086 すべてはこの日のために:20


すべてはこの日のために 020

EPISODE 086 「天使の堕ちる街 2/2」




 23区境界のビル屋上での戦闘も終盤だった。


 右足を失ったバケットヘルムは血の気を引かせながらも、薬物注射によって意識を保ち、筋力と回復させたエーテルフィールドで出血を最小に抑えている。立つ事さえままならない状態ではあったが、彼の固有能力「ホーリーサークル」を発動させ、二人の仲間の戦闘能力を底上げしていた。



 メテオファイターの放った無人宇宙戦闘機、メテオファイター=アルファが地上向けてレーザーガンを連続発射した。ローズベリーはバケットヘルムの盾を借り、背中から伸ばした蔓に結び付けて攻撃を防御する。



「今だ!」「はい!」

 バケットヘルムの合図を聴くと、上空を通過する瞬間、ローズベリーが蔓のロープを腕から伸ばし無人機を捕獲した。


 それでもメテオファイター=アルファは止まらない。その圧倒的な推進力に圧されローズベリーは身を流される。逆に上空に連れ去られる危険性!


 ローズベリーは足から蔓を伸ばすが、引きずられる力の方が強く姿勢を固定しきれない。



「うおおおお……っ!」

 だが右足を失っているバケットヘルムが彼女の背中を掴む! 二人一緒になってメテオファイター=アルファを拘束。


「お待たせ!! アフターバーナーキック!!」

 そこへ真打登場。上空で大きく加速したリトルデビルはUターンし、ソニックブームを発生させ周辺ビルのガラスを破壊しながらも突撃! 必殺のアフターバーナーキックを放った!


 動きの止まったメテオファイター=アルファをリトルデビルの必殺の蹴りが貫いた。ローズベリーは瞬時に能力を解除。吹き飛ばされたメテオファイター=アルファは広告看板を突き破り、更にその向こうのビルの壁に激突、エーテルの塵となって消滅した。



 三人はようやくメテオファイターの撃退に成功した。……強敵だった。

「くっそー……結構強かった」

 リトルデビルは腕組みすると、険しい表情で破壊した広告看板を見る。……敵の本体が見つからない。

「二人とも大丈夫ー!?」

 それから、地上の二人に状態を尋ねた。


「はい、私はなんとか。でも……」

 ローズベリーはバケットヘルムを見た。彼の右足は……

「大丈夫なわけないだろ……クソッ、痛え……」

 バケットヘルムは悪態をつくと、ローズベリーの能力を見込んで、彼女に

「悪い……その能力で傷口、縛れないかな」

 と、即席の救護処置を求めた。


「や、やってみます……」

 ローズベリーは答えると、震える腕で蔓のロープを生成し、バケットヘルムの右足を縛った。バケットヘルムは苦し気にうめいていた。



 リトルデビルも、ローズベリーも戦闘でダメージを負い、特に右足を失ったバケットヘルムの傷は深刻だったが、それでもまだ命だけはあった。


「少し飛べば隠れ家がある。まずはセーフハウスまで行こう」

 リトルデビルは言った。セーフハウスには宿泊物資の他、医薬品もある。そこで応急処置をして、あとはハンムラビの医療ヘリに回収させる。右足は戻らないかもしれないが、命が助かるならチャンスはまだある。


「ああ……」

 バケットヘルムも同意し頷いた。


 更なる追手を警戒し、リトルデビルは二人を抱えて再離陸。東京23区を離脱した。



 ……二機のサイキックドローンには、それを操る人間がいるはずだったが、三人は戦場でその本体を見つけることができなかった。



 ――☘



 ホールでは殿を務めるエイエンが三人の敵を食い止めていた。度重なる斬撃でサイクロン拾壱号ことイエローには濃いダメージ。ベルゼロスもエイエンを喰らい体力を回復させるが、それと同等のダメージを喰らい続け、飛行機能が回復に至らない。


 レッドが後ろからエイエンの心臓を貫いた。


「あと203回」

 エイエンは口から血を吐きながらそう言うと、消えた。奪ったはずの命の感触と血痕だけを残して。


 ――直後エイエン、再出現! イエローの眼前に突如無傷のエイエンが現れ、銀の杖に仕込んだ脇差で正面から彼女の腹を刺した。


「うああっ……!」

 イエローが悲鳴をあげた。


「香蓮!!!」


 この世の地獄だった。殺しても、殺しても、エイエンは必ず無傷の状態で復活する。そして予測不可能な地点に再出現し、奇襲をかけ続ける。結界の力はこれでも効いているはずだったが、未だ彼の疲労の底は見えない。


 レッドは、自身の命が既に消えていて。今は賽の河原の石積みをさせられている最中なのではないかとさえ錯覚した。


 ベルゼロスがエイエンの腕を引きちぎり、捕食。

「丁度肩が凝ってたんだ」

 だがエイエンは意に介さず、ベルゼロスに跳び膝で飛びかかり、脇差を突き刺す。汚染水のようなエーテルが獣の身体から噴き出る。



 そのまま向かって来たレッドへと飛び蹴り。レッドの拳とぶつかり合う。

「サイクロン・トルネードッ!」

 レッドが血を吐きながら叫ぶ。拳から生じた竜巻がエイエンの足をズタズタに引き裂き吹き飛ばす。


 エイエンは吹き飛んだが、その姿が空中で消えた。


 また消えた。次はどこに現れる? 次は、次は――。




 ゴギリ。骨の砕ける嫌な音が耳に聞こえた。

 レッドは反射的にそちらを向くと、ショッキングな光景を目撃し大きく目を見開いた。長身のエイエンに背後を取られたイエローが首をし折られ、力なく崩れ落ちる瞬間……それを彼女は目にした。


 サイクロン拾壱号、本名:皆川 香蓮カレンの命を奪い終えると深淵の老人のオニキスの瞳がレッドを無表情に見た。

 次はお前が死ぬ番だ。と暗に告げているかのようだった。


「必殺! スパイラル・サイクロ――」

 レッドは血を吐きながら、渾身の必殺技を

「遅い」



 ――レッドは両膝をついた。エイエンの投げた仕込み杖が、彼女のエーテルフィールドを割り、彼女の心臓を傷つける形で突き刺さった。今度こそ、致命傷だった。


 ヒーローのリーダー、正義の象徴であるレッドが仰向けに崩れ落ちた。




『報告。ファイアストーム、通信途絶しましたが健在。下水道に逃げ込んだ模様』

 エイエンの耳にミラ22号からのテレパス通信が届く。


『よしよし、えらいぞ』

 エイエンは致命傷のレッドを見下ろし、満足げに頷いた。

『支部長、あなたもそろそろ脱出を。長居しすぎるとヒーローの応援が来ます』

『そうだね、それじゃ……』


 エイエンは、そのオニキスの瞳でベルゼロスと睨みあった。

「私の仕事は済んだ。パーティ中の所申し訳ないが、そろそろお暇させて貰おうかね」

 そして言った。

「お互い再生能力持ちのようだ。時間がかかって面倒だから、決着は次に持ち越させて貰うよ」

「……」


 ベルゼロスはそれ以上挑んで来なかった。このまま不毛に戦い続ければ更なるヒーローの応援がやってきて、エイエンを討てるかもしれなかったが、エイエンほどの再生能力を有さないベルゼロスが先に討ち取られる可能性の方が高かった。



 去り際、エイエンはもう一度レッドを見た。

「私は奴と違って私怨とは別でね。……堕天使ヒーローよ、安らかに眠るが良い」

 エイエンは、虫の息のレッドに処刑の追い打ちを行わなかった。致命傷を負った彼女を、そのまま死ぬに任せた。


 ホールを出るとエイエンはその窓際に立つ。凍えるような風が吹き付ける。外を見た。欲望と権力の渦巻く暗黒の街、その灯火が雨の中にあっても妖しく輝いていた。


 エイエンは、奈落へと飛んだ。普通の人間なら地上に激突して死に、それで終わる。

 だが、「永遠エイエン」の魔術名コードネームを持つその男は、例え死によっても滅びることなく在り続ける――。



 恐らく一度転落死した後、エイエンは地上周辺のどこかに無傷で再出現することだろう。スーツ姿の彼が傷も血もない姿でひとごみに紛れてしまえば、1000万人以上が住むこの東京の闇の中から彼一人を見つける事は不可能――。




 リトルデビルたちは空を、エイエンは地上を堂々と、ファイアストームは秘密の下水路を、彼らは各々の方法で暗黒の街から脱出を果たした。



 …… ☘



…………


……



 ――小雨の降る中、墜落したヘリコプターの残骸が未だパチパチと燃え続けていた。悲鳴や、救急車のサイレンが遠くに聞こえた。



「お、お、うおおぉぉぉぉ……ッ!」

 サイクロン七号、一文字 丈は叫びをあげた。受けたエーテル破片によって右の瞳は完全に光を失い、至近距離の爆破によって消失した右前腕の傷口からは大量の血が噴き出した。


 まるで、煉獄の炎の中に焼かれるかのような痛みだった。


 彼をここまでの目に遭わせた死神は、既にその姿を消していた。完全に見失い、もはや奴に追いつく事は不可能。


 引き分け? ――いや、サイクロン七号は敗れたのだ。


 立ち上がろうとするとエーテル複製手榴弾の傷の中に、腹部に刺さったボディーアーマーの破片が入り込み、彼の臓腑を傷つけると地獄の苦しみを与えた。


 サイクロン七号は吐血した。だが、立ち上がった。立ち上がると、自身が堕ちたホテルのロビーへと向かった。



 彼は歩いた後ろに血の跡を刻み、命からがら戦場であった殺戮のホールへと戻った。

貴子タカコ……香蓮カレン……!」

 サイクロン七号は、六号、そして拾壱号の名を呼んだ。

 ……返事はない。銃声と爆発、叫びと悲鳴の飛び交っていたこの世の地獄のホールが、今ではすべて静まり返っていた。


 床には茶と緑、煙草色とウグイスの二色模様のエーテルが獣の血の跡のように窓へと続いていた。ベルゼロスことハタの姿はどこかへと消えた後だった。


「貴子……香蓮……!」

 彼は死体を踏み越え、ガレキを踏み越え、ホールの中へと入った。


 そして


「そん……な……」

 サイクロン七号は絶句した。地に倒れた拾壱号イエローと、六号レッドの無残な姿を目にしたからだ。


 七号は、レッドの前で膝をついた。

「何故だ……」

 遅かった。何もかもが、遅すぎた。レッド・サイクロンは、天田 貴子は、既にその命のすべてを燃やし終えてしまった、その後だった……。



 天田 貴子は、死んだ。



「貴子……お願いだ貴子、目を覚ましてくれ……」

 まるで、眠っているかのようだった。また再び目を開けて、強気な言葉の一つでも投げかけてくれるような……訓練の時のように、自分の動きに隙があるとか、攻撃の仕方が強引だとか、いつものように叱咤しだすのではないかと、そんな気持ちにさえなった。

 ――なのに、彼女の心臓の鼓動はもう、止まっていた。


「二人で幸せになろうって、約束したじゃないか……」

 サイクロン七号の失われた右の瞳から、血の涙がこぼれた。


 七号は、レッドの遺体が何かを握りしめたまま逝った事に気づいた。遺体の傍には、左ガントレットとグローブが強引に引きはがされ、捨てられていた。


 握りしめられた左手を開くと、その手には宝飾のない銀色の指輪が握られていた。もっと高い指輪を送ろうとしたら、宝石があると邪魔になる。壊すかもしれないから安価なもので良いとか……。


 出来るだけ彼女のわがままに応え、それでもそれなりの物は買って、贈った。


 彼女に贈った婚約指輪を、サイクロン七号は残された左手で握った。彼の傷つき、砕け、裂けた左ガントレットの隙間には、同じ指輪の姿があった。



「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

 サイクロン七号は、一文字 タケルは慟哭した。





 こうして双方大きく被害を出しながらも、第一次杉並区攻防戦は終了した。

 多くの禍根を置き去りにして――。






☘ 暗黒街のヒーロー

A Tear shines in the Darkness city.

 ‐ Fire in the Rain ‐


終節【終雪のカーテンコール】へと続く……。


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