084 すべてはこの日のために:18


すべてはこの日のために 018

EPISODE 084 「ESCAPE FROM THE DARKNESS CITY ACT:5」



「フハハハハハハハ……」

 エイエンの不気味な高笑いがホールに響く……。



 殺戮のホールでの決闘はハンムラビの奥の手にして日本ロッジ長その人、超能力者サイキッカー永遠エイエン】の投入を以て、その最終局面へと向かっていた。


 敵の注意はエイエンへと向けられた。彼らにとってファイアストームは非常に危険な存在であったが、このエイエンという男、より底が知れなかった。


 イエローは息を飲んだ。自らの見たものが確かであれば、確かにレッドが奴を殺したはず。腕を落とし、その首を撥ね飛ばしたはず。……なのに今の彼には傷一つない。



 ――再生能力者。ブルー・サイクロンとイエロー・サイクロンの頭に、その言葉がよぎった。


 英雄連公認ヒーローは種別によってその教育量の差はあれど、教育課程、あるいは公認免許取得の講習課程でいくつか基本的な戦闘サイキッカーの分類に関する教育を受ける。


 歴史上はじめて確認された奇跡の力……現代における超能力サイキックを用いた人間はイエス・キリストであるという見解が近年の説としては広まっている。


 あくまで一節にはだが、彼の能力は自らの死を打ち消すレベルの非常に強力な再生能力者であったと云われているが――。



 もしエイエンが同種同レベルの高位再生能力者であるとするならば、慎重にならざるを得ない。理屈上はエーテル切れなどの問題もあるため、仮に自身の死を取り消せる能力者といっても、真なる意味での不死身でこそないはずだが……その限界は読めない。


 十回殺せば死ぬか? 百回殺せば死ぬか? 本人の言う通り、あと二百回ほど殺せばエーテル切れを起こして完全消滅するか? ……それとも、それだけ殺しても死なない存在か?

 そして、それを実現するまでの労力と犠牲はどれほどになる…………?



 だが深淵の瞳の老人は、多くの時間をヒーローたちに与えてくれないようだった。

「来ないのかな? では今から君の仲間を殺すから、指をくわえて見物していてくれ」


 ヒーローたちが慎重になっていると、エイエンは地に伏したレッド・サイクロンの背中に足を乗せた。オニキス一色の深淵の瞳を見開かせ、仕込み杖の中に隠していた脇差を逆手に構える。



貴子タカコに手を出すな!!」

 ブルー・サイクロンが激昂し殴りかかった。エイエンが脇差で拳を受ける。


「そうだ、それでいい。貴様らの薄っぺらな建前と表無おもてなしの心なぞ退屈で仕方がない。私を滅ぼしたければ本音と本気でかかってこい」

 エイエンの表情から作り笑いが消え、真剣な表情となった。ブルーが逆手に風圧を纏いながらエイエンの腹を殴りつける。エイエンの身体が飛ばされ、レッドが背中にのしかかった死の圧力から解放される。


 ファイアストームはこの間、呼吸によってエーテルを体内に循環させ、若干ではあるがエーテルフィールドの出力補修を行っていた。

 

 そして彼の意識と景色が、淡い記憶と宙を泳ぐ魚たちの幻影よって滲んでしまっていたとしても、戦いの決意と本能だけは未だ生き続けていた。


 ファイアストームも立ち上がり、向かってくるベルゼロスとの戦闘を再開し始めた。


『ファイアストーム、救出に来たぞ。サポートする、脱出口に向かえ』

 エイエンが建物外側の影に隠れるミラ22号を介してテレパス通信を行う。ファイアストームから返答はない。また撤退のそぶりも見られない。マチェットの斬撃の中にカスール砲を織り交ぜながらベルゼロスを相手にし続けている。



「まいったね」

 これにはエイエンも困った様子だった。サイキックの過剰行使で意識が曖昧となり、敵の存在以外に有意な反応を示さない戦闘狂と化している。ミラ36号ソフィアによるブレーキがあれば、もう少しマシな状態だったのだろうが……。


「しょうがないな」

 するとエイエンは飛んできたサイクロンカッターに自ら当たりに行った。そして自らの首をわざと切断させたのである。



(――復元)


 直後、切断頭部ごと死体と化したエイエンの姿が消えた。

「消えただと!?」


 床に鮮血は飛び散っている。幻覚の類ではない、だが一体どこへ――。



 ファイアストームのマチャットが弾き飛ばされる。その隙を狙い、ベルゼロスがファイアストームの正面からその身体をロックした。再度の「飯綱イズナ落とし」による対空投げの予備動作だ。


 ファイアストームの放ったホーミング弾が、同時に噛みつき攻撃を行ってこようとするベルゼロスの頭部を撃った。だが離れない。カスール砲は強力だが、至近距離でのホーミングに関してはザウエルピストルほどには向いていない。


 砲撃がベルゼロスの狼のような脚を貫く。だがベルゼロスは咆哮しながら飛んだ! しかし跳躍の瞬間、ベルゼロスの背後にエイエンが出現!


「そいつを連れて帰らないと泣きわめく困った子供がいてねえ……させんよ」

 エイエンはベルゼロスの背中から生えるはえの如き羽根を掴んだ! そして仕込み脇差を振り、羽根の片方を不意打ちによって斬り落とす!


「グアアアア!!」

 ベルゼロスが空中でその姿勢を大きく崩す。ファイアストームに好機! タクティカルサスペンダーからコールドスチール・コンバットナイフを引き抜き、ベルゼロスの胸に突き刺す!

 次にザウエルピストルを押し当て、ゼロ距離連射! 悶え苦しむベルゼロスを蹴り、拘束から逃れる!


 ――直後、小爆発! ファイアストームは刺したコンバットナイフに少量のプラスチック爆薬を張り付けていた!


「オオォォォォォォ……!!」

 水と油のように混ざり合う事のない、すすけた茶色のような煙草タバコ色と、ウグイス色の二色のエーテルが噴き出す。ベルゼロスの傷口から工業汚染地帯の川の色のようなエーテルがまるで名状しがたき獣の体液かのように流れ、苦しみの叫びをあげた。



 ベルゼロスに致命的な隙! ファイアストームが飛びかかろうとする。だがそこへエイエン!


「起きろファイアストーム!」

 エイエンの鉄拳がファイアストームの顔面を捉えた。フレンドリー・ファイア!? ファイアストームは殴り飛ばされた。


「三匹ぽっちのヒーローを道連れに死ぬことが貴様の本懐か、いいや違うはずだ」

 エイエンが拳を握り、ファイアストームに呼びかける。

「貴様の望む真の復讐とは、目指す地獄とはこんなヌルい所ではないぞ」

 老人の、深淵の底の知れぬオニキスの瞳は、彼に死ぬことを許さなかった。この場所よりも過酷で残酷な煉獄へと向かい、その中で燃え続ける事を求めた。


 そしてファイアストームを担ぎ上げ、攻撃を躱しながら共に出口を目指した。




 入魂の鉄拳を受け、ファイアストームの目の前を漂う熱帯魚たちが、その恋の実る事のなかった人魚姫の悲しき末路のように泡となっては儚く消えてゆく……。

「……エイエン、来たのか」

 そして呟いた。彼は、ようやく現れた乱入者がエイエンである事を正常に認識した。


「まだ走れるな?」

 エイエンが尋ねる。


「ああ」

「では命令だ。ファイアストーム、撤退しろ」

 エイエンは命令を下すと、持ち込んだリボルバーと共にファイアストームを投げ飛ばした。


「了解。これより撤退する……」

 ファイアストームはそのリボルバーを空中で受け取り着地した。トーラス社 レイジング・ブル。彼の義手内臓マグナム機構の制作にも関わった銃器メーカーの傑作たる.44マグナムリボルバー。

 ファイアストームはそれを手に、敵から背を向けホール出口を目指した。



 レッドはあの一撃を受けながらも立ち上がった。かつて緑に輝いた彼女のボディーアーマーは、ダメージによって大きく破損。その輝きを失い、彼女自身の血によって赤く染まっていた。


 レッドはカメラの損傷し視界の悪化したヘルメットを脱ぎ捨てた。あかく濡れた彼女の口元から更なる血が溢れる……。

 臓器や血管がエイエンから受けた刺傷によって傷つけられていた。彼女は重症だった。



 しかし、死に瀕して彼女の表情は闘志に満ち、その瞳は平常時よりも強く赤く燃えていた。


「よせ貴子タカコ! 下がっていろ!」

「いいえ……私はまだやれる。私はヒーロー……この国を守る正義の砦……」



 レッドは洗脳教育課程で何度も復唱させられたフレーズを無意識で口にしていた。彼女の意識は朦朧とし始めていた。

 それでも、人生最大の強敵と最悪のピンチを前にして、彼女は燃えていた。

 アドレナリンが爆発していた。今のレッドには共に戦う仲間と、倒すべき二人の”敵”の姿だけが見えていた。それ以外の何かは、もう、見えなかった。考えるだけの力も残っていなかった。



 権力に縛られ、飛び交う不正献金に縛られ、政治家や有力者の言葉に縛られ、ルールに縛られ、洗脳教育と、極めて均一化された社会上の価値観に縛られ……ヒーローはこの日本というオリに囚われた、誰よりも不自由な存在とさえいえた。


 だがこの極限の戦いは、そうした重圧としがらみから彼女を解き放っていた。



 彼女はもう、偽りの信念や建前で戦う偽物のヒーローではない。今のレッド・サイクロンは、政治家の為でもなく、政治献金のためでもなく、世間体のためでもなく、ただ目の前の敵との戦いに魂を燃やし、自分のためだけに戦う、一人の誇り高き戦士だった。



「ブルー、行って。敵を逃がさないで」

 この戦場から逃げようとするファイアストームを見て、レッドは言った。


「何を……!」

「私の飛行補助装置はやられてる。今奴を止めにいけるのはあなただけ」

 この中で戦闘力が最も高いのは本来レッドことサイクロン六号の彼女だが、ダメージが深く飛行補助装置からは黒煙を吐き、既に満足に機能を果たさない状態だった。


 イエロー・サイクロンは拾壱号、レッドやブルーよりも2段ほど実力の落ちる存在で、手負いとはいえ彼女一人であの死神を追わせるにはやや荷が重い。


 飛行補助装置が未だ無事な状況にあり、かつレッドとほぼ同格のサイクロン七号ことブルーが、ファイアストームの追撃を選ぶなばら唯一適任の存在だった。


「しかし……」

 だがブルーは迷った。レッドはあまりにも深手。ベルゼロスも居るがやはり彼の傷も浅くはない。この底の知れぬ高位再生能力者を相手にできるのか……?



「相談かね、話が終わるまでツイッターでもして待っていようか?」

 エイエンはヒーローたちを煽った。ヒーローが迷ってくれる事は彼にとって歓迎すべき事だった。ファイアストーム逃亡のための時間を稼ぐ、そのための「再生能力者」という大きな壁。それこそがエイエンの役割なのだから。


 ――エイエンの狙いが時間稼ぎであること、それがあまりに明白であったがために、レッドはファイアストームの逃亡を黙って見過ごす事など出来なかった。


「こいつの狙いが時間稼ぎなのは明らか。追って。……タケル、お願い」

 レッドは青いマフラーを首に巻くその人の名を呼んだ。


香蓮カレン、ここを頼む……」

「わかりました……!」

 その本名を呼ばれたイエローが頷いた。



 その選択が正しいかどうか自信は無かった。だがブルー・サイクロンは飛んだ! レッドの想いに応えるために! 怪人の抹殺、その使命を果たす為に!


 追撃の阻止にかかろうとするエイエンに、レッド・サイクロン、イエロー・サイクロン、そしてベルゼロスもまた工業地帯の汚染された川のようなエーテルをまき散らしながら向かった。



 ブルー・サイクロンはエイエンの横を抜けた! 彼は満身創痍の死神にトドメを刺しに向かう!


貴子タカコ、死ぬな……!」

 ブルーサイクロンはほんの一瞬だけレッドをの姿を振り返し、祈りと願いを口にした。



 追手が一人抜けて来たと見るや否や、追撃阻止のマグナム弾を死神は放った。ブルーサイクロンはその対処を迫られ、後ろ髪引かれるその想いにそれ以上従い続ける事は叶わなかった。





最終セクター

「天使の堕ちる街」へ続く。

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