083 すべてはこの日のために:17


すべてはこの日のために 017

EPISODE 083 「ESCAPE FROM THE DARKNESS CITY ACT:4」



 航空戦力を潰され、ファイアストームは一人足止めに残った。彼は作戦の切り札たるリトルデビルを、ローズベリーおよびバケットヘルムの救出手段として用いた。


 彼を救うものは、もはや無い。そう、思われていた。



 だが、ミラ8号は通信を何度も繰り返していた。

『追加の救援が向かっています。どうかその到着まで、持ちこたえて下さい!』

 と――。


 もはや戦鬼と化したファイアストームにその声は届かなかったが、メテオファイターの放った無人戦闘機から逃げ続けるリトルデビルたちは、その通信を耳にしていた。



『――こちらミラ=トゥウェンティトゥ:ナデシコ。大変お待たせしました』

 割り込みのテレパス。それはミラ22号、愛称「ナデシコ」からの通信だった。



 リトルデビルたちが逃走する一方、別の方向から東京杉並区の戦場へと、一つの飛行物体が高速で向かっていた。

 その正体は多用途戦闘機F⁻35。ジェット戦闘機である。その機体には剣に巻き付く蛇の紋章が描かれ、機体がサン・ハンムラビ・ソサエティの所有物である事を明らかにしている。



 ――だが、驚くべき事は最新鋭のステルス戦闘機を国軍でもない組織が保有している事でも、そのような代物が東京上空を堂々飛行している事でもない。


 その戦闘機の翼の下にはなんと……ミサイルと一緒に人間が結び付けられているではないか! Unbelieveable……!



 だが、申し訳程度にヘルメットを被せたのみの生身の人間を機体からぶらさげ、戦闘機を飛行させるパイロットの女性は自らの正気を省みるどころか、涼し気にこう呟いたのである。

『目には目を、歯には歯を、ジョーカーにはジョーカーを』



『いやあ、パーティが待ちきれない。報告では”こっち側にも”ヒーローだって?』

 女性パイロットの耳にテレパス通信が入った。その主はなんと……ミサイルと共に結び付けられた男性。驚くべき事に彼には意識があった。

 更に驚くべき事に、結び付けられた男性はサン・ハンムラビ・ソサエティの日本ロッジ長、楠木くすのき 丈一郎じょういちろうではないか!


『はい。乙種認可ヒーロー「陣風戦隊サイクロン」の内、3名が戦場に投入されています。ファイアストーム、苦戦中』

 ミラ22号が、同8号から受け渡された情報を楠木に伝える。


『ははん、これは私も覚悟が要る。死んじゃうかもしれないねえ』

 ミサイルに結び付けられた楠木はケラケラと笑い出した。


『貴方が死んだら、日本ロッジ長の椅子、遺産として譲って下さい』

 と、パイロットの女性は言った。

『それはダメだ。僕が2,3回死んだぐらいじゃこの椅子は開かない』

 楠木が言うと、パイロットの褐色肌の女性は顔をほころばせた。




 ……もう読者諸君にはお判りの事だろう。


 魔術結社サン・ハンムラビ・ソサエティ関東横浜支部は、日本ロッジ最高責任者が超能力サイキッカーであるのを良い事に、彼の身を戦闘機からマッハ4.0速でミサイル射出する事によって戦場で孤立したファイアストームを救出し、ヒーローを撃滅せんとしているのだ。



 これは冗談か? いいや――彼らは本気シリアスだ。



 これぞ必殺の戦略兵器

 ハンムラビ日本最高責任者 超音速有人射出装置 「陸攻型 桜花七式」

 その使用覚悟の姿である。





 戦場となっている建物が短距離ミサイルの射程内に入った。ロック・オン。

『桜花七式、発射』


 そして……ミサイルは機体から離れ、日本ロッジ長 楠木くすのき 丈一郎その人を結び付けたまま音速射出した――。



 ――☘



 ファイアストームはまだ持ちこたえていた。弱体化を強いられ、1対4の状況でも諦めず奮戦し、紙一重で致命的な攻撃を防ぎ続けていた。



 ファイアストームはイエロー必殺の急降下爆撃蹴りを避ける。二丁拳銃を連射。徐々に効果あり、イエローのアーマーがダメージを受ける。


 ベルゼロスが割り込み介入。ファイアストームはギリギリ避けるが、左のザウエルを弾かれる。向かい来るブルーとレッドが彼を蹴り飛ばすも、ファイアストームのマチェット抜刀が早く、攻撃を防がれる。



 決して超能力に依存しきらぬ、積み上げて来た素の実力、そして執念が為す業ではあったが、戦況を覆せるものではなかった。



 だがそこへ向けて、ハンムラビ日本最高責任者がマッハ4.0の速度で超高速射出された。ジェット戦闘機は反転し「ブラッド・カップ・イン」に背を向けたが、最高責任者はそのままミサイルと共にホテル側面へと打ち込まれた。


 ミサイルが魔術結界に触れると、その侵攻を未知なる力が食い止めた。透明の女性が宙に浮き、ミサイルに指で触れている。


「結界か、だがこの程度なら大したことないね」

 楠木は自身とミサイルとを繋ぐ固定器具を外し、器用にミサイルの上に立った。このミサイルが魔女の呪いに阻まれるにせよ、そうでないにせよ、どの道この武器は彼本人を撃ちだす事に特化しており、爆発することはない。


 実のところ単なる有人ロケットだ……コックピット無しの。



「差別に抗った偉大なる魔女たち、ハンムラビの始祖となった者たちよ、感謝する。あなたの残した力のお陰で今の私達は在る」

 楠木はミサイルの推進を食い止める透明の魔女を一瞥すると、ヘルメットを投げ捨て、ワイヤーガンを手に跳躍した! 墜落したヘリコプターが燃え、パニックとなっている道路を下に宙を舞うと、強化ガラスの割れた後の歪んだ鋼鉄フレームにワイヤーを引っ掛け、建物内へと滑り込む。


 結界に食い止められたロケット部分は、推進力を失い地上へと落下していった。



 見事エントリーを果たした楠木の目に、激しい戦闘痕と、扉の吹き飛んだホールの出入り口が映った。


 楠木はワイヤーガンを仕舞うとリボルバーを引き抜き、ホール内めがけて六発すべてを撃った。今はファイアストームの救出に一分一秒を争う。不意打ち可能のチャンスを捨ててでも敵の気を引く必要が彼にはあった。



「何だ!?」

 狙いはデタラメで一発さえもかすらなかったが、44マグナムの熱烈なアピールの音にサイクロンたちが反応し、戦闘が中断された。ファイアストームは受け身を取り、息を荒くしている。



「おっ、やってるやってる」

 まるで行きつけの居酒屋に入り込むかのような気軽さで一人の男が殺戮のホールへと入場した。銀の杖をつき、カイゼル髭を生やしたスーツ姿の老人である。

 彼は筋骨逞しい大柄な男ではあったが、その格好はおよそ戦場に不釣り合いな格好、そして態度であった。



「まだ生きてたか。無駄骨じゃなくて良かった」

 楠木はファイアストームの生存をその目で確認し、一息ついた。随分ボロボロのようだが、まだ元気があるし、手足もある。これで本部に帰投した際、ミラ36号に泣かれずに済みそうだ。



「何者だ」

 敵の注意が楠木へと向いた。


「何者もなにもさあ……バカだなあ、私の事ぐらい知ってなきゃ」

 すると楠木はこう答えた。

「サン・ハンムラビ・ソサエティ。その中で君達がもっとも欲しがってる首がここにある」



「なに、ということはまさか……」

「そうだよ。私こそがハンムラビ日本ロッジ長、超能力者サイキッカー永遠エイエン】だ」

 と、楠木はついに己の魔術名コードネームを名乗った。




「ついに姿を現したな、悪の総帥」

 イエローが言うと、楠木は失笑した。

「ハハハ、悪の総帥とは、これまた異な事を。ロッジ長なんてスーパーの店長みたいなもんだよ。それよりさあ……。自称正義の味方様がだね、なんでこんな所にいるのかな?」

 楠木こと、エイエンの笑みが消えた。


「彼はこの国の事業を支えている大いなる方だ。彼を不当な暴力から守るのはヒーローとして当然の務め」

 レッドがエイエン向けて言い切った。


 だがエイエンは口元では笑いながらも、冷たい眼差しでこう言った。

「違うね。それは建前だ。お前たちの本当の繋がり、わかったよ」


 そして一人だけ、ヒーローたちとシルエットの違う異形の悪魔の姿を認めると、話を始める。

「あー、凄い格好してるね、変身能力者だったか。……君がハタ 和弘カズヒロだな? 君が芸能界、声優界、雑誌業界にビデオ業界に……とにかく多くの黒い人脈を持ってる事はわかっているが……」

 エイエンは言った。

「政治家センセイとも仲が良いみたいだね?」


「……」

 ベルゼロスは黙して答えない。ファイアストームはこの機に深く呼吸し、エーテルを体内循環させると共にエーテルフィールドの機能修復を図っている。


「何を……」

「特に……民和党の染谷そめや先生なんかと君、仲良しみたいだね」

 エイエンがその名を挙げると、サイクロンたちに明らかな動揺が生じた。



「日本英雄団体連合会……つまり君ら陣風戦隊サイクロンの元締め組織。染谷先生はそこの窓口担当だってね」

「根も葉もない事を、何の根拠があって言っている」


『支部長。ナイトフォール、ブラックキャット、フラットの三名、染谷 徹を確保。作戦領域を離脱しました。作戦成功です』

 エイエンの耳に、ミラ22号からの報告が届いた。ファイアストームらと同刻に別作戦展開中であったナイトフォールら別動隊チームの勝利と、作戦領域からの離脱報告だった。




「根拠……? 私には有能な部下がいてね。お食事中の先生に少々お時間を頂いた。いやあ、この情報に辿り着くまでに時間がかったよ。随分と手こずらせてくれた」


「まさか……貴様先生を!」

 イエローが飛んだ! エイエンに殴りかかる。


「ヒーローの秘密、見破ったり」

 エイエンはその拳を受け止めると、言い放った。

「お前たちの原動力は正義でも信念でもない。……政治献金だ」



 ……おお、神よ! なんと恐ろしき21世紀の日本が抱えるアポカリプス社会システム!

 なぜこれほどまでの蛮行を繰り返し、少女たちを家畜のように扱うビーストヘッド・プロモーションが裁きを受けてこなかったのか? 法の裁きだけではない、超能力者サイキッカーが溢れ、街の闇には番人たちが君臨する暗黒の社会に、なぜ誰も彼を物理的に叩かなかったのか?



 ――その答えは非常にシンプル。だがまず、彼らサイクロンの元締めたる連合組織について若干の言及が必要となる。

 

 陣風戦隊サイクロンは事実上としての国家公認ヒーロー。とはいうが実際の所、その認可を行うのは内閣府や総務庁、防衛庁などの各種省庁ではない。

 【公益社団法人 日本英雄団体連合会】……通称「英雄連」と呼ばれる組織が元締め的にその認可を行い、同時にヒーローの管理を行っている。



 その全貌は謎に包まれているが、右や左の思想ポジションを問わず国内多数の政治家、資産家。裁判官や弁護士といった法律家。果てはメディア関係者や一次産業の関係者まで……多くの有力者がその組織を後援している事が近年明らかになっている。



 ――そして畑 和弘は自身もその会員であると共に、英雄連の上級会員である民和党の政治家、染谷 徹を窓口として多額の政治献金を行う事で、ヒーローの活動を支援していたスポンサーだったのである。ゆえに、彼らはスポンサーを守るために現れた。



 ロッジ長、楠木こと永遠エイエンは、ファイアストームがローズベリーを本格的に匿い始めた高速道路戦以後より、彼の調査とは別ルートで真実を探り、そして独自に得た情報を確実なものとすべく、彼はナイトフォール、ブラックキャット、フラットの三名を秘密裏に放った。


 ……大当たりだった。ナイトフォールとブラックキャットの前に護衛ヒーローが立ち塞がり、それらを退け、染谷議員本人に尋問を行った。……そして、懐柔きょうはくした。


 染谷議員はその命と彼の家族の救命を条件に、楠木に己の魂を売り渡すことを選んだ。染谷議員は家族共々、ハンムラビの監視下で、これから国外に逃亡することだろう。


 ――明日には「染谷 衆議院議員、体調不良で緊急入院」のニュースがお茶の間に流れるはずだ。



 ヒーローと畑の繋がりが確定すると、窮地に陥る事が予想されたファイアストームのもとへ、エイエンは自ら救援に出向く事を選んだ。すべては情報収集と対策の産んだ必然だった。



「お前たちの信念など建前だ。お前たちの血も、肉も、魂もすべて汚れた政治献金で出来ている」

 エイエンはイエロー・サイクロンを蹴り飛ばす。

 彼は、ヒーローの語る正義や戦いの理由に本心など一つもなく、ヒーローの語るすべては子供番組の作り上げたフレーズをマニュアル的に繰り返しているだけ……。要は中身のない「建前」で出来ている事を見抜いていた。


 そして

表無おもてなしの心、裏しかない。とは言ったもんだね」

 と、東京オリンピック招致のフレーズを交え、心を失った堕天使たちを皮肉った。



「貴様、崇高なる正義献金を愚弄するのかァーーッ!!!」

 激昂したブルーがイエローと共に攻撃に出た。イエローのサイクロン・カッターをエイエンは受けた。ブルーの放ったサイクロン・カッターがエイエンの片腕を切り落とした。



「必殺! スパイラル・サイクロォォォン・パァァァンチ!!!」

 風圧を纏いながら高速突撃するレッド・サイクロン必殺の拳がエイエンの胸を貫いた。レッド・サイクロンの損傷を受けていた背部飛行補助ユニットが白煙を吐いた。


 ……エイエンが血を吐いた。



「弱すぎる……この程度で我々ヒーローに歯向かおうとした愚かさを知れ」

 レッド・サイクロンが愚かな悪の総帥を戒めた。するとエイエンは血を吐きながら笑った。


「狂ったか、イカレジジイめ」

 ブルーがその様子を見て不快そうに言った。


正義献金セイギのチカラを愚弄するものは惨たらしく死ね」

 そしてレッド・サイクロンは風をまとった手刀で、エイエンの首を撥ね飛ばした。まるで空手家がビール瓶を割るかのように、簡単に。






 エイエンは死んだ。








 フハハハハハハハハハハハハハハハハ!!



「おめでとう! 悪の総帥は晴れて死んだってわけだ!」

 それは今頭部を吹き飛ばし、殺したはずの男の声……サイクロンたちがベルゼロスが、その異変に気付いた。死体は? 今殺した男の死体はどこに消えた? ない、どこにもない。



「かはっ……!」

 レッドのヘルメットの隙間から、彼女の吐いた血が漏れた。

 突如レッド・サイクロンの背後に出現したエイエンが、銀の杖の中に隠していた脇差の刃を彼女の背中に深く突き立てていた。飛行能力の低下で、そのステルス・アタックを回避できなかった。いや、万全でも避けられたかどうか……。



 それはファイアストームとの戦闘で破損した背部飛行補助ユニットの隙間を狙った完璧な一撃だった。三人の中で最もアーマーの損傷の激しかった彼女はエイエンの不意打ちの刃を止められず、その刃が割れたボディーアーマー前面から飛び出していた。

 レッド・サイクロンは飛び出した刃に付着した自らの血を見て、戦慄した。



「とてもいいぞ! 君には才能がある! あと200回ぐらい頑張ってみようか!」

 エイエンが血に伏せるレッドの背中に足を置くと、銀の杖の中に仕込まれていた脇差の刃を引き抜いた。血が噴き出した。ヒーロー集団を率いる不屈のリーダーを示す色のレッドが、倒れた。足蹴にされた。


 エイエンは彼女を見下ろすと、怪訝な表情でこう言い捨てた。

「……どうした? 元気がないなあ。最近の若いのは一回死ぬか死なないかぐらいで、根性ないねえ」



「レッドォォォォォォ!!!!」

 叫び向かってくるブルーのアーマーにエイエンは斬撃を入れ、蹴り飛ばした。



「まあ……政治献金とか、君たちのしてる悪いこと色々とかを語るのは好きだけど、私が君達に言いたい事はもっとシンプル。建前はなしで、こうだ」

 エイエンの瞳から白目が消え、完全なオニキス一色に変じた。光り届かぬ闇の底のような色をしていた。





「我々の組織運営の邪魔だ。だから死んでもらうよ、ヒーロー」


 そして堕天使の返り血を顔に浴び、光り無き暗黒の瞳を携えた老人は口を大きく開くと、不気味な高笑いの声をホール内に響かせた……。






EPISODE「ESCAPE FROM THE DARKNESS CITY ACT:5」へ続く。

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