メメントモリ ACT:7


EPISODE 093 「メメントモリ ACT:7」



「今日は回復祝いだ」

「わぁい、ウレシイ!」

 ハンムラビ地下商業施設のメキシカンレストランに二人の男女の姿があった。疲れ切ったような印象の小柄な男性と、金髪蒼眼の女性……レイ、そしてソフィアだ。


 ローズベリー=ハイアーセルフの召喚騒ぎで負傷していたソフィアも、まだ体調に多少の不安はあるが晴れて病室から離れられることとなった。危険な出来事だったが、結果的にその行為は涼子の生存率向上に繋がり、現に無事、五体満足で帰って来てくれた。バケットヘルムや戦死者は残念だったが……。


「美味しいな」

「うん、オイシイ」

 二人はテーブル上のタコサラダを分け合って食べる。戦争の最中で暗い時期だが、ソフィアの回復をささやかながら祝う事をレイは提案し、ソフィアも大いに喜んだ。


「でもレイレイ」

「ん?」

「任務の方は平気なの?」

「決戦当日が近い。ゲリラ作戦は縮小段階に入った。……今晩は時間がある」


 連日のゲリラ作戦によって、死者は出ていないものの負傷者が出ている。これ以上の酷使は当日の作戦に支障が出ると判断し、ファイアストーム、ナイトフォール、ブラックキャットらは後方に下げられ治療を優先。

 今は作戦規模を縮小し、応援の間に合った東北支部からの出向組、そしてバシュフルゴーストらなど少数のものが散発的なゲリラ攻撃や暗殺作戦を行っている。



「そっか、怪我は平気なの?」

「ああ、ナイトフォールが腕をやられたが、あいつは両腕義手だからな」

「そっか」

「俺は装備ギアの損耗が激しくてな、修理が間に合わないから大人しくしていろ、と」


 第一杉並区攻防戦のダメージも回復しきらぬ中で連日のゲリラ作戦、レイの身体は全身ボロボロで、毎日何度も包帯を変えながら一日を過ごしている。とはいえこの程度のダメージは今に始まった事ではない。むしろ、まだ手足の骨が砕けていない分上等とさえいえる。

 問題は装備の損耗の方だ。ノーザンヘイトのスペアも連日のゲリラ作戦で消耗、肉体の修復よりも装備の修理の方が先に追いつかなくなる始末だった。



「装備壊すのレイレイらしいねー」

「ブルーバードの修理は放置中。言えた義理か?」

 レイが言い返した。


「うー、でもいいでしょ、ノーザンヘイトの修理部品になるもん……」

 ソフィアが口を「へ」の字に曲げ、しょぼくれた。後方要員であるソフィアの専用装備「ブルーバード」のヘルメットは修理優先度が低いため放置。今やヘルメットなどに装備互換性があるためファイアストーム用装備の修理部品としてパーツを取られている始末だった。


「戦況はどう?」

「上々だな」


「……もうすぐだね」

「ああ」

「戦うんだよね、あのニセモノのヒーローと」

「そうだ、ゲリラ作戦で勢いは削いだ。しかし英雄連はこのまま立ち塞がり続けるだろう」

「堕天のヒーロー。陣風戦隊、サイクロン……」

 ソフィアが柄にもなく険しい顔つきで呟く。



 レイはタコサラダを口に運び、コロナビールで喉を潤すと、こう述べた。

「……倒したサイクロンはたったの三人、奴等は死んでも、必ず”俳優アクター”を入れ替えて挑んでくる。……次は六人編成のフルメンバー、序列も六号より上の奴を送って来る」


 レイは、サイクロンたちチームヒーローの秘密を知っている。サイクロンは全にして個、個にして全。彼らは顔を隠し、本名どころか本来のコードネームさえまで隠して挑んで来る。



 レッドを倒しても、また新たな者がレッドを名乗り挑んでくる。次なるレッドを倒しても、また同じ能力、同じ「レッド」を名乗るヒーローが何度でもやって来る……。数に不足が生ずれば、超能力の才能を持ち、かつ発現前の少年少女を洗脳教育し、新たな「レッド」を創造する。――――そこに終わりはない。



 ――これが暗黒俳優アクターシステム。非人道的な超能力教育によって成立するこのシステムによって暗黒街のヒーローは不滅の存在。


 ゲリラ作戦でいくつか同類のチーム系ヒーローと交戦し、削って来たがサイクロンの姿は未だ不自然なまでに目撃されていない。だが、来たるべき決戦の日には必ず現れるだろう。


 まだ奴らは温存している。そして来たるべき日、彼らは本気で挑んでくるだろう、戦時編成とされる六人編成フルメンバーで――。

 前回よりも高位の俳優を戦線投入して、ベルゼロスを守りにやってくる。



 だが――

「それでも倒す、敵が何者であろうとも」

 レイはソフィアを見据えた。

「例え”正義”の決定権が奴らの側にあったとしても。ソフィア、力を貸してくれるか」

「うん、当然でしょ」

 ソフィアは小さく頷いた。


「お前にも負担をかける事になると思う。すまな――」

「はい、あーん」

 突如、ソフィアが遮って彼の口にスプーンを突っ込んだ。ファイアストームは苦虫を噛み潰したような表情で咀嚼そしゃくする。

「……ムウ」


「言わないで、レイレイ」

 ソフィアは自身の唇に人差し指を添え、ウインクした。

「私は大丈夫。だから、フォーカス3「サイ・ビット」……私を使って」

 ソフィアが申し出ると、二人の間に沈黙が流れる。店の従業員がタコスの載った皿を二つ持ってきて、沈黙は途切れた。


「……本当に、良いんだな」

「うん……ほら、タコスきたよレイレイ! たべよたべよ」

 レイの今一度の問いに対しても、ソフィアの気持ちは変わらなかった。

「ああ」



 嵐の前の、束の間の穏やかな時間……。二人ともビーフタコスやチキンタコスを口にする。どれもこれも普通の食肉だ。……鳥も、牛も、豚も、人間も、死ねば只の肉でしかない。

 ……ソフィアもレイから、畑 和弘のおぞましい行為について聞き及んでいる。暗殺仕事のサポートで残酷な光景には慣れて来たつもりだったが、聞いた晩はさすがの彼女も気分を本気で悪くした。


 人間は生きていくために、自身の命を守っていくためには残酷な事をしなければならない。例えばこの皿の上に乗ったタコスミートを作る為に犠牲となっている動物の命がそうだ。


 だが……人間は家畜ではないし、人が人をそのように扱って良い道理などあろうはずもない。少なくとも、人が人としての尊厳を守り維持していくために、そうした考えは否定されなければならない。……ソフィアはそのように考える。



 ソフィアが暗い気持ちを笑顔で隠し、貴重なレイとの食事の機会を楽しんでいると、レイがふいに口を開いた。

「――ああ、それから例の件なんだが」

「うん? ひょっとして、稲毛さんたちのこと?」

 ソフィアはてっきりそれは、今回の作戦に参加する祈り手部隊に関する話かと思った。だがレイは彼女の予想に反してこう報告した。


「いや、任務の話じゃない。映画館の手配が済んだ」


「ワオ、忘れられたかと思ってた」

 ソフィアは少し意外に思うと共に、事件に事件、戦闘に戦闘の続くこの一月以上の中で本人さえ半分忘れていたような口約束を彼が律儀に覚え続けていた事が嬉しく、表情が緩むのを止められなかった。



「まさか」

「ハンムラビ地下の映画館?」

 またハンムラビ地下の映画館だろうか。ソフィアは地上に出るのが苦手であるし、それでもいい。いつもの場所だけど、落ち着くから好き。しかしレイは首を横に振った。


「いいや、あそこも良いが……たまには地上で観よう。横浜ブルクのシアターを一つ貸し切った」


 横浜に強い影響力を持つハンムラビだからこそ出来る芸当だった。みなとみらい地下深くのハンムラビ都市内の映画館でも良かったが……横浜地上、桜木町駅近くの一般商業施設、その上階には神奈川では最大級のスクリーンを持つ映画館がある。たまにはそこに足を運ぶのも良いとレイは考えた。



「ほんと!? ……たまには地上、行ってみよっかな……」

 ソフィアは顔をほころばせてこう尋ねる。

「ねえ、なに観るの?」

「レイトの貸し切りだ。古い映画でも、日本未公開の映画でも、望めば何でも流せる」

「ほんと? コマンドーとか、マッドマックスとか、009でも!?」

「009はちょっと……007ならいくらでも……」


「何を観るか、楽しみに考えておくわ」

 そして、ソフィアは言った。

「だからレイ、必ず勝って、無事に帰って来てね」


「……ああ、俺の戦いは、こんな所で終わらない」

 レイはそう答えた。楠木に言われた通りだ。己の真の望みとは少数のヒーローを道連れにして満足することではない。全ての英雄連公認ヒーローを殺して、殺して、殺し尽くす事、それこそが彼の――――




 ☘



 ――レイとソフィアが地下で過ごす一方、涼子は思い立った翌日の土曜日、そして日曜日を使ってある場所へ向かった。その身を狙われ、体調も安定しない状態での遠出は安全といえなかったが、彼女はどうしてもそこへ向かう必要があると感じた。


 許可を得るまでに多少の難儀もあったが、彼女の強い希望もありフラットや、その地の出身であるため土地勘もあるブラックキャットの護衛つきで、その要望は通された。



 ハンムラビのヘリコプターと新幹線を利用して向かったのは、京都府の某所だった。


 そこは墓地だった。四年前のテロによって京都府は荒廃し、未だその傷から完全に立ち直り切れてはいないが、この墓地周辺では被害の爪痕を感じさせなかった。


 涼子は墓石の前に立った、野原家一族の墓だ。あの子の名もここに記されている。奪還した遺骨は鑑定の後に焼かれ、今はこの中で……眠りにつく事を、ようやく許された。


 ――もうこれ以上、彼女の命が弄ばれる事はない。



「”結社”の方が言ってたんです。娘のために戦っている人たちがいると……」

 墓前で黙祷を捧げると、涼子の後ろで一人の女性が口を開いた。麗菜の母だった。憔悴しきって痩せ衰え、今にも倒れてしまいそうな彼女を、麗菜の父が支えている。


「涼子ちゃん……あなただったのね……」

 麗菜の母の病んだ瞳が少女の背中を見つめた。自殺を図った彼女の右手首にはまだ、痛ましい包帯が巻かれている。


 涼子は薔薇の花の添えられた墓前より立ち上がると、静かに話し始めた。

「あの時の私は……イジメられてて、友達が居ませんでした。とてもつらくて、さみしかった。あの頃はわたし、毎日辛くて……正直もう死んじゃおっかなって、何度も……思いました」


 涼子は言った。

「でも、レナちゃんが私を救ってくれました。レナちゃんのお母さんやお父さんも、私にとても優しくしてくれて……ありがとうございました」

 冬は間もなく終わる。その最後の冷たい風が少女に吹き付ける。涼子の目と鼻は赤く腫れていた。



「いいえ……私たちこそ、麗菜れいなのためにここまでしてくれて……」


「お父さん、お母さん、アクセサリーは……」

 涼子が首にかけたネックレスに手をかけると

「どうかあなたが持っていて。……あの子のためにも」

 と、遺物の返還を固辞した。


 それは大切な一人娘の、大切な思い出の品ではあったが、命を懸けて取り戻した涼子本人こそが遺品を持つに相応しいと麗菜の母は考え、そして父も同様にそれを望んだ。ハンムラビの職員から涼子の話を聞かされた時に、二人で決めたことだった。


「あの子も、涼子ちゃんの事が大好きだったわ……」

 奪われてしまった日々を振り返り、麗菜の母は儚げな表情を浮かべていた。



「……あの、一つだけ教えてください」

 涼子は息を呑んだ。そして……とても重大な問いかけを口にした。


「レナちゃんを殺した人を、レナちゃんのお母さんは、殺したいですか」

 フラットから事実を教えられた時点で、彼女はこの質問をすると決めていた。どうしても、聞く必要が彼女にはあった。



「そうか、知っているんだよな、涼子ちゃんは……」

 麗菜の父は気まずそうに下を向いて呟いた。


「……殺したい」

 麗菜の母の表情が変わった。それは涼子が、かつて一度も見た事のない、鬼のような形相であった。


「殺して、あの悪魔を……」

「冬子」

 麗菜の父が妻の激情をいさめた。……だが強くは言えなかった。

 夫妻のもとにハンムラビの職員が現れた日、最初に「金はいくらでも払う、使い切れなかった養育資金がある。車も家も売る。足りなければ臓器を売っても良い。だから絶対に、殺してくれ」

 ……そう頼んだのは、他でもない彼自身だったからだ。



 涼子はポケットからイヤリングを取り出した。これはあの子の形見、そしてネックレスと共に、あの悪魔から取り戻したもの。白薔薇の小さなイヤリング、彼女はそれを耳に取り付けた。

「……私、行きますね」


 墓石に背を向け……それから最後に涼子は振り返り、親友の眠る場所へ優しく微笑みかけた。

「レナちゃん、全て終わったら、また会いに来るね……」




 少女は思い出に背を向け、暗黒の戦場へと向かった。

 すべては、この世界に涙を降らす暗き雲に挑むために。





終節【終雪のカーテンコール】

最終決戦シナリオ【ファイアー・イン・ザ・レイン】

EPISODE「罪月(シン・ムーン) ACT:1」へ続く。

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