111 音の無い雨
最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:18】
EPISODE 111 「音の無い雨」
ブルー・サイクロンに吹き飛ばされたファイアストームは受け身を取って立ち上がる。残る拳銃はザウエルP226とワルサーPPKが共に一丁ずつ。ファイアストームは能力給弾を終えた二丁をそれぞれの手に持つと、ブルーとピンクに射撃を行いながら距離を取る。
ファイアストームは
プラズマショットがエーテルグレネードを撃ち抜き、地上で爆発。ファイアストームはもう一つをサイクロン側に投げると地上へ飛ぶ。
サイクロンは即座に散開し距離をとったが、フラグ・グレネードは爆発せずにその場で雲散し消滅。
不発――能力不安定の弊害だ。
ファイアストームは地上に降りると受け身を取り、クランクプラズマのもとへ駆けた。むせこむクランクプラズマが本数を減らした右手でクランクレバーを回し、プラズマショットを撃ちこむ。
数発を回避するファイアストームだが、最後の一発がライオットアーマーを捉える。しかし衝撃に耐え、ファイアストームはクランクプラズマの頭部を殴りつける! クランクプラズマも指の欠損した拳であるにも関わらず果敢に殴り返す!
ファイアストームは左手でマチェットを引き抜き、素早く袈裟に斬りつける。クランクプラズマの胸に深い裂傷が刻まれ、クランクプラズマは膝を着く。
トドメを刺そうとするが――――サイクロン三人の行動が早い。ファイアストームは飛び離れる。
レッド・サイクロン、ブルー・サイクロン、ピンク・サイクロンの三名が迫る。FN-Five-Seven装備の3601番機が弾幕を張りながらサイクロンを迎え撃つ。
ファイアストームは3601番に迎撃を任せ、一目散に建物内へと駆けこむ。彼を守ろうと前に出た3601番サイ・ビットをレッドとブルーが叩き潰した。
建物内部に逃げ込んだファイアストームだったが、三人のサイクロンとクランクプラズマはすぐに死神を追わなかった。
「待て……恐らく罠だ」
レッド・サイクロンこと
「……どうしますか」
クランクプラズマを害はないにしろ話すだけ時間の無駄な狂人の類と判断すると、五号ブルーはレッドに対応策を尋ねる。するとレッドは言った。
「罠ごと吹き飛ばすまでだ」
死神の潜伏する無人のレストランを正面に、三人のヒーローは降り立つ。すると三人共にエーテルを循環させ、構える。店の奥から死神が腕だけを出し、フラグ・グレネードを投げつけて来る。
「無駄だ!」
レッドは風圧でフラグ・グレネードを店の奥へと押し返す。
――――爆発。ファイアストームは暗闇の更に奥で自分の攻撃によって傷つき、左脚から血を流す。
「馬鹿ね、袋のネズミなんて」
ピンク・サイクロンが思わず嘲笑した。
もはや逃げ場はどこにもない。ハンムラビの怪人ごときが何だというのか、最初こそてこずったものの、こうなってしまえば店の奥で震えて隠れる子供と一緒ではないか。
厨房の奥、ファイアストームはエーテル弾の給弾を終え、負傷した左脚をバンダナで縛り上げる。
大破したヘルメットも投げ捨てた。額を血の混じった汗が伝う。
闇の中、彼の眼前には熱帯魚の幻と、しゃぼんのような泡が浮かんでは消える。坂本 レイが泡の幻影に視線を向けると、泡に反射して仲良く手を繋ぐ一組の男女の姿が一瞬、見えた。
「……」
残るサイ・ビットは81番機のみ。81番の搭載装備はデザートイーグルが残り二発、シングルアクションのミニリボルバーは残り三発……この1対4にして袋小路の状況を打開できるものではない。
サイクロンの三人が力を溜め始めた……トラップを警戒するならば、三人の竜巻攻撃でトラップごと店を吹き飛ばしてしまえばいい。
「必殺――――」
サイクロン三人が店とトラップごとファイアストームを吹き飛ばそうとするのと、最後のサイ・ビットが行動を起こすのは同時の事だった。
急襲を仕掛けた81番機がミニリボルバーの一発とデザートイーグルの二発を発射。デザートイーグルの二発がブルー・サイクロンとピンク・サイクロンに命中し、それぞれコンバットアーマーに大きな損傷を与え敵の合体技をキャンセル、が……そこまでだった。
クランクプラズマのプラズマショットと、レッドのサイクロン・カッターが最後のサイ・ビットを破壊した。万策は尽きた。
――――かに思えた。
ハンムラビ作戦指令室のソフィアはファイアストームとの重度精神リンクと、サイ・ビット行使による過重負荷によって顔が真っ赤に染まるほどの鼻血を流しながらも立ち上がり、喉を枯らすほどの勢いで叫んだ。
『今よ!!! サイキックドローン爆弾、全機投入!!!』
ソフィアの号令と共に、周辺の建物に潜伏していたミラシリーズのサイキックドローンが次々に飛び出した。杉並区の広域監視を放棄してまでかき集めたサイキックドローンの総数……なんと総勢57機。
『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』『こんばんは』
『こちらミラ15号「イチゴ」管理下の『こちらミラ8号「ヤエ」管理下の『こちらミラ24号「ツクヨ」管理下のサイキック『こちらミラ15号『こちらミラ41号『こちらミラ22号「ナデシコ」管理下の『こちらミラ8号『こちらミラ『こちらミラ15号『こちらミラ41『こちらミラ41号「カナデ」管理下のサイキックドローンです』
キューブ型のサイキックドローンは全機名乗りながら特攻! 彼らの作業用の触手マニピュレーターにはゲリラ兵士から回収した物理手榴弾、または有事を想定し元々爆薬を積載していたドローン、あるいはファイアストームによるエーテル複製の爆弾……差はあれど全機、爆装済み。
「なんだと!?」
王手を仕掛けていたつもりが逆王手を仕掛けられた。レッド・サイクロンは驚愕と共に、空を覆う特攻無人兵器の群れに戦慄した。
『KABOOM(カブーム)』
ドローンの一機が地面に高速激突、爆発。
『KABOOM』
次のドローンが地面に激突、爆発。レッドがサイクロン・カッターで斬りはらい、爆発させる。クランクプラズマはプラズマショットを空に向けて連射し、サイキックドローンを撃ち落とす。
ファイアストームは店舗の奥から飛び出すと、フラグ・グレネードと閃光手榴弾を投げ込む。足元から発生した爆風、閃光と轟音によってヒーローたちは瞬間的に感覚を喪失する。その一瞬は
『KABOOM』
――閃光を抜けてドローン爆弾が激突。クランクプラズマの右腕を吹き飛ばした。ドローン爆弾が激突、ピンク・サイクロンのコンバットヘルメットに損傷、カメラ機能喪失。
『KABOOM』ピンク・サイクロンの足右にドローン激突、爆発。『KABOOM』右足にドローン激突、爆発、振り払って飛ぼうとするも、ファイアストームの撃った銃弾が横から突き刺さる。『KABOOM』右足にドローン激突、爆発。ピンク・サイクロンの右脛から下が吹き飛んだ。『KABOOM』
『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM』『KABOOM…………』
転倒した所へ更にドローン爆弾が一つ、また一つと発光しながら墜落、そして自爆。
「くそっ!」
炎の中のレッド・サイクロンとブルー・サイクロンは耐えきれないことを悟ると決断し、いちかばちか、傷つきながらも建物内部へと飛びこむ。ファイアストームが物陰に隠れるのを見た瞬間、二人は戦慄。大ダメージを覚悟しエーテルフィールドを最大にした。
――――エーテル地雷、起爆。グレネード・トラップ、同時起爆。
クランクプラズマとピンク・サイクロンが炎に呑まれながら絶叫する。レッド・サイクロンとブルー・サイクロンもまた、何かを叫んだ。しかしそのいずれも、次々と特攻し自爆するサイキックドローンの爆発にかき消されて、消えてしまった。
ファイアストームは再度姿を現し、店内に仕掛けた爆発トラップによって吹き飛ばされたレッド・サイクロン、およびブルー・サイクロンめがけて二丁拳銃の弾を全弾撃ちこんだ。
右手に持つザウエルP226の装弾数:十五発よりも、左手に持つワルサーPPKの六発が尽きる方が早い。ワルサーPPKの残弾が尽きるとファイアストームはそれを放棄し、カスール砲を展開。
カスール砲がレッドのエーテルフィールドを叩き割ると共に、脇腹の肉を多く抉り取った。残り二発。
次の弾はレッドの右腕を吹き飛ばした。残り一発。
もう一発はレッドのヘルメットを捉えたが、レッドが瞬間的に顔を捻ったがために頭部破砕にまでは至らず、ヘルメットの破壊と右眼球の破壊に留まった。残弾、ゼロ。
ブルーの苦し紛れのサイクロン・トルネードと、レッドの放ったサイクロンカッターががライオットアーマーを破壊・貫通し、ファイアストームの胸部から腹部にかけて深い裂傷を与えた。
ファイアストームは衝撃で吹き飛ばされるが、その瞬間に左腕外付けのワイヤーガン機構を駆動させる。ブルー・サイクロンの首にワイヤーが巻き付くと同時、左腕を強制排除した。
――――ロケットパンチ、と呼ぶにはあまりに不格好なものであったが、自切した左腕はワイヤーガンの格納の勢いによって高速で飛翔、ブルー・サイクロンの顎を捉えると、瞬時に左腕に取り付けた爆弾が炸裂。ブルー・サイクロンこと五号の首を吹き飛ばした。
レッドは右腕と右目を失っても尚、左拳で殴りかかった。
ファイアストームは残った右腕でマチェットを引き抜くと、身を低くしてレッド・サイクロンの拳を回避し――――その心臓を、マチェットの刃によって貫いた。
マチェットの刃がレッド・サイクロンこと會川の背中から飛び出すと同時、サイキックドローン57機による壮絶極まる一斉特攻が終了した。
サイキックドローンによる自爆攻撃が終わった時、店のすぐ外の路上は焦土と化し、コンクリートの地面ははがれ、小さなクレーターが出来るほどの有様となっていた。
――――路上には焼け焦げた肉片が散らばっていたが、それがクランクプラズマのものであったのか、ピンク・サイクロンのものであったのか、判別することは最早不可能だった。
爆音が止み、静かな夜が戻って来た。
「愚か者……」
サイクロン四号、會川は血を吐きながら死神のマフラーを掴む。しかしもう、半神の如き腕力は失われ、今では幼子ほどの力しか彼には残されていない。そしてその力さえも、急速に失われてゆく…………。
「俺を殺して……何になる」
會川は、最期に死神へと、彼の愚行を問いただそうとした。
「たとえ俺が死んでも、必ず次の……レッドが現れ、お前たちを…………」
しかしその最中に、會川は事切れた。
ファイアストームは會川の体内で折れたマチェットを引き抜くと、店の壁へと蹴り飛ばす。そして、命燃え尽きた堕天使の亡骸に向かって、呟いた。
「何度でも殺す。何度でも……」
すべてを殺し尽くすと、ファイアストームは破損したライオットアーマーを強制パージする。鈍い金属の音が床に響く。
折れたマチェットも地面に放り出す。
彼は荒れ果てた店の外の、より荒れ果てたクレーターに向かって歩んだ。
ボロボロに傷つき、破れ、スローイングナイフの尽きたジャケットを、クレーターの中に投げ捨てた。抉れた地面の、泥の混じった水溜まりの中にジャケットは落ち、さらにその上へと重く息苦しい雨が降り注ぐ…………。
血を流しながら雨の中を歩くと、彼は路上で座り込んだ。
雨の中を、一機の白いUFOのような物体が飛んで来るのを、ファイアストームは見た。
『大変お待たせしました。クリスマス113号「エレナ」です。スペアパーツの輸送となります』
UFO型のドローンは女性の声でそう述べると、腹に抱えたコンテナをファイアストームのすぐ横に投棄した。ファイアストームは何も答えなかった。
『ありがとうエレナ。……こっちはもう大丈夫だから、次の所に行ってあげて』
答えないファイアストームの代わりにソフィアが返事を行った。
『かしこまりました。えっと……蓋は開けておきますので』
そう告げると、UFO型のドローンは物資コンテナの蓋だけ開けて、そそくさとどこかへ飛んでいってしまった……。
ファイアストームが投下物資に有意な反応を示したのは、クリスマス113号のUFO型物資輸送ドローンが消えてからの事だった。
彼は雨に濡れる黒い義手を見つめると、おもむろにそれを手に取り、無言で装着し始めた……。
『ねえレイ……終わったね』
『……涼子ちゃん、大丈夫かな』
『……レイレイ、おなかすいちゃった。私、チョコシューが食べたい』
『ねえ……レイレイ、何かお返事して……』
『おねがい…………』
「…………」
彼の世界は、静寂そのものだった。
この間もずっと、懸命に話かけようとしているソフィアの声は、一言も聴こえなかった。近くを走っているかもしれない車の音も、鈍い雨の音も、激しい風の音も、聴こえなかった。
雨の中を座り込んでいた。
闇の中を泳ぐ熱帯魚の幻影を、ただぼうっと眺めていた。
気が付くと、彼の隣に、白骨が立っていた。白骨はやがて、落ち着きのある白い衣服を着た、マネキンの姿に変わった。
そして女性のマネキンは、モノクロの女性に変化した。
モノクロの女性は、レイを見て口を開いた。
「そうやって罪滅ぼし?」
「……」
「私を助けられなかったから? あなたが嘘つきだったから?」
「ああ、そうだ」
ようやくレイはその沈黙を破って答えた。
「ふうん、私を助けられなかった代わりに誰か他の女の子を助けて、それで満足しちゃってるんでしょ」
「……そうかもしない」
「あの女子高生もそう、あの金髪の女の子もそう。可愛いよね、そうやって色んな子を気にかけて、また殺しちゃうんでしょ? わたしみたいに」
「繰り返さないために、やっている……」
「あなたは何度でも繰り返すよ。大切にしてるつもりの人を殺し続ける」
モノクロの女性はノイズまみれの安定しない顔で……ほんの一瞬だけ、顔立ちの極めて整った美しい女性の顔となると、困惑の表情をレイに注いだ。その表情はすぐ、砂嵐の混じった表情へと変わった。
「……わたしだけを見ていれば良かったのに、どうして他の人まで気にかけるの?」
『レイ……? だれと話してるの……?』
ソフィアが怪訝そうにレイへと問いかける。……彼女の声は、どこにも届かない。
レイは……幻影に向かって答えた。
「……理不尽を、目の前で踏みつけられて苦しんでいる人を俺は……見過ごせなかった。それがたとえ、直接の利害関係を持たない間柄だったとしても……自分の出来る範囲内ぐらいでは、何とかしてやりたかった」
「どうしてそんなに他人を大事にするの? まわりの心配をするの? 困ってるから何? ……わたしとレイくんだけで、それでよかったじゃん。少なくともわたしはそれでよかった」
ミサキは呆れと侮蔑を含んだ声で言い放った。
「……レイくんのそういう感覚、わたしは理解できないし、はっきりいって嫌いだった」
「…………」
「さいごにそうはっきり言ったの、思い出せた?」
「ああ、思い出したよ…………」
レイは女性の幻影を直視できず、悲痛の表情で、音のない雨に向かって呟いた。
「でも君だって……最初は
『私はあなたの事なんか知らない!!! レイの中から出ていって!!!』
得体の知れず、彼女の認識できない”何か”へと向けてソフィアは怒りを露わにし、作戦指令室の人目もはばからずに叫んだ。
その叫びは強力なテレパスとなって、レイの精神を半分ほど現実の世界へと呼び戻した。
「ソフィア……?」
『……レイ? 大丈夫……?』
「戦いは、どうなった……? 敵は、クモガクレは……」
『クモガクレさんは……だめだった』
「そうか……」
『敵は……七人いたけど、全員あなたが倒した』
「そうか……」
『もう、終わっ――』
「いや……」
ファイアストームはソフィアの言葉を遮り、雨の中立ち上がった。
「あと、一人…………」
土砂降りの中に立つファイアストームの視線の先には、最後の敵が立っていた。
その男は、杉並区到着の段階で既に満身創痍だった。応急修理さえ満足に終わっていない破損コンバットアーマー。頭部を覆うべきコンバットヘルメットは無く、傷だらけの顔の失われた右目には包帯が巻かれている。
さらに右腕は無かった。失われた前腕にはただ包帯が巻かれ、既に開いた傷口からは血が染みだし、雨と共に包帯を滲ませている。
今にも力尽きて倒れてしまいそうなその男は、残った左の瞳を赤く輝かせ、憎悪の眼差しを死神へと向けた。
ファイアストームはラストリゾート99のアンプルを取り出し、即断で自らの首に打ちこむ。
土砂降りの雨の中、二人の男は睨みあう。
「お前たちが憎い」
一文字 丈は憎悪の言葉を絞り出すと、ボロボロになった赤いマフラーを首に巻いた。
「
「死ぬのはお前だ。目をえぐり、手足をもぎとり……」
ファイアストームは雨の中、両の瞳を金色に輝かせ、右の瞳に
「生きたまま内臓を引きずり出して……殺してやる……」
――――土砂降りの雨の中、復讐の
EPISODE「エンゲージ」へ続く。
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