引いていた戦いも今まさに終了するところだった。
必殺のメイスの殴打を受け、テレポート能力者のアライブドの頭蓋骨が陥没。大きく吹き飛ばされ、絶命。
吹き飛ばした聖天使猫姫は二本のメイスに命の手ごたえを感じるが、後悔している余裕は彼女にない。セイギリボルバーやメテオファイターなどを相手に連戦で負ったダメージ、そして更にネズミ爆弾の能力者から受けるダメージが蓄積し、彼女も肩や脚から出血。
猫姫は雨の中、ぜえぜえと息を吐き、肩を上下させる。だがまだ、最後の一人が残っている。
建物の屋上から飛び降りて来るのは大型のネズミ……いや、ネズミ爆弾。その数、五匹、七匹……いや、十匹。
聖天使猫姫が聖なる滞空レーザーを聖なるメイスから複数発発射し、ネズミ爆弾を撃ち落としてゆく。
しかし脇から他のネズミ爆弾が挟撃!
「たあーっ!」
ディスアームズがピースシールを投げつける。ネズミ爆弾は彼女の武装封印能力によって自爆寸前で機能不全に。爆発することなく、困惑した鳴き声をあげながら消滅。
「見つけた」
建物上の探知能力者シャドウチェイサーが敵の居場所を察知、M82アンチマテリアルライフルの引き金を引くと、近くの建物の壁ごとネズミ爆弾能力者「ラットプロージョン」の頭部を撃ち抜く。
…………生体反応が消えたのをシャドウチェイサーは確認。これで最後の一人を倒した。
「……終わった」
「はぁ……はぁ……にゃあ……」
シャドウチェイサーの撃破報告を耳にすると、猫姫がその場に乙女座りでへたりこんだ。彼女は先頭に立って敵に挑み続けたため、三人の中で飛びぬけてダメージと疲労が重かった。それでも五人の
負傷した猫姫を抱え上げようとディスアームズが駆け寄る。
――――その時、空を轟かせる大きな爆発音が響き、夜が一瞬明るく染まった。
ディスアームズ、猫姫、シャドウチェイサーの三人が振り返る。ビーストヘッド本社ビルの上階で爆発が起こり、そこから緑色のエーテル光線が空へと向けて発射されるのを見た。
「教授……」
シャドウチェイサーは、今もあの場所で戦っているはずの仲間たちの事を想った。
…… ☘ ☘
――…………。
内気な少女は一人、薄暗い闇の中でモニターを眺めていた。
その少女は、とても緊張していた。
落ち着かず、弾力のあるソファーの背もたれに自分を預ける事もできずにいる。喉が渇いて、グラスの中のメロンソーダ、そこから伸びるストローに唇を近づける。
懐かしい、記憶。
内気な少女、茨城 涼子はモニターに映る映像と、流れる歌詞を目で追う。YoutubeやItuneストアで聴けるような音楽よりもずっとチープな音源と、それと共に透き通った綺麗な声が薄暗い室内に響く。
カラオケ、というお店に始めて行ったのは、中学にあがってからだった。
この世で一番嫌いな場所だった。二番目は、学校。三番目は……ええと、なんだっけ……あ、ファミレス。学校の子と一緒に行くの、すごいヤだった。
私をいじめていた女の子たちに無理やり連れていかれて、割り勘でお金だけ出させられて……その子たちがタバコを吸ったり、持ちこんだお酒を飲んでいるのを見ていた。
わたし、お酒とか飲まない。タバコも吸いたくない。
じっとしていると、歌えって脅されたりした。
こわかった。
アニメの歌を歌って、ばかにされたりして
つらかった。
さいごは、知らない男の人達を紹介されて、足を触られたりして……
我慢できなくて、お金だけおいて、トイレに行くって嘘ついて……
わたし怖くて、泣きながら逃げた。
お家に帰って、泣きながら何度も吐いて――――
それから何日も学校に行かなかった。
どうして生きてるんだろうって何度も思ったけど
人生を変えてくれる出会いって、やっぱりあるんだと思う。
――――レナちゃんとの出会いで、わたしの世界は変わった。
怖い人達が私に近寄らなくなってくれて、それに最高の友達が出来た。
カッコよくて、綺麗で、強くて、優しくて、わたしのヒーローだった。
わたしの真っ暗な毎日を、綺麗な色に変えてくれた。
「涼子ちゃん、歌わないの?」
曲が終わると、麗菜が涼子のことを見た。
「わ、わたしは大丈夫だから……」
涼子は麗菜から視線を逸らし、恥ずかし気にうつむく。
「えー、せっかく友達になったんだし、一緒に歌おうよ?」
「で、でも私、歌とかぜんぜん知らないし……」
「大丈夫だって、私と涼子ちゃんしか居ないんだし、練習しよ」
「でも……」
「アニソンとかでも私ぜんぜん良いよ」
麗菜は言った。
「私、アニメとかよく見るよ」
「ほんとう……? わたしも……」
涼子はうつむいたまま、小さく頷く。
「一緒に歌って。そしたらわたしの夢、教えてあげる」
「う、うん……」
麗菜がマイクを差し出すと、涼子は少しためらいながらも……それを手に取った。
「「雪だるまつくろう」とかどう? これだったら……」
「あ、うん。アナ雪、みたよ……。すごく、おもしろかった……」
「決まりね!」
……
二人して歌を一曲歌い終えると、涼子はマイクを持ったままソファーの上に寝転がり、大きく息を吐いた。その姿を見て麗菜はクスりと笑う。
「涼子ちゃん、歌上手」
「ほんと……?」
「うん、他の人よりずっとずっと上手なんだから、もっと自信持って歌えばいいのに」
「そうかな……」
「私ね……夢があるの。恥ずかしいから他の人には言っちゃダメだよ」
「うん、ぜったい言わない」
涼子が固く誓うと、麗菜は少し恥ずかしそうにして自分の夢を口にする。
「私ね、声優を目指してるの。声優って歌もできないとダメだから、こうして練習しに来てるの」
「そうなんだ……」
「うん、だからヒトカラとかもよくしてるよ。ね、これからも練習、付き合ってよ」
「う、うん……いいよ」
涼子は小さく頷く。
「ありがとう、涼子ちゃん」
麗菜がにこりと微笑んだ。
「うん、えっと
すると麗菜はこう言った。
「レナでいいよ。引っ越す前はみんなそう呼んでたし」
「そっか、よろしくねレナちゃん」
「うん」
「それじゃ私、次の曲入れるから、涼子ちゃんも好きなのどんどん入れてね」
「うん」
麗菜が端末を操作し、次の曲を入力。モニターの映像が切り替わり、演奏が始まる……。
その時、涼子の座るソファーの後ろにある、クリーム色の壁掛け無線機が音を立てて鳴りだした。
涼子は、歌っている最中の麗菜に代わり、カラオケ店の無線に手をかけようとする。歌う事には慣れていないが、この仕事は慣れている。とりあえず一時間延長しよう。
「レナちゃん、延長でいいー?」
だがその時、涼子の手が自然と止まった。無線機に張り付けられた、剣に巻き付く蛇の紋章のシールを、ハートマークのシールを、
それを目にした時、彼女はすべてを思い出し――――涙が少女の頬を伝った。
涼子は後ろを振り返った。彼女が親友の麗菜だと思い込んでいたその女性は……本物そっくりの精巧なマネキンで、それはスイッチの入っていないマイクを手に握ったまま、ソファーに腰かけていた。
モニターには一言「かえってきて by Higher self」と文字が表示されている。
カラオケ店の店内に、歌い手の居ないエディット・ピアフの「薔薇色の人生(ラヴィアンローズ)」が静かに流れる。闇の中に消されてしまった、美しい人生…………。
涼子は受話器をそのままにマネキンのもとまで近寄ると、それをそっと抱きしめた。
「レナちゃん……私の人生を変えてくれて、ありがとう……」
頬を伝った涙が、マネキンの衣服に零れ落ちた。
「わたし、頑張るから……負けないから……天国から私の事、見守っててね…………」
涼子は指で涙を拭うと立ち上がり、着信音の鳴り続ける店内無線に手をかけた。
…………
……
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