106 Flash in the Dark:2


最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:13】

EPISODE 106 「Flash in the Dark ACT:2」



 みぞれ混じる凍えるような暴風雨の中をウラルバイクが駆ける。東北支部ステルス能力者「クモガクレ」が運転を行い、ファイアストームはサイドカー上でエンハンスドカービンを構える。


『英雄連側の航空機による追跡を受けている。救援を求む』


 頭に届く通信と共に、ファイアストームは上空に一機の大型輸送ヘリの姿を見た。あれは「コウノトリ」だ。ハンムラビ側の機体ではあるが、その激しい天候と軽度の被弾によってステルス塗装が剥げてしまっていた。


「こちらクモガクレ、コウノトリを確認」


 その後ろには一機の複葉機が。見た目こそ戦前の古いオンボロ飛行機だが最新技術によって戦後に新規設計された復元機体で、オリジナルよりもずっと早い。


 複座式の複葉機には二人のヒーローが搭乗し、その両翼にはファイアパターンに龍の描かれた非常に派手なデザインアーマーのヒーローが二人、敵は計四人。



・乙種ヒーロー即席混成部隊「聖餐鎮守府」より


 セイサン・イエロー こと「火焔戦隊ドラグーン:拾号」

 セイサン・オレンジ こと「火焔戦隊ドラグーン:壱弐号」

 セイサン・ピーグリーン こと「月下雷撃ドラゴンフライ=フライヤー:参号」

 セイサン・パール こと「月下雷撃ドラゴンフライ=フライヤー:壱八号」


 聖餐の天使ベルゼロスを守るためのヒーローが姿を現した。


 ファイアストームがエンハンスドカービンを構え銃撃を行うのと、ピーグリーンとパールが航空機周辺に仮想航空魚雷を生成し、ロケット砲の如く地上へ撃ちこんでくるのはほぼ同時の事だった。


 クモガクレはウラルバイクのスロットルを全開にしてロケット砲から逃れる。ファイアストームの放った弾丸がロケット砲を二発撃ち落とし、空中で爆発させる。


 東京の闇が閃光に包まれ、それを抜けて多数の金色に淡く輝く弾丸が上空の複葉機を襲う。セイサン・パールはレバーを傾け弾丸をアクロバット回避するが、ホーミング弾の全てから逃れる事は出来ずに数発が翼を貫通する。


 ドラグーン組のイエローとオレンジは上空数百メートルにも関わらず、大胆に複葉機から飛び降りる。背部、脚部からジェット火炎の噴射を行い、空中で飛行制御を行う。


「天候が悪い! 出力低下には気を付けるんだ!」

「了解!」


 二人は夜空を駆ける火の玉の如く急降下し、ウラルバイクを襲いにかかる!


『ファイアストーム』

「判っている。出し惜しみはここまでだ」

 皆まで言わずとも、ソフィアが何を言おうとしているかがファイアストームには理解できた。


「フォーカス3……「サイ・ビット」を起動しろ」

『わかった!』


 乙種ヒーローを相手に、もうこれ以上の出し惜しみは出来ない。ファイアストームはフルパワーのカードを切った。


 ファイアストームの首に巻き付きマフラー状に変形したドローンの白に、ソフィアのゴールデンアイ・カラーとファイアストームの臙脂エンジの赤の二色が混ざり……全てを焼き滅ぼす災いの嵐を想起させる色へと変じる。



 同時、ファイアストームの背中と腰で沈黙し続けていた武装ドローンがついに目覚めた。


『敵、8号と10号』『中身は「ドラグーン」か』

『天候の影響で有利だけど気を付けて。上空に居るのは』『ドラゴンフライだな』

『うん、爆発に注意して』『判っている。まずは3601番と3602番を出せ』

『81番は?』『81番は弾数が少ない、ここぞという所で動かせ』


『とりあえず2機デコイにする』『いや離れて撃て』

『どうしよう、お腹空いてきた』『全員殺してからだ』

『その頃には食欲無くなってると思う』

『それと、最初のマガジンだけ実弾だから当たらないかも』『当たらなくていい、弾幕を張れ』『わかった』



 ファイアストームとソフィアの視覚情報は互いに深いレベルでリンクし、互いの持つ情報が超高速テレパスのラリーによって瞬時にやり取りされ始める。


『ソフィア』

『ワット?』

『あまり俺の中に入り込むなよ。深く潜りすぎると――――』

 ファイアストームの脳裏に狂気の光景がフラッシュバックする。

『お前の命に関わる』

『……』

『それだけは、ダメだ』

『……気を付けるね』


 背中の二機のドローンがファイアストームから分離した。ドラグーン組の二人は思わずそちらへ目を向けそうになるが、敵は余所見をしてくれるような相手ではない。エンハンスドカービンのエーテル複製5.56mmライフル弾がカーブを描きながら襲ってくる。


 更に二人は別の方角から被弾予測光がこちらへ射すのを感じ取った。


『アイ・ウィル・キル・ユー』

 ミラ36号ソフィアは威圧的な処刑宣告を行った。彼女は積極的にヒーローの身体生命を脅かすことを決断済み。リンボの川に沈むも地獄へ往くも、彼女はファイアストームと一蓮托生の覚悟、退く気は一切ない。


 サイキックドローンの中心にゴールデン・アイカラーの三つ葉のクローバーが威圧的に輝く。


 二機のサイキックドローンは装弾数100発ドラムマガジン装着のFN-Five-Sevenピストルと融合状態にある。P90サブマシンガンと共通の弾薬にして、破壊エネルギーこそは低いものの、その形状からスペック以上の貫通力を持つ5.7mmx28弾が二方向から吐きだされた。


 ジェット火炎で飛行するイエローとオレンジがドローンからの流れ弾の一発二発は仕方がないものとして、より危険なファイアストームからの弾丸回避に専念。


 ファイアストームの右のカメラアイは金色に、左ターレットレンズは臙脂エンジに燃え盛り、向かい来る火焔に立ち向かう意志を見せる。


 フォーカス2「サイ・ボム」も同時起動! エンハンスドカービンの下部にアタッチメントされたM203グレネードランチャーからグレネード弾発射。イエローとオレンジが避けると、その後方で爆発。続けて閃光手榴弾を投擲。

 東京の夜が閃光に包まれ、光と轟音が二人のヒーローの平衡感覚にズレを生じさせる。


 そこへフルオート射撃のライフル弾が襲う。イエロー・オレンジ共に被弾! まだエーテルフィールドと鎧の防御力が彼らを守ってくれている。


「あの二人から時間を稼げるか。飛行機を落とす」

「やってみよう」

 ファイアストームとクモガクレは短いやり取りを終えると、決断的にバイクを乗り捨てて飛ぶ。ファイアストームは武装ドローン三機をその場に残し、上空から仮想航空魚雷を撃って来るドラゴンフライ組を撃退しに向かう。


 クモガクレは空中でステルス化し闇へと姿を消す。イエロー、オレンジはファイアストームを追おうとするがドローンの射撃とクモガクレの不意打ちの斬撃がそれを阻止した。


 ファイアストームは近くの建物の屋上に登ると、暴風雨の向こう、この悪天候にも関わらず懸命に飛ぶ複葉機を確認し、撃った。


 複葉機の翼をライフル弾が突き抜ける。


「ホーミングか、厄介だな」

「先生、どうしますか」


 パールは上司のピーグリーンに指示を仰いだ。この悪天候の中、機体を飛ばし続ける事だけでも難しい。高度を下げれば蜂の巣にされる事は必至。高度を上げれば安全は確保できるが、代わりに下で奮戦するイエローとオレンジを見殺しにする事になる。


 ピーグリーンことフライヤー参号は少し考えた後、結論を出した。

「私が降りる。お前は高度を上げながら援護爆撃を続けろ。当たらなくても構わない」

「ですが」

「よく聞け、相手は恐らくハンムラビのエース級だ。俺は正義の使命を全うするが、死ぬかもしれない」


 後部座席からピーグリーンは立ち上がると、暗黒の街の輝きと、その下で自らを待ち構える死神の姿を見た。

「最後の命令だと思って聞け。戦闘中に俺が死んだら、お前は戦場を離脱しろ。お前はまだ若い、ここで死ぬには早すぎる」


 それからピーグリーンは小さく呟いた。

「そもそもこの戦い、我々に大義は……」

「先生……?」

「いや……何でもない」


 彼は内心に英雄連とビーストヘッドに疑問を持っていたが……途中まで言いかけて、彼はやめた。英雄連の行いやその意志に疑問や異論を持つ事は禁忌だからだ。


「それと、私は戦って死ねるなら本望だ。いいか……間違っても私のために復讐はするなよ」

 ピーグリーンはそう言い残し、闇へとその身を投げ出した。


「先生!!」

 セイサン・パールが呼びかけるも、その声はピーグリーンに届かなかった。


 ファイアストームは降下してきた男を狙い撃つも、ピーグリーンは小型の航空魚雷を複数撃ちだし対抗。空中でエーテルの爆発が起きるが、彼はそれを潜り抜け地上へと急降下する。


 あわやこのまま頭から落ちて墜落死と思われたところ、反転し背部ブースターを全開にした。ドラゴンフライたちのコンバットアーマーに標準装備された装備で、地上降下用に用いるホバリング・ブースターだ。




 見事着地したピーグリーンは雨と風の吹きつけるビル屋上に立ち、死神と対峙した。

「私はセイサン・ピーグリーン、お前たち……いや、下らないな」


 名乗りかけたピーグリーンだったが、途中でそれを辞めると自嘲的に笑い、首元のピーグリーン色のスカーフを投げ捨てた。スカーフは風にのって彼の前方へと飛び、水溜まりの上へと落ちる。ザアザアと激しい雨がスカーフの落ちた水溜まりへと降り注ぐ……。



 そして、代わりに赤一色のコンバットアーマーの首元に赤いマフラーを巻き、ヘルメットのアイカラーも緑から赤色へと灯らせると……赤一色となった戦士は名乗りなおした。


「私は「月下雷撃ドラゴンフライ」が一人、フライヤー参号。天風あまかぜ 三郎だ」

 セイサン・ピーグリーン……いや、フライヤーは眼前の死神に一言だけ尋ねる。

「我が”敵”よ、お前の名を聞きたい」


 彼は、英雄連に属する者がすべからく負う敵対者呼称義務を遂行しなかった。



「ファイアストーム」


 死神が短く答えると、トンボの頭部を模したような真っ赤なヘルメットの奥で、その名を聞いた男が目を見開く。


「お前があの……。という事はまさか……」

『逃げてください。でないと……殺さなければいけません』

 ミラ36号がテレパスで戦闘放棄を要請したが、それが叶わない事はファイアストームと共にある彼女が一番理解している事だった。



「逃がしはしない。殺す」


 例え他の二人が殺し合いを望んでいなかったとしても、堕天使の身体を七つに引き裂いて殺す事だけが死神の望みだった。ファイアストームは容赦なくエンハンスドカービンを向け、発砲。



「逃げる事はできない。腐っても……ヒーローだからだ」


 フライヤーは弾幕を潜り抜け、スライディングキックを放つ。ファイアストームは側転回避し距離を取りながらフラグ・グレネードを投擲。フライヤーは起き上がると全力で飛び、爆発から離れる。彼の背中に爆風の衝撃が襲う。


 ファイアストームは追い打ちの射撃を狙うも、その前方には中型の魚雷型ロケット弾が。



 ――爆発。爆風でファイアストームは吹き飛ばされる。白煙を纏って建物屋上から転落するも、能力給弾を行いながら回転着地。

 銃弾をばらまくサイ・ビットへの攻撃を逸らすために、道路向かいのイエロー、オレンジへ射撃。



 攻撃を回避しながらジェット火炎を噴射し向かってくる二人へグレネード発射。直撃には至らないものの、地面で爆発。爆発の煙と飛び散った道路片が彼らの気を散らす。


 そしてカービンの引き金を更に引く。ライフル弾が二人のコンバットアーマーの装甲とエーテルフィールドを徐々に抉ってゆく。素早くライフルグレネードの次弾を装填。


 ファイアストームの上方からフライヤー参号が急襲。小型ロケットを地上へと連射。ファイアストームは四連続バック転を行いながらライフルグレネードを発射。グレネード弾がホーミングして命を直接に狙ってくるがフライヤーは全速力で走り、直撃を逃れる。


 フライヤーは街灯を蹴って三角飛びし、ファイアストームへと急降下爆撃を放つ。死神は拡張された視覚でフライヤーの攻撃動作を読んでおり、先読み的に回避行動を行う。


 フライヤーの蹴りを放った先には……エーテル地雷設置済み!

「いかん!」

 フライヤー、瞬時に損切りを決断! 空中でエーテル航空魚雷を逆向きに生成するとそれを自身の腹部に撃ちこんだ! 衝撃でフライヤーは逆方向に吹き飛ばされる。


 ――そして爆発。




「ぐううっ」

 エーテルフィールドを全開にしていてもダメージを免れなかったが、自らの爆風によってフライヤーは地雷だけでなく、追撃のホーミングライフル弾からも逃れる。見事な損切り判断だ。


 ファイアストームのもとへと二機のドローンが近寄る。実弾を入れていたFN-Five-Sevenドローンに能力給弾を行う。



 フライヤーは膝立ちのまま拳を突き出す! 突き出した拳が雨を散らし、そこからエーテルによって小型の仮想航空魚雷が生成される。そしてそれはさながらマイクロミサイルのように敵へと直進!


 ファイアストーム、迎撃。空中でフライヤーロケット、爆発。フライヤーは次々と魚雷型のロケットを生成し、撃ちだし続ける。ファイアストームも同様に迎撃し続ける。


 後方からセイサン・オレンジが突撃してくる。彼の首に在るドローン型マフラーは瞬時に後方の敵の姿を確認し、その情報はソフィアからファイアストーム本人へダイレクトに伝達される。


 ファイアストームは左ホルスターからザウエルP226ピストルを引き抜き、後方へ射撃。エーテル9mm弾が複数直撃しオレンジが怯む。同時にドローン二機が斜め上方からピストルをフルオートで連射!


 狙いの逸れやすいドローンによる射撃を、ファイアストーム本人がホーミング能力によって照準補正することで高い命中精度を維持。弾丸がオレンジことドラグーン壱弐号のエーテルフィールドを大幅に削り、ボディーアーマーを破損させる。


 ドラグーンはジェット火炎を噴射しながら退避するも、三機目の武装ドローンが伏兵として存在。後方から飛び出し射撃を行った。


 三機目の武装ドローンの装備は強力無比で知られるデザートイーグル。強力な50AE弾が背中から撃ちこまれ、一発がドラグーン・コンバットアーマーを突き破って背中から貫通。


 セイサン・オレンジがヘルメットの中に血を吐き、膝を着く。その後ろからクモガクレが小太刀を構え走って来ていた。



 ファイアストームはオレンジに背を向けたまま走ると、ガラスを割って建物内部へ飛び込み魚雷ロケットを回避。建物内部から飛び出し曲射してくるホーミング弾がフライヤーを大きく牽制。


 フライヤーのために上空から複葉機による爆撃アシストが行われ、建物に二発の魚雷ロケットを撃ちこむ。フライヤーも大型魚雷ロケットを二発生成し、建物ごとの破壊を狙う。


 ソフィアから危険を知らされたファイアストームは走り建物から飛び出す!



 大爆発。爆風と吹き飛ぶ瓦礫に巻き込まれ、ファイアストームは道路向かいにまで吹き飛ばされる。背中から路上に激突したファイアストームは受け身を取りむせかえる。


 空からみぞれ混じりの冷たい雨が復讐に魂を捧げた黒死鳥の仮面へと降り注ぐ……。




 あなたのせい。


 全部あなたが悪い。


 あなたさえいなければ。



 徐々に能力過剰行使の副作用として、ファイアストームは幻聴を聴き始める。



 そうやってあなたはいつも――――

『レイ! 起きて!』

 ソフィアの強力なテレパスが幻聴を掻き消した。




 サイキックドローンを通じて知覚が異常強化され、いくつもの景色が彼の脳内へと直接転送される。


 ――クモガクレは優勢、ダメージを負ったセイサン・オレンジを始末し、今は残るセイサン・イエローことドラグーン拾号と一対一の戦いを繰り広げている。


 別のドローンに映るのはフライヤー参号の姿。

 ――強敵。エンハンスドカービンが爆撃に巻き込まれ破壊された。


 複数の小型魚雷ロケットがこちらに向かってきているのが見えた。ピストルドローンに射撃指示を出し、それらを一つ一つ迎撃してゆく。




 まだ闇に呑まれるには早い。

 ファイアストームはネックスプリングで起き上がると、雨の中を走りだした。




EPISODE「Flash in the Dark ACT:3」へ続く。

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