メメントモリ ACT:5
EPISODE 091 「メメントモリ ACT:5」
東京都23区内、新宿区の某所、一見するとそれは変哲の無いビルの一つではあるが……そこはある重要拠点の一つであった。
その建物の内部はというと近未来的で、とても並のオフィスビルとは思えぬ煌びやかさ。非常に多くの金がこの場所に注がれている事がわかる。
その地下、ロッカルームへと向かって一人の男が通路内を歩く。男はメタリックに輝く緑の鎧に身を包み、ガントレットとブーツ部分は黄色に塗装されている。左胸には太陽眼六芒星の記章、右側には「4」の数字が刻印されている。
四角い顔の男はマフラーを首に巻いておらず、ヘルメットを脇に抱えながら歩み進んでいる。その表情は非常に険しい。
彼の名前は
サイクロン五号、彼の鎧は返り血を浴びていた。
「遠藤、出てたのか」
會川がその男の名を呼んだ。
「はい」
「戦ってきたのか」
「はい」
「ハンムラビの連中か」
「いいえ、ただのヒーローもどきです」
「怪我は」
「しませんよ」
遠藤は鼻を鳴らして言った。
「そうか。コーヒーでも飲まないか」
サイクロン四号こと會川と、同五号の遠藤は通勤スーツ姿へと着替え、近隣へと外出した。そして二人して風を操り近隣ビルの屋上へと登る。アーマーの飛行制御ユニットが無ければその性能を満足にこそ発揮できないが、ちょっとしたビルの3~4階を乗り越える程度であれば、彼らサイクロンチームの超精鋭にとっては容易い事だ。
二人は屋上で缶コーヒーを開け、空を見る。まだ日は高く明るい。
「コンバットアーマー着てましたけど、會川さんもどっか出てたんですか?」
「いいや、ただの訓練だ。戦いが近いからな」
會川は答えた。
「お疲れ様です」
「お前は、”もどき”が相手と言ったな」
會川が言うと、遠藤はこう答えた。
「お上からの仕事です。ヒーローもどきの犯罪者が悪の組織に加担することのないように、警告を示せと」
「なるほど」
會川は納得した。実際、英雄連とてハンムラビ側の攻撃を指を銜えて見ているだけではなかった。
英雄連ヒーローの敵はハンムラビのアサシンのみに限らず。通常の超能力犯罪者の相手も時としては行うし、「
特に今の情勢で問題化しているのがハンムラビ側との戦争状態の他にもう一つ、ヴィジランテの活動活発化である。ヒーローを名乗っていいのは英雄連の許しを得た者だけだ。それ以外のものはこの国にあってはならぬ。
だがその”ヒーローもどき”の活動がハンムラビ側からの宣戦布告と共に活発となり、調子づいてヒーローに楯突き、あまつさえハンムラビへの協力を表明する輩まで出て来た。
遠藤ことサイクロン五号の今日の仕事は、そうした愚か者どもが思い上がりをおこさぬようにと、”注意喚起”を行う事であった。
「ん、お前そんなものを付けているのか」
會川は遠藤のスーツの襟に留められた英雄連の六芒星バッジを見ると怪訝な表情を作った。
「当然です。我々は誇り高き正義のヒーローですから」
「やめておけ、通勤中のヒーローが何人か殺され、バッジを奪われている。誇りだけでは悪との戦いに勝利できんぞ」
「相手はハンムラビですか」
遠藤が訊いた。
「さあな、俺は一味だと思うが、問題はそこじゃない。被害者は抵抗もなく、ほぼ一撃で仕留められているから、思うにステルス系の奴が歩き回っているぞ」
會川が言った。この数日、通勤途中のヒーローを狙っての通り魔めいた殺人事件が都内郊外で発生しており、杉並区以外にも東京中広く目を向けねばならない事になっている。
被害者となったヒーローはエーテルフィールドを展開させる間もなく一瞬で首を折られて殺害されている。ステルス系の能力者と推察されるが正体は不明。
ろくに目撃者さえいない。一般人の目撃証言は微塵にもアテにもならない。
その実、実行犯はバシュフルゴースト率いる自警団チーム「ゴーストスクワッド」の手によるものなのだが、彼らはそれを知る由もなく、ただ錯綜する情報に踊らされている。
會川は続けてこう告げた。
「これは戦隊機密だから下位の者に口外してはならん。……栃木のハンムラビ基地へ偵察に向かった臨時威力偵察隊が……全滅した」
東京の外ですら不可思議なヒーロー殺人事件が発生していた。
「まさか」
「確かな情報だ。死体が上がっている。サイキッカーの犯行である事も間違いないが、検視官が吐き気を覚える程度の有様だそうだ」
サン・ハンムラビ・ソサエティは国内外に多数の拠点を保有しているが、首都圏にあるものとしては栃木県にある軍事施設の一つが比較的規模の大きいものとして考えられている。
ハンムラビとヒーローたちの来たるべき決戦の日に、そちらから帝都へ増援を送り込まれる危険性があるため、そのための特別臨時チームの結成を英雄連は決定。
「対ハ級
――今朝、宇都宮市内で無残な骸を晒しているヒーロー五名を現地警察が発見した。死体はどれも損傷が激しく、ある者は目を潰され、ある者は首を撥ねられ、ある者は膝を砕かれ、ある者は四肢を切り裂かれ……その有様たるや、凄惨そのものだったという。
冷酷極まる事で知られるヒーローたちさえ胃の逆流を覚えるほどの殺人手口……到底まともな脳味噌の持ち主による行いでない、という事だけは確かだが、一体誰の仕業だったのかさえ手がかりがない。
少なくとも栃木への偵察任務は悲惨な結果に終わり、作戦は打ち切られた。
「そいつもハンムラビですか?」
「知らん、
「了解です」
二人が話し合っていると、一機の複葉機が東京の空を飛んでいった。敵ではない、あれは九三式中間偵察・戦後復元機。鮮やかな夕焼けを想起する美しいボディーカラーの、その複座式複葉機の尾には邪悪六芒星の描かれた英雄連の記章、ボディには白丸に赤いトンボのマークが描かれた戦隊記章が在る。
「あれは……」
「”月下雷撃ドラゴンフライ”のチームか」
あまりに特徴的であったので、會川はすぐにその複葉機がどこのヒーローチームの所属であるかを言い当てた。
乙種認可ヒーローチーム【月下雷撃ドラゴンフライ】、能力は「仮想航空魚雷」。彼らの正体は戦前に「
すべてではないが、英雄連ヒーローチームの中にはいくつか戦前からの由来を持つチームが存在し、そうしたヒーローには「真の号」がある。
例えば【陣風戦隊サイクロン】は古き時代に「
――彼らは全て時の流れと邪悪に屈し、腐敗し、英雄としての誇りさえ失ってしまった。今では内部の者であってもほとんどの者は、自分達の本来の名前を覚えてさえいない。
英雄が英雄としての自分を思い出せなくなってしまった、哀しい時代がここにはあった。
「パトロールですかね」
遠藤は言った。
「會川さん、俺たちは行かなくていいんですか」
彼は内心不満を抱いていた。ハンムラビら反逆勢力を討つため、英雄連は多くのヒーローを昼夜問わず東京二十三区全域に展開させ、警ら(※パトロール)活動を行い、襲撃に備えている。
だというのに、彼ら陣風戦隊の隊員達にはあの一戦以降、一度として警ら活動の指令は降りてこなかった。ようやく何か命令が下ったかと思えば、ハンムラビ相手ではない、ヒーロー”もどき”相手の任務。遠藤の不満は当然のものといえた。
「6,7、11番をやられた。司令はこの事を深く悲しんでいる」
會川は短く簡潔にその回答を行った。
「残念でしたね……特に天田さんは」
「一文字と結婚間近だった、それなのにな……」
會川が陰鬱な表情を見せると、とても深い息をついた。拾壱号の皆川が死んだ事も辛かったが、それ以上にサイクロン六号の天田の死が彼にはより堪えた。
六号の天田と七号の一文字は婚約しており、その結婚が近かった。老化の遅いサイキッカーといえ、30を過ぎた天田に対し「いい加減に」と結婚を勧めたのが、他でもない會川だった。
天田は死に、一文字も重症……二人には明るい未来が待っているはずだった。それなのに、なぜ。その決定権は彼に無かったとはいえ「自分さえ付いて居れば」と會川は何度も自分を責めた。
「一文字さんは」
「ダメだ。右腕は再生困難、目を覚ますと暴れて手が付けられんから拘束せざるを得ない」
會川は首を横に振った。目も当てられない有様だった。婚約者を失い、自身も重傷を負い、その状態のために婚約者の葬儀にさえ出る事を許されなかった一文字の心境を想うと、會川はとても辛い気持ちになった。
「そうですか……」
「……今はまだ耐えろ。ビーストヘッドとの契約は続いており、決戦の時は近い……我々が三人の仇を取るぞ」
會川は自分にも言い聞かせるように、同僚へと力強く語った。
EPISODE「メメントモリ ACT:6」へ続く。
===
☘世界観・人物・組織情報
☘
☘ 一文字
☘ 皆川
能力(共通):超常風の生成・操作能力
所属勢力等:日本英雄団体連合会 傘下団体 陣風戦隊サイクロン(乙種認可)
英雄連の傘の下で暴力を振るう暗黒街のヒーロー。「サイクロン」を名乗るヒーローは多数おり、同一の戦場に複数名が姿を現す事ことがある。
彼らは共通して緑の鎧とヘルメット。黄色のブーツとガントレットを装備。固有能力も特殊な洗脳教育の効果によって全員が風能力で固定されている。高位序列者になると風圧攻撃、真空カッターのほか、飛行能力、風圧バリアまでもを有するため、非常に強力で恐ろしい存在となる。
※作戦行動時、彼らは互いに色で呼び合う事があるが、この色はサイキッカーとしてのコードネームではなく使い捨ての識別カラーのようなものである。
ヘルメットはボイスチェンジャー機能のほかカメラアイの色調節機能がついており、その作戦ごとに与えられるカラーに合わせた腕章やマフラーを装備している。
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