099 吹雪に燃ゆる命:1


最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:06】

EPISODE 099 「吹雪に燃ゆる命 ACT:1」



 みなとみらい地下のハンムラビ作戦司令部へと、この不穏な戦況に関する報告が上がっていた。


「例の”戦闘機使い”、もう出て来たそうですな」

「にゃーこくんあたり対空能力高いから、接近したら撃ち落とし狙って貰おう」

 と、エイエンは対処案を口にする。


「第二陣側に飛んで行った場合は」


「それは心配要らんだろ。リトルデビル、ファイアストーム、マーズリングが居る」

 出来れば第二陣側には行って欲しくないが、もしそうなったとしてもそれは心配の内に入らない事をエイエンは指摘する。 だがむしろ……問題はこっちだ。


「それより第二陣、発見されちゃったよ」

「少しばかり早いですなあ」

 今村がふっくらとした顎を撫でながら、エイエンと共に困ったような表情を浮かべる。


「今村さん、これどう思う?」

「どうと言われましても、伏兵ですなあ」


「そうなんだけど、ちょっと数多くないかい」

 確かに今村の言う通り、それらが伏兵である事には違いない。ここ数日、ゲリラ作戦の規模が縮小している間に伏兵を配置されていたのだとすれば、それ自体は納得できる。


 ――納得できないのは、現場から報告として上がって来た伏兵の特徴だ。皆、戦闘員には見えない民間人が武装し、低い練度で挑んでくる。部隊としてもまとまりがなく、単に点在しているだけ。



 予定よりも早く第二陣が発見された理由としては、ハンムラビ側の見積もりよりも敵の布陣している範囲が広かったことによる。


 タスク警備保障のブロードソードやバックホーからの尋問情報や、これまでの交戦規模を考える限りでは、タスク警備保障は能力者・非能力者を問わず相当に戦力を損耗しているはずである。


 エイエンと今村の見立てでは、タスクの残存兵力はビーストヘットの本社を防衛するのが人数的にも手一杯のはずで、その外に一般兵を多く配置するような余裕は全く無い筈だ。

 だというのに事実として、民間人に偽装した敵が周辺エリアに潜伏しており、こちら側が逆にゲリラ攻撃を仕掛けられてしまっている。奇襲・ゲリラ作戦を得意とする側としてこの状況は極めて不本意であると述べざるを得ない。



「それはもちろんアレでしょう」

 その理由については、上がって来た報告から今村が回答に辿り着いていた。


「水増しか?」

「ですな」

 今村が肯定する。


「非常に精巧な人型のドローン、あるいは……」

「強力な精神能力者が民間人を洗脳し、即席のゲリラ兵士にしている」

 エイエンは推論を述べた。連日のゲリラ作戦によってヒーローたち、特に非正規雇用同然の丙種ヒーローたちの士気は相当に落ち、英雄連側は戦力の確保に苦心しているはず。飛行能力者や、偵察能力などサポート能力を持つ者を満足に雇用できなかった可能性は高い。


 ――英雄連は防衛力の低下を憂慮、新月を目前にして兵力の不足を補うため、人数を水増し可能な能力を持つサイキッカーが英雄連上層部から急遽きゅうきょ派兵された。……筋書きとしては十二分に在り得る話だ。




「私はその後者、精神能力者かなと」

「まあどちらにせよ、この手の遠隔型は本体を見つけ出して叩かんとな」


 エイエンが口にすると、今村はこのように進言を行う。

「……フラットら陽動部隊を一旦下げましょう。単一の能力者の仕業なら、敵が攻撃を一か所に集中させる可能性があります」

「そうだな」

 エイエンはこの進言を聞き入れる。第二陣への注意を逸らす為の陽動に出ていたフラットを始めとする陽動役に、他チームとの合流に向かうよう指示が下されるのであった。



 ☘


 ビーストヘッド本社ビルの上層階、作戦会議室ではスミレダユウが一人、卓上の地図と睨みあっていた。地図の上には赤と青の駒が複数置かれ、それ以上に本社ビルの周辺一帯に赤いピンが無数に刺してある。


 スミレダユウは地図から赤いピンをいくつか選び引き抜くと、代わりに青い駒を置いた。彼女の動かしたその場所はディスアームズたちや、ブラックキャットら第二陣が伏兵の襲撃を受けたポイントである。


 ――今村の読みは正しかった。彼らの推測通り英雄連側には強力な精神能力者がおり、前線指揮官たるスミレダユウこそがその能力保有者であった。


 彼女の能力仕様であるが、非常に多くの人間を同時に洗脳可能だが、代わりに即席兵の制御は洗脳時にプログラムした命令に従うだけの簡単な自動操作に限定される。


 離れてしまうと細かい指示は行えないし、ドローン系の能力者のように兵士の視界を得る事もできないので、どのような行動をしているのかもわからない。



 ――ただし二点、遠隔でも得られる情報がある。洗脳中のユニットがどの場所に存在するか、そして被殺害・気絶などの無力化により洗脳が解けてしまった場合にも、スミレダユウはそれを一体一体精確に把握する事ができる。


 スミレダユウは、あらかじめ配置していたはずの即席ゲリラ兵が行動を起こし、あるいは撃退されているのを感じた。


 ――つまりそこでは戦闘が起こっており、敵が居るという事。

 通信障害は未だ続いているが、英雄連本営側の努力によってその影響力は低下しつつある。まだ遠くに通信を行う事はできないが、ノイズ混じりながらもこの建物内に限れば通信は既に可能。


 本社に詰めていた二人のヒーローが伝令役となり、メテオファイターの作りだした無人戦闘機に搭乗、戦況を伝えるために発進した。



「フハハハハハ、見ているがよいぞ怪人共、稚拙ちせつな通信妨害ごときで偉大なる英雄連様の輝かす真なる瞳からは逃れることなどできんのだぞ!」

 スミレダユウは一人作戦会議室でほくそ笑む。さほど上品な笑いとはいえなかったが、彼女の敵軍察知能力は確かなもので、既にハンムラビが運ぶ第二陣の存在を察知しており、その予想侵攻ルートまでも見切っていた。



 ☘



 本社周辺エリアで戦闘を行うファイアストームにとって幸運だったのは、脅威となるメテオファイターが真っすぐにはこちらに向かって来ず、かといって他の部隊に即攻撃を仕掛けて来ることもなく、二機が別々の方向へ飛んでゆく事であった。


 テレパス中継器の機能を果たすサイキックドローンの運用によって、問題なく通信を行えているハンムラビ側と違い、通信障害に苦しめられている英雄連側が対抗措置として、高速移動能力者と短距離テレポート能力者、足の速い二人をメテオファイターの無人機にそれぞれ搭乗させ、伝令役として放った事に起因する。


 リトルデビルはファイアストームと合流し、彼を抱き上げ第二陣、すなわちローズベリーたち、そして百合散ユリチル魔術工兵部隊の救援に向かった。



 ナイトフォールら第一陣はクロガネメイル、そして更に増援として現れた丙種ヒーロー「ドラゴンヘッド」を相手に奮戦中。


 フラット、バシュフルゴースト、クモガクレの三名は陽動を行い、怪我人が出ない程度にわざとパニックを町中に起こし敵の注意を引いていたが、合流指示が下った為に命令を優先。




 ――比較的ピンチに陥っているのは、聖天使猫姫(ホーリーエンジェルにゃーこ)とディスアームズのペアだった。


 彼女ら二人の現在地は比較的ビーストヘット本社に近く、それゆえ英雄連側の伝令の届く速度も早い。住宅街で戦闘する二人は洗脳ゲリラ民間人の群れと、フレキシブルソルジャーに包囲されている状況にあった。



「あーもう! 平和的によろしく!!」

 ディスアームズが四方に次々ピースシールを投げつけると、住宅街から突如現れたゲ洗脳ゲリラ民間人が向ける武器を封印し、無力化してゆく。


「モータルは戦場に出てきちゃだめにゃー!」

 そこへ猫姫が生かさず殺さずの適度な力加減で攻撃し、民間人をノックアウト。


 ゲリラ洗脳民間人と連携する形でフレキシブルソルジャーが現れる! ライフル射撃! 精確な射撃ではあるもののの、猫姫の戦闘技術もかなりのもので、両手にそれぞれ持ったメイスで自らへ向かう銃弾を叩き落としてゆく。


 ディスアームズはピースシールを複数枚投げ、フレキシブルソルジャーの武装封印を狙うが、彼は自身の固有能力である反射神経強化の力を活かし、その全弾を見事回避する。


 続けて猫姫がメイスを振るった。メイスより超常の光が発生すると、それがホーミングするようにしてフレキシブルソルジャーへと飛んだ。

 フレキシブルソルジャーは高い反射神経で回避を行うが、猫姫のエネルギー弾の連射能力と追尾能力は曲者で、直撃こそしないもののギリギリの回避行動を迫られる。


「!」

 状況打開のためにフラグ・グレネードのピンを抜き、投げ込む。猫姫は回避しようとしたが、気絶させた民間人が後ろに居る事を思い出し、その足を止めた。


 そこへピースシールが飛ぶ! グレネードにピースシールは張り付き武装封印、起爆阻止に成功! GREAT!


「はああああああっ!」

 ディスアームズは思い切りグレネードを蹴り上げる。空高く上昇した所で能力解除、起爆させる!


「民間人守る気ゼロならヒーローなんか辞めちゃえ!」

 ディスアームズが怒り、親指を下に向けてブーイングする。

「そうにゃ、そうにゃ!」

 と猫姫もこれに呼応。


 二人の野次に対して、フレキシブルソルジャーは舌打ちしながら後退。M16ライフルのマガジンを交換し、油断なく構える。


 猫姫ら二名が追いつく。ピースシールとエネルギー弾が多数、吹雪に混ざって飛んで来るがフレキシブルソルジャーは民家の影に隠れて攻撃を凌ぐ。

 フレキシブルソルジャーはもっと距離を取って味方の合流、あるいは洗脳ゲリラ民間人のアシストが入るまでやり過ごしたい所だが、地力を積んでいる猫姫の強い足腰から逃れられず、肉薄を許してしまう。


 猫姫が右のメイスを振るう! ダッキング回避! 猫姫が左のメイスで薙ぐ! 銃床で受ける! 猫姫の膝蹴り、そして横蹴りへと連携、しかしいずれも回避! ディスアームズがピースシールを投げるがバック宙で回避されてしまう。


 しかし猫姫の蹴りは敵を空中に追いやるための陽動技、彼女のメイスが発光! 白く光る聖なるエネルギー弾が飛び、空中のフレキシブルソルジャーをついに捉えた!

「しまっ……!」


 深緑のエーテルフィールドでエネルギー弾を防御するが、彼が対峙する敵は決して隙を見せてはならない相手。


 聖天使猫姫は長年たった一人で英雄連によるヴィジランテ狩りに耐え、生き抜いてきた歴戦の戦士。その口調と気の抜けた魔術名コードネームに油断し、返り討ちに遭ったヒーローは過去に数知れず!


 猫姫はメイスを構えエネルギー弾を複数発射、反射神経ブーストの力を持つフレキシブルソルジャーもこのラッシュを避けきれず次々被弾、ディスアームズもピースシールを投げ、M16ライフルに武装封印シールを二枚、三枚と張り付けてゆく。

「ぐあああああっ!」


「にやあああああ!」

 猫姫は接近し、空中のフレキシブルソルジャーをメイスで思い切り殴り飛ばした! 華麗なるエアリアルコンボが決まると共に彼のエーテルフィールドは音を立てて割れる!


 戦術面で有利に戦闘を進めていたはずのフレキシブルソルジャーは電柱にまで叩きつけられ、雪の上へと転がり落ちる。

 こうなってしまったのは他でもなく、聖天使猫姫にフレキシブルソルジャーの戦術を強引に破壊する程の強力な地力が備わっていた事が原因だった。



 薄く積もり始めた雪の上にフレキシブルソルジャーの血がぼとぼとと滴り落ち、抜け落ちた前歯が何本も転がる。

 彼は懸命にライフルを構え、向かい来る猫姫を狙った。


 そして引き金を引く――――が不発、銃口から弾丸が出てこない。

 弾切れ? 弾詰まり(ジャム)? いいや違う、ディスアームズの張り付けた魔法のピースシールが効力を発揮し、ライフルを機能不全に陥らせたのだ。


「なっ……クソッ」

 引き金を何度引いても弾丸が出てこないという絶望的事実に対し、フレキシブルソルジャーには諦めにも近い悪態を吐く以外の手立てがもはや残されていない。


 固有能力として反射神経がブーストされているため、向かってくる猫姫と、顔面めがけて飛んで来る彼女の蹴り足の動きは、あまりにもくっきりと観察することができる。


 だがダメージを深く負ったせいで身体が動かないため、フレキシブルソルジャーの反射神経はもはや意味を為してはくれない。



 ――猫姫のサッカーボールキックはフレキシブルソルジャーの顔面を勢いよく蹴り飛ばし、彼を完全にノックアウト。


「ちっちっちっ、にゃーは見かけよりも強いのにゃ」

 ヒーローの一人を打ち破った猫姫は右のメイスを収め、右手の人差し指を振って勝ち誇った。


「とりあえず一人ね!」

 ディスアームズは手を高く挙げ、猫姫とハイタッチを交わす。それからトドメを刺さなかったフレキシブルソルジャーがこの戦いで起き上がって来ないように、両腕の骨を踏み砕いた上で強化ワイヤーでグルグル巻きに拘束した。


「もしもし? こちらにゃーにゃ! 悪いヒーローをやっつけたにゃ!」

『了解。敵対ヒーローの撃破……ですね? 出来れば報告はもう少し明瞭めいりょうに願えると……』

 癖の強い猫姫の口調にやや困惑したミラ41号カナデが、やんわりと苦言を呈する。


「ごめんなさいにゃあ……でもにゃあは頭があまりよくないから……」

 猫姫が肩をすくめて答えた。


「ディスアームズよりカナデちゃんへ、敵対ヒーロー1を撃破、次の指示お願い」

『ああ、かしこまりました。索敵を行うので10秒ほどお待ちください』

 すると、ディスアームズからの報告には理解が及んだのか、41号からもハッキリとした応答が帰って来る。上空のサイキックドローンが周辺索敵を行う。


「ごめんねーにゃーこちゃん、カナデちゃんは猫語の勉強がまだ十分じゃないんだ」

「そっかぁ、それは仕方ない事にゃ」

 変わり者の扱いには慣れているのか、ディスアームズのユーモラスなフォローを受けた猫姫は、納得して猫の頭部を模した鉄兜を縦に振った。


『ミラ=フォーティ・ワンよりディスアームズへ、ヒーローとおぼしき敵を一名上空から確認。間もなく会敵、撃退してください』

「了解!」

 ディスアームズは立ち上がると拘束したフレキシブルソルジャーを蹴り飛ばし、猫姫と共に新たに接近する敵との遭遇に備える。



「無事か――――あっ!」

 曲がり角から飛び出してきたのは丙種ヒーロー「セイギリボルバー」。彼はフレキシブルソルジャーの応援に向かって来たのだが……。


 ――芋虫のように哀れな姿で拘束されているその人の姿が視界に入った時、彼は自身の救援が今一歩間に合わなかった事を悟ると共に、二人の敵を前に単身この場所まで走って来た事を心底後悔するのであった。


「間に合わなかったのかよ!」

 セイギリボルバーはその魔術名コードネームに見合わず、圧倒的に諦めの判断の早い男だった。彼は悪態を吐くと共に、その自慢のリボルバーを引き抜く事さえもせず、まだ息のあるフレキシブルソルジャーを見捨てて踵を返し、全力疾走による逃走を図った。


「あっ」「にゃっ」

 これにはディスアームズ、猫姫の両名共に唖然となる。


『追ってください』

 ミラ41号は冷静に一言、追撃指示を二人に浴びせた。その言葉でディスアームズと猫姫はまるで雷に打たれたかのようにハっとなり、逃走を図ろうとするヒーローを共に追うのであった。





EPISODE「吹雪に燃ゆる命 ACT:2」へ続く。

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