109 冷たい雨より更に冷たく


最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:16】

EPISODE 109 「冷たい雨より更に冷たく」



 杉並区市街地では二つの命が消え、残る一つの命も今まさに吹き消えようとしていた。ファイアストームは雨の中、二丁のザウエルピストルをホルスターから引き抜き射撃を行う。

 

 セイサン・オレンジとフライヤー参号が倒れ、地上に残す英雄連戦力はセイサン・イエロー ことドラグーン拾号のみとなった。


 イエローはジェット火炎を脚部から噴射し、死神のホーミング弾から懸命に逃れる。


「くそっ……やられた……」

 物陰に隠れると破損したドラグーン・コンバットアーマーの脇腹をイエローは抑えた。ファイアストームが放ったエーテル複製拳銃弾が脇腹を貫通しており、焼けるように痛む。



「パール! 爆撃支援を! セイサン・パール! 応答しろ!」

 イエローは何度も無線で複葉機パイロットに呼びかけようとするが、上空の複葉機は反転するとあろうことか孤立するイエローに背を向けた。


『ザリザリ……すみません、先生の最後の命令に従い、私はここを離脱します』

 上空からイエローへと届けられた無線は、彼にとってあまりに耳を疑うものだった。


「何を言ってる! 大本営から我々への撤退要請は出ていない!」

『私の直属の上司はフライヤー参号です。私には彼の最後の命令を遂行する義務があります。あなたもどうか離脱してください』


「ふざけるなパール! 貴様のしょぼくれた窓際戦隊の、ちっぽけな上司の上には英雄連があることを忘れたのか! 敵前逃亡は重大な英雄連への反逆! 正義審問せいぎしんもん会にかけて貴様を縛り首に……」

『パールではありません』

「なんだと?」


『私は月下雷撃ドラゴンフライ、「フライヤー壱八号」の柴田です。以上、通信距離限界が近いため交信を終了、英雄連の武運があります事を』

 セイサン・パール……いや、フライヤー壱八号はそのように言い残し、半ば一方的に通信を切断。参号の遺言に従い戦場を離脱した。



「ふざけるなああああ!!!!!」

 一人見捨てられたイエローは激怒し、雨の中、自らの拳を地面に打ち付ける。



「よろしいんですか?」

 イエローが女性の声に振り返る。FN-Five-Sevenで武装したサイ・ビットが二機、デザートイーグルで武装したサイビットが一機……、そして二丁のワルサーPPKに持ち替えたファイアストーム本人、合計五つの火砲がイエローへと向いていた。


「それがあなたの最期の言葉になりますけど……」

「ま、待て……助けてくれ……」

 セイサン・イエローが声を震わせた。


「ノー」


 ミラ36号が答えると同時、五つの火砲が同時に火を噴き、セイサン・イエローことドラグーン拾号を蜂の巣にした。


「が……あが……」

 イエローが冷たい水溜まりに沈み、ピクピクと身体を痙攣させる。エーテルフィールド持ちの戦闘サイキッカーというのは実にタフなもので、特にコンバットアーマーを着込んでいるものはなかなか死んでくれないものだ。


 ファイアストームは銃をタクティカルサスペンダーに収めると、コンバットナイフを引き抜いた。



 イエローはこのまま放っておいても力尽きて死ぬ運命であったが、死神は彼の命を時の流れに任せる事をしなかった。


 虫の息のイエローに馬乗りとなり、コンバットアーマーとヘルメットの継ぎ目、首の頸動脈めがけてコンバットナイフの刃先を突き刺す。


 刃を引くと、イエローの首から赤い血が勢いよく噴き出た。イエローのヘルメットから完全に光が消え……彼は二度と動かなくなった。

 冷たい雨の中、一つの灯火いのちを死神は吹き消した。そこには達成感も、感動も無く。堕天使の胸に描かれた太陽眼六芒星に対する終わりの無い憎しみだけが、ただあった。



 イエローにトドメを刺し終えた死神は立ち上がると、血のついたコンバットナイフを戻し、背後に降り立ったクモガクレを見る。


「平気か」

「ああ、何とか」

 二人のドラグーンと激しい戦闘を繰り広げたクモガクレは連戦も続き、肩の銃創のほか、ドラグーンによるジェット火炎の攻撃を受けて火傷を負っている。忍者を想起するような彼のコスチュームも破れ、傷口からは出血していた。


「これで終わりか……?」

「いいや、まだ来ていない奴がいる」

 ファイアストームは暗い雨雲の向こうを睨む。これで確かにヒーローチームの一つを撃退した。だが


「”サイクロン”の事か? あれなら本社の地下で……」

「違う」


 クモガクレの言いかけた事をファイアストームが否定しにかかる。

 確かに「陣風戦隊サイクロン」は本社地下に現れた。ブラックキャットたちが交戦中、だが……「数が合わない」のだ。


「本社地下に現れたのは報告では二名、序列は10号と15号……恐らく駐留部隊に過ぎない」

「それはつまり……」

「間もなく本隊が来るぞ。六人編成フルメンバー」

「……どうする」


「本社に辿り着かせることなく、市街地で皆殺しにする」

 闇の中、死神は破損したヘルメットの右カメラアイを金色に輝かせ、言った。


「クモガクレ、手伝ってくれ。それからサーティンシックス、急行可能な周辺のサイキックドローンを全て集めろ」

『全部? 私以外のも? かなりの数になりますけど……』

「ああ、全部だ」




 ☘



 ――――やがて、暗黒の街の暗き空の向こうに六つの星が輝いた。


「こちら陣風戦隊より大本営、戦況はどうなっているか」

『――……大勝利です。既に50名の怪人を殺害し、我が方の勝利は揺るぎないものとなっています』

 激しい雨と風に揺られながらも飛行を続けるサイクロンたちの耳に英雄連大本営から入った戦果報告は、実に誇らしいものであった。


 だが、レッド・サイクロンの声は抑揚もなく、実に淡泊極まるものだった。

「そうか」

『で、ですが――――』

 英雄連大本営のオペレーターの女性が口ごもった。


「素直に言ってくれて構わん」

『本社に若干名の怪人が侵入。駐留中の「聖餐せいさん鎮守府」は補給を断たれた状況でありまして……ええとその、しかし一同、最後の一兵まで戦い抜く覚悟であると……』


 先ほどと打って変わり歯切れのない報告を聞くと、レッドは冷静にこう告げる。

「こっちの10番と15番だけでも下げてくれ」

『し、しかし……』

「案ずるな、これは”撤退”ではなく、作戦勝利上必要な”転進”だ。ゆえに我々の直属兵だけでも一時下げるように通達できないか」

『はい! 謹んでお受けいたします!』


「やりましたね! 我々の大勝利です!!!」

「お前まで馬鹿を言うんじゃない」

 色めくホワイト・サイクロンに溜息をつくと、レッドは呆れたようなそぶりをみせる。ホワイトは意味がわからず首を傾げるが、レッドは冷静に言った。


「この感じだと結構やられてるぞ。カルマンとニゼル、どちらかでも生きていれば良いが……」



 大本営の報告は要領を得ない事が多い。レッドは眉間にしわを寄せ、状況を憂慮する。まずは本陣まで移動し、詳しい戦況と、どこまで本陣が被害を受けているのか、それを把握しなければ……。



 ――その時、上空を飛行するサイクロンたちは真下の市街地に、閃光手榴弾の発光と、同時に上がる煙幕を目撃した。


「あれは……」

「我々の救援シグナルです」

 それは英雄連のヒーローたちがしばしば使用する緊急用のシグナル・グレネードの煙だった。


「情報が欲しい、助けに行くぞ」

 レッドが判断すると、残りの五人も追従し、急降下する。


 六人がビルの屋上に降り立つと、目にしたのは冷たい雨に濡れ、壁に寄りかかった火焔戦隊ドラグーンの一人の姿だった。見るからに負傷が激しく、おびただしい銃痕が戦闘の激しさを物語っている。


「これは……」

「聖餐鎮守府のドラグーンか?」

「死んでるんじゃ……」


「ま、待て……」

 蚊の囁くような呟きと共に、満身創痍のドラグーンの指が微かに動いた。


「まだ生きてるぞ。おい、平気か」

「こちら陣風戦隊、大本営へ、負傷した「聖餐鎮守府」のヒーローを発見。所属は……火焔戦隊ドラグーンの……拾号だ」


「くそっ……」

「陣風戦隊だ、今現着した。戦況はどうなっている」

「くそっ……やられた……助けてくれ……」

 ドラグーンが片腕を伸ばし……だらりとその手を降ろす。


「何があったか教えるんだ!」

「おいよせ! 下手に動かすな!」

 しびれを切らしたパープル・サイクロンがドラグーンの肩を大きく揺さぶり、レッドと口論になりかける。

 その時、ドラグーンがばたりと横に倒れた。


『――――英雄連大本営より陣風戦隊へ、その方の生命兆候バイタルサインは消失しております。誠に残念ですが……』


 ドラグーンの寄りかかっていたその背後から、一機のキューブ型サイキックドローンが姿を現した。サイキックドローンの持ち主は少し戸惑いがちに、こう自己紹介した。

「こちらミラ15号「イチゴ」の管理サイキックドローンです。ええと、こういう時は何と……」


 すると36号ソフィアが通信を代わり、言った。

「カブーム、って言えばいいの」



 女性はこの街に降り注ぐ冷たい雨より更に冷たく、言った。

「……死んで」




 サイクロンたち六人は戦慄した。中には思考が追いつかず、頭が真っ白になる者までいた。



「散開しろ!!!! 罠だ!!!!!」

 レッドが叫び、飛行機能を全開にして空へと逃れる。


 一足早く行動したクモガクレはステルス化を解除し、ビル屋上から地上へと決死のダイブを行う。




 ――――屋上の各所、ドラグーンの死体、そしてサイキックドローンに設置した多数のエーテル爆弾が連鎖爆発を起こし、ビル屋上をエーテルの炎に包んだ。



 それは闇の中で金色に燃え上がり、吹き付ける強風と混ざり合って、小さくも激しく燃える炎の嵐となった。




EPISODE「FireStorm in the Rain」へ続く。

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