終節 ‐ 終雪のカーテンコール ‐

メメントモリ ACT:1


☘ 暗黒街のヒーロー

A Tear shines in the Darkness city.

 ‐ Fire in the Rain ‐


終節【終雪しゅうせつのカーテンコール】


EPISODE 087 「メメントモリ ACT:1」



 横浜市みなとみらいエリアの地下深く、サン・ハンムラビ・ソサエティの支配する地下都市を、いつものように赤いモノレールが走っていた。


『ハンムラビニュースをお伝えします。24日夕方、フィリピンマニラ支部で大規模な麻薬撲滅作戦が展開されました。この作戦で、麻薬の密売・製造に関わった1000人を超える人物が処刑されました。マニラロッジ長のカルロス氏は、今後も新大統領や政府と連携し、徹底的な麻薬の撲滅を行ってゆく事を……』


 モノレールの車内の壁に埋め込まれたモニターからは、この地下都市だけで流される独自のニュースが放送されている。


 地上で流れる大衆向けのニュース番組やテレビ番組はあくまで地上の人間向けのもの。地下のものたちには地下のものたちの、こうした独自のメディアが必要となる。

 実のところ地下専用のラジオ番組などもあり、ミラ36号が趣味で放送している不定期ラジオさえもある。


 モノレールが駅に停車すると、一組の男女が乗車してきた。男の片手には日用品の入った白い買い物袋が握られている。




『次のニュースです。ハンムラビ日本ロッジ最高指導者である楠木 丈一郎 氏が24日の深夜、緊急会見を行いました。

 楠木氏は既にハンムラビの敵対勢力となっているビーストヘッド社の非道徳性と、彼らを保護しようとする動きを見せる公認ヒーローたちを強く非難。彼らの殲滅と、大規模な軍事作戦の展開を宣言しました』


 扉が閉まり、地下モノレールは発進する。車掌の老人はモノレールの操縦を自動運転機能に任せ、ニュース新聞を開き始めた。記事の見出しは「染谷議員 緊急手術」


 地下ニュースは続く。

『これに伴い、ハンムラビ国内の全支部が第二級戦時体制へと移行。関東横浜支部は第一級戦時体制へ移行。当面の間ゲストの支部への立ち入りは制限され……』



「ねえ、戦争だってね」

 モニターに映し出される地下ニュースを見て、女性が口を開いた。


「ああ。でもまあハンムラビは会社の一つ二つならいつも潰してるから」

 男はそのニュースを見ても、あまり驚いた様子を見せなかった。

「ふうん、べつにブラック企業だったら潰れちゃった方がいいけど」


 女性また同じだった。ハンムラビという組織やそこに属する人々は、平均的にいえば博愛的思想を持つ人こそ多いが、必ずしも平和主義というわけではないし、非暴力不服従の枕をベッドに置いて寝てもいない。その結果が彼らの武力行使の体現者であるアサシンの地上活動といえるだろう。



「まあ、そうだけど」

 男はしばらく何か考えると、ふいにこう呟いた。

「……四年前みたいにならなきゃいいけどなあ」


「それ、前の本部に敵が攻め込んで来た時の話?」

 女性が尋ねると、男は頷いた。

「ああ、あんなに恐ろしい日の事はなかった」


「私、その時はここに居なかったからわからないけど……」

 女性は自身の腹に手を当て、テレビモニターを見た。ニュースは終わり、天気予報が映し出されている。厳しい冬の時期はもうすぐ終わり、これからは徐々に気温が上昇していくだろうと予報では伝えられている。


「もしそうなったら一緒に逃げよう。どこに逃げるか、わたしわかんないけど」

「そうだな……」

 男性と女性は手を握り合った。男女の左手薬指には指輪がはめられており、女性のお腹には温かい膨らみがあった。



 サン・ハンムラビ・ソサエティという組織を語るのは少し難しい。


 ――ある時は法の救済を受けなかった個人の復讐のため、ある時は法の裁きを受けなかった団体への制裁のため。ある時は貧困ビジネスで甘い汁を吸う自称平和主義者の社会運動家を斬首し、ある時はナチス的優生思想に基づいた差別思想を行動原理とするシリアルキラーを射殺しては、救った人々の感謝と、殺した人々に関連する団体からの恨みを同時に買う。



 なぜ殺す? ハンムラビはしばしば「道徳上の理由」と声明する。反道徳的・反社会的としか言いようのない暗殺や処刑を行った理由の回答として、だ。

 元が魔女狩りという差別や弾圧に苦しんだ人々を祖に持つ組織である事もあり、ハンムラビはそうしたものを嫌う傾向がある。


 ただし彼らは善と悪を同時に内包する。彼らを残酷な暗殺組織、テロリスト集団、そう捉える人も居れば、概ね弱者の味方であると考える支持者も一定数存在する。まあその認識は見識者の立場によって好感にも憎悪にもなるものだろう。


 中立的で核心を突く意見としては、センチメンタルで動く乙女のような集団と、半ば嘲笑的に表現する人もいる。




 彼らは何か事を起こす度、政府や公認ヒーローと小競り合いを起こしている。

 それでもハンムラビは四年前の内乱で深いダメージを負って以降は組織再興を優先し、公認ヒーローを相手にした全面抗争には消極的姿勢を見せるようになった。


 ヒーロー側にとってもハンムラビはテロリスト同然の邪魔な存在だったが、その高い軍事力はもちろんの事、国際影響力を用いて海外経由の圧力を仕掛けて来たり、その経済力を悪用し政治家を自分たち側に取り込むなど、狡猾な手を惜しまない毒蛇の如き組織であったために潰す事が出来なかった。



 こうして英雄連公認ヒーローとハンムラビの冷戦状態は四年間続いた。

 ――しかしビーストヘッド社の殲滅を巡って、彼ら二組織の対立は再燃の道を辿っていた。




 ☘


 坂本 レイは都内の公園のように広大な地下空間の一角を歩いていた。空間は美術館のように荘厳で、地下だというのにそれを感じさせないほど白くまばゆい。

 彼の横には鏡のように磨き上げられた白い石が壁一面やホール内に並べ立てられている。


 磨き上げられた白い壁の傍を歩いていると、彼はふと壁を向いた。一人きりで歩いているホールの白壁に、死んだはずの戦友の姿が写っていたような、そんな錯覚を覚えたからだ。


「……」

 気のせいだ。仲間ならみんな死んだ、あるいは……四年前の内戦の折、自らの手で処刑した。そして一人、彼は生き遺された。


 レイは再び歩き出した。壁には文字が刻まれている。どれも人の名前、そして、ここに名を書かれた人々はすべてもう、この世に居ない。


 ここはハンムラビ関東横浜支部地下に存在する墓地エリア。日本支部に所属し、そして戦死した者はすべてここに名を刻まれる。


 彼は一枚の石版の前に立つとそこで止まり、立ち尽くした。



「そんな所に居たのか」

「エイエンか」

 聞きなれた声にレイは顔を後方へと向けた。魔術名コードネームを「永遠エイエン

 名を楠木くすのき 丈一郎じょういちろう。サン・ハンムラビ・ソサエティ日本ロッジの指導者リーダーであると同時に、不死に近い高度再生能力を持つ、日本支部が抱える最強の超能力者サイキッカーの一人でもある。


「具合はどうだ」

「大した事はない」

 レイは傷だらけの顔で答える。昨夜の戦闘で決して軽くないダメージを負い、包帯をTシャツ代わりにしているのかというほどの酷い状態だというのに、平然と歩き回っている事がそもそもおかしかった。



「元気があって良い事だ。今夜から仕掛ける、出られるか?」

「早いな」

「昨晩の一件以降、公認ヒーローの杉並内でのパトロールが予想よりも厳重になっている。当日までに戦力を削いでおきたい」

ろう」

 レイは答えると、再び壁の文字に視線を落とした。


「……何を考えてる?」

 背を向けたままの男に、楠木はその心境を尋ねた。


「……いや、古い戦友の事をな。きっとそいつが、茨城さんを助けてくれた」

 楠木の問いに答えると、レイは壁の名簿の一つ「ラプソディ・ロビン」の字をそっと右手の指で撫でた。



 ファイアストーム、シールドメイデン、ラプソディ・ロビン。三人は戦友で、チームだった。その内の一人はもう、この世にいない。だが、救出後の涼子の証言に「光の矢を見た」というものがあった。それはこの世にもういないはずの、その女性ひとの生前の能力だった。



 ファイアストームの涙はとうの昔に枯れ果てた。だが、彼は感謝した。きっと彼女が、涼子を救ってくれたのだと、そう思うとファイアストームの荒廃しきった心に何かがもたらされたような……そんな気がした。




「そうか」

 楠木は短く返事すると、銀色の薔薇のマークの刻印されたバーボンのボトルをレイの前で掲げてみせた。

「ところでどうだ、飲まないか?」



 そしてレイと楠木の二人は、共同墓地の一角のベンチに座るとバーボン「フォアローゼズ」の洒落たプラチナボトルを開け、グラスに酒を注ぎ始めた。


「あの子はどうだって?」

 ストレートのバーボンで口内を潤しながら二人が真っ先に話す事といえば、やはりこの一件に関する出来事だった。


「怪我はそれほどではない。精神能力者による自我治療中だ」

 それからレイはこう付け加えた。

「容態は安定している」


 涼子は戦闘後、セーフハウスを経由して本部地下の医療エリアへと他の負傷者同様に送られた。

 精神崩壊の危機に遭った彼女は真っ先に精神治療を受けたが、運ばれた時の容態は危惧されていたほどに深刻ではなかった。


 ひどく疲労してこそいたが、再構成された彼女の精神は、骨折した骨が治癒によって以前よりも丈夫となるように、ずっとタフなものになっていた。


 今はフラットのような精神能力者による魔術方面の治療と、投薬やハーブなどによる物質的方面による治療の両方を受けて、ソフィアの隣の病室で健やかな眠りについている。



「そうか、それは良かった、私にとっても」

「バケットヘルムは……」

 レイが訊くと楠木は

「命に別状はない。右足は……機械化だな」

 と、彼の容態についてを伝えた。


「そうか。……サイボーグ化は日常生活で不便する」


 もともと超越者以上のサイキッカーは治癒力が高く、手足の指ぐらいまでなら時間と共に復元してしまうが、バケットヘルムはその損失部位が多かった。


 レイは機械化された自身の左手を軽く握り、開く。戦場に立つ戦士である以上、サイキッカーであってもこうした出来事はつきものであるが……。


 レイは左腕以外にも負傷の度に心肺や脊椎、甲状軟骨など細かい身体改造を行っており、もはやその中身はサイボーグと言ってさえ良い。


 サイボーグ化は戦士としてメリットの側面を持つ。搭載機構、搭載武装、耐久性、部品交換による負傷の短時間治癒……人体では不可能な動作や形態も時として実現可能だ。

 一例を挙げれば、小型副心臓を埋め込めば万一生体心臓が損傷を受けた際でもそれを予備の生命維持装置として生き永らえる事さえ出来る。



 だが、それは時として人間が人間であるという基本的な要素を損なう道でもある。レイのように四肢を機械化すれば地上では遊泳や入浴、水着や半袖などの服装や、サイボーグ化の露見を恐れて一般人との性行為にさえ支障をきたす事さえあるし、機械化部分と生身部分の接続部が劣化すれば、出血や錆の痛み、思わぬ誤作動などに苦しむ事となる。


 サイボーグ化の度合いによっては、外見変化が著しすぎるために二度と表社会では生活できなくなり、永遠の地下生活を余儀なくされた者もいる。



「私はサイボーグ化と無縁だからわからなくてねえ」

 ――もっとも、超能力者サイキッカーの中にはそうした悩みさえ無縁の存在も存在するが。


「それより、見たぞ。あの会見」

「良かったろう?」


 昨晩の戦闘の後、楠木は即座に会見を行った。その意志はハンムラビの日本各地に存在する支部すべてに伝達され、他国の支部にもその情報は広く伝えられた。一晩経ったが、この決定に口出しをする他国の支部はほとんど存在しなかった。


 ……この間、楠木がソルトレイクの国際本部に行った時、既にいざという時に備えての根回しは終わっていたのだろう。実に狡猾な男だ。


「……ビーストヘッドも、それを守る公認ヒーローも、全員殺す。それだけだ」

 レイはただ冷徹に答えた。


「ヒーローが婚約者の仇、だからか」

「……」

 楠木は禁句を平然と口にした。坂本 レイには婚約者がかつて居り、そして彼女は口にする事もはばかられる恐ろしい死に方をした。あまりに悲惨な出来事であったため、この事実は楠木と当時在籍していたシールドメイデンの判断によって握りつぶされ、闇に葬られた。


 この事実を多くの職員は知らないし、仮に知っていても、決して口にしようとはしない。事実の口外は記憶消去刑、最悪の場合は極刑という、非常に厳しい裏の規定が二人の手で創られた。


 レイはこれに答えなかった。口に運びかけたグラスの手を止めると眉間にしわを寄せ、険しい顔つきでバーボンの入ったグラスを見つめる。


 金色に淡い輝く彼の右の瞳が、グラスの中で月の光のように反射していた。



「……言わんよ、特にお前の大事に飼ってる二人の生娘きむすめにはな」

 楠木は冗談ぽく言うと、グラスの中のフォアローゼズを一気にあおった。




EPISODE「メメントモリ ACT:2」へ続く。



===


☘世界観・組織情報



☘陣風戦隊サイクロン


 1971年4月3日に「本来現れるべきだったヒーロー」の立場を乗っ取って突如出現した闇の存在。


 彼らの中身をよりさかのぼると大東亜戦争の時代に「大東亜決戦超人兵:神風」と呼ばれ活躍した旧日本軍の英雄がその前身存在であった事が判明するだろう。

 だが敗戦に伴い、戦犯として処刑される事を回避するため彼らの存在した証拠の多くは処分された。

 そのため、かつて自身は何者であったのか、かつての自分達は一体何のために戦っていたのか……内部構成員でさえあっても、その多くは自身の生まれた意味を忘れてしまった。




 彼らの活躍を一般大衆に伝えるプロパガンダ放送は数年~十数年ごとにリニューアルが行われており、それに併せて戦隊名も変わるようになっている。


 ニンジャ、恐竜、車……同一モチーフのヒーローの番組が時を経るとまた再び放送される事に、君は疑問を抱かなかっただろうか?


 あなたは超能力者ではないからその事実を正常に認識できないだけで、実際には同一のヒーロー、同一の物語が細部のみを変えて何度も何度も”新番組”として放送され続けているだけかもしれない…………。



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