メメントモリ ACT:3
EPISODE 089 「メメントモリ ACT:3」
ハンムラビが英雄連側の想定以上の拒絶反応に苦慮し、ゲリラ作戦の展開、友好勢力への増援要請、作戦立案に追われている頃……。
茨城 涼子はというと、ソフィアの病室に居た。テーブル上にはノートパソコンが置かれ、テレビアニメが流されている。
「へえー、これ結構面白そうね」
ソフィアがアニメの視聴感想を述べた。彼女の容態は回復しており、まだ安静の入院生活ではあるものの、酸素マスクを必要とせず、パソコンでささやかな娯楽を楽しんだり、簡単な事務仕事をこなすぐらいには良くなっていた。
「うん、この子が銀河アイドルを目指すんだけど、かわいくって」
気分転換の提案はソフィアだったが、このアニメを勧めたのは涼子だ。
銀河アイドルの少女たちが歌で宇宙を平和にする物語……かねてより視聴中だったものの、本件のゴタゴタで継続視聴の機会を逃していた。ソフィアから「何か一緒に楽しめる、暇つぶしになりそうなもの」求められたので、彼女はこれを挙げ、二人で第一話から全話視聴することになった。
「いいよねこの子」
「うんうん、別の田舎の星からオーディションを受けるためにやって来たの」
「それで宇宙リンゴの積み荷の中で密航?」
二人はアニメの中の少女を指差し、あれこれと話す。銀河アイドルを目指す少女が密航して都会へとやってくるシーンだ。
「そうそう」
「どうせなら宇宙マンゴーにすればよかったのに」
ソフィアが言った。
「宇宙マンゴーなんてあるのかな?」
「あるんじゃないの? 宇宙なんだし」
「でも手ベトベトになりそうじゃない?」
と涼子は言った。
「うーん、そうかも。でもリンゴもさあ、やっぱりベトベトに……」
二人の少女は互いにアニメの内容を楽しく批評し合う。
――ゲリラ作戦開始から三日目、前線でゲリラ作戦を繰り広げる軍事行動の関係者はピリピリとした雰囲気で、ファイアストームも本部に帰投すれば医療ブロック、兵器科ブロック、会議室を往復し、それが終わったかと思えば全身傷だらけの姿で酒を
傷の回復を済ませ、睡眠から目覚めると銃を手に、またどこかへ姿を消してしまう……。
ブラックキャットも昨晩からゲリラ作戦への参加を始めた。涼子のプライベートの護衛に割く人員さえ惜しいため、戦闘専門ではないフラットが涼子のボディーガード兼治療役を急きょ買って出ているほどだ。
涼子とて時には学校に行かなければならないし、家にも帰らねばならないだろう。涼子は既に一人前の戦闘能力を得ているが、それでも今は状態に不安が残る。誰か一人がボディーガード役についている必要があった。
……先日の作戦で戦死したヘリ搭乗員の葬儀も昨日行われた。ソフィアは体調の都合で出席できず、涼子も精神衛生上の理由から出席を見送り、ファイアストームや楠木らが参列し、しめやかな合同葬が行われたと聞く。
……戦死者の中には、高速道路上での涼子奪還作戦や、茨の鉄条網作戦で結界設置の手伝いを買って出てくれたヘリ操縦士の男性の名もあった。年頃の娘が居ると聞いていた。涼子の事を自身の娘と重ねていたのだろうか、彼女の事をしばしば気にかけて、優しい言葉を投げかけてくれる人だった。
彼は死んだ。ソフィアはその事実を涼子には伝えられなかった。
地下都市の住民も前本部を放棄するに至った四年前の恐ろしい戦争の記憶に怯え、やはりピリピリとしている。
この重苦しい空気が漂う地下都市では実のところ、ソフィアと涼子のいるこの病室だけが最も穏やかな空間かもしれなかった。
「あ、そうだ、お薬飲まなきゃ」
涼子はふいに思い出すと、処方された向精神薬の小袋を取り出し、ペットボトルの紅茶によって薬を喉に流し込んだ。
そんなに良いものではない。魔術的精神治療とこの投薬治療を繰り返すと、頭がボーっとして眠くなるし、自分のここまでの経験が全て夢だったのではないかと思うような
「えらいねー、ちゃんと飲んでるの」
「だってお医者さんに出して貰ったものだし飲まないと」
涼子は平凡に答えた。しかし実に彼女らしい生真面目な回答だ。
しかしソフィアはしかめ面で
「レイレイなんて最低よ、あの人薬を飲む時でさえ、ウイスキーで流し込もうとするから」
と、呆れたように言った。
「ええ……それってダメじゃないんですか……?」
それを聞いて流石の涼子も、やや引いたような困惑の表情をソフィアに見せた。
「当たり前でしょ、サイキッカーだからって薬はちゃんと水で飲まないと。人類最低水準のアル中よあの人。お酒がないと生きていけない人なの」
ハアアアアと、ソフィアが大きなため息をついた。
「絶対ダメよ涼子ちゃん、ウォッカマティーニやジャックダニエルと寝るような大人になっちゃ」
「ならないよー」
涼子がクスりと微笑む。そしてまたアニメ鑑賞を継続する。今の二人がこの戦争に対して出来る事はほとんどない。せめて今は彼女たちに気分転換と、心を休める時間が必要だった。
☘
ハンムラビ地下空間の数多ある居住エリアから更に深く厳重な所に楠木らハンムラビ高官の居住エリアはある。
小プール付きの地下豪邸には更に地下室があり、そこにはワインセラーやビリヤードルーム、彼の個人シアターなどが存在する。
楠木の個人シアターで、その映像再生は開始される。スクリーンにはまず「昭和十七年 二月八日」の大きな白文字、続いて「大東亜決戦超人! シンガポール攻撃ス!」の大文字が、意気揚々としたラッパの音と共に映し出される。
楠木はグラスのバーボンの中のロックアイスを転がしながら、その映像をじっと見つめる。
『――敵は物量に物を云わせて次々に迫りくる。まぐれ当たりといえども我が方の兵士にも損害が生ずるものである。
しかしここに一人の英雄の姿現る! 彼こそは「霊銀」! 皇軍の誇る大東亜決戦超人、英雄となる事を天命によって定められし神兵の一人である!』
気迫ある男性の力強いナレーションが個人シアターに響く。
彼が暗闇の中で眺めるその映画はモノクロの、人々が忘れ去ってしまった遠い昔の記録だった。当時の陸軍省が製作した戦争フィルム、その内表には出なかった闇の中の闇のフィルム……これはその一つだ。
――なぜこのフィルムは闇のフィルムとされるのか? 答えはシンプル、これは戦時中に存在した超能力を操るヒーローの活躍を収めたフィルムであるからだ。
第二次世界大戦、日本国の側に立って呼称する時は大東亜戦争、その戦争は、人類が経験した戦争の中でもっとも凄惨にして過酷であったものの一つである。
『霊銀はイギリス軍を撃滅せんと矢弾の如き速さで飛び出す! 壮絶なる火砲が霊銀へと迫る。されど天照大神(アマテラスオオミカミ)の加護を直接に受けし神兵は、イギリス兵の弾によって倒れる事は無し!』
フィルムの中の厳つい顔をした日本兵が無愛想にカメラへ手を向けると、その全身を金属へと変身させる。そして、銃弾飛び交う戦場にも関わらず、凄まじい速度で坂をかけあがり、味方の集団を追い抜いて行く。
この日本兵の男、どうやら戦時中は【霊銀】と呼ばれたサイキッカーであったらしい。この時代には存在しないコードネームの男だ。だが、その戦闘力は現代サイキッカーと比較しても劣らぬ凄まじい戦闘力、いやそれどころか――
霊銀はその両手を金属の刃に変形させると敵兵士を次々に斬り伏せ、敵軍のトーチカへと接近。そしてトーチカの中に拳を突っ込むとトーチカは内部から爆発――。
しかし爆炎が晴れても、全身金属の日本兵には傷一つない。まさに戦神の如き活躍である。
凄まじい戦闘力だった。これほどの戦士がもし現代にまで残っていたとしたら、サイクロンの六号や七号クラスの手練れであっても手に負えないほどの存在という可能性さえある。
どうやらこの霊銀、戦死か病死か、既に現存しない超能力者だという噂であるから実物と出会わずに済むことだけが幸いか――――。
厳つい男がカメラまで歩み寄ると、爆風で吹き飛んだ軍帽を拾いなおした。
『イギリス軍は強固なる要塞を築くも、皇軍の誇る兵士の力の前に為す術はなく、敵軍は白旗を挙げ次々に降伏を申し出るのである――』
まだ日本軍が戦争で優勢だった時期であったからこそ撮影できた貴重な戦時資料の一つだ。何も日本軍だけではない、この時代は日本も、アメリカも、ドイツも、中国やロシアも、様々な国からヒーローと呼ばれる人々が現れ、それぞれの思想信条のために血を流した時代だった。
――人々が正義を奪い合う壮絶な時代だった。だがそれは、ヒーローがヒーローで居られた、最後の時代だったのかもしれない。楠木は時に、そのような事を考えてしまう。
「随分と古いものを見ているな」
地下室の階段を降りて、一人の男が現れた。ゲリラ任務から帰還したばかりのファイアストームだった。
「帰ったか。今日は何人ぐらい殺った?」
「今日は五人だ。一昨日と昨日で十人以上殺ったからな。
ファイアストームは楠木のシートの二つ隣に座ると、テーブル上の酒に関心を寄せつつゲリラ作戦の戦果を報告した。
――外見での判別は困難だが、英雄連公認ヒーローは甲種、乙種、丙種とおおまか三種類のカテゴリーが存在する。
表社会でいえば公務員のような存在といえる。
表社会でいうところの正規社員、それが彼らだ。
もう死んだが「ゲッチュアーウィングス」「プルーフジャスティス」「ホローP99」などはこれら丙種認可を受けたヒーローだった。
彼らのバックボーンは様々だが、総じて中途採用の者が多い。例えばアマチュアの自警団員あがりの者、スカウトされた者、元は犯罪者だったが罪の抹消と引き換えにヒーローに転身したもの……様々な出自の中、英雄連の認可を受ける事によってヒーローとして「成りあがった」者を中心に構成されるグループだ。
表社会に当てはめれば非正規社員のような存在で、総じて便利屋が多く、上級ヒーローのための露払いや鉄砲玉のほか、暴力を伴う脅迫や、芸能人やアイドルに供与する麻薬の運び屋をさせられる者も居る。
丙種は任務の受注契約形態も専用サイトを通じての受注形式――言ってしまえば日払いの派遣仕事とそれほど差のないスタイルが主流であるため、平均的な士気は三種の中で最も低く、あまりに危険な噂が広まると、賢い事にそれらの「地雷」を避けようとする者が多い。
――今回のゲリラ戦でハンムラビが標的にするのはこの丙種ヒーロー。強さは玉石混合のため平均した戦闘力では甲種・乙種に彼らは劣る。しかし数が多く、中にはユニークかつ有用なサポート能力持ちが居る。実のところもっとも減らしたい戦力がこのグループだった。
「良い兆候だ。サイクロンやドラグーンのような乙種連中は何度叩いても出て来るが、丙種ヒーローなど所詮ヒーロー界の非正規雇用に過ぎん」
楠木は言った。
「引き続き連中にはハローワークでの転職を勧めてやれ」
「死体でも出来る仕事がハロワにあるのか?」
ファイアストームが尋ねると、楠木は突然笑い出した。
「そんなに面白かったか?」
ファイアストームは
「フハハハハハハ……もちろん、やっぱ君は面白い」
楠木はバーボンを
ファイアストームは特にそれ以上の反応を示さず、戦時フィルムの映像を見つめていたが、しばらくするとふいに口を開いた。
「ところでエイエン」
「ん?」
「さっきからここに居るもう一人は誰だ?」
「なんだって?」
エイエンは微かに笑みを浮かべ、わざとらしく聞き返した。
「悪ふざけはよせ。ステルス能力者、お前の直属の護衛か?」
この地下シアターに存在するのは一見すると二人だけ……だがファイアストームは三人目の気配を感じ取っていた。殺意は感じない、むしろこちらに恐怖を抱いているような、恐れの感覚さえ感じる。
「フハハハハハハ、流石だ、彼がわかるとは。もっとも、彼は私の直属ではなくヘルプ要員だがね」
「ステルス能力者なら今まで何人も殺ってる。居るのはわかる」
ファイアストームは静かに答えるとバーボンのグラスを傾けた。
「おーい、もう出て来て良いぞ」
すると楠木の呼びかけに応じ、地下シアターの隅の闇の中から一人の男が姿を現した。
「いやはや参りました……こうもあっさり見つかってしまうとは……非礼をお許し下さい」
その男は外見年齢的には楠木とさほど変わりのなさそうな、見た目60代半ばほどの老人で、生え際の後退した額に、グレーの髪を七三分けにしたメガネの男だった。
本編EPISODE 090「メメントモリ ACT:4」
および
EPISODE 090.5「
※作品名【使天墮ノ色鈍(ニビイロ ノ ヒーロー) 】
===
☘世界観・人物情報 &読み切り作品の宣伝!
☘
性別:男 外見年齢:50代ほど 実年齢:推定90歳以上。
能力:流体金属
能力名:無銘鋼(ムメイコウ)
所属勢力等:(元)大日本帝國陸軍 第八十八師団 第百二十五連隊 第一特別攻撃超人部隊。退役後の足取り、不明。
LIKE:孤高である事を好む。ジャズ、日々の鍛錬と戦闘研究、戦闘行為、読書。
DISLIKE:平和や愛、そして涙を彼は信じない。
第二次世界大戦の時代に「霊銀」の
戦後、何らかの理由で彼の記録と存在は日本政府の手によって完全に抹消された。誰もが彼を死んだと思い込んでいたが……。
――近年、セピアの紫陽花をトレードマークとして背負う、凄腕の殺し屋の噂がジャズミュージックの歌声と共に、街の酒場で流れている……。
(※本作と世界観を共通し、かつ本エピソードの同一時間軸上で起こった別の出来事を描く
スピンオフ短編【鈍色ノ堕天使(ニビイロ ノ ヒーロー)】絶賛公開中!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます