終雪 最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン】
094 罪月(シン・ムーン):1
☘ 暗黒街のヒーロー
A Tear shines in the Darkness city.
‐ Fire in the Rain ‐
終節【
最終決戦【ファイアー・イン・ザ・レイン:01】
EPISODE 094 「罪月(シン・ムーン) ACT:1」
――光輝35年 3月4日 夕方。ついに最終決戦の時はやってきた。
攻略目標は東京都杉並区、前回の戦地となったホテルを越えた先
「ビーストヘッド・プロモーション」本社ビル。
最重要殺害対象「畑 和弘」
殺害対象:抵抗する者すべて。軍隊、警察官、公認ヒーロー、立ち塞がるならば全て排除せよ。
もっとも苛烈な命令が下された。魔術結社サン・ハンムラビ・ソサエティの本気が伺える指令だった。
本社ビルは魔術結界によって守られているものと前提。最も拠点攻略に適した日は魔女の呪いと共鳴作用する魔術結界が、月の加護を最も得られなくなる新月の時。
月齢表によれば、次の新月の到来は3月7日午前一時。まだその瞬間まで48時間以上の時を残すが、それはもはや猶予のうちに入らない。
なぜならば作戦当日は大規模な奇襲作戦を仕掛けることになっており、既に何名かのサポート要員は現地入りし、作戦領域近くのマンションやビルに潜伏中。
足の遅い祈り手部隊も今晩から潜伏場所に向かう。この日が作戦メンバーの大勢が集まれる最後の時間帯だった。
本作戦に至るまでの道のりを切り開いてきたファイアストーム、ソフィア、ローズベリー、ブラックキャット、リトルデビル、ミラ=エイト、フラット……。
他にも関東横浜支部のサイキッカーがダストシューター、ダストパニッシャー他、ミラナンバーの女性も数名。ナイトフォールは既に現地入りを果たしているため不在。
稲毛 セツを筆頭に祈り手部隊は高齢者が多いため、椅子に座ったまま拝聴の形を取る。
東北支部からは
自警団からはバシュフルゴースト、シャドウチェイサー、スピーディージンジャー、ポーキードラフトの「ゴースト・スクワッド」四名の他、古参自警団員の聖天使猫姫が推参し、彼女の参戦に関してパイプ役となったブラックキャットに向かって小さく手を振っている。
栃木軍事基地からは応援としてやってきた、定命者と超越者の混成歩兵部隊が3チーム。主に負傷サイキッカーの救出や工作部隊など、裏方として行動予定。
多くの者が地下格納庫に集まった。かつて副支部長の今村がファイアストームに語った事は現実となり、作戦参加人数は30名を越える軍勢となった。
「――諸君、今日はよく集まってくれた」
格納庫正面の壇上に、一人の男が上がった。今回の作戦指揮を執る
「モータル、プレイヤー、オーバーマン、サイキッカー、多くの者が集まってくれた。立場としてもこの日本ロッジ関東横浜支部の面々の他、東北支部、栃木軍事基地、果ては有志の自警団員からも本作戦への参加に加わってくれた事を、日本ロッジ代表として深く感謝する」
楠木が頭を下げる。集まった人々は皆ハンムラビ日本ロッジの最高責任者を見つめ、言葉に耳を傾ける。
「諸君らは、様々な理由でここに立っていると思う。ある者は復讐のため――、ある者は正義感や使命感から、あるものは英雄連の抑圧に立ち向かうため――――」
楠木が集まった者たちを見た。皆、それぞれがバックグランドを持ちここに立っている。
「英雄連は卑劣な手を惜しまず日本の正義を金によって手に入れ、正義の概念をすべて我が物とした。だが、誰かが決めた正義と悪に何の意味があろうか? 黒い鳩が空を覆い尽くす時、それを青空と讃えることのどこが正義か。
――とはいえ、東京を守る正義の番人にそれを問いただすという事は、即ち多くの血が流れる激しい戦いを意味する事になるだろう。この戦いを振り返った時、諸君らは「自分の行いは正義の行いであったのか?」と疑問を持つ時も来るだろう」
楠木は言った。
「我々ハンムラビは悪を以て悪を滅ぼす闇の剣、ゆえに私はその問いに答える事が恐らくできない。――しかし思い出して欲しい、諸君がなぜこの場に立ったのかを。なぜ戦いの道を選んだのかを」
その後、最後にこう締めくくった。
「そして忘れないで欲しい。君達一人一人が倒したいと心から願った悪が、果たしていかなる存在であったかを。
……ありがとう、私からは以上だ。「ウィンターエンド作戦」は7日の午前1時より開始される――。諸君らの生還を願う」
楠木は頭を下げ、壇を降りる。途中、横に立っていた副支部長の今村と目が合う。言葉は交わさなかったが、それだけで互いの意思疎通は取れた。
解散し、ある者はコウノトリの整備作業や超常ステルス処理作業に、ある者はまたオフィスに、ある者は自宅に、ある者は戦場へと向かってゆく……。
「それでは、私達はそろそろ先に行かせて貰います」
「セツさん……たちも行くんですか」
涼子は祈り手たちを見た。まるで戦いと縁遠そうな中年の女性や、やせ細った男性、セツを含め腰の曲がった老人も複数名……服装も皆私服、とても戦いに臨むべき人々の姿には見えず、涼子は当然それを不安に思った。
「はい。それが我々【百合散(ユリチル)魔術工兵部隊】に与えられたお役目ですから」
百合散魔術工兵部隊は祈り手たちによって結成された特別チームにしてハンムラビ必殺の戦略カード。何を隠そう、稲毛 セツは今回戦地に派遣される第五部隊の代表者であった。
「行かないと、いけないんですか……?」
確かに……祈り手には絶大な祈りの力がある。魔術結界の構築、探知、無効化のほか、サイキッカーを弱体可能な呪歌までもを行える強力な呪術師・祈祷師の集団である。……だがそれは、あくまで霊的、魔術的な部分に限った話だ。
祈り手は多様な支援能力を持ち、精神支配などの超能力にも高い抵抗力を持つ一方、肉体的には普通の人間と変わらない。いや、平均すると一般人よりも非力……超越者が持つ超人的身体能力も、攻撃から身を護るエーテルフィールドも、自衛能力さえもほとんど持たない。
祈り手たちの出陣に関し、涼子は決定権も拒否権も持ち合わせていない。だが……素人目にも、それはあまりに危険な行為に思えた。
しかし、稲毛の決意はあまりにも固く、年老いた老女の瞳にはいささかの曇りもなかった。
「ふふふ、そうですね……。私は老いぼれです、皆さんのようには戦えません。ですが、私達の祈りが必要とされています。……だから私は行くと、決めてしまったんです」
涼子はその瞳をみたとき、恐怖を感じ思わず一歩引いてしまった。稲毛のそれは、波紋一つない水面のような、とても穏やかな瞳だった。
――だからこそ、怖かった。
戦いに臨む時のファイアストームの瞳とはまるで違う、だが怖い。穏やかすぎて……自身の死を覚悟してしまっている。あらゆる恐れも克服してしまったような……そういう瞳だったから、それが怖かった。
百合散魔術工兵部隊はハンムラビであっても滅多に前線に投入しない。戦略上の有効性が非常に高く、戦局を覆すほどのメリットを持つ一方…………その死傷率が高いからだ。
……ゆえに、その部隊名は百合の花が散る様に例えられた。
「心配をなさってくれているのですか? 私のような老い先短い者の心配をしてくださる皆さまやローズベリーさんの心遣いに、私は大変感謝しております」
……老女にとって、死は恐れるものではなかった。
「ですが、私は覚悟ができているので大丈夫です。それよりも私にとっては、あなたのような若い人たちが戦わなければならない事の方が心配です」
ただ一つ、老女にも杞憂はあった。齢も80を越え、第二次世界大戦を実際の体験とする彼女からすれば、作戦に参加する者たちは皆、子や孫のような年齢の小さな子供たち……。
放っておいてもあと10年か、5年か、それとももっと早いか……稲毛にとっては自らのそれなどは、近い将来枯れた花を落とし、散りゆく古い百合の花の定められた命に過ぎぬ……。
だが、10代や20代、30代や40代の者にだって、生きてさえいればこの先ずっとずっと未来があるように稲毛の感覚では感じてしまう。
皆、この組織に関わるものは何らかの覚悟や決意を抱えたものであるため、それを問う事は本来無粋。されど子供たちが自ら命を危険に晒し、あるいは敵味方共に命を奪い合わねばならぬ過酷な
しかし
「それは……。でも、私も行かないといけないんです……」
ここに立つ涼子もまた、既にその覚悟は決まっていた。
「お尋ねしても、よろしいですか」
「……はい」
「あなたは今、何のために自ら立ち向かおうとしていらっしゃるのでしょうか? お友達のためですか? それとも、他の誰かのためでしょうか?」
稲毛はその理由を問う。地下空間の建設関係者慰霊碑の前で初めて直接話をした、あの時の事を涼子は思い出す。
「最初は友達の為でした。いえ……今もそうです。でも……今は私のためでもあると、思います」
涼子はそのように、静かに答えた。
「前に言いましたね。汝の意志するところを行え、これこそ法の全てとならん」
「憶えています」
稲毛に以前言われたペルデュラポことアレイスターのその言葉を、涼子はまだ記憶していた。
その言葉をどう受け取るかは人によって変わるかもしれないが、少なくとも稲毛と涼子の間では「迷う事なく自身の意思を貫き通すべし、そうすれば道はおのずと開かれる 」という認識が共有されている。
この道は、苦難の道のりだった。
「険しい道かもしれませんが、きっとあなたは道を切り開けるはずです、私達もそのお手伝いをします。……また、当日に会いましょう。どうかご無事で」
「はい。セツさんも……」
二人はしばしの別れの挨拶を交わした。次に会う時は、またあの時みたいな地獄の戦場。それでも涼子は自らの意志で、その道を最後まで歩き切ろうとしていた。
「本当に、来るんだな」
稲毛たち祈り手が去ると、レイが涼子のもとまで歩み寄り問うた。
「はい」
「ブラックキャットが君に同伴してくれるが、俺とソフィアは別行動になる。全力は尽くすが……俺一人では恐らく、君を完全には守り切る事ができない」
遺物を取り戻すという彼女の当初の目的は果たされた。彼女はここでこのデスゲームから降り、全ての非現実的な出来事を忘れ、一人の少女に戻る事さえできる。
「大丈夫です。ファイアストームさんと、ブラックキャットさんが……いいえ……みんなが私を強くしてくれました」
――だが、それは涼子にとってのゴールではなかった。涼子の戦争は、まだ終わっていない。
「君には、奴を殺す覚悟があるか?」
レイは険しい表情で問いかけた。この先に進むということは、もはや遺物や真相を手に入れるための戦いではなく、特定の何かを滅ぼし、その存在を、命を奪うという事。それを目的としてしまう闘争に他ならない。
さしずめ修羅の道。彼女が往こうとしているのは、そういう道なのだ。
「……わかりません」
「ならば」「でも、」
かつて何もできなかった、かつてか弱かった少女は、はっきりと、強い口調で言った。
「でも、私はあの人を許せません」
――彼女の脳裏には、親友の笑顔、そして変わりきってしまったあの子の家族の表情、そして、その命と尊厳を弄んだ悪魔の笑顔が浮かぶ。
少なくとも彼女はもう、無力な少女ではない。険しい道のりの中で、彼女は彼女の道を選び、その意志を行使するだけの力を得た。例え災厄の暗殺者、堕天使を殺す者と恐れられた男にとて、彼女の意思を変える事はもう、できない。
それほどまでに、彼女の決意は固かった。
「止めます。必ず」
――その決意は親友のために。そしてなにより、自分のために。
レイは肩を落とし、息をついて観念した。彼女の頑固さ、言い換えれば意思の強さは、初めて会った頃からわかっていた事……。
「まあ……判っていた。だが例え手足を捨ててでも、必ず生きて帰れ」
「はい」
「涼子さん、君に良い物がある」
「なんですか?」
「もう四年ほど昔のことだ。君と同じぐらい頑固で聞き分けのない人がこの組織に居た」
「えっ……レイレイひょっとして、その人はもうこの世に――」
「勝手に殺すな、彼女は生きてる」
外野から野次を放ってきたソフィアに、レイは親指を下に向けてブーイングした。
「えへ、ゴメンナサイ」
レイは呆れた表情を見せた後、咳払いして話を戻す。
「話を戻す。時期が時期だからな、君専用の装備を新規設計して新造するほどの余裕はなかった。だが俺の古い戦友――「シールドメイデン」という人だったんだが、その人の使っていた装備に改造を加えた」
「どんな方だったんですか?」
「ん、頑固ではあったが……人一倍面倒見が良くて、心優しい人だよ。それでいて強く……炎のような
訊かれるとレイはどこか懐かしそうな表情で思い出を振り返った。
「そうなんですか」
「――いや、彼女の人となりは良い、肝心なのは装備の方だ。彼女の使っていたそれは小型のシールドで、薄いが極めて丈夫だ。君の配置できっと必要な装備だから、ブラックキャットと一緒にテストだけでもしておくといい」
「わかりました」
「後は――」
「あとは?」
涼子が首を小さく傾げた。
「望んで戦場に立つ以上は、君も一人の戦士だ。後はもう、俺が言うような事はない。無事を祈る」
「はい。……坂本さんも」
――――そして来たるべき3月7日。新月の到来と共に、最終決戦は始まった。
EPISODE「罪月(シン・ムーン) ACT:2」へ続く。
===
☘ 世界観・人物情報
☘ プロフェッサー=ミョウガ / バシュフルゴースト
性別:男 外見年齢:60歳ほど
所属勢力等:自警団組織「ゴースト・スクワッド」
能力:【透明化】
能力名:【サイレント・コーヒーブレイク】
自警団組織「ゴースト・スクワッド」のリーダー。本業は大学教授。兼ねてよりエイエンと親交を持っていたものの、争いを嫌う温厚な性格であったため、国内での戦闘活動にはあまり出てこなかった。
しかし英雄連による激しい弾圧に耐えかねた事と、ビーストヘッドの残虐行為をエイエンから聞かされ憤慨。彼はシャドウチェイサー、スピーディージンジャー、ポーキードラフトの三名と共に英雄連との完全敵対化を決意する。
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