080 すべてはこの日のために:14




 すべては一瞬の事だった。五つの凶星が夜空に輝くと、次の瞬間、アパッチヘリのキャノピーに一人が取り付き拳を叩きこんだ。すると操縦席内に竜巻が発生した。



 まるでミキサーだった。肉はズタズタに引き裂かれ、操縦席が真っ赤に染まった。




 バケットヘルムが乱入者に驚愕して目を見開くと、身体をバラバラに引き裂くような強風を前後から叩きつけられた。――ダブル・ステルス・アタック。不意打ちを放った二つの狂星がバケットヘルムを交互に通過した時、バケットヘルムは自身の千切れた右足が宙に浮かぶのを見た。


 バケットヘルムを一瞬にして打ち破った二つの凶星は飛び、建物側面へと飛びこんでいった。二つの飛行物体の形をした凶星の方は、その機首からレーザーガンを発射し、輸送機を撃った。


 残り一つはコックピットを血によって赤く染め、乗り手を失ったヘリから離れると、飛行しながら血にまみれた掌底を、倒れ込むバケットヘルムの頭部に叩きこんだ。




 あっという間だった。為す術がなかった。勝利のために積み上げて来たものが、一瞬で崩された。一生懸命砂の城を作っていた子供達のところへ、酒に酔った大人が乗り込んできて、砂の城を踏み壊してゆくような、そういう理不尽さだった。



「お、お前は……まさか」

 叩きつけられたバケットヘルムは、敵を見上げた。その者はメタリックに神々しく輝く緑の鎧を見に纏っていた。頭部すべてを覆うヘルメットの両の瞳は、すべての悪を見つけだそうとしているかのように大きく、黄色の輝きを放っている。

 首に巻き付けた黄色のマフラーは風にはためき、彼らの勝利を高らかに唄っているようだった。



 ボディーアーマーの右胸には「11」の数字の刻印、左胸には中心に太陽の瞳の輝く魔術六芒星の紋章。バケットヘルムはこの紋章を知っている。


 その者は両手を腰に当て、首をゴキゴキと鳴らす。腕には黄色の腕章がついていた。「陣風戦隊」と白文字で書かれていた。


「悪の下位人かいじん、惨めだな。覚えておけ、この世に悪は栄えない」

 ボイスチェンジャー混じりの音声が、バケットヘルムを侮蔑し見下ろした。


 敵が右拳に力を込めると、空が啼き、周囲の風が拳に集まりだした。必殺の一撃を繰り出し、以てトドメを刺そうとしているのがわかった。



 ――殺される。



 だがその時、黄眼の敵が首をかしげた。

「え? でも怪人が……」

 誰かと連絡を取っているようだった。

「わかりました、急ぎます」

 黄眼の敵はバケットヘルムの腹部を蹴り飛ばす。


「……死期が伸びたな怪人。今の内に懺悔をしておくといい」

 バケットヘルムはうめいた。だがその一撃は彼の命を完全に奪うものではなかった。黄眼の敵は彼のトドメを刺すことを諦め、次の敵へと向かっていった。



 バケットヘルムは墜落したアパッチの爆発を目にした。屋上の隅に激突し、爆発し、燃えた。バケットヘルムは吼えた。




 泪の降り止まぬ暗黒の街に、小雨が降り始めていた。




 彼の叫びは、爆発と雨と、夜の闇に掻き消された。





――☘




 ローズベリーは地に伏せながらも、真っ先に背中に手を伸ばした。四角い箱の感触は、あった。だが、彼女の背中にもあったミラ8号のサイキックドローンの感触がなかった。ドローンが身代わりのクッションになってくれたのだ。ミラ8号とっさの機転だったが、代わりにドローンは破壊されてしまった。


 次は、ない。


 ローズベリーは口についた血しぶきを腕で拭き、立ち上がった。少女は目の前の敵を見た。レッド・サイクロンを名乗った赤い瞳の敵は拳を構えた。

「ほう、今の必殺の一撃を受けて立ち上がるとは」

 ヘルメットのボイスチェンジャーによって変声された声がレッド・サイクロンから発せられる。


「だがここまでだ」

 レッド・サイクロンが打って出た。ローズベリーは回し受けによって拳をパリィ。だが左の拳を打ちこまれる。ローズベリーが左拳で応戦するが、レッド・サイクロンの周囲に超常の風が発生し、吹き飛ばれた。


 ――強い。半端な強さではなかった。ミートメイカーよりも、雷光よりも、圧倒的に強かった。




 ファイアストームは受け身を取って即座に立ち上がる。蹴りが打ち負ける事は織り込み済みで、受け身が間に合ったためにダメージは極めて小さい。

「ついに出たな……ヒーロー……」

 そして構え、ブルー・サイクロンの姿を見た。




――かつて、世界を導いた存在があった。

彼らは強靭な肉体を持ち、神々の知恵と奇跡の力を操り戦った。


すべては弱き人々を守る為、あるいは己の思想信条や信仰のため。

いつしか彼らは「英雄ヒーロー」と呼ばれた。


――二度の世界大戦が終わると、彼らはどこかへ消えた。






 消えた?




 ――――いいや、彼らは消えてなどいなかった。


 戦後、彼らは堕天し、暗黒に輝く街とその支配者を守る闇の番人となったのだ。


 歪められた信念、歪められた正義……彼らは権力に目を付けられ、狙われ、やがて捕らえられ、金とセックスと薬物によって汚され、腐敗を強いられた、かつての正義のヒーローの成れの果て…………。



 左胸に刻まれた、太陽の瞳輝く六芒星の紋章は、獣の印。日本政府が擁する公認ヒーローの証。


 権威への絶対服従、賄賂、セックスの献上、インモラルな暴力や殺人契約……その数々によって国に忠誠の誓いを立てた者だけが、殺人許可証マーダーライセンスを与えられ、真のヒーローを名乗る事を国から唯一許される。




 彼らこそが











☘ 暗黒街のヒーロー

A Tear shines in the Darkness city.

 ‐ Fire in the Rain ‐



副題:ファイアー・イン・ザ・レイン

第六節【太陽は闇に輝く】編 最終シナリオ

【すべてはこの日のために 14】


EPISODE 080 「ESCAPE FROM THE DARKNESS CITY ACT:1」




 正義ひかりは今や大いなる闇と共にあり、大衆に牙を剥く存在となった。







「サイクロン……「神風しんぷう戦隊」か」

 ファイアストームが呟いた。


「今の俺たちは「陣風じんぷう戦隊」だ。二年前に新番組が始まって、それに合わせて戦隊名も変わったのでな」

 ブルー・サイクロンは答えた。


「プロパガンダか」

 ファイアストームは不快そうに呟く。超能力者サイキッカーの存在を、通常の人間は認識する事ができない。それは即ち、超常を操る彼らヒーローの活躍も、大衆は正常に認識できないという事。



 ――1955年から始まったベトナム戦争の中期には戦争帰還兵のメンタルケアが社会問題となり、アメリカ本国で活躍した軍事ヒーローがその活躍を大衆に正常に認知されず、苦しみ、最悪そのまま犯罪者化するという深刻な問題が起こっていた。

 衝撃は大きく、彼らを鎮めるためにいくつものハリウッド映画が製作、放映されるほどだった。82年に全世界で放映された映画は特に有名だ。




 大東亜戦争の頃よりそうした問題は日本国のヒーローにも存在していたが、世界一のヒーロー大国アメリカで発生した大きな社会問題に、ヒーロー大国日本もまた、取り組まなければならなくなった。



 政府はこの問題の解決策を考えた。戦時中の元ヒーローや、元軍人、財政界の大物も顔を並べ、話し合いが行われた。


 そして一つの策を実行に移した。50年代終わりの時点で既にいくつか存在していた子供向けテレビ番組を改良する事を国は選んだ。


 計画は、実在のヒーローが着用するものに似せたレプリカの鎧を俳優に着せ、子供番組の中で活躍させることによって、間接的に実在ヒーローの存在を世間に認知させる。そういう計画だった。



 映画会社を雇い、より洗練された造形を求めては、一流のデザイナーを雇い、悪を打ち滅ぼす英雄が身を包むに相応しき騎士の鎧を再設計デザインさせ……かくして政府側はテレビ番組の登場人物たちと同一の鎧を作り……堕天した英雄たちに着せるようになった。



 「計画名:ハ号 英雄伝記放送計画」



 1971年の4月3日に、一番最初のそれは行われた。計画は大成功だった。

 すぐに第二段の計画が始まった。それは1975年の4月5日に始まった。やはり成功した。



 ――超能力を持った本物のヒーローを認知できない人々も、ブラウン管の中で繰り広げられるヒーローの宣伝番組を認知し、活躍を応援し、繰り広げる「悪の怪人かいじん」との戦いに熱狂した。


 ……自分達が【下位人かいじん】という、ヒーローが戦う悪と同じ音で呼ばれ差別されているとも知らずに。




 ヒーロー達もこれに満足した。所詮テレビの中のお芝居に過ぎなかったが、闇を抱える本当の自分達の姿を見せる事も無く、ただ美しい正義の物語と、憧れだけを子供たちに与える事が出来たからだ。




 そして今も、日曜日の朝7時からテレビ番組の放映枠を取り、そこでテレビ放送を行っている。


 幼少期より刷り込まれたヒーローのイメージを自分達の手駒と同一化させ、子供たちの育つ来たるべき未来の時に、その刷り込みを用いて服従させるために。


 50年もの間、そして今日も続く恐ろしい洗脳計画だった。




「プロパガンダ? 我々の活躍と存在を下位人バカどもに知らしめる立派な広報活動だ」

 ブルー・サイクロンは死神の中傷に言葉を返す。

「そういう貴様はハンムラビのクズ共のようだな。愚かな内輪揉めで滅んだと思っていたが、まだ生き残りが居たとはな」

 そして剣に巻き付く蛇の紋章を、死神の胸部ボディーアーマーに見た。



「ほざけ」

 ファイアストームはブルー・サイクロンそしてベルゼロスと睨みあう。航空戦力が全滅した今、リトルデビルだけが頼みの綱だ。時間を稼がねば。


「四年前に死に絶えておけば良かったものを、死ぬべき時を間違えたようだな」

 そしてブルー・サイクロンは尊大に言った。

「だが安心しろ、このブルー・サイクロンが悪党に相応しい最期をお前にくれてやる」


 するとファイアストームは

「ブルー・サイクロンだと、魔術名コードネームは正しく名乗れ、素人」

 と、ブルー・サイクロンを罵ると、彼の右胸の「7」の数字を見た。


「何の話だ」

とぼけるな。「ブルー・サイクロン」は正式な魔術名コードネームではない。お前は……サイクロン七号か。そこそこの序列を送って来たようだが」


 ファイアストームが言うと、ブルー・サイクロンは狼狽えた。ヒーロー:サイクロンの序列制度と数字には大いなる秘密があり、それは外部の者が知ってはならない戦隊機密だからだ。


「貴様、まさか我々の戦隊機密を……。ただの戦闘員ではないな」


「機密も何も知れた事。お前たちはかつて、犯してはならない罪を犯した。そして当時、俺はそれを償わせた。俺が殺したのはシアン・サイクロン。正式な魔術名コードネームはサイクロン参号……」


 死神は彼らサイクロンたちを知っていた。闇の世界に生きるアサシンの、その精鋭の一人たる者が闇の番人の事を知らぬはずがなかった。そして、かつての戦闘で自らが奪った命の感触を、怒りを、まだ彼は憶えていた。



「馬鹿な、貴様が我々の高位序列者を倒したでも……? デタラメも大概にしろ」


 サイクロン参号というのは、陣風戦隊の高位序列者。もしも本当ならば、その男はこの場に居る二人よりも強い、ということになる。

 そんなはずはない、そんなものは狂言に決まっている。だが、眼前の男は戦隊機密に詳しすぎる。ブルー・サイクロンは動揺を隠せなかった。




「デタラメかどうかは、貴様の手足を千切り取って肉の達摩ダルマとした後に、判断する時間をくれてやる」


 冷酷に言い放つと、ファイアストームはスーツ背部内蔵の戦闘薬物投与プログラムを実行した。ノーザンヘイトのヘルメットのHUD(ヘッドアップ・ディスプレイ)に警告が表示される。



 ――戦闘薬物「ラストリゾート99」、一時的に限界以上の力を兵士にもたらす代わりに、激しい痛みと反動を使用者にもたらす。 常人の肉体でこれを使用したソフィアは、今もその反動でベッドから起き上がれずにいる。


 ファイアストームの脊椎に、その時の三倍量が直接注射された。

「グッ……!」

 全身の骨に錆びた釘を打ちこまれるかのような激しい痛みに、ファイアストームは歯を食いしばり、耐えた。



「【孤高の戦争遂行者(ワン・マン・アーミー)】フォーカス2……サイ・ボム、全面解禁フルアンロック……」

 死神は、ヒーローの心臓を乗っ取って燃えるかのような公認ヒーローの紋章、瞳の太陽輝く魔術六芒星を睨んだ。





 ――ヒーローを名乗る奴らは、自分からすべてを理不尽に、そして残酷に奪った。決して忘れない。決して許さない。公認ヒーロー。彼らを一人として、決して生かしてはおかない。


 この復讐の果てに全てを失っても良い。全てを葬り去れるのなら。



「……お前たちが、なぜここに現れたか。なぜこいつの味方をするのか、どうでもいい」

 そして、復讐の黒死鳥オオウミガラスファイアストームは、言った。

「……だが来てはいけなかった。公認ヒーロー。お前たちは、俺が皆殺しにする」



 死神のヘルメットの破損した左ターレットレンズに、エンジ色の光が灯った。ヘルメットの奥の彼の両目は金色に輝き、その右の瞳にエンジ色の三つ葉のクローバー、彼が背負う復讐の紋章が浮かび上がった。






 自身の精神崩壊リスクと能力不安定の懸念によって、彼は今まで彼の能力サイキック【孤高の戦闘遂行者(ワン・マン・アーミー)】その真骨頂である「爆発物生成能力」通称サイ・ボムの使用を極力控えていた。


 だが、ファイアストームはここで、ついにフルパワーのカードを切った。


 フォーカス2の全面解禁……それは銃弾生成やグレネードランチャー弾という発射用弾薬の枠を越え、手榴弾、各種地雷、果てには閃光手榴弾やスモークグレネード、プラスチック爆薬に至るまでの広範囲生成適用を意味する。

 しかし、フォーカス2は高速道路上でグレネード弾用に限定的に解禁したきり。その全面解禁ともなれば久方振りの事となる。



 非常に高リスク、病み衰えた今の自分ではこの力を制御しきれないかもしれない。しかも爆破能力は非常に不安定。戦闘を有利にするどころか、不発や自爆などの事故で自らの死期を早めるだけかもしれない。


 そして折角一度はシールドメイデンに救われた自我、それが闇に呑まれるかもしれない。





 それでもいい。望むことはただ一つ、奴等ヒーローを殺したい。








EPISODE「ESCAPE FROM THE DARKNESS CITY ACT:2」へ続く。

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