076 すべてはこの日のために:10
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少女たちの悲鳴に酷似した鈍い声と、男の声が被さった。
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【すべてはこの日のために 10】
EPISODE 076 「死神は処刑台に舞う ACT:3」
聖餐の天使ベルゼロスがその名を口にすると、たったそれだけのことでローズベリーの全身を怖気が襲った。本能的な恐怖を感じる。彼女の中にある
ローズベリーは大きくよろめいた。致命的な隙、だが攻撃は飛んでこなかった。彼女と対峙していた最中のミートメイカーは着地すると、その場で片膝をついた。
他の警備兵も、
例外はローズベリーと、ファイアストーム、そしてベルゼロス本人。三人だけが崩れる事なく二本の足で立っていた。
始めにサイレンの音が止んだ。次に、殺戮のホールを支配する朱の色と、少女たちの怨嗟の悲鳴が徐々に薄らいでいった。ローズベリーは消えてゆく怨嗟の声の中に、突如自分を置いて逝ってしまった、親友の声をかすかに聞いた。
「たすけて」
そう、聞こえた。
ローズベリーの魂を貫く恐怖に、彼女の背負う使命と、沸き上がる怒りの感情が打ち勝った。彼女は唇を噛みしめ、彼女の意志を打ち付けようとする恐慌の風を打ち破り、構えた。
「流石だ。まだ立っているなんて」
ベルゼロスが口を開いた。彼はその行為をいかにも偉業のように讃えたが、狂気の王はまだその名を名乗っただけに過ぎなかった。だというのに、ほとんどの者が彼の内に宿る魂の力を本能から畏れ、膝をついていた。
「滅多に力は使わないんだ。少し蛇口をひねるだけで、僕の部下さえほとんどこうなっちゃうからね」
その中でもタスク警備総隊長の雷光は辛うじて例外と言えたが、今の彼は外傷によって立ち上がる事が出来ない状態だった。
戦慄し構えるファイアストームを、ベルゼロスは怪訝な表情で見下ろした。
「僕の部下をあんなに沢山殺した君が乗り込んで来て、僕を殺そうとするっていうのに、僕がここにわざわざ姿を現したのはなんでか判ってなかったのかい? まさか単に僕が高慢なピエロだとでも? 僕をナメるなよ」
ベルゼロスは自身たっぷりに言い放った。
「例え君を相手にしても殺されない自信と、それだけの力が実際僕にはあるからさ」
ハハハハハハハ、と、ベルゼロスはステージ上で大笑いした。まだ半数の者は立ち上がれなかったが、負傷しながらも雷光、ミートメイカー、続いて超越者と、力のある者から順番に、恐慌から立ち直り復帰し始める。
敵対する祈り手たちは、残された者同士、互いの生き残りを必死で確認しつつ、互いに手を繋ぐ。死んだ仲間たちからは目を背け、恐怖に抗い、お互いに励まし合いながら立ち上がっていた。
ファイアストームは今、そんな彼女らを殺す以外の事は一切考えられない。僅かに生き残ったシールド警備兵、雷光、そして未知の敵ベルゼロスをいかに抜き、彼女らの息を止めるか、その方法を何十通りも頭の中でシミュレートし、惨殺の方法を検討し続けていた。
「さて、君たちの命は後何分持つのかな? 第二ラウンドを共に愉しもう……踊れ、死神」
ベルゼロスの両の瞳はウグイス色に輝き、その口角はより吊りあがり、暴力的で邪悪な獣の笑みを浮かばせた。
第二ラウンドの火蓋が切って落とされた。ファイアストームが先制のエーテルスラッグ弾を放った。ベルゼロスの頭を吹き飛ばそうとする。……だが、ベルゼロスはスラッグ弾を歯で受け止めた!
ベルゼロスはギョロりと目を見開くと、そのままエーテルスラッグ弾を噛み砕き……呑みこんだ。
「ンン。なかなかイケるが……ケチャップが欲しいね。16歳の
ファイアストームが眉をひそめる。彼の力は全盛期に比べて衰えた。加えてホテルに張られた魔術結界によって追加弱体中。別に攻撃を止められる事自体は大して驚きもしないが……ここまで狂った敵は彼にとってもしばらくぶりのことだった。
「雷光、まだやれるね?」
「はい! 勿論です……!」
ベルゼロスが訊くと、雷光にはまだ高い戦意があった。左腕の被弾個所から横半分は消失し、骨が露出しドバドバと血をこぼす。左腕はもう使い物にならない、だがまだ動く右腕で刀を握りしめ、雷光は死神を睨んだ。
ファイアストームがエーテルバックショットを放つ! 雷光が電撃を放ち空中で拡散した散弾を焼き落とす! ファイアストームはもう片方のソードオフ・ショットガンをベルゼロスに向ける。ベルゼロスは蹴り上げる。弾かれたソードオフ・ショットガンが宙に舞う。
ファイアストームは踏み込んできたベルゼロスの拳を左手で捌き、突き上げのカーボン貫手でベルゼロスの首を狙う。ベルゼロスは黒腕を掴み、もう片手で腕の付け根に手を落とし、合気道の投げ技「隅落とし」による身の崩しを行いながら左の裏拳で薙ぐ!
ファイアストームは頭を下げて裏拳を避けるが、ベルゼロスはこれ好機と脇固めへ移行。ファイアストームは抵抗。ベルゼロスは脇固めを中断し、振り回すような合気道技「一教」による抑え込みムーブへ、その眼前に向かってくる日本刀の斬り込み、ファイアストームは右手のショットガンでガード。
だがベルゼロスは一教抑え込みのモーションから更に技を連続させ、黒腕の手首を折りたたむような「小手返し」という、手首と肘の関節を極めながら行う投げ合気道の投げ関節を行う! 手首の破壊を回避するため、ファイアストームが雷光の右手を蹴り上げ弾きながら、自ら宙へと逃れた。
『ザリザリ……――ム、ファイアストーム、今のは何が起こりましたか』
二人の強敵と戦いながらミラ8号からのテレパス通信。少しテレパスの感度が悪い。彼女も間接的ながらこの戦場に立つ身、ベルゼロスの名乗りに彼女もまた得体の知れない何かを感じたのだろう。
『敵性サイキッカーの影響だ。それより俺のドローンは平気か』
一瞬の内にやり取りされるテレパス。ファイアストームは自身の背中にあるサイキックドローンの状態を不安視した。何しろ、自分ごと電撃に巻き込んだのである。
『電撃は少し堪えましたが、まだ平気です』
と、ミラ8号は答えた。
『バケットヘルムは』
『後数秒で』
ミラ8号ヤエは答える。数秒、その数秒が非常に長く感じた。
ローズベリーはトゲのスパイクつきのムチで横に払う。ミートメイカーは避ける。警備兵の一人は避けきれず飛ばされる。
ミートメイカー接近。ローズベリーは拳を打ち込む。ミートメイカーは刃で止める。巻き付いた超常の
ローズベリーがそのまま半身をずらして潜りこむと肘打ちを打ち込む、更に縦拳による逆突きも連続して打ちこむ。ミートメイカーの表情が歪む……有効打!
ミートメイカーは大鉈を振る! ローズベリーは脱力し、仰向けで倒れ込むように超低空姿勢へ移行、ネガティーバ・レジョーノー! ブラックキャット直伝の仰向けカポエイラ回避がここで活きる! そのまま突き出した超低空の左足がミートメイカーの右脛を弾く。
ミートメイカーの首に
「イヤーッ!!」「ぐああああっ!」
組み合えば上司へのフレンドリーファイアを恐れて敵は躊躇。まだ若干の敵兵はベルゼロスの
同じ魔術師同士でも、単なる
(――そうだよ涼子ちゃん、上手!)
ローズベリーの頭の中に、彼女の
前回と違って彼女のハイアーセルフは直接顕現できないが、ローズベリーのおぼつかない部分の肉体操作をサポートし、ネックスプリングで彼女の身体を起き上がらせる。それはまるで戦闘機パイロットの操縦をサポートする
立ちあがったローズベリーは銃撃を掻い潜り、警備兵をノックアウト! 小テラスのスナイパーへと蔓のロープを伸ばし、引きずり落としノックアウト!
額の血を拭い、切れた口内から溢れる血を吐き捨て立ち上がろうとするミートメイカーを追撃しにかかるが、
(涼子ちゃんストップ! 距離を取って!)
と、彼女のハイアーセルフが涼子を止めた。ローズベリーは二連続側転からムーンサルト跳躍し、空中で身を捻りながら着地、距離を取る。
その瞬間、ローズベリーはハイアーセルフの警告の理由を理解した。
<< ねむれ ねむれ >>
殺戮のホールが禍々しい歌声によって震えた。敵対祈り手の生き残りによる呪歌の第二波が始まったのだ。
「うっ……!」
ローズベリーが着地と同時に頭を抑える。そこへ、ベルゼロスらと戦闘中のファイアストームが跳んで来る。ファイアストームは空中で銃撃し、ミートメイカーとベルゼロスへを牽制する。
<< 黒き河の 水の底で ねむりなさい >>
彼は着地し、ローズベリーと背中合わせになるようにしてソードオフ・ショットガンを構える。ローズベリーも呪いの歌に抗い、死神の後ろで空手を構える。優勢だった戦局は、聖餐の天使ベルゼロス、たった一人の参戦によって五分と五分に押し戻されていた。
ベルゼロスはまだ
そこへ待望の味方増援!
『ファイアストーム、まだ生きてるか!?
救出班、バケットヘルム現場到着の報せが二人の耳に入る! 殺戮のホールでの決戦は更に激しさを増そうとしていた。
EPISODE「死神は処刑台に舞う ACT:4」へ続く。
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