085 すべてはこの日のために:19


すべてはこの日のために 019

EPISODE 085 「天使の堕ちる街 1/2」



 二人を抱えるリトルデビルは、メテオファイターの放った二機のサイキックドローンと激しいチェイスを繰り広げる。ドローンの一機を障害物の激突によって墜落させたものの、激しい火砲にエーテルフィールドを削られたリトルデビルは、ついに残り一機に片翼を撃ち抜かれ、23区の離脱を間近にして不時着を強いられた。


 リトルデビル、ローズベリー、そして右足を失った重症のバケットヘルムを含む三人が、不時着した建物屋上にて、襲い来る残り一機のサイキックドローンと戦闘を繰り広げていた。



 ――☘


 レッド・サイクロンは消えかける命を燃やし、イエロー・サイクロン、負傷したベルゼロスと共に、滅びを知らぬ深淵の老人エイエンに戦いを挑んでいた。



 ベルゼロスは……すすけたような煙草色の茶の色とウグイス色の緑。工業汚染水のような色のエーテルを体液のように垂れ流しながらエイエンに食らいつく。はえの如き頭部がエイエンの肩の肉を喰らうと、ベルゼロスの名状しがたき傷口に蛆が湧き、失われた肉を埋めてゆく。


 エイエンは瞬時に、ベルゼロスもまた一種の再生機構を持ち合わせる能力者であると判断すると、彼の回復能力を無に帰させるかのように仕込み脇差で狂気の王を斬り、新たな傷を押し付けた。



 ――ベルゼロスが敵を喰らう事でエネルギーを補給し、それを変身体の再生に充てられる能力者サイキッカーであるならば、損傷させた飛行機能を回復させる恐れがある。エイエンはそれをさせたくはなかった。


 ベルゼロスを攻撃するエイエンだが、レッドが当然の如く立ちはだかる。重症のレッドにトドメを刺し排除を狙おとすれば、イエローがカバーに入った。イエローがエイエンの斬撃を受け、そのボディーアーマーに深い傷をつける。



 エイエンはファイアストーム離脱までの時間稼ぎが出来るならば本望。ブルー・サイクロンを取りこぼしたが、それはエイエンの心配の内に入らなかった。



 ――ファイアストームも相当ダメージを受けているが、仮に一対一でサイクロンの序列七号如きに敗れ命を落とすというのなら、ファイアストームは所詮そこまでの人物、無理して生かす価値のある男ではないという割り切りがあった。


 そしてエイエンは、ファイアストームの力の最も激しかった瞬間と、彼が戦い抜き、生き延びた地獄の戦場がいかなるものであったかを知っている。ファイアストームがエイエンの見込み通りの男なら、彼が決してこんな所では死ぬことはない――。



 ――☘


 ファイアストームは出口へ走りながらマグナム弾を発射した。レイジング・ブルから放たれる強力な複製.44マグナム弾が、ブルー・サイクロンにレッドの身を案じる間を許さない。


 ブルーは超常の風圧を身に纏いながら、紙一重でマグナム弾の直撃を回避し飛ぶ。ファイアストームの置き逃げしたグレネードが爆発――。


 ブルー・サイクロンはそのアーマーに傷をつけ、カメラアイの片方を損傷しながらも強引に爆風を抜ける。彼はファイアストームに追いついた。怪人の命を刈り取る為の拳を放つ!



 ファイアストームは動きを読み、一本背負い!

 だがブルー・サイクロンも一本背負いに対処。風能力者の強みを活かして背部飛行補助ユニットから超常の風を吐きだす。

 地面への激突を全力回避し、逆にファイアストームの身体を浮かす。ロビーエリアの天井に叩きつけようとする。返し技!


 ファイアストームは素早く身を捻り、更に返し技でブルー・サイクロンを天井に叩きつけようとする。

 サイクロンは更に切り返す。同時に頭に押し付けられたレイジング・ブルの銃口から頭を外す! 外れたマグナム弾が天井に突き刺さる。間一髪!


 互いに天地逆さとなった状態で、サイクロンは右手を向ける。ファイアストームも左手を向け、左腕カスール砲を展開させる。


 サイクロンは必殺の竜巻拳を、ファイアストームは必殺のカスール砲を放つ! 至近距離でのエネルギーの炸裂に二人とも吹き飛ばされる。


 サイクロンが若干撃ち負け、右手に僅かなダメージを受ける。サイクロンは空中で姿勢を制御し、必殺のスパイラル・サイクロン・キックを放つ! ファイアストームも壁まで飛び、三角飛びからのヒーローキックを放つ!



 腐敗にまみれた堕天のヒーローと血に染まりきった闇のヒーロー。暗黒のヒーロー同士の蹴りがぶつかり合う!


 今度はファイアストームが僅かに打ち負けた! 



「必殺! サイクロン・トルネードッ!!」

 吹き飛んだファイアストームの逃げ場を奪うような竜巻がブルー・サイクロンの両手から打ちだされる。ファイアストームは壁に激突、周囲にクモの巣状の亀裂を刻む。


 このままでは五体をバラバラにされる。速やかな状況打開が必要! ファイアストームは給弾し終えたレイジング・ブルのエーテル複製マグナム弾を6発全て撃ちだす!


 暴風に逆らい、金色に淡く輝く黄泉の弾丸がブルー・サイクロンを襲う。彼は攻撃を中断すると弾丸を迎撃しながら飛行回避。


 そこへグレネード投擲、ブルー・サイクロンは一発を風圧で送り主へと返却! だが二発目のグレネードが存在! 返却グレネードが緊急爆発、ほぼ同時に二発目のグレネードも爆発。


 サイクロンは風圧を身にまとうサイクロンバリアとエーテルフィールドの併せで爆発のダメージを可能な限り抑える!

 ファイアストームは腕で頭部を庇い、消耗したエーテルフィールドで最小限の防御。自身の撒いたエーテル破片が彼の腕やボディーアーマーに突き刺さる。



 受け身を取ったファイアストームのもとへブルーが接近。ファイアストーム、スモークグレネードを生成し使用! 目くらましの隙を狙ってファイアストームがブルーを殴りつける! 更に殴る! 殴る! 殴る!


「クソッ……こしゃくな!」

 ブルー・サイクロンが後退し、風圧で煙幕を吹き飛ばす。



 ファイアストームはサイクロンがその行動に出るのを狙っていた。煙幕を風で吹き飛ばす瞬間の隙を狙って飛び出し、当身を一発。


 カーボン腕の当身でサイクロンがグラついた瞬間、ファイアストームはその小柄を活かしてブルーの背後に回り込み、スリーパーホールドを仕掛ける!


「離せ!」

 ブルー・サイクロンが後ろに肘打ちを打ちこむ。だがファイアストームのボディーアーマーが肘打ちの威力を殺す。

「断る。共に地獄に堕ちろ」

 ファイアストームはサイクロン七号を道連れに、建物の外へと跳んだ!





 ――地上では墜落したヘリコプターの残骸が今も燃えている。それを背に二人の堕天使は落ちてゆく。

 弱々しい小雨が地上へと降り注ぐ。空には暗い雨雲が、月星の光全てを呑みこみ隠すようにして覆っている。その隙間から僅かに、新月へと向かう最中の少し欠けた――中潮なかしおの月の光が輝いた。


 二人は空中で揉み合う。ブルー・サイクロンは背部飛行補助ユニットから超常の風を吹かしながら、肘打ちで死神を東京の奈落に突き落とそうとする。


「死ぬのは……お前一人だ!」

 更に肘打ちを何度か打ちこむと、ファイアストームはようやくその手を離した。死神が奈落へと落ちてゆく。同時にブルー・サイクロンの背部飛行補助ユニットが超常の風を吐きだし、彼一人の落下を止める。


 ――だが直後、サイクロンの天地が逆さに引っ繰り返った。その首に死神の放った黒いワイヤーが、呪いのように巻き付いていた。



「!? かっ……ぐあ……っ!!」

 ブルー・サイクロンの息が止まり、再び高度を落とす。地上がどんどんと迫って来る。ファイアストームはまず再給弾した.44マグナムを六発全弾ブルー・サイクロン向けて撃ちこんだ。敵を更なる防戦と後手に追い込むために。


 サイクロンが必死で防御するも、胴に、足に、重いマグナム弾が命中し、装甲に深い亀裂を作った。バランスを更に悪化させ、空中での姿勢制御を更に困難にさせた。



 レイジング・ブルの六発を撃ち尽くすと、ファイアストームは決断的にそのリボルバーを放棄した。次に左腕内臓カスール砲を即断で水平に撃った。カスール弾はホーミングさえせず明後日の方向に飛んだ。だがそれで良かった。ファイアストームはカスール砲発射の反動で横に飛び、ビルの強化ガラスに両足をつけた。


 後手のブルー・サイクロンがサイクロン・カッターでワイヤーを切断しようとするが、ファイアストームの方が早かった。



 空を飛べない鳥、復讐のオオウミガラスは己の怒りを原動力に、強化ガラスを蹴って空を飛んでみせた。必殺の飛び膝蹴りがブルー・サイクロンのヘルメットに深く突き刺さった。

「がはっ……!」

 死神は攻撃をそこで終わらせない。飛び膝と同時にワイヤーを収納すると、黒腕の肘をサイクロンの脳天に振り下ろしていた。度重なるダメージによってブルーサイクロンのヘルメットが割れた。


 ブルー・サイクロンは必死で飛行制御を行おうとするも、絶え間ないダメージによってその制御を完全には取り戻せない状況にあった。減速だけはしつつも地上への激突は必至――。


 地上までの高さ、残10メートルを切る! ブルー・サイクロンはファイアストームを投げ飛ばす。ファイアストームは地面をバウンドし、吹き飛ばされながらも受け身を取ってダメージを抑えようとする。



 死神を振りほどいたブルー・サイクロンは姿勢制御をようやく回復。鎧は傷つき、ヘルメットは砕け、額から血を流しながらも空中で構える。


 ファイアストームもまた立ち上がった。ボディーアーマーやプロテクター類は大きく損傷。全身傷だらけで血まみれの死神は半身で柔術の構えをとる。



 ブルー・サイクロンの瞳が赤く輝く。彼は自身の周囲に超常の風を纏うと、緑に輝く騎士の鎧に降り注ぐ雨を弾き始めた。……ブルー・サイクロンは自身の持てる最強の必殺カードで最大BETを行い、この慈悲無きデス・ゲームに勝とうとしている。



 ファイアストームは静かに呼吸し、体内のエーテルの流れを整える……。彼はサイクロンに背を向けない。死神もまた、同じだけのチップをテーブルに載せ、コールを行おうとしている。



「必殺……ッ! スパイラァァァル!」

 ブルー・サイクロンが仕掛ける! 握りしめた右拳に渦巻く小さな台風を纏い、飛行能力を全開にして放つ特別攻撃技。

「サイクロン――パンチ!!!!!」

 戦争の記憶と共に忘れ去られた古の呼び名を……螺旋・神風拳!



 対するファイアストームは退かず、これを正面から迎え撃つことを選択! さながら黄泉の空に燃える炎の嵐の如き、怒りと憎悪の表情でヒーローを見つめ、漆黒の腕にエーテルを込める!



「レイジング・ゲアフォウル……」

 ファイアストームは左半身を後ろに入れ替えると、左手もまた後ろに引く。

 肘から先を失い、機械化された炭素繊維強化プラスチックフレームの義手、その内側が展開。死神が拳を握ると同時、必殺の腕部内臓.454カスール砲の砲身が展開し、ボロボロに傷ついたジャケットの裾からそのくちばしを覗かせる。


 ――怒れる大海烏オオウミガラス。男は自らが名付けたその義手で、上段突きを放った!


咆哮ファイア――」

 突撃したサイクロンの拳と、踏み込んだファイアストームの拳。サイクロンの超常の竜巻と、ファイアストームの左腕から吐きだされる炎の嵐とが激突!



 人智を越えた者同士のぶつかり合いが生み出す超常エーテルの光が、墜落し燃えるヘリコプターと共に東京の奈落を照らす。




 サイクロンの右腕部装甲が砕け、血が噴き出す。死神の必殺、零距離カスール砲撃突きの威力は、完全相殺可能な代物ではなかった。


 しかし同時、ファイアストームの左腕義手はついに耐久限界を突破した。サイクロンの必殺の一撃によって漆黒の左拳は粉砕し、下部から展開する砲身も潰された。



 ……打ち負けたのは、ファイアストームだった。

「お前の負けだ。下位人カイジン

 サイクロンは勝利を宣言した。



 だがファイアストームの瞳は、雨の中で未だ燃え続けていた。

「レイズ」

 彼は小さく呟いた。


 このゲームの勝敗はまだ確定していなかった。左腕付属ワイヤーガンによってサイクロンの動きを封じると同時、外付けオプション装備であるワイヤーガン発射装置ごと左腕を緊急排除パージ

「なっ――!?」


 ファイアストームは破損した左腕を自ら自切し後ろに跳ぶと、彼に残されたエーテルフィールドを使い果たす勢いで最大出力に。加えて瞬時にジャケットを脱ぎ、小型ショルダーバッグと共にそれを盾にした。



 ――――自切した左腕義手に取り付けられた爆薬が起爆した。


 サイクロンが爆発に呑まれた。爆風と破片は大きな破壊を招き、ヘリ墜落に伴い負傷しかつ逃げ遅れた怪我人の命にトドメを刺した。


 傷ついた改造ジャケットとエーテルフィールドでファイアストームは自身の爆破能力が生んだ爆風に耐える。破片が突き刺さる。エーテルフィールドが割れた。ミラ8号のドローンがジャケットと共に盾にするカバンから飛び出した。


 触手を展開し、ファイアストームへと飛来するエーテル破片をその身でいくつも受け止め、ドローンは消滅した。


 ファイアストームは大きく吹き飛ばされた。ジャケットを捨て、カバンだけを持って立ち上がった。そして自身が飛ばされた方角を見た。ブルー・サイクロンことサイクロン七号はまだ生きていた。だが…………



 至近距離で爆発に呑まれた代償はあまりに重かった。サイクロン七号のダメージ、右眼球喪失、右前腕の半分、消失…………。


「お、おのれ……」

 ボディーアーマーは砕け、破片が体内に突き刺さり、サイクロン七号は血を吐いた。



 ファイアストームには、まだ一丁のザウエルP226ピストルと、スタンダードデリンジャーが残されていた。彼はホルスターに手を伸ばそうと……。




 いや、ファイアストームは……ついにここでゲームを降りた。サイクロン七号にトドメを刺すことを断念し、スモークグレネードを生成すると煙幕を張り、夜の闇の中に消えていった……。






EPISODE「天使の堕ちる街 2/2」へ続く。

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