117 ラスト・スタンディング


最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:24】

EPISODE 117 「ラスト・スタンディング」



 彼女が最後に託された力は、超能力抑制用の魔術道具「星屑の腕輪」の中にあった。それは、最初の暴走後、一度は削除オミットしていた機能であったが、最終決戦を前にして、その機能は再び搭載された。



 リミッター解除による超能力サイキックの意図的暴走。それがファイアストームからローズベリーに与えられた最後の武器ちから



 一歩間違えれば理性を失ったり、後遺症や廃人化さえも有り得る諸刃の剣であるが、彼女はその力を使う事を選んだ。




 制限時間は三分間――――暴走後に彼女が生還可能なラインとして、その時間は定められた。




 失われていたエーテルの力が、急速に彼女の全身に巡る。

 割れていたエーテルフィールドが復活し、ハングアップに陥っていた固有能力【薔薇色の人生(ラヴィアンローズ)】も再起動、全身からは超常の植物のつるが再度生成される。




 超常のつるは彼女の割れてしまった鎖骨を補強し、折れてしまった左腕を元の形状に復元させ、きつく締めあげるようにして固定する。



 大量に生成された蔓が彼女の背負ったカバンや、彼女の上半身のインナーウェアを食いちぎる。

 露わとなった胸を覆い隠すように、蔓が彼女の全身を覆い、つる装束コスチュームを形成する。



 彼女が一歩前に踏み出す。彼女の踏みしめた冷蔵室の床に、超常の野茨の花が咲き、白い花びらが宙に舞う…………。



 茨城 涼子の後天的に獲得した超能力サイキックと、それに伴う現実改変エネルギー「エーテル」の膨大な生成によって現実世界は侵食され、天井から超常の薔薇の花びらが雨のように降り注ぎ始める……。



 ベルゼロスもこれに呼応し、金切り声をあげると破壊された二枚の翼を再生させ、室内中に彼が手にかけた少女たちの苦悶の表情を浮かび上がらせる。




 ローズベリーの全身は今やつるで覆われ、2メートルほどにもなる植物の巨人、名付けるなら「ローゼス・ウィッカーマン」と呼ぶべき存在に変身していた。



 ローゼス・ウィッカーマンとなった少女は拳を突き出すと、いばらつるの槍を空中に飛ばす。つるの槍はノコギリの刃のようにベルゼロスの脇腹を傷つける。



 ベルゼロスは二刀で蔓を切断した後、日本刀でローズベリーを突く。二つのつるの手のひらが、少女の生身の手のひらは無傷なままに刃を受け止めた。


 刃は顔のようになっているつるの頭部の手前で止まり……彼女は両手を思い切り引くと、日本刀の刃を折った。



 巨大なブロードソードが振り下ろされる。ローズベリーは両腕をクロスさせ、刃を受け止めた!

 床が割れ、ローズベリーの足が沈むも、彼女の腕は両断されてはいない。ローズベリーの背中から二つの巨大なつるの腕が生え、それによって左右から大きな幅広の刃を打った!


 恐るべき拳の圧力によって巨大な刃が二つに折れる!

『「ヤーーーーッ!!!」』

 ローズベリーは自らの内にあるハイアーセルフと共に咆哮し、ベルゼロスの腹部の蛆の頭部に膝蹴りを放つ!

 更に、背中の二つの拳ではえの頭部を殴りつけると中腰となり、超高速の正拳突きを放つ! 



「ARRRRRRRRRRRRRRGH!!!!!」

 壁まで吹き飛ばされたベルゼロスは咆哮し、必殺のエーテル光線を放つ! ローゼス・ウィッカーマンと化したローズベリーは走りながら接近。


 距離5メートル。身を屈めると同時、拳を突き出す。ウグイス色のエーテル光線がローズベリーの肩のつるを吹き飛ばした。


 同時に放たれた左拳からつるの槍が伸び、ベルゼロスの蠅の頭部の一つを貫く!



 ベルゼロスは咆哮しながら宙へと逃れる。ローズベリーが全身からつるの槍を何本も伸ばし、邪悪なる天使の身を削り裂くも、ベルゼロスは顔面に飛んできた蔓を喰らい逆に我が力とすると共に、今度は威力を抑えた光球状のエーテル・パルス・レーザーを乱射し始めた。



 飛び来るウグイス色のパルス・レーザー、だが彼女は似た能力者とは既に戦っている! ローゼス・ウィッカーマン、迎撃開始! つるの拳の連打で攻撃を次々と相殺してゆく。





 立ち上がったバシュフルゴーストが満身創痍ながらもブラックキャットのもとまで駆け寄り、戦闘不能になった彼女を担ぎ、この破滅的戦場から身を隠そうとする。



 ローズベリーもバシュフルゴーストの前に立つと巨大な蔓の繭へと瞬時に変形、二人の盾となる。


 三十発のパルス・レーザーを撃ち終えたベルゼロスはミートフックにぶら下がり、エーテル光線による消耗と、受けたダメージを回復させるべく、ぶらさがった肉を骨ごと喰い始める。



 ローズベリーは再変形しローゼス・ウィッカーマンの形に戻ると、ベルゼロスの足につるのロープを巻き付け、空を覆い隠す邪悪なる悪魔を、その力を以て強引に地へ引きずり降ろそうとする!


 ベルゼロスは力て抵抗するが、先にミートフックの金具そのものが怪力に耐えきれず破断。ベルゼロスは肉を抱きかかえたまま地面に叩き落とされる。



 それでもベルゼロスは懸命に肉を喰らい続け、執拗に体力回復を続行する。



 ローゼス・ウィッカーマンと化したローズベリーは足元に白い花びらを舞わせ、赤い薔薇の雨降る室内を突き進む。


 敵を引き寄せながら接近し、肉薄――。


 ローズベリーが拳を振り下ろした。ベルゼロスも殴り返した。ローズベリーは肩から伸びる腕と併せて、倍の手数で殴り返した。ベルゼロスも殴り返した。ローズベリーは四つの植物の拳でベルゼロスを殴り返した。



『「あああああああああああああ!!!!!」』

「ARRRRRRRRRRRRRRGHHH!!!!!」


 二者とも叫びながら互いに殴り合う。それでも暴走状態にあるローズベリーの殴り返す力と手数がベルゼロスのそれを上回り、はえの三つ首を一つ、また一つと粉砕してゆく。



 ローズベリーの更なる振り下ろしの拳が三つ首の最後の一つを砕いた。ウグイス色と煙草色の汚れたエーテルが体液のように周囲に飛び散る。




『これでトドメ!!!!』

 ハイアーセルフが勝利を確信して拳を振り下ろそうとした時、ベルゼロスの腹部の蛆の顔が大口を開き、そこから煙草色のエーテル光線を放った。


 ローズベリー本人の反応しきれなかったその攻撃を、ハイアーセルフは咄嗟にガードへと導く。防御に用いた肩から伸びる腕の二つが一瞬で消失し、その勢いによって2メートルもあるローゼス・ウィッカーマンが大きく吹き飛ばされた。



 ――――致命的な隙。


 立ち上がったベルゼロスが腹部の蛆の口からもう一撃、必殺のエーテル光線を倒れ込んだローズベリーめがけて放とうとした。




 その時、金色に淡く輝くホーミング弾が飛来し、ベルゼロスの蛆の顔をズタズタに引き裂いた。

「ギリギリ、間に合ったか……」


 ローズベリーが後ろを振り返る。

 瀕死のファイアストームがリトルデビルの肩を借り、右の瞳を点滅させながら89式小銃の銃口をベルゼロスに向けていた。


 サイクロンを全滅させた後に、真っすぐこの場所まで向かって来たファイアストームは立っているのも不思議なほどの重症で、かつ消えかかった意識であるにも関わらず89式小銃をフルオート連射し、ベルゼロスの動きを止める。



「今だ涼子さん!! 決着をつけろ!!!」

 ファイアストームが血を吐き、叫んだ。


『涼子ちゃん!!! やっつけて!!!!』

 ファイアストームの肩の上、自分の手持ちを全機失ったソフィアが喉から血の飛沫を吐き、ミラ8号のドローンを中継してローズベリーに呼びかけた。




 ローズベリーは立ち上がり、ベルゼロスに向かって走る! もはや彼女の拳を阻むものは世界中のどこにもない!


 ローズベリーは両の背中から二本の腕を再生成し、構えた。



『「全部グでー…………殴る!!!!!」』

 捕食用の頭部四つすべてを損傷し、食事機能を喪失したグロッキー状態のベルゼロスに……少女は拳を叩きこんだ!!!!



『「うあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」』

 咆哮と共に彼女は全身全霊のラッシュへと移行! 残り時間65秒! ここで全てを出し尽くす!!! ローズベリーはベルゼロスを……殴る! 殴る!殴る! 殴る! 殴る! 殴る! 殴る!殴る! 殴る! 殴る! ひたすら殴り続ける!!!



 殴る、殴る、殴る、殴る、殴る……。

 赤い薔薇の雨が降る中、少女の打撃と共に白い野茨が咲き乱れる…………。



 残り時間40秒!


 殴る、殴る、殴る、殴る、殴る……。

 10発、20発、30発、50発殴っても未だ足りず。

 殴る、殴る、殴る、殴る、殴る……。

 70発、90発……100発の拳を打ちこんでも未だ足りず。



 残り時間、20秒を切る!


 殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴り続け…………。

 全部で計127発の拳を叩き込むと、ローズベリーは胸を覆う部分を除いて全ての能力を解除し、残ったすべての力を右腕に集中させた。



 残り時間、あと8秒! 7、6、5、4……



 そしてつるを巻き付けた128発目の拳を――――怒りの拳を振り下ろした。




 その時、リミッター解除三分間の制限時間の終了と共にローズベリーは超能力サイキックのハングアップを起こし、その戦闘能力のすべてを喪失した。



 ――だがもう、ベルゼロスは立ち上がらなかった。エネルギー補給と攻撃、両方に用いる三つの蠅の頭部は潰れ、腹部に付いていた蛆の如き顔もズタズタに引き裂かれ、もはや原型を留めず。

 太くたくましかった獣の手足は折れ、潰れ……その力を失い、血に汚れた天使の羽根は全て散り…………




 空を覆う雨雲の上に君臨する大天使は…………ついに、堕ちた。




 戦いが終わった時、立っていたのは血と汗にまみれた一人の少女だった。

 茨城いばらぎ 涼子は、勝ったのだ。



 全ての力を出し尽くした少女は、その場で両手両膝をついた。



「お腹……お腹がすいた…………」

 ベルゼロスは全ての力を失ってもなお、強烈な空腹の中でうめいていた。


「あなたにあげるものなんて、何一つない…………。もう、奪わせない……」

 涼子は呟いた。



「消えてしまう……僕のすべてが……背負って来た命とともに……だ、だめだ……」

「…………私達から勝手に奪ったものを……勝手に背負わないでください」




「消えろ」


 ファイアストームは近寄り、傷ついた左腕義手の銃口をベルゼロスに向ける。



 ――――これで終わり。



「待ってください」

 涼子がファイアストームを制した。

「駄目だ」

「お願いします。どうか……」

「……」


 ファイアストームは銃口を展開したままではあったが、無言で左腕を下げた。



「そうだよ、それでいい。私がいなくなってしまったら、私のお腹の中にある君の友達まで、消えてなくなってしまう……」

 地に堕ちた聖餐の天使は、もはや虫の鳴く声でしか声を発する事はできない。彼は全身を痙攣させ、異形の身体からは今もウグイス色と煙草タバコ色のエーテルが漏れ出し続けている……。



 

「わたしの親友で……わたしのヒーローだった人は……」

 涼子は上半身に着衣を身に着けぬまま、全身からも血を流し……それでも、立ち上がると……胸に手を当て、ハイアーセルフと共にこう言い切った。


『「レナちゃんの存在は、今もわたしたちの中にあります」』

 大切な命は闇と雨の中に消えた。だがその人ののこした灯火おもいは、今も少女の中で、彼女の中の彼女と共に、燃え続けていた…………。



「だから……それで充分です」


 それから涼子は、ファイアストームを振り返ると

「わたしに……やらせてもらえませんか」

 と、小さく言った。


「君は十分すぎるほどやった。処分はアサシンに任せれば良い」

「いえ……わたしがきちんと、終わらせないとダメなんだとおもうんです。だから……ここまできました」


「そうか……」

 ファイアストームは頷くと、89式小銃のマガジンを実弾入りのものに変更し、ボルトを引き直すと涼子の肩に当ててやった。

「狙いは俺がつける。引き金は、君が引くと良い」

 左腕の折れている涼子に代わって、ファイアストームは右手でライフルを支え、左手で少女の背中を支えた。




 小銃のアイアンサイトが、ベルゼロスの姿を捉える。



「た、頼む。僕が死んだら、僕の身体を食べるか、せめて土に……」

「知らなかったのか」

 ベルゼロスが何かを言いかけるも、ファイアストームが遮った。


「変身能力者は、変身中に命が尽きるとな……元の姿に戻れないんだ。そしてそのまま死ぬと、変身エーテル体は塵となって、消える」


 ファイアストームは言った。

「つまり、お前が死んだ後には何も残らない。あるのは無だけだ」

「……!!?? そんな……嘘だ……!!」


「どうやらもう、戻れないらしいな」

 ファイアストームの読みは図星で、最後の戦いで能力暴走を続けたベルゼロスは、反動によって元の姿に戻る事が既にできなくなっていた。


「やめてくれ……!!」

 ベルゼロスは、受け入れ難い事実を耳にし、その時初めて絶望を知った。






「……さよなら」

 引き金に指をかけたローズベリーは、自らの人生を選択した。














 聖餐の天使はこの世のものとは思えないおぞましい断末魔を杉並区中に響かせ…………ついに滅び去った。





EPISODE「脱出」へ続く。

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