102 アメノナカ ノ ホノオ:1


最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:09】

EPISODE 102 「アメノナカ ノ ホノオ ACT:1」



 雪の中、ブラックキャットとロードランナーが激しく打ち合う。ブラックキャットが強靭な脚力を活かした蹴りの連撃を繰り出すも、ロードランナーはそのスピードに互角に追いついてくる!


 足払い、回し蹴り……と見せかけてフェイント、前蹴り(アプチャギ)でロードランナーを蹴り飛ばす。ロードランナーは急速スウェーバックしながら前蹴りを防御するが、エーテルフィールドが自動作動。ガードした腕にビリビリと痺れるような感触が残る。


 ブラックキャットが追撃を図るも、ロードランナーはバック宙の状態から身を捻り跳ぶ。そして距離を作った瞬間、ラットプロージョンの残したネズミ爆弾が飛びこんでくる! ブラックキャットは三連続側転回避し爆発を回避。


 ――その回避を狙ってロードランナーが突進パンチ! 貴婦人の頬に拳が命中し、エメラルド色のエーテルフィールドが薄く起動。ブラックキャットは地から足を離し、飛びつき腕十字によるカウンターを狙おうとするが、ロードランナーは素早く反応し前転回避で逃れる。



 ブラックキャットはバック転したのちカポエイラ・シンガの構えを取り、ロードランナーはキックボクシングのファイティングポーズを取る。

 パワー差があるためブラックキャットが有利ではあるが、ロードランナーは持ち前の高速移動能力と、ネズミ爆弾との連携によって彼女の力量に食い下がろうとしている。たかが丙種ヒーローと侮れない実力者だ。



(――どうする? このまま戦うべきか……)


 ブラックキャットが悩んだ。目的としていたネズミ爆弾の能力者の殺害には失敗、彼女の本来の役割である百合散ユリチル魔術工兵部隊の輸送車両護衛からは離れたまま、距離はどんどん開いていく。


 敵は推察するに高速移動能力持ち、奴を振り切ってラットプロージョンの追撃に出る事は難しく、戦闘もこのままでは長期化必至――――。



 彼女の悩みにつけ入るようにして、ロードランナーが仕掛け――――

 オレンジのコンバットスーツ姿の小男が二人の間に突如テレポート乱入! ステルス・アタックによってロードランナーの左胸を殴りつける! 心臓に突然の衝撃を受けたロードランナーがむせる。


「教授!」

 乱入者、ポーキードラフトが虚空に向かって呼びかけた。


 ロードランナーの背後に、生え際の後退した老人が出現。怯んだ隙を逃す事なく、フルネルソン・ホールドによって両肩と首を拘束。

 ステルス能力者「バシュフルゴースト」はそのままロードランナーの身体を後方へと振る!


「ウグアーッ!?」

 ドラゴンスープレックス敢行!!! 首から地面に叩きつけられたロードランナーが決して軽くないダメージを負う。


「ブラックキャットさんですね、遅くなって大変申し訳ありません」

 ステルス化によって姿をゆらめかせながら離れた青色のコンバットスーツの老人、バシュフルゴーストが敵を挟んで貴婦人の姿を確認する。



「ネズミ爆弾の能力者はこっちで補足しました。そっちは合流を」


 赤いコンバットスーツの若い男、シャドウチェイサーが民家の屋根の上に立つ。目視した相手の現在地を長時間把握可能な能力を持つサポート能力者だ。


「行ってください」

『本部よりブラックキャットへ、第二陣が苦戦中、速やかに合流を』


 追い立てるようにして、ブラックキャットの不安を的中させる通信が入る。もうこれ以上、判断に悩む必要はどこにもない。彼女はロードランナーに背を向けた。



「ここは任せる!」

「行かせるか!」

「いいえ行かせます。瓜生うりゅう君、福本君」


 ブラックキャットに追撃を図るロードランナーの眼前に、テレポート能力者「ポーキードラフト」と、ピンク色のコンバットスーツを着用する高速移動能力者「スピーディージンジャー」が割り込みをかけ、その進路を阻む!



 ロードランナーの蹴りを二人のパンチが押し返す。ロードランナーは舌打ちした。


「ゴースト3、ポーキードラフト!」

「ゴースト2、スピーディージンジャー!」

「ゴースト1! シャドウチェイサー!」

「そして私はゴースト4、バシュフルゴースト。我々は平和団体「ゴースト・スクワッド」です。ただちに降伏してください。さもなければ……」


 本来極めて温厚なる老人は、その心優しさを鬼の気持ちに変え、鬼気迫るほどの覚悟に溢れた表情で、その瞳を水色に輝かせ……宣言した。


「私と可愛い三人の自警団員ヒーローが、あなたを倒す事になるでしょう」


 恥ずかしがり屋の老人はもう退かない。彼はもう、彼の正義を犠牲に隠れ続ける事はしない。そのために――――戦う。



「ヒーロー? 笑わせるな、ヒーローを名乗っていいのは英雄連のライセンスを持っている超能力者サイキッカーだけ、お前たちは偽物のヒーロー、つまりは犯罪者ヴィランだ!」


 ロードランナーが指差し老人たちを強く非難するも、恥ずかしがり屋の亡霊は一歩も退く事なく、己の考えをはっきりと伝えた。



「私はずっと、この言葉をあなたがたに言う事を恐れていました。正義とは誰かが独り占めするものではありません。様々な人々の心の中に、それぞれの正義はあるものなのです」


 バシュフルゴーストは目を赤くして言った。

「あなたがたは間違っています」



 ――ずっとずっと、その言葉を口にすることを控えていた。英雄連の使者が威圧的に尋ねて来て暴力を振るった時でさえ、彼は使者の望む正義献金を定期的に与え、その存在をいつも見逃して貰って来た。



 しかしついに、バシュフルゴーストは言い切ってしまった。

 もうこの決断を無かったことにはできない。



 臆病な老人の心には怒りと、そして英雄連という国を覆い尽くすほどまでに巨大な組織に歯向かう事への恐怖、二つの気持ちがグラスに満ちてはあふれ、こぼれた気持ちが生え際の後退した老人の涙と、足の震えと、そして握りしめる拳の力となって表れていた。



「なんだと……!? 俺は平和のために戦うヒーローだ! 間違っているはずがない!!」

「同じです。私も平和のために戦っています」



 ――決意溢れる優しき老人と、彼を支持する三人が、一人の堕天使と彼の後ろに控えるネズミ爆弾たちのサポートを崩しにかかった。



 ブラックキャットは彼らに背を向け、包囲するネズミ爆弾の自爆攻撃と、洗脳ゲリラ民間人の待ち伏せを強行突破しながら駆ける。途中、激しく吹き付けていた吹雪に変化が起きた事に貴婦人は気が付いた。



(天候操作が……押し返されてる?)

 彼女の頬に張り付いた雪には水が混じっていた。それは「サニーフラワー」と祈り手たちの合同による気象操作の祈祷が、英雄連側の祈祷と気象操作能力者に押し返され始めているという事を意味する。


 吹雪は雪の混じった雨へと変わり、積もり始めていた路上と屋根の雪を溶かし始めた。叩きつけるような激しい風の強さだけは変わらない。それはこちら側による気象操作の意向が、依然7割ほどは生き続けている事を意味している。


 多少押し返されてもまだ「サニーフラワー」と、本部に残った祈り手たちは持ちこたえている。



 いくら心配をしても、この天候の変化に対してブラックキャットが出来る事はない。それよりも自分にはもっと心配し、やるべき事があるはず。ブラックキャットは迷いを捨てながら走る。


(すべき事は……目の前の事!)

 彼女は暴風雨の中を一人走り続ける! 暗黒の街に降り注ぐ冷たい涙に屈し、潰れては色を失い消えてゆく、白く柔らかな天使の涙を蹴って進む! 走れ! 走れブラックキャット!



 彼女は固有能力【閃光の貴婦人(フラッシュ・フェアレディ)】によって追加ブーストされた身体能力をフル活用し、マンションの壁を垂直に駆けあがる!


 ブラックキャットがマンションの屋上に飛び出た所で、彼女は目の前に漆黒の死神の背中を見た。男は振り返らずに左手で拳銃を抜きかけて――ピタリと手を止めた。




「ブラックキャットか」

 ファイアストームの首に巻き付く白いマフラーの先にオレンジの光点がキョロリと輝く。死神は振り返らず貴婦人の魔術名コードネームを呼んだ。

「ファイアストーム」


 ブラックキャットはマンションの屋上から地上を見下ろす。道路上では車両が多数炎上し、民間人が悲鳴をあげ逃げ惑う中、黒服にバラクラバ帽子の戦闘員たちがフラット、そしてクモガクレと戦闘を繰り広げている最中だった。


「あれは……」

「偽装しているが中身は自衛官だ。洗脳されている」

 ファイアストームはアンチマテリアルライフルの引き金を引くと、対物弾で偽装洗脳兵士を真っ二つに破断。

 応戦してくる洗脳兵と、対地レーザーを撃ってくるメテオファイター=ベータの攻撃を飛び避けながら二人はやり取りを続ける。


「こっちはフラットとクモガクレがいる。お前はこのまま突っ切れ、援護射撃を行う」

「わかった。ありがとね」


 ファイアストームはメテオファイター=ベータ機を狙撃、ホーミング弾がベータ機の翼を貫く。その隙を見計らってブラックキャットは大きく跳躍。


「無事に終わったら一緒にワインでも飲みましょ」

「ああ……そうしよう」


 二人ともここで死ぬつもりはないし、死ぬわけにもいかない。ブラックキャットはみぞれ舞う暴風雨の中を跳ぶと、地上の洗脳超越者兵に向かって蹴りを放つ。


 敵超越者兵は間一髪この攻撃を避ける。超能力サイキック無しとはいえ、さすがは身体強化機能つきの自衛隊員で、手負いであってもその動きには未だにキレがある。

 攻撃を回避されるがブラックキャットは構わず前方回転し、第二陣との合流を果たすべくまっすぐに走りだす。


 敵兵士は小銃を構えるが、クモガクレが介入。小太刀で超越者兵の手首を切り裂いた。彼女は振り返らず走った。


 彼女を援護するアンチマテリアルライフルの狙撃音にも、クモガクレの戦いに対しても彼女は決して振り返らない。視界に映る、炎上する装甲車の残骸や車も振り返りはしない。発狂し叫ぶ市民や、傷つき倒れる市民も……追い越し振り返る事はない。


 彼女は意思を揺らがせることなく、ブレることなく、暗黒の街を走る。やがて彼女は邪悪なる悪魔の住まう摩天楼、ビーストヘッド・プロモーション本社ビルのゲートが目視可能な所にまで辿り着いた。



 と同時、立ち往生の状態にあるクイックデリバリー車が彼女の目に映る。自衛官ベースのスミレダユウ洗脳割りによって作り上げられた上級洗脳兵たちを相手に、ローズベリーとマーズリングが戦闘を行っていた。


「ごめん、遅くなったわ」

 ブラックキャットは暴風雨を貫いて飛ぶ黒き矢の如く地を駆け、洗脳兵士を蹴り飛ばす! ハンムラビのデリバリー車の進路を塞ぐように立ちはだかる、黒塗りのLAV軽装甲機動車の側面に蹴りを入れる。


「フシャアアアアッ!!」

 そして彼女の肉体が発揮する恐るべき脚力で装甲車両を蹴り飛ばし、まさかそれを横転させ、前蹴りをもう一撃! 機関銃手が悲鳴をあげた。

 軽装甲機動車は天地逆に引っ繰り返り、その戦闘能力を完全に喪失。


 ブラックキャットの活躍によって血路は再び開かれた。クイックデリバリー車は前進。しかし、間もなくゲートに辿り着くかという所で、本社三階の窓ガラスを割って飛び出してくる男が!



『貴様、持ち場を離れて何をしておる! 命令しておらぬぞ! 今すぐ戻――』

 英雄連はちょうどハンムラビ側の仕掛けた通信妨害を解除し、その通信状況を復旧させたところだったが、男の耳に届くのは、スミレダユウの怒声だった。


「――知るかクソババア」

 命令違反を行い、単独で飛び出した彼へと呼びかける鬱陶しい声に対し、男は心の中で中指を突き立てた。

 彼は空中で無線機を引きはがし、それを握りつぶした。



 その男の左腕には既に超常のクランクレバーが生じている。


 タスク警備保障 超能力者サイキッカー【クランクプラズマ】参上!

 固有能力「スピニングエナジー」既に起動済み!



「この時をずっと待ってた――――ぶっ殺してやる」

 雨の中、その男は復讐に燃える一つの炎となり、血走らせた目で敵の車両を睨む。


 クランクプラズマは空中で、己が能力によって生成したクランクレバーに付着した雨を指で払った。




EPISODE「アメノナカ ノ ホノオ ACT:2」へ続く。

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