103 アメノナカ ノ ホノオ:2


最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:10】

EPISODE 103 「アメノナカ ノ ホノオ ACT:2」



「この時をずっと待ってた――――ぶっ殺してやる」

 雨の中、その男は復讐に燃える一つの炎となり、血走らせた目で敵の車両を睨む。


 クランクプラズマは、己が能力によって生成したクランクレバーに付着したみぞれ雨を指で払う。


 暴風雨のカーテンの先に見覚えのある人物を二人見つけた瞬間、この凍えるような最後の冬の闇の中にあっても、全身の血が灼けるような感覚を覚えた。



 ――――二週間前の夜、彼は敗北した。


 負けること自体は初めてではなかった。子供のころに喧嘩で負けた事はあった。大人になってからも喧嘩でボコボコに殴られたことはあった。超能力者サイキッカーになってからも、上司の藤本ライコウ三浦ゲンコツに何度も叩きのめされた。


 実戦となったあの日、彼は一夜にして二度も敗れた。一度は恐るべき力を持った死神に、もう一度はただの少女クソガキに。



 進んで悪事を働いていた。いつか誰かに目を付けられて、実戦で負けて、そしていつかは死ぬかもしれないと考えることはあった。そして、そうなる覚悟はあった。


 その時が来ただけ。そのはずだったのに――

 彼は、人生でもっとも屈辱的な夜と、敗北を味わった。




 ――……じゃあな


 同僚を見殺しに手逃げてゆく自分へと、最期に一言向けられた短い別れの言葉と、その時のブロードソードの表情が、ずっと離れなかった。



 それほど付き合いの長いヤツでもなかった。だがヤツは、ブロードソードは自分の身代わりとなって死んだ。その事をクランクプラズマはずっと考え続けた。



 そしてあの夜、なぜ死神が自分にトドメを刺さなかったのかを考えた。なぜ自分は一人、殺されることなく帰された?



 少なくともクランクプラズマ本人は、それを侮辱と受け取った。あの時死神は「また姿を見せれば必ず殺す」そう言い放った。


 ――ふざけるな、あの夜俺は、死ぬ覚悟が出来ていた。


 なのに何故生かされたのか

 「お前如きはその気になればいつでも捻り殺せる」。圧倒的力量差から、あの死神に自分はその程度の存在であると見積もられたのだ。という事に、クランクプラズマは気づいてしまったのだ。


 脅威としてすら自分は見られていなかったのではないか? 事実がどうであれ、彼はその考えを払拭することができず、その悩みがクランクプラズマのプライドを大きく傷つけた。



 一人逃げ帰った作戦失敗者を大ボスである畑 和弘は寛大かんだいに扱った。タスク警備保障を操る狂気の王は、狂ってこそいたが、そうした部下の失敗の一つ二つは些事さじとして笑顔で受け入れる男で、それが犯罪者アウトロー崩れや堕天使ヒーローたちを引き付ける彼の求心力カリスマでもあった。


 それでもクランクプラズマは、逃げ帰った自分自身を、そしてそれ以上に、サン・ハンムラビ・ソサエティの連中を許せなかった。



 ――ゆえに彼は、同僚であったブロードソードの復讐とむらいのため、ひいては己のプライドのため、この決戦に自ら進んで立ったのだ。




 みぞれ雨舞うの暴風の中、クランクプラズマの瞳と頭髪は緑色に発光し、バチバチとプラズマの輝きを身にまとう。


 クランクプラズマは着地すると、後方エントランスで窮地に陥っているクロガネメイルと、ドラゴンヘッドがあげる悲鳴を無視し、前方へと真っすぐに走った。



 ブロードソードがその命と引き換えに遺したのは、ハンムラビの暗殺者共に一矢報いるための憤怒の矢! クランクプラズマの最大連続発射可能数、三十三発!




 クランクプラズマは足を止めぬまま、突き出した左腕に備えたクランクレバーを前方へとがむしゃらに回した。クランクプラズマ三十三発フルパワー、全力射撃開始!



 プラズマショットの暴風が次々と敵に向かってゆく。走りながらの射撃で、距離もまだ多少あるため狙いは安定しない。だが知った事ではない。当たらないのなら、当たるまで撃ち続ければ良いだけだ。


「俺がやる。お嬢さん方はその他の対処を」

 マーズリングが飛来プラズマ弾の危険性を一瞬で見抜き、フォボスとダイモス、二つの鉄球によって迎撃を行う。


 次々にプラズマショットを止めていくが、プラズマショット弾幕に混じって洗脳兵士が陸上自衛隊の84mm無反動砲こと、カールグスタフM3を発射! 装甲化しているとはいえデリバリー車もこれの直撃を受ければ爆散の危機!


 マーズリングが鉄球の一つを向かわせ、危険極まるHEAT弾を撃ち落とす! 激しい爆発が雨粒を蒸発させ、デリバリー車の車体を揺らす。


 鉄球ダイモスは非常に頑丈で、対戦車弾頭の直撃にさえ耐える――がこの瞬間、東北支部の守護神に一瞬の隙が生まれた。


 それは幾度の危機と、あの激しい戦争を戦い抜いてきたベテランに被害を与えられるほどのものではない、小さな隙であったが、でたらめに乱射した一発のプラズマショットの一発をマーズリングが受け止め損ねた。


 その一発は到底、マーズリングの身体に影響を及ぼせる一撃ではなかったが……それは祈り手たちを運ぶ超越者運転手の命を奪うだけならば足りる、執念の一撃であった。


 プラズマショットが運転手の頭部を襲った。エーテルフィールドを抜かれた運転手の頭部はドロドロの粘性のメロンソーダのように溶けて、断末魔の叫びさえあげられず、無惨に死んだ。



 ――――クランクプラズマは一矢報いた。彼は目を血走らせながらも、口元に微かな笑みを浮かべた。


「しまった……」

 不幸中の幸いはプラズマショットが荷台にまで貫通しなかった事だったが、運転手を失ったデリバリー車の足がその場で止まってしまう。


 マーズリングは鹵獲ろかくした小銃の引き金を引くが、クランクプラズマは全弾を撃ち尽くすと、途端に行動を切り替え、背を向けてマーズリングから逃げた。



 やられたが、今はゲート前の戦力を崩す事に手いっぱいで追撃を行う戦力はない。逃げたクランクプラズマを逃がすがままにしておくより他なかった。


『第二陣、ゲート前、運転手がやられた! 車両中破、タイヤ破損、敵サイキッカー1追加。厳しい状況にある』


『第一陣、応援には向かえない』

 第二陣に最も近いのはナイトフォールたちであるが、彼らは未だホールで激戦を繰り広げており、ゲート側からの流入戦力にも対処中のため、戦力三名では回す戦力の余裕がない状況だ。


『こちらソード1、現在そちらに向かっている』

 応答したのは栃木軍事基地出向組の、超越者と定命者モータル混成部隊。数人が向かってはいるらしいが、到着はまだ遠いように思える。


『にゃーは戦っていて少し遠いにゃあ!』

 ディスアームズと猫姫のペアもセイギリボルバー、メテオファイターのアルファ機と交戦中。すぐには向かえない状況のようだ。


 車内で戦況を聴き、今の衝撃で運転手が戦死した事を悟ったセツは立ち上がった。


「こちらは百合散ユリチル魔術工兵部隊の稲毛でございます。エイエンさま、進言を行ってよろしいでしょうか」

『セツさん、頼む』

「予定を前倒しして、ここで呪歌を使う事を提案します」


「セツさん、ここは危険です!」

 銃弾が飛び交う中、社外からローズベリーが叫んだ。


『マーズリングより、車のダメージが重くこれ以上進むのは厳しい。……作戦に賛成だ』

『今出て来るにはちょっと厳しすぎるわよ』

 ブラックキャットもマーズリングに一部賛成だが、その危険性を懸念する。


『ファイアストームより、俺が行く』

『待てファイアストーム、もっと近くで急行可能な者はいないか?』

 言い出したファイアストームを止め、今村が呼びかける。


『ハイハイ! 居ます居ます!』

 すると一人が名乗り出た! リトルデビルだ。飛行能力持ちの彼ならばファイアストームよりもその到着は格段に早い。

『リトルデビルか、行け』

『アイアイサー!』


『本部より百合散ユリチル魔術工兵部隊に次ぐ……出撃し、呪歌の詠唱を行いながら進軍し、結界内へ侵入後、その弱体化を行え!』


 エイエンは決断。本来はもう200メートルほど先の中庭で本格的な呪歌詠唱を行う予定だったが、こうなっては致し方ない。彼はリスクを受け入れ、百合散ユリチル魔術工兵部隊の出撃を命じた。



「かしこまりました。みなさん、聞きましたね? ……行きましょう」

 セツが呼びかけると、祈り手たちは頷き、立ち上がった。男も女も、若い者も老いた者も、全員が平均的な定命者モータルの成人男性よりも、か弱き者たちであった。


 エイエンの号令によって、ブラックキャットも覚悟を決めた。

「ローズベリー、稲毛さんたちの降車を補助しなさい」

「はいっ!」


 ローズベリーはブラックキャットの指示を受け、損傷激しいクイックデリバリー車の荷台ドアを開放。

 少女は凍えるような、みぞれ混じりの暴風雨の中、荷台の中の闇に目を向ける。祈り手たちの全身が、淡い光を帯び始め、その周囲にエーテルの粒子が舞うのを少女は見た。



『お待たせ! リトルデビル到着!』

 リトルデビルが到着。上空で暴風に逆らいながら飛ぶ相棒を目視すると、ブラックキャットはテレパス通信で呼びかける。


「ナナちゃん遅い! プラズマ撃ってくる能力者サイキッカーと爆発物持ちの兵士に気を付けて!」

『わかった!』

 リトルデビルは本社上階からの機銃攻撃を回避しつつ、軽機関銃を手に対地攻撃を開始した。



 リトルデビルの援護で負担の軽くなったローズベリーは、つるのロープを使って祈り手たちを一人一人抱え上げ、地上へと降ろす。


 祈り手たちはひとりひとり、降車を手伝ってくれたローズベリーに「ありがとうございます」と頭を下げ、それから残りの者たちが降車する間、事切れた運転手の方へと向けその冥福を祈る。



 みぞれに変わった冷たい雨と激しい風が祈り手たちに吹き付け、白装束越しにもその熱を奪う。この戦いに合わせ、装束には撥水はっすい加工こそは行っているものの、その冷たさのすべてまでを誤魔化すことはできない。



 ローズベリーの補助によって百合散ユリチル魔術工兵部隊の六名すべての降車が終わると、代表者のセツは最後の冬の冷たさが呼ぶ震えに耐え、少女へと微笑んだ。


茨城いばらぎさん……必ずあなたの道を切り開きます」





EPISODE「アメノナカ ノ ホノオ ACT:3」へ続く。

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