メメントモリ ACT:4
EPISODE 090 「メメントモリ ACT:4」
「いやはや参りました……こうもあっさり見つかってしまうとは……非礼をお許し下さい」
その男は外見年齢的には楠木とさほど変わりのなさそうな、見た目60代半ばほどの老人で、生え際の後退した額に、グレーの髪を七三分けにしたメガネの男だった。
だが楠木と比較して違う点として、はにかんだ笑みを見せるその男はいかにも気弱そうで、温厚さが全身からにじみ出ているような、そういう印象の老人だった。
「いや、いい。それより貴方は?」
「申し遅れました。私プロフェッサー=ミョウガと申しまして、明賀 徹の名で大学教授を努めさせて頂いております」
男は明らかに
身分を隠す気はまるでなさそうだ。裏社会でこんな事をするのは余程の愚か者か、あるいは……暗殺者を差し向けられたとしても、殺されないだけの自信があるのか……。
「または……【バシュフルゴースト】の
明らかに順番を間違えているが、男はようやくその
しかしファイアストームはその名を耳にすると、ピンと来るものがあった。
「バシュフルゴースト……? 知っている。あなたは確か
「左様でございます。平和団体「ゴーストスクワッド」の代表も務めてさせて頂いております。あいにく、英雄連の方から認可を受けられないため、正規のヒーローチームというわけではございませんが……」
バシュフルゴーストはハンムラビに所属するサイキッカーでもなければ、英雄連の認可を受けたヒーローでもない。だが彼の名は、この業界ではほんの少し知られていた。
ファイアストームの知識では、バシュフルゴーストという男、元は海外にホームグラウンドを持っていたアメリカ帰りのサイキッカーで、現地ではよく知られ地元警察や地元議会で人気のあった
その後、00年代には日本に帰国したという噂は聞いていたが――何分亡霊のような存在で、本人と直接会うのはファイアストームもこれが初めてのことだった。
――世界に存在する超能力者はハンムラビのサイキッカーだけではないし、ヒーローもまた、英雄連の管理する公認ヒーローがその全てではない。
中には【自警団員(ヴィジランテ)】と呼ばれる、自主的にヒーロー活動を行い己の正義を志す者も存在する。
もっとも、21世紀現在の日本国で「ヒーロー」と厳密に定義されるのは英雄連の認可を受けた者のみである。
英雄連の価値観では、彼らの認可を受けず軍門に下らぬ者はすべて「偽物のヒーロー」であり「
……つまり、粛清対象だ。
そのためヒーローによる自警団狩りという恐ろしい問題を彼らは抱えており、国内ヴィジランテの活動はなかなかに厳しいものとなっているのだが……。
強力な政治力・資金力・軍事力・呪術テクノロジーを持ち、海外を股にかけるハンムラビであれば、英雄連ヒーローが相手でも正面から殴り合えるだろうが――資金も人材も限りある民間の有志の力で、英雄連が本気を出した時に送り込んでくる数十人単位の完全武装ヒーロー軍団を相手に出来るかというと……それは非常に厳しい問題となる。
こうした脅威から逃れるため、過激な軍事行動を行うハンムラビには完全加入せず一定の独立を保ちながらも、その
「公認ヒーローじゃなくて幸運だったねえ
楠木はとても笑えたものではない、強烈なブラックジョークを口にした。
なにせバシュフルゴーストの横にいる男は、公認ヒーロー殺しで知られる黄泉の戦士であるからだ。もしバシュフルゴーストの胸に太陽眼六芒星の記章あらば、男はたちまち死神に変じ、このはにかみ屋を撃ち殺してしまうかもしれない。
「いやはは……まったくです。お目にかかれて光栄です。エンジェルス……」
「ファイアストームだ」
黄泉の戦士は名乗った。
「失礼いたしました。ファイアストームさん、あなたの凄まじい強さのほどは伺っております。あなたが味方である事に感謝します」
「私こそ。多くの人を救ったと聞く、あなたに会えて光栄だ」
ファイアストームもまた、バシュフルゴーストに敬意を示した。
すると、バシュフルゴーストは消え入るような声で、こう語り始めた。
「わ、私は……この超能力を平和な事に使いたいんです。人は争い合うべきではないし、残虐な事を私はしたくない……この力を恐ろしい事に使ってはいけない……」
その上で、バシュフルゴーストは緊張の面持ちでこう言った。
「しかし、事情は……彼らの恐ろしい行いを……聞き及んでおります。争いは好みませんが……微力ながらお手伝いさせていただく事を、我々は決心しました」
彼は拳を差し出すと、その手を開いた。ファイアストームは目を見開いた。なぜならば、はにかみ屋の老人の手の中には、英雄連ヒーローのバッジが四つ握られていたからだ。バシュフルゴーストの手は、微かに震えていた。
「こ、これが我々「ゴーストスクワッド」四名の決意です。これでもう、我々は
――――彼はファイアストームたちの与り知らぬ所で、チームがかりとはいえ、四人の英雄連ヒーローを殺ったのだ。
一人ならば、まぐれかもしれない、だが四人倒したとなれば……? その実力を疑う余地はどこにもない。
男はおよそこの場に似つかわしくない平和主義者で、ファイアストームとも、エイエンとも全く異なる思想の持ち主だった。そして温厚で、恥ずかしがり屋で、臆病な老人だった。
だが……彼は紛うことなく、戦士の資質を持った人物でもあった。
「と、いうわけだ。バシュフルゴースト以下、総勢四名が共に戦ってくれる事になった。仲良く頼むよ」
楠木が言うと、ファイアストームはバッジごとバシュフルゴーストの手を握った。
「わかりました。ぜひあなたがたの戦力を借りたい。よろしく頼みます」
ファイアストームは改めて彼に敬意を表し、深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
バシュフルゴーストもまた、同様に頭を下げた。
☘
三人は場所を変え、明るい上階、といっても地下には変わりなかったが、楠木邸のリビングで会談を開き、今回の作戦に関しての意見を交わした。
「――我々「ゴーストスクワッド」は四名の超能力者で構成されています。簡単にご説明すると能力は、透明化、高速移動、テレポート、追尾能力となります」
バシュフルゴーストは自らのチームの能力を惜しむことなく明かした。構成を聞くに、どうやら追跡行為や隠密作戦、または…………暗殺に向く能力者集団らしい。その能力構成であれば、公認ヒーローを四人も倒した事に納得がいく。
彼ら四人がハンムラビの血も涙もないアサシンでないことが今では惜しいぐらいだった。
「追尾? サポート能力者が居るのか?」
尋ねるファイアストームはウォッカとドライベルモットを見つけ、勝手にカクテルシェイカーでウォッカ・マティーニのシェイクを作り始めている……。楠木邸のアルコールのラインナップに興味をそそられたようだった。
「はい、レーダー、あるいはマーカー機能のようなものです」
「具体的にはどのような性能か、差し支えなければ」
するとバシュフルゴーストはその能力者の詳細なスペックを惜しげもなく、このように公表する。
「はい、目標追尾機能です。望遠鏡越しでも構いません、一度目視しマーカーを付けた相手はおよそ一時間、例え結界の中に隠れていても、透明化能力やテレポート能力を持っていても、20キロメートルほどの範囲で居場所を把握する事ができます」
申告通りであれば凄い能力だ。直接戦闘用の能力ではないが、これ一つあればスナイパー系のロングレンジ能力者、テレポート能力者、透明化に代表されるステルス系能力者、その全てに一方的な不利を強いることが出来る。
「魔女の呪い……現実改変を破れる能力なのか?」
ファイアストームは思わず事実確認を行った。魔女の呪いは非常に強力で、これによって無効化されてしまう超能力は多い。特に代表的なものが長距離テレポートと、遠隔透視能力だ。
魔女狩り時代の以前はこの二つの能力が非常に強力で、反則レベルの凶悪さだったらしいが……魔女たちが対抗策、つまりは呪いの力を世界に拡散させてしまったため、この二つの能力は大幅に機能を制限された。
今ではちょっとした結界や建築物など、障害物にひっかかって失敗する長距離テレポートよりも、素早く発動可能な短距離テレポート能力を連続使用する方が速く、それでいて魔術戦でも強いという有様だ。
「はい、多少の効果減衰は確かにありますが……ハンムラビ本部の結界越しでも能力は有効なので……恐らく通用するものかと」
だがバシュフルゴーストは彼の仲間が魔女の呪いに対抗可能な事を肯定した。ハンムラビ関東横浜支部の結界となると、日本国内では皇居の次に名前を置いて良いぐらいには結界の頑丈な土地……。
「……使えるな」
「エイエン、彼らゴーストスクワッド以外に応援戦力のアテはあるのか?」
先週までの彼なら自分とブラックキャットが居れば敵を殲滅できる、と言い張り続けていたかもしれない。しかし情勢が変わり、公認ヒーローの大幅介入が起こり、予想以上の警備体制を直接この眼で見て来た者としては、今ではもう少し戦力が欲しい。
まず、楠木はこう答えた。
「ヴィジランテは彼らぐらいだ。都内のヒーローと戦うなら半端なものを揃えても犠牲を増やすだけだからね、せいぜい後一人か二人、サポート役か、飛び道具持ちを連れて来るぐらいだろう」
「そうか」
「――だが、内部のことでいえば、東北支部と、あとは栃木軍事基地からも若干の応援が決まっている。バケットヘルムが間に合いそうにないのでね、彼の代理になれる防御向きの能力者を最低一人送って貰う事になっている」
なんだかんだで、バケットヘルムは集団戦で特に力を発揮し、一定の防御能力を持つ有能なサイキッカーだったが……あの負傷では到底決戦には間に合うまい。いや、このまま戦士としては引退し、本部防衛要員 兼 の内勤職員という事も考えられる。
どちらにせよ、彼の代わりとなる防御寄りの能力者が必要だが……。
「代理を出すとしたら突入部隊の第一波じゃないのか」
「ご名答。まあ第一陣か、第二陣、どっちかってとこかな」
「一番死ぬぞ。耐えられるレベルの奴なのか?」
ファイアストームは怪訝な表情で問う。
「さあ、そうだと願っているが……まだ誰が来るかは調整中で……」
「いい加減だな……時間はないぞ」
ファイアストームは呆れた。
「そうなんだよなあ……ハア。シールドメイデン君が居てくれりゃあなあ……」
いよいよ楠木が、柄にもなく無いものねだりのぼやきを口にした。そう、彼女は防御寄りのキネシス能力者で、それこそ天才的な強さの女性だった。楠木がその損失を未だ惜しむのも頷ける。だが――
「彼女は引退した、もういない」
――彼女はとっくに引退済みだ。しかも四年ほど前に。
「五体満足で生きて引退できるなんて、これ以上ないことだ」
ファイアストームのその言葉は、楠木にとってはどこか自嘲の言葉のように聞こえた。
「まあなあ」
「……東北支部だと【マーズリング】あたりなら、まだ生きてたと思うが。キネシス系の防御寄り能力者、系統でいえばシールドメイデンに近い」
ファイアストームは記憶の中から一人の名を思い浮かべた。それは東北支部で長い事働いているベテランの一人だ。確か……四年前の戦争も生き延びたはず。死んだという話も引退したという話も聞いてはいないから、恐らくまだ生きているだろう。
「ああ、彼が居るよな? 急ぎで引っ張れるか後で聞いてみるか」
それから、楠木は言い忘れてた事を思い出した。
「あーそうそう、それから決戦の日付なんだが――」
「新月か」
「魔女の呪いと結界の力が、もっとも弱くなる日ですね」
バシュフルゴーストも言葉を添えた。
「うむ。そのつもりだ。次の新月は確か――」
「来月の7日、午前一時だ」
ファイアストームは答えた。新月狙いである事を彼は想定済みだ。
楠木は小さく頷くと、こう述べた。
「ヒーローとて永遠に守勢でいてくれるわけではない。守ってくれる内は楽だが、彼らが攻勢に出ると厄介な事になる。だが連中の本質はお役人だ。少なくとも今しばらくは守勢でいてくれる、ゆえに、その間に全ての作戦準備を完了させ――」
「新月の夜、ヒーローをビーストヘッドごと叩く」
ファイアストームが力強い決意と共に言った。
「そうだ」
楠木は肯定する。続いてバシュフルゴーストも静かに頷く。決戦となる新月の夜はもうそこまで迫っていた。
EPISODE「メメントモリ ACT:5」へ続く。
===
☘世界観・組織
☘公益社団法人 日本英雄団体連合会
東京都千代田区に本部を置く日本のヒーローを管理する「正義の組織」。
サイキックに耐性のない一般市民に代わり、日本国内でヒーローを志すサイキッカーが、ヒーローとなるに相応しいかどうかを認定する。
しかしその選考基準は極めて利己的な基準に基づいており、英雄連の会員にとって不利益なサイキッカーはヒーローとして認定されず、逆に犯罪者が会員の身内ということでヒーロー認定を受けたり、賄賂や性接待、倫理道徳に反した卑劣な殺人契約なども飛び交うなど、その腐敗は深刻な域に達している。
また、犯罪者狩りと称して英雄連の認可を受けない自警団員狩りを行っており、野良サイキッカーからは最大の脅威としてハンムラビの暗殺者以上に恐れられている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます