096 罪月(シン・ムーン):3


最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:03】

EPISODE 096 「罪月(シン・ムーン) ACT:3」



 天使の涙のような、白く美しい雪が降り注ぐ。しかしスミレダユウの表情は暗く、彼女は夜空を睨み、タバコを足で圧し潰す。ストレスでタバコを吸う手が止まらず、二本、三本と足元の吸い殻は増えてゆき、その上に雪が覆いかぶさってゆく……。



 季節はもう三月に入ったというのに、過ぎ去った季節を思い出させるような雪などと……。

 しかしそのように漠然と考えて居られるのも、僅かの間の事だった。



 ――風が、吹いた。



 次のタバコに手を伸ばし、それに火を灯そうとしていたライターの火が吹き消えた。火が消えぬよう、片手で風の流入を食い止めていたにも関わらず、だ。


 凍てつくような風が吹き、静かに泣くような天使の涙は、慟哭どうこくが如きはげしい吹雪へと変わった。


「莫迦な……ありえぬ」

 スミレダユウの表情はますます曇る。


「今宵は新月……そして吹雪……まさか」



 遅れてやってきた雪? いいや、まさかこれは意図的な――――



 その可能性に気付いた彼女の背筋を怖気が襲う。ただちに陣風戦隊本営に呼びかけなくては

「こちらスミレダユウ、陣風戦隊本部へ、応答願います」

 …………無音。


「スミレダユウより陣風戦隊本部へ、応答願う! 陣風戦隊!」


 二度、三度と繰り返しスミレダユウが呼びかけるが、応答がない。敵が迫っている、すぐに第一ヒーローチームであると陣風戦隊と、第二ヒーローチームにして乙種ヒーローの即席混成部隊「聖餐鎮守府」の非番メンバー4名を呼び戻さなければ。


「電話を貸すが良い!」

 スミレダユウは近場に居た防空哨戒中の警備兵の股間を下から掴みあげ、それからポケットの中のスマートフォンを奪い取る。


 どちらにも応答がつかないとなれば、英雄連本部の指示を仰がねばならん。電話をかけようとしたが――


 電波受信不可? スミレダユウはスマートフォンの表示を見て青ざめた。ここは糞尿臭い山奥の田舎村ではない、眠らぬ帝都、栄華の街、世界最先端の都市の一つ。こんな事、起こり得るはずがない。


「まさか電波妨害か! おのれ毒蛇の下位人カイジン共が、我ら雲上人うんじょうびとに歯向かおうなどと! 全員ぶちころしてくれるわ!!!」

 指揮系統を混乱させるための電波妨害攻撃をハンムラビ側から受けている事に気づいたスミレダユウは激昂げっこう! スマートフォンを雪の積もり始めた地面に叩きつけ、激情の赴くままに踏み壊した!



「あ、ちょっと! 俺のスマホ……!」

「一兵卒ごときが雲上人の使者たるわっちに口答えするなーッ!」 

「ウアアアアアアア!!」

 理不尽! 訴え出ようとしたスマホ所有者の警備兵をスミレダユウは殴りつけ、その超人的腕力でビルの外へと力づくに投げ飛ばす! 非能力・非超越の定命モータル兵は奈落へと吸い込まれていった……。


「おのれええ逆賊ゥ……」

 思わずこの寒ささえ忘れてしまうような、煮えたぎる烈火の怒りに肩を震わせるスミレダユウが白い息を吐きながらハンムラビ対策に思考を巡らす。



 通信を狂わされた。増援はおろか、今ここにある駐留部隊の指揮を執ることさえ不自由な状況、それだけに留まらず、加えて天候までをも狂わされた。


 ――次はどうなる? 何をしてくる? これで終わり、という事だけはありえない。



「兵士共! 間もなく賊が来るぞ! 備えよ!」

 スミレダユウはそう言い残すと本社建物内へと駆け、テラスから姿を消した。クランクプラズマは吹雪の中にも関わらず、血走った眼でブツブツと何かを呟き、敵襲に備え続けていた。


 


 ☘


 スマートフォンや無線などの通信機器の使用に不都合が生じるほどの電波障害が局所的に起こっているこの状況にも関わらず、ハンムラビ側の面々はサイキックドローンのテレパス通信を利用して問題なく遠隔の意思疎通を行っていた。



『本部よりダストシューターズへ、状況を報告せよ』

『こちらダストパニッシャー、突入自体は問題ないんだけどぉー』

『――何か? 障害があるなら報告せよ』

 本部の今村からダストパニッシャーへ通信。


『10時方向、距離250メートルぐらい、屋上にチラっと人影が見えた。あれってウチのヴィジランテか何かあー?』

 突入第一陣のダストパニッシャーは物陰から望遠鏡を覗きこんで尋ねる。


『その地点にこちらの戦力は存在しない』

 今村が回答した。


『こちら東北戦力【クモガクレ】、確認を行おうか』

 東北支部からやってきたステルス能力者が確認を申し出るが、通信に割り込み待ったをかける者が一人いた。ファイアストームである。

『いや待て、こちらファイアストーム、その場所なら狙えると思う』


『良し。クモガクレは動くな、ファイアストーム、確認を行え』

『了解。該当地点の確認を行う』


 ファイアストームは闇の吹雪の中、敵に悟られぬよう静かに建物から建物を移動する。報告のあった場所を観測できる地点へと移動し、屋上で身を低くする。



 左目のターレットファインダーが静かに回る。熱源カメラを起動させるが、吹雪のために感度がやや悪い。ナイトビジョンに切り替え、望遠を行う……


 ファイアストームはアンチマテリアルライフルを構え、スコープを覗きこむ。闇に舞う白い雪は、この宿業カルマの街の黒き空を白く染め上げようとしている。


 吹雪の闇の中わかりづらいが……そいつは居た。距離およそ600メートル、建物の屋上で弓を手に身を低くしている男の姿、英雄連側のヒーローか。




「こちらファイアストーム、ヒーローとおぼしき存在を確認。弓を装備している」

『狙撃は可能か』

「可能だ」


『合図があるまで撃つな。ミラ36号を通して合図を送る……それと同時に狙撃しろ』

「了解」


『本部より突入班第一陣へ、突入準備を行ってください』

『突入第一陣ダストパニッシャーより、いつでも行けっから!』



 …………闇の中、ファイアストームは激しい風の中にあっても微動だにせず、静かにアンチマテリアルライフルを構え、憎むべき敵を見つめ続ける。



 戦いを目の前にして、別地点ではローズベリーが天国の友人の事を思いじっと祈る。ダストパニッシャーは、ダストシューターと共に突入の時を待ちわびる。本部ではエイエンや今村、ミラたち、そしてその中のソフィアが作戦司令部に集まり、状況の変化に気を配っている。




 ソフィアは息を飲んで時刻表示を見つめる……神に祈りを捧げたい気持ちだが、彼女がこの戦争から目を逸らすことは一時たりとも許されない。






 …………元号:光輝35年 3月7日 AM1:00



 新月。それはもっとも魔女の呪いが弱まる日。吹雪の、夜。








 運命の時はやってきた。


「ウィンターエンド作戦開始! 第一陣、突入!!! 迎撃部隊とソード3は第一陣を援護せよ!!」

 作戦司令部の椅子からエイエンが立ち上がり、力強く号令を轟かせる。


「ファイアストーム、撃って!!!」

 乙女ソフィアの合図は横浜の地下から、遠く離れた闇の世界に臨むその男へとテレパスによって一瞬で届けられた。ファイアストーム専用装備「ノーザンヘイト」の右カメラアイに光が灯り、黄泉の輝きの如き金へと変じる。


 ファイアストームは引き金を引く。アンチマテリアルライフルから、淡く金色に輝く大型ライフル弾が飛び出した。



 天使の涙の降る暗黒の街を、淡い金色の弾丸が駆ける。悪魔が君臨し、堕天使たちの守護する街を撃ち貫かんと、駆ける。


 吹雪の中、エーテル複製弾の輝きが、闇に消えてゆく白い天使の涙を微かに照らした――――。




 丙種ヒーロー、ロングロングボウは狙撃地点で哨戒を行っている。ひどく吹雪いて凍える夜で、報酬よりも早く帰って温まりたいと内心願っていたが、その願いは叶わぬまま現場責任者のスミレダユウからの撤収許可の号令を待ち続けていた。


 通信は無い。ひどく冷えるが、同時にひどく静かな夜だった。彼は頭を乗り出し、東京の街を見下ろした。人々は突然の吹雪に戸惑い、多くは建物の中に隠れてしまったが、まばらながらもまだ多少の人通りはある。


 彼は哨戒の仕事が暇になって、おもむろに自分のスマートフォンを取り出した。あれ、おかしい、電波が――――


 その瞬間、ロングロングボウは死んだ。気の緩みにょってエーテルフィールドの張りの甘くなっている所に、側頭部からエーテル複製12.7x108mm弾の強力極まる一撃を受け、即死した。



 道路を爆走していく車のエンジン音に気付く直前のことであった。



 ロングロングボウの頭部が破砕する頃、遥か下の道路では一台のゴミ収集車が火の玉の如き勢いで道路上を爆走――。




 水色カラーの車内からはクイーンの名曲「don't stop me now」が爆音で流され、車内では中国人の男性と小麦色の肌の若いヒスパニック女性が、共にヘッドバンキングしながらアクセル全開で地獄へと突き進む。さらに車上にはナイトフォールがしがみ付いている。



「ヘイヘイ!」

「ウッウッー!」


「アーー! もうさあ、アタシたち戦闘専門じゃないんだって!!! 私達は後処理担当のサイキッカー、ワカル?」

 運転手の女性、ダストパニッシャーが車内BGMにかき消されないほどの大声で悪態をついた。


「良いんじゃあないの!? 死んでるゴミを処分するか、生きてるゴミを処分するかの違いだろォ!?」

 大声で返す助手席のアジア人の男性はダストシューター、ダストパニッシャーの相棒(サイドキック)を務めている、同じくSHS関東横浜支部の男だ。


「お前はボーナスに釣られて志願しただけだろ!? この貧乏田舎野郎!」

「一緒にボーナスに釣られてたのは誰だビッチ!」

「アークソ! とっとと全員ぶっ殺してコロナ飲むぞコロナ!」



『雪が積もり始めている。運転には気を付けろ』

 騒がしく口論する車内のい二人へと、ルーフ上にしがみつくナイトフォールが言った。



「じゃあ安全運転! 時速15キロから!」

 突如始まるスピードオークション!? 初期提示スピードの志はあまりにも低い!


「17キロ!」

「20キロ!」

「26キロ! さあお客様の中にこれ以上の数字を掲示できる方はいらっしゃいませんか!?」


 ドン。ルーフ上を叩く鋼鉄の拳の音がした。

『補足、死にたくなければ時速は80キロ以上で突っ込め。との事だ』


「ファッキン!! それロッジ長命令!?」

「軽く言ってくれるよな! 死んでも死なないオッサンは!」



 車中の二人は既に脳内麻薬がドバドバだ。路上の車を見事なドライビングテクニックで躱しながらも恐怖さえ感じることなくアクセルを踏みしめ続ける。


「!? 敵か!?」

 歩哨に立っていた丙種ヒーロー、フレキシブルソルジャーが道路上を爆走する狂気のゴミ収集車の存在に気付く。


「こちらフレキシブルソルジャー、スミレダユウへ応答願う!」


 フレキシブルソルジャーは真っ先に本社ビル内に構える指揮官へ連絡を行おうとするも、ザリザリと虚しいノイズ音以外に返って来るものはない。


「スミレダユウ、応答を! くそ!」

 諦めたフレキシブルソルジャーは現場判断で交戦と阻止を決意。ライフルを構え爆走ゴミ収集車へ射撃を行う!



 ライフル弾が車体を傷つけるが……装甲を抜けない!? この車両、見た目こそ凡庸なゴミ収集車であるが超能力サイキックによって生成された魔法の車両であるがため、耐久度が通常のものとは比べ物にならないのだ。


 フレキシブルソルジャーは臨機応変にアサルトライフルを放棄、屋上に置いていた軍用ボックスから携行ロケット兵器RPG-7を取り出し、構えた!


「やっべロケット来る! 死ぬ!」

「アイドンワナダーイ!」

『ファイアストーム、いけるか?』


「見えた」

 ファイアストーム、狙撃! フレキシブルソルジャーが引き金を引き、ロケット弾が放たれる! そこへ横から淡く金色に輝く対物ライフル弾が飛来! 急カーブしロケット弾を空中で捉えた――爆発!


「なにっ!」

 フレキシブルソルジャーは迎撃弾の飛来してきた方角に目を向ける。キラリ、眠らない東京の街の景色の向こうにエーテルの輝きを見た。


 ――――第二射飛来! フレキシブルソルジャー、間一髪で物陰へと飛び殺人的ライフル弾を回避! しかし回避の隙を突かれ、爆走ゴミ収集車はこの吹雪の中ではロケット砲で狙う事が不可能な距離に!



 暴走車両は火の玉の如く突き進んで止まらない! 狙いはビーストヘット・プロモーション本社ビル!

 魔女の結界に車両が触れる、透明な女性たちが現れ、ゴミ収集車に前方から抱き着き、勢いを削ごうとする。だが対策済み、魔女の呪いの干渉を極力避けるために第一波の突入兵力と武装を極限、たった三人にまで絞り、突入ルートも空中ではなく真正面を選択した。



 ダストパニッシャーが、全力でアクセルを蹴り踏んだ! 結界強行突破! 本社のゲートを吹き飛ばし、庭に布陣していた警備兵たちも容赦なく轢き殺し、本社エントランスへとノーブレーキ突入を行った!


「エントリィィィィィィィィィ!!!!!」

 作戦第二段階成功! 突入部隊第一波、ダストパニッシャー、ダストシューター、ナイトフォール、総勢三名、悪魔の本拠地へと突入成功!!

 

 エントランスのガラスを突き破り、本社一階ホールへとゴミ収集車が衝撃的エントリー。物凄い音を立てながらスピンにも等しい急速ドリフトを行い、不幸にも居合わせた警備兵を巻き込み、車体の横っ腹を正面の受付へとぶつけ、それを吹き飛ばし……ようやく止まった。



 この破滅的突入行為によってビーストヘッド・プロモーション本社の攻略は開始された。




EPISODE「最後の雪へと零れる血  ACT:1」へ続く。

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