104 アメノナカ ノ ホノオ:3


最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:11】

EPISODE 104 「アメノナカ ノ ホノオ ACT:3」



 ローズベリーたちの戦闘場所から200メートル先のエントランスホールでは、第一陣のナイトフォール、ダストシューター、ダストパニッシャーがスミレダユウ洗脳下にある自衛隊員、タスク警備保障残党、そしてヒーローたちと死闘を繰り広げていた。


 丙種ヒーロー「ドラゴンヘッド」は変身状態のまま活動を停止。既に力尽きており、その身体をエーテルの粒子へと還元させながら無へと還ってゆくその最中であった。


 クロガネメイルは片目を失ってもその防御力により未だ健在であったが、刀の方は先に耐久限界を超えて破損、拳でナイトフォールへと殴りかかる。


 ナイトフォールは短距離テレポートによってクロガネメイルの背後に跳躍。鋼鉄の両腕がクロガネメイルを拘束した。


「今だ、やれ」

 バラクラバ帽の奥の戦士の瞳が朝焼けの如き色に輝く。彼の呼びかけに応じたダストシューターは血を流しながらも接近、クロガネメイルの腹部に掌底を放つ。


「行くぜ……!」

 ダストシューターがその右手に力を込め…………彼の持つ斥力せきりょく能力によってナイトフォールもろともクロガネメイルを吹き飛ばした! その先には勿論、ダストパニッシャーの召喚したエーテルゴミ収集車という怪物がその大口を開けて待ち構えている!


 クロガネメイルは後方のゴミ収集車との衝突を避けようと努力するが、鋼鉄の両腕と超身体能力から発揮されるナイトフォールの力が彼のそれを上回り、拘束を振りほどく事ができない。



 向かう先はゴミ収集車による圧死という悲惨な運命。しかしナイトフォールは? このままでは彼もその運命を共にする事となる。まさか相討ち覚悟の行動なのか? ――――否。


 ナイトフォールの鋼鉄義手から銃身が展開し、ライフル弾を発射。弾丸は天井に突き刺さったが――――同時にナイトフォールはテレポート跳躍。クロガネメイルただ一人だけがゴミ収集車の口の中に放り込まれた。



「ヨコハマ・リデュゥゥゥゥゥス!!!」

 ダストパニッシャーがゴミ収集車のボタンを破壊するのかと思うほどの勢いで猛烈プッシュ!


 横浜市資源循環局のゴミ収集車が日常的に流すご当地BGM「ヨコハマさわやかさん」の爽やかな電子音楽が、血と肉の飛び交う殺伐としたキリング・フィールドに流れる……。


『横浜市では、清潔で安全な街をつくり、快適な都市環境を確保することを目的とした「ポイ捨て・喫煙禁止条例」による取り組みを進めています』


 ゴミ収集車から、女性の放送音声が流れる。ゴミ収集車の回転板は回り、クロガネメイルの上半身を挟み込む。


「や、やめてくれえええええええ!!!!」

 クロガネメイル、絶叫。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 グチャグチャ、ベキ、バキ、ゴギリ…………ダストパニッシャーは意に介さず、クールな無情報ではみ出したクロガネメイルの下半身もゴミ収集車の中に放り込む。淡々とした仕事の動作だ……。


『横浜市の街の美化運動の取組に、ご協力をお願いします』



 クロガネメイルを処分し終えると、ダストパニッシャーはその場で片膝をついた。彼女の額からは血が流れる。


「あークソ、キツイ……」

 召喚ゴミ収集車がエーテルの塵となって分解消滅する。敵の結界内で能力を使いすぎたため、彼女のエーテルの供給が消費に追いついていない。ナイトフォールが彼女を抱え上げながら義手ライフル弾で敵警備兵を射殺。


「もう少しだ。耐えろ」

 ナイトフォールは静かな口調で彼女を励ます。


「ダストシューター、彼女を頼む」

 そう言うと彼はダストパニッシャーを預け、敵の懐へと跳躍。オリンピックアームズつきのアクスナイフで敵兵士の腕を斬り飛ばす。


 二人のヒーローを撃破した第一陣であったが、その消耗はかなり激しく、ダストシューターもそうだが、特にダストパニッシャーの方は体力、エーテル供給共に限界に近い。


 ホール内には数名の洗脳超越者オーバーマンの死体が、他のスミレダユウ洗脳兵やタスク警備保障戦闘員の死体と共に転がっている。



 スミレダユウの力によって大幅水増し投入された戦力による削りが、第一陣のみならず戦局全体でかなり効いており、百合散ユリチル魔術工兵部隊および第二陣の到着遅延と、ダストシューター、ダストパニッシャー両名の大幅消耗へと繋がっていた。


 ダストシューターは肩で息をしながら相方めがけて飛んで来る銃弾を斥力せきりょくによって跳ね返すが、彼の顔にも疲労の色が濃い。


 ナイトフォールはたった一人、次から次へと現れる兵士を斬りつけ、殴りつけ、投げ、射撃し、跳躍しては首を圧し折り、鬼神の如き戦いを繰り広げ続ける。彼の底はまだ知れず、ダストシューターとダストパニッシャーの低下した戦闘力をたった一人で補い続ける。


 敵の結界内でありながらも、一人で敵の軍勢を阻む圧倒的な戦闘能力こそが、彼が第一陣の斬り込みを任された理由であった。



 タスク残党の超越者が一人、銃剣で斬りかかる。ナイトフォールは拳で刃を受け、ローキックを放つ。テレポートによって背後に回り、殴りつけようとするのを洗脳兵は屈んで回避する。



 その戦闘の最中、彼は戦場に舞うエーテルの変化を感じ取った。

 苦しかった呼吸が、ほんの少し楽になるような感覚も。


 ナイトフォールは瞬時に理解した。



 ――――始まったのだ。




<< ねむれ >>


 最初に、稲毛 セツがその歌を口にした。


<< ねむれ >>


 続けて、他の者たちが続いた。


<< ねむれ ねむれ >>




 嵐の如き雨の中、百合散ユリチル魔術工兵部隊の祈り手たちによる呪歌が、始まった。


 雨の中、祈り手たちはキャンドルランタンを手に、ゆっくりと進軍を開始していた。



<< ねむれ ねむれ ねむれ ねむれ>>


 祈り手たちが呪歌を歌い始めると、彼女たちはその目と口から超常の光を放ち、その周囲に舞うエーテルの粒子は、まるで蛍の淡く美しい命の輝きのようにさえ見える。



<< ねむりなさい >>


 数百年の時の中で焼き鍛えられた地獄の歌が大気中を震わせる。呪いの歌声は、戦場に飛び交う銃声や悲鳴までも遠ざけていく。


 敵の超越者が頭を押さえて苦しむ。定命者には効果を発揮しない呪歌であるが、彼ら超越者も生命の樹の実を喰らった存在であるため、超能力者サイキッカー同様に歌の悪影響を受ける。

 その隙を突いてナイトフォールがオリンピックアームズを近距離から連射。連続ダメージがエーテルフィールドを貫き、洗脳兵の心臓を食い破った。



<< 黒き河の 水の底で >> << ねむれ ねむれ >>



 すべてをひれ伏させるような冷たい雨と風の中、弱きものたちの命の灯火ともしびが、彼女たちのキャンドルランタンの炎と同じように、儚くも確かに燃えていた。


 ローズベリーが彼女たちを先導し、祈り手たちを死から守る。

 第二陣、本社ビルの結界領域内へと侵入。ハンムラビ側の祈り手の力が結界による侵入者への拒絶反応を中和する。



<< ねむりなさい >> << とわに とわに とわに >>


 人々の意思を打ち砕くかのような鋭い雨と風の中、ローズベリーの髪は徐々に白銀へと染まり、瞳はくれないの色に燃え続ける。


 彼女は決意と共に一歩、また一歩と進み、小盾で銃弾を防ぎ、いばらつるの鞭で立ち塞がる兵士を薙ぎ、からめとっては、放り投げる。



 再チャージを終えたクランクプラズマが再出現し、ローズベリーと祈り手たちを狙う。ローズベリーとマーズリングは小盾、そして鉄球でプラズマショットを防いでゆく。


 リトルデビルがクランクプラズマを抹殺しにかかる。リトルデビルはプラズマショットを潜り抜けながら急降下。クランクプラズマは対空射撃を行うも、呪歌の効果が巡り、苦し気に頭を抑え射撃を中断。



<< あなたのれいは >> << カルマにけがれ >>

<< にくのなか >> << うつしよに >>


 クランクプラズマの身を軽機関銃の雨が襲う。エーテルフィールドで耐えるが、銃弾が彼の皮膚を裂き、肉の表面をえぐる。


 急降下しながらの銃剣突撃をクランクプラズマは避ける。リトルデビルの顔面を殴りつける。リトルデビルが殴り、蹴り返す。


<< とわに留まるべきではない >>


 クランクプラズマは大きく吹き飛ばされ、雨の中受け身を取る。

 リトルデビルが追撃を仕掛けるが、クランクプラズマは接近戦を望まず、プラズマショットを撃ちながら後退。プラズマショットが超低空飛行接近するリトルデビルの翼を貫いた。



<< ねむれ ねむれ ねむれ ねむれ >>

<< しずめ しずめ しずめ しずめ >>


 リトルデビルがバランスを失い転倒、クランクプラズマは追撃しようとするも、すぐに立ち上がり、片翼で強制跳躍。跳び膝蹴りがクランクプラズマの頬に突き刺さり、彼の奥歯を圧し折った。


 クランクプラズマは受け身を取ると、血と折れた歯を吐き捨てて立ち上がる。

 リトルデビルは膝立ちとなり、軽機関銃を構える。軽機関銃のフルオート射撃がクランクプラズマを襲った。

 クランクプラズマはエーテルフィールドを全開にして耐えたが、呪歌のせいでその出力が下がっている事に気づく。


 クランクプラズマは左腕を下げ、右腕で頭部を守った。ミニミ軽機関銃の暴風雨がクランクプラズマの腹部に食い込み、腹の肉をえぐる。右腕に深く食い込み、右手の親指と、人差し指を吹き飛ばす。吹き飛んだ指の肉と、骨の欠片が雨の中に舞った。



<< ねむれ ねむれ ねむれ ねむれ >>

<< しずめ しずめ しずめ しずめ >>


 フルオート射撃したミニミ軽機関銃の弾切れは、クランクプラズマの命を奪うよりも先に訪れた。



「違う、お前じゃない。俺の相手は、俺の本当の相手は……!!」

 クランクプラズマは転倒し、指の欠損した手で地を這い、立ち上がり、リトルデビルに背を向けた。


<< ひととは肉に >> << 土くれに >>

<< すぎないのだから >>


 リトルデビルは追撃を瞬時に考えたが、片翼をやられた事と、第一陣、第二陣の状況を思うとその考えが賢明でないことを悟った。



<< 滅ぶうんめい >> << さだめられた >>

<< いのちにすぎないのだから >>


「……」

 リトルデビルは遠ざかってゆくクランクプラズマを睨んだまま、雨に打たれながらミニミ軽機関銃の弾薬交換を開始した。



 ☘



<< ねむりなさい ねむりなさい >>


 恐ろしい歌声はミラシリーズの女性たちがドローンによって行うテレパス通信にまで影響を与えている。


 住宅地ではネズミ爆弾の爆発を潜り抜けながらテレポート能力者「ポーキードラフト」の二名が丙種ヒーロー「ロードランナー」の高速移動に食い下がる。ロードランナーは打ち合いながらシャドウチェイサーの狙撃を回避。


「教授、お願いします」

 ロードランナーの移動先で待ち伏せていたバシュフルゴーストがステルスを解いて出現! ロードランナーの背後に抱き着き、ジャーマン・スープレックス! 地面に打ち付ける。


 ロードランナーは立ち上がるが、その瞬間にもう一度バシュフルゴーストのジャーマン・スープレックス! バシュフルゴーストはグロッキー状態のロードランナーを掴んだまま立ち、もう一度ロードランナーを引っこ抜く!

 ジャーマン・スープレックス三発目達成! Three Amigos!



<< 辺獄の底 カルマがあなたを呼んでいる >>


 ロードランナーは頭からおびただしい血を流しながら肘でバシュフルゴーストを殴りつけ、高速移動によって強引に振り払う。そこへスピーディージンジャーの飛び膝蹴り! ロードランナーのエーテルフィールドが割れた!


 ネズミ爆弾がバシュフルゴーストを襲うが、ポーキードラフトが転移し、教授を危機から救う! ポーキードラフトのテレポートし誰もいなくなった場所でネズミ爆弾が次々爆発!



<< ねむりなさい ねむりなさい >>



「あなたの負けです……降伏してください」

 ロードランナーはもう戦闘不能だった。エーテルフィールドを割られ、何度も頭から落とされた事によって脳震盪のうしんとうを起こし、もはや高速移動を行っても満足には走れない。


 ネズミ爆弾も尽きた。恐らく奴は逃げきったのだろう……。



「……殺せ」

「そうしなければならないかもしれません。しかし、できれば殺したくはありません」

 バシュフルゴーストは歩み出て、言った。

「なので、降伏してください」


「駄目だ……英雄連を裏切れない」

「わかりました」

 すると老人は言った。

「では、このまま戦場から立ち去ってください」

「教授」


「命を奪っていく事は避けられません。ですが、その数は減らしたい。私は今がそのチャンスだと思いました」


「逃げれば英雄連を裏切る事になる。どの道、俺は殺される」


 そしてロードランナーは、紫色に腫れあがった顔で懇願する。

「ここで殺してくれ……」


 すると、バシュフルゴーストは言った。

「では、私と共に来てください」

 老人は続ける。

「四人で裏切るより、五人で裏切りましょう。その方が生き残れるかもしれません。これから戦っていくために、あなたは死体ではなく、仲間であって欲しい」


「なんで……」

「対峙した時、あなたの瞳にはまだ正義が残っていると思えたからです」

 老人ははにかんで答えた。

「まあ、直感ですね」


「なんだそれ……」

 情けをかけられたロードランナーの瞳から恥辱の涙がこぼれた。

「死にたい……」

 その言葉は本心ではなかった。彼は、この雨の中に自分の命が消えてしまう事が心底怖いと思った。


「決めました、あなたは殺しません。今日からあなたの身柄は私が預かります」

 ここにハンムラビの暗殺者は一人もいない。彼はこのタイミングならば、この男を救えるかもしれないと信じた。その決断を咎めるものは、バシュフルゴーストの仲間には一人もいなかった。



 ☘


<< 滅ぶべき ちいさな いのちよ >>

<< 罪にまみれた カルマの いのちよ >>


 迎撃部隊はまだ四車線道路沿いで敵戦力の殲滅を行っている。ファイアストームが狙撃弾を放つとメテオファイター=ベータ機を中心から貫き、爆散に至らしめた。



<< あなたも 深く しずみなさい >> << ねむれ ねむれ >>


 クモガクレとフラットによる戦闘は順調。フラットが兵士たちと洗脳ゲリラ民間人の洗脳を解き、超越者や能力者がやってくれば、クモガクレがステルス・アタックで攻撃する。そこへファイアストームが狙撃で仕留める。


 少なくともこれで、追加でやってきた装甲車や洗脳兵のチームも撃破。



<< あなたの 罪のおもさによって >> << しずめ しずめ >>



 ようやく道路沿いの敵戦力は概ね排除完了。それに合わせるようにテレパス通信が飛んできた。

『こちら本部、乙種戦隊ヒーローの接近を確認。コウノトリに危険が迫っている。ファイアストームとクモガクレは迎撃に迎え」


「了解、チームはわかるか?」

『月下雷撃ドラゴンフライと火焔戦隊ドラグーンを確認』

「了解、直ちに応援に向かう」


『フラットは第二陣と合流せよ、敵本拠地に洗脳兵が多数』

「了解」



<< 黒き大河の 水の底で >>


「これ、貸してあげるわ」

 そう言うと、フラットは真顔でサイドカーつきのウラルバイクを指差した。

「俺のバイクだ」


「そろそろ敵も本気よ、お大事に」

「ああ」

 短い言葉を交わすと、フラットはすぐに行ってしまった。第二陣と合流するために。



<< 大いなる声は あなたを呼ぶ でしょう >>


 ファイアストームは取り回しの重いアンチマテリアルライフルをここで放棄。ウラルバイクのサイドカーに立ち、エンハンスドカービンを構えた。


「クモガクレ、運転は頼んだ」

「了解」

 バイク部分にはクモガクレがまたがる。車体のダメージは浅く、走行に支障はない。二人の超能力者サイキッカーを乗せたサイドカー付きのカスタムウラルバイクは急発進した。



 同時、杉並区の上空に一機の九三式中間偵察・戦後復元機が到着し、闇夜を飛んだ。鮮やかな夕焼けを想起する美しいボディカラーの尾には、太陽眼六芒星の邪悪なる記章が刻まれていた。



<< ねむれ ねむれ >> << しずめ しずめ >>

<< どこまでも >> << どこまでも >>



EPISODE「Flash in the Dark ACT:1」へ続く。

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