112 交戦(エンゲージ)





 遠くの方で、一台のタクシーが雨に濡れたアスファルトを駆け抜ける音が鳴った。





 未だ、みぞれの入り混じる土砂降りのような雨は降り続け、ただその音だけが戦場を支配している……。他には何もない、民衆の悲鳴も、爆発音や、銃声も……本社ビル内での戦闘を除き、市街地や住宅地では、ほとんどの戦いが終結した後だった。


 レイは柔術の構えを取り、一歩、また一歩、り足で静かに近づく……。隻腕の一文字は残った左拳を引き、前腕の失われた右腕を前に突き出す……。



 レイが、ジャリ、と、足の裏に何かを踏んだ。爆殺したサイクロンのアーマーの破片だった。一文字も何かを踏んだ。同様に爆死したクランクプラズマの肉片の一部だった。









 二者は一斉に動いた。


 一文字が左手でサイクロンカッターを放つ。雨を切り裂く真空の刃を半身になってレイは回避する。レイがザウエルピストルをクイックドローし連続して銃撃を行う。一文字はこれをサイクロンカッターで斬り払う。


 一文字は左拳を突き出しサイクロン・トルネードによる細い竜巻を放つ。レイはスライディングで潜り抜けると左腕義手を展開、カスール砲を向けた。



 ――――轟音。しかし一文字、ブリッジ回避。レイは足払いで一文字の足を刈るが、一文字はそのまま背部飛行ユニットで滞空。逆に打ち下ろしの蹴りを放った。


 レイは瞬時にコンバットナイフを引き抜き、蹴りを受け止める。水溜まりの上をローリングし一旦距離を保つと、カスール砲を発射。殺人的威力のホーミング弾を間一髪回避し、飛行突撃。一文字はあえて、前腕を失った右腕でレイの顔面を殴りつけた。


 一文字は自らの喉を狙うレイの斬撃を避ける。かすったナイフが左頬を裂いた。レイはさらにコンバットナイフで突き、一文字の残された左眼球の破壊を狙う。


 これを回避した一文字が右肘でレイの顎を側面から打ち抜く。さらに膝蹴りでレイの金的を蹴り上げるも、ファウルカップによる金的対策済みで思った通りの効果を発揮しない。


 レイがナイフを逆手に持つと、反撃のジャブで牽制。続けて、既にひび割れていたコンバットアーマーにボディーブローを叩きこむ。一文字が首を狙うナイフをサイクロンカッターで受け止めると、その攻撃の余波によってレイの右腕から出血。


 レイはもう一本のコンバットナイフも引き抜き、二刀によって攻める。左の斬り下ろし、一文字のエーテルフィールドが作動すると共に、コンバットアーマーに斬撃の跡が刻まれる。


 そのままレイは踏み込み、左のコンバットナイフで一文字の右脇腹を刺した。……前回の戦闘で一文字が負傷した場所で、コンバットアーマーの修理も、傷の治療も追いついていない場所だった。



 ――――ナイフを引き抜くと、その先端には血が付着していた。まだエーテルフィールドによって阻まれ、深くまで突き刺さっていない。


 故に、もう一度刺した。更にもう一度刺した。更にもう一度――――

 コンバットアーマーから血が噴き出し、死神の黒腕を返り血に染めた。ナイフはもう、根元まで赤く染まっていた。



 一文字はスパイラル・サイクロン・パンチでレイを殴り飛ばす。防御に用いた右のコンバットナイフが折れた。


 追い打ちを防ぐため、レイはザウエルピストルを引き抜き牽制射撃。一文字は背部の飛行補助ユニットから風を吐き、空中へと逃れる。


 レイはスモーク・グレネードを複数生成し、煙幕を張る。一文字はすぐにサイクロン・トルネードによって煙を吹き飛ばすが、その時彼の左足には死神の黒腕からワイヤーにからめとられており、そのワイヤーそのものに複数のフラグ・グレネード、そして起爆装置たるプラスチック爆弾がくくりつけられていた。


 ――――必殺の技、サイ・ボムによって作り出した即席の爆導索をレイは躊躇わず起爆させた。




 一文字は迷わなかった。サイクロン・カッターで左足を自ら切断し、必殺の爆導索から逃れた。極限の決断ではあったが、この判断があと0.4秒遅れていたら、一文字は爆死を遂げ、勝負はここで終わっていただろう。



 片手片腕片目となった一文字だったが、傷つき、失うものが増えるほどに彼の憎悪とサイキックは高まった。



 爆発を潜り抜け、残った右足で決死のスパイラル・サイクロン・キックを放った。



 ――――憎悪の蹴りはレイの鳩尾みぞおちを捉えた。レイの肋骨は砕け、口から大量の血を吐いた。そのまま必殺の蹴りによって地面を跳ね、サイキックドローンが作ったクレーターを越えて、ガードレールに激突して、それでも止まらず電柱へと激突し……ようやく止まった。




 レイは受け身も取れずに路上に崩れ落ちると、水溜まりの中に血を吐いた。




「あの時のレッド……サイクロン六号は……天田あまだ 貴子たかこは……俺のたった一人の……世界でたった一人の人だった……」


 レイは虫けらのように地べたを張った。一文字は飛行しながら接近し、レイの頭を掴むと、その顔を電柱に叩きつけた。叩きつけた。叩きつけた。叩きつけた。叩きつけた。


 レイの鼻骨は折れ、口からのみならず鼻からもおびただしい量の血を流した。鼻が折れた事によって呼吸が詰まり、エーテルの循環が著しく悪化するのがわかった。



「俺の全てを奪ったお前たちを殺してやる……一匹残らず…………」


 レイは、一文字の左手を掴むとその小指を逆方向に圧し折った。身を捻り、飛びつきの腕ひしぎ十字固めを実行した。


 一文字はレイの後頭部を路上に叩きつけたが、関節技によって左肘を逆方向へ折り曲げられるのを阻止しきれなかった。



 土砂降りの雨の中、二人の復讐鬼は血まみれの姿だった。二者とも、激痛によって、怒りによって、悲しみによって、憎しみによって、うめき声をあげた。


 片足の一文字はガードレールにしがみつき、凍える身体を震わせながら懸命に立ち上がった。

 レイもまた、水溜まりの中に血を吐きながらも、立ち上がった。



 一文字は、失われた前腕に能力を集中させ…………真空の刃を作りだした。

 とっさに作りだした技は、陣風戦隊でも使えるものがほとんど存在しないとされる幻の技「風ノ剣(サイクロン・ブレード)」……。



 レイがカスール砲とザウエルで射撃を行うのに対し、彼は背部飛行ユニットの力と、サイクロン・ブレード一本だけでこれに対抗した。



 だが突如、一文字は飛行制御を失い地上へと激突した。レイもまた射撃中に膝をつく。胸部の裂傷からも血がドロリと流れる……。


 一文字の赤い瞳は弱々しく点滅していた。レイも同様で、左の瞳からは輝きが消え、右の瞳からもクローバーの紋章が消えた……。



 ――――二人とも、既に限界を越えていた。




 全ての者たちをひれ伏させるような土砂降りの雨の中で、二人の復讐鬼は大きく肩で息をし、何とか立ち上がろうとする……。


 膝立ちのレイはザウエルP226ピストルの銃口を向けた。発砲。一文字は倒れながらもサイクロン・ブレードで銃弾を斬り落とす。そして前腕のない右腕を突き出すと、サイクロン・トルネードでレイの右手からザウエルピストルを弾き飛ばす……。


 まず、レイが立ち上がった……。一文字も続けて、飛行補助ユニットによってホバリング状態を回復した。



 互いの距離、僅か5メートル。



 二者は互いに睨みあい、互いを憎み合い続けた。



 そして二人とも、口で大きく息を吸った……。瞬間的に一文字の瞳に赤い光が戻り、レイの両の瞳も同様、黄泉の空の如き金色の輝きを取り戻し、右の瞳に復讐の紋章を浮かび上がらせる。



 だが……二人とも、この状況がほんの一瞬であることをわかっていた。



 次の一撃で…………どちらかの復讐は、尽きる。


「オール・イン…………」

 レイはこの一撃に命の全てを賭ける。よろめき、口を鼻から血を噴き出しながらも辛うじて半身の姿勢を取り、左の腕を後ろに引く……。



「最終必殺…………」

 一文字は折れた左腕をぶらんとさせ、切断を余儀なくされた左足からはおびただしい血を流しながらも、最愛の人と共に失われた右前腕に、必殺の真空剣を形成……。



「……サイクロン・ブレード」

「……」


 二者が必殺の一撃を放った。










 サイクロン・ブレードが、レイの首を捉えた。

 それはレイの黒腕が一文字に到達するよりも、ほんの一瞬だけ早かった。









 変形を解除したソフィアのサイキックドローンが、レイの身代わりになった。


『約束だよ。必ず生きて帰って。私の――――』








 ソフィアのドローンが切断された。それを行ったサイクロン・ブレードがレイの首に同様の運命を強いるよりも早く、死神の黒腕は一文字の命へと到達した。




 至近距離から放つカスール砲が一文字のコンバットアーマーを、エーテルフィールドごと強引に貫いた。レイは右の手で一文字の真っ赤なマフラーを掴むと……砲撃によって出来た傷口に黒腕の貫手を突き刺した。



 憎悪と復讐の黒死鳥オオウミガラスくちばしが、一文字の臓物をついばんだ。

 レイはそれを掴んだまま、義手を一文字の腹から引き抜いた。


 一文字の命が、腹から外へとこぼれ出た。血が、噴き出した。






 血に染まったレイの腕の薬指にエーテルが集まり、小さな金色の輪のようなものを作った。

 レイはもう一度、同じ場所に貫手を打ちこんだ



 一文字が大量の血を口から吐き、それがレイの顔全体を、インナースーツを、真っ赤に染めあげた。



「……ア……ア……たか……こ……」

 一文字は、愛する人の名を呼んだ。そして涙を流しながら、死神に憎悪の眼差しを向けた。

「おまえたちは、おれの、すべ……てを……」




 レイは、一文字の腹の中に爆弾を直接生成した。


「裏業……【惨華(イムヌ・ア・ラムール)】……」


 爆薬だけを残して腕を引き抜くと同時、右拳によって一文字を突き飛ばした。レイが敵に背を向け、残心を取ると同時、彼の背後で爆音と共に…………命の花が散った。



 エーテル爆薬の爆破光は、暗黒の世界に一瞬だが、光をもたらした。


 その光は、アスファルトに坂本 レイの影を作りだした。




 レイはその刹那、自分の影の隣に寄りそう、もう一つの影の幻を見た。










 ――――あなたは誰かを救ったりなんてしなくて良かった。


 ヒーローなんか、目指さなくて良かったのに。


 困ってる周りの人なんて、無視すればよかった。


 ずっと、わたしと一緒に居れば……しあわせだったかもしれないのに…………。








 坂本 レイは、その場で両膝をつくと、光の消えた闇の世界に向かって呟いた。

「お前たちが……俺の全てを奪った……」









 土砂降りの雨は、まだ続いていた。



 空を仰ぐ。降り注ぐ雨は、彼の顔に、全身に、浴びた血と臓物を必死で洗い流そうとする。



 彼はもう、涙の流し方を思い出せない。

 すべてを奪われた男の涙は、とうに枯れてしまった。






 ――――それでも、暗黒の街に降る雨は、街のネオンに照らされては輝く涙のように降り注ぎ、まるで男の代わりに泣いてくれているようだった。









☘ 暗黒街のヒーロー

A Tear shines in the Darkness city.

 Fire in the Rain. (邦題:雨の中の灯火)


最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:19】

EPISODE 112 「呪縛エンゲージ


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る