074 すべてはこの日のために:08


「ファイアストーム……僕に素晴らしい感動を与えてくれてありがとう」


「俺が貴様に唯一与えるものは滅びだけだ。貴様の未だ知らぬ恐怖と痛みの中でなぶり殺しにして、その首を組織の門前に吊るしてやろう」

 災厄の暗殺者ファイアストームがその右の瞳に黄泉よみの空の如き金色の光を灯らせ、滅ぼすべき悪を真っすぐに見据えていた。




ファイアー・イン・ザ・レイン

第六節最終シナリオ【すべてはこの日のために 08】

EPISODE 074 「死神は処刑台に舞う ACT:1」



「ローズベリー、やれるな」

「……やります」

 危機を乗り越え、その自我を再構築したローズベリーの瞳には、それまでよりも強い意志が宿る。

 ――やれる、今の自分なら敵をグーで殴れる。今はもう恐れもない、迷いもない、ただ決意だけがある。彼女は自分の中に爆発的なエネルギーがみなぎっている感覚に気づいた。



 ファイアストームは敢えて武器を引き抜かず、無手にて柔術の構えを取る……専用装備ギア【ノーザンヘイト】着用。基本装備以外の目立った武器はソードオフ・ショットガンが脚部に二丁、ここまで来る携行上の都合で重火器ヘヴィウェポンは無し。だが……負ける気はしない。



 畑がその片手を上げた。包囲部隊が斜め側面に回ると次々とライフルを構え、ステージ上に立つ特別聖歌隊の前では護衛部隊がシールドを構える。


 無数の白い被弾予測光がローズベリーとファイアストームの身体を貫いている……。



 そして……

「僕には当てるなよ……撃て」

 畑がその手を下に降ろした。それが決戦のゴングだった。


「FUCK YOU」

 ファイアストームは漆黒の左拳を天井に向け、滅ぼすべき邪悪に向かって中指を突き立てた! 左腕付属ワイヤーガン機構、緊急駆動! 天井にワイヤーガンが突き刺さる!


 そのままファイアストームはローズベリーを片腕で抱き、テーブルを踏み台にして跳躍! つい今さっきまで二人が居た地点の地面に無数の弾丸が突き刺さる!


 天井近くまで上昇した二人。ローズベリーはファイアストームに抱きついている。

「ローズベリー、もう一本行くぞ。……限界を越えろ」

 ファイアストームの右手には戦闘薬物「クリアマインド118」の入ったアンプル。そして二本目を彼女の首もとに……打ち込んだ!


「ああああああっ!!」

 激痛にローズベリーが叫び声をあげる。思わずファイアストームから手を離しそうになった所を、空アンプルを投げ捨てたファイアストームが彼女の腰に手を回し、抱き寄せる。


「第二射が来るぞ、備えろ」

 ファイアストームたちを見失った敵警備兵が天井の二人を発見し、銃口を向ける。ファイアストームはローズベリーを抱いたまま天井で態勢を逆さにし、天井に両足を着ける。


 ――そして敵の発砲の瞬間、ワイヤーを外し、天井を蹴って飛んだ! はやい!



 死神の右の瞳から放たれる黄泉の光が一筋の流れ星となって、警備兵へと降り注ぐ! 必殺! 急降下爆撃蹴り! 必殺の蹴りを受けた警備兵の頸椎は魚の小骨の如く容易く折れ、後頭部を背中にめり込ませながら空中を三回転する!


 片膝をついて着地、両腕には一人の少女が美しく尊い薔薇の花束のように大事に抱えられている。死神の右の瞳は金色の炎に燃えていた。


 コォォォォォ……。ファイアストームが呼吸し体内にエーテルを循環させる。敵側の張った魔術結界の作用で身体がいつもより重く、エーテルの巡りも悪い。魔力エーテルの温存と計画的な使用が求められる。



 ――険しい戦いになるだろう。だがこの程度で




 ローズベリーをその場で降ろすと死神の姿はもう消えていた。彼は低姿勢のまま警備兵の中に素早く突入し、両脚に備えた二丁のソードオフ・ショットガンを両の手にたずさえていた。

「死ね」



 ――火災旋風おれのいのちを止められると思うな



 死神は身を低くしたまま両腕をクロスさせ……Trigeer! 至近距離で右と左に放たれたエーテル複製12ゲージスラッグショットが2人の常人モータル警備兵の腹部に等しく大穴を開ける!


 正面の超越者警備兵が真っ先に反応しファイアストームを狙い撃つが、ファイアストームは低姿勢のまま突っ込み、銃弾を回避。ショットガンを持ったまま両手を突き出し、双手崩拳を腹部に打ち込む。


 軽く後ろに押されるものの半透明色のエーテルフィールドとプレートキャリアが警備兵の身を護る……だが、直後発砲! 腹部に意識が集中した所を、ファイアストームは両膝を狙ってスラッグショットを至近距離から撃ちこむ! エーテルフィールドの集中が間に合わずに両膝が吹き飛び、崩れながら地に片手を付く。


 ――直後、警備兵の意識が刈られた。死神の振り下ろす殺人的なブラジリアンキックがその頭部を既に捉えていた。圧倒的行動速度!


 その距離が近すぎるためにフレンドリー・ファイアを恐れ、周りの警備兵は死神を撃つ事ができない。

 ファイアストームは倒れ込む警備兵の男の首にブーツを踏み下ろした。まるでタバコの残り火を始末するかのように、その命は強引に踏み消された。


 警備兵たちの一瞬の迷いは、死神にとっては永遠にも等しかった。これがローズベリーの訓練中なら欠伸あくびをしていただろう。ファイアストームは既に殺した男のライフルを奪い取り、その武器を構え、フルオートへとセレクティブ・ファイアのつまみを弾いていた。


 そして横一列に……薙いだ!


 銃声、悲鳴、血しぶきと臓物が殺戮のホールに舞う! それは一か月以上前、この場所で引き起こされた惨劇へのリフレインを敵に味わわせようとするかの如き報復のトリガーだった。敵超越者オーバーマンなどの動きの鋭いものは横薙ぎの銃弾を辛うじて回避!


 銃弾の薙いだ後をローズベリーが跳んだ! 槍のように飛んでゆく飛び足刀蹴り――エア・トゥ・エアキックが警備兵の胸に突き刺さり、敵は武器を落とすと壁まで吹き飛ばされてゆく! 死地を乗り越え、更には薬物によって精神をブーストされた彼女にはもう、恐れ躊躇するものなど何一つない!



「いいね、そうでなきゃ面白くない」

 ニヤりと笑みを浮かべると畑はようやく席を立ち、ファイアストームたちから距離を取る。


「だがこれはどうかな? 聖歌せいか隊!」

 畑が合図を出すと、死装束に身を包んだ女性たちが手を取り、破滅の銃声と断末魔の飛び交う戦場で歌声のハーモニーをさえずりはじめる。


「Ah-♪」

「「Ah-♪」」

「「「「「「Ahーー♪」」」」」」



「あれは……マズい」

 ステージ上の動きを見ると、ファイアストームの表情に焦りが浮かんだ。

「ローズベリー、敵の【いの】だ! 呪歌じゅかが来るぞ!!」

「!」

 ファイアストームは少女に警告する。ステージ上に立つのは物見遊山の見物客に非ず!あれは神の力を振るう三つめにして最後の存在……敵の【祈り手(プレイヤー)】に違いない。

 本来その戦闘能力の低さから最前線に立つ事の少ないその者らが出て来る……彼らもまた決死の覚悟のもと恐ろしい行いを為そうとしている。それが彼女らの真っ白な死装束の姿に表れていた。



 敵の祈り手たちの眼球が、口内が、紫色の恐るべき超常の輝きを放った! 彼女らは死神を滅びにいざなう呪いの歌を歌い始めた。



<< ねむれ ねむれ >>


 呪いの歌が始まると、殺戮場全体の空気がはげしく震え出した。


<< 黒き河の 水の底で ねむりなさい >>


「ぬうう……ッ!」

「うああ……なにこれ、頭が……!」

 ファイアストームとローズベリーの胸に紫色に輝く梵字サンスクリット烙印スティグマのように刻まれる。


 祈り手の肉体は一般人と同じ、いやその平均年齢と女性比率の高さから、平均して一般人よりも貧弱で、杖や車いすなどの器具なしでは歩く事さえ出来ぬものも多く、戦場最弱の存在といっても過言ではない。


 そして戦闘向け能力の保有率が高い超能力者サイキッカーと違い、直接的な攻撃力も一切持たない………だが! 彼らには必殺の手が存在する。


 ――数百年前、最初は神へと捧げる単なる讃美歌であった。だが魔女たちはそれを呪文として定義し、何度も何度も儀式を行い、サバトを開くたびに仲間たちで繰り返しそれを歌い、時には歴史の中で生贄の儀式も繰り返し行いながら歌の呪いの力を高め……闇の炎の中で鍛えられ、国を、大陸を渡っては現地の言葉に歌詞を翻訳され、黒き聖火の如く受け継がれてきた暗黒の歌……それこそが、呪歌。



<< あなたの霊は 肉の中 とわに留まるべきではない >>

<< (ねむれ ねむれ ねむりなさい) >>



 それは孫悟空の蛮行を咎め、行動を抑制するために観世音菩薩かんぜおんぼさつによって頭にはめられた神々のアーティファクト「緊箍呪きんこじゅ」の呪いの如く二人の頭を締め付け、苦しめる!



 呪歌に圧されローズベリーがまず片膝をついた! 警備兵が銃口をローズベリーに向ける、危険だ!

 ファイアストーム、抜刀! 素早くマチェットを投擲、マチェットが警備兵の喉に深く突き刺さる!

 敵警備兵がゴボりと血を吐いた。ファイアストームは走る! 手にしたアサルトライフルを捨て、倒れ込む警備兵のもとまで走り、彼はそれを肉の盾とする!


 敵の銃撃! 肉の盾が銃弾を受け止めるが、プレートキャリア装備とはいえライフル弾に対して肉盾ではその威力を完全には殺しきれない! ファイアストームはエンジと金色の混ざり合ったエーテルフィールドを展開させ銃撃と呪歌、二種類の攻撃に耐える!


<< ひととは肉に すぎないのだから >>


 肉の盾の指が飛ぶ! 銃弾が肉の盾の腹を裂いて臓物を散らす! 血と肉片と骨片が飛び散る!

 ファイアストームは目を血走らせ、身を低くするとマチェットを引き抜きながら肉の盾の首を切断、わずかに残った首の皮も怪力によって引きちぎる!

 そして足と背中に力を込め……マチェットを背に戻しながらに繰り出したのは中国拳法の代表技、鉄山靠 (てつざんこう)! 衝撃で肉の盾がビリヤードキューに突かれたボールの如く撥ね飛ばされる!


「うわあああーッ!」

 高速で飛来した肉の盾が直撃し、警備兵の一人が吹き飛ばされた! ファイアストームは既に次のアクションに移っている! 彼は躊躇の欠片もなく左手に持った切断生首を投擲!


 生首の切断経験を持たない人々にとっては意外に思うかもしれないが、生首とは重く、数キログラムの重量を持つ……それは即ちボーリング球並の重さ。それを神々の力を持つ男が全力ピッチングしたら一体どうなるか? ……当然、新たな屍が増える。



<< さだめられた いのちにすぎないのだから >>


 デッドボール!!! 高速投擲された生首と警備兵の頭部とが激しく激突! 衝撃で警備兵の頭蓋骨が床に落としたトマトのように陥没、無残な姿となって地に沈む。


<< ねむりなさい >>


 だがそこへホール両サイドの小テラス上で配置につく狙撃班による攻撃! 呪歌の力と、ホテルに設置された魔術結界の力が共鳴作用して、ファイアストームの動きを鈍らせ、その超能力サイキックさえも弱体化させている。


 彼はエーテルフィールドの消耗を節約し、あえてそのまま攻撃を受ける。辛うじて直撃は避けるが、狙撃班の放ったウィンチェスター弾が後ろから肩をかすめ浅く裂いた。超常の扱いに長けたベテランこそが為せる紙一重の魔力節約術、そして声の一つさえあげることもない。


 そこへ乱入! 大鉈を手にした女性がファイアストームの首を刈るべく突進してきた!


 呪歌に抗い立ちあがったローズベリーは警備兵のライフルを蹴り飛ばす! ファイアストームはそれを手に取って新手の敵の斬撃を防御! ライフルと鉈の鍔迫り合い。超人的腕力で敵を押そうとするファイアストームの力が優勢だが……敵は完全には押し負けず、恐るべき怪力でファイアストームの腕力に対抗しようとする。


<< 黒き大河の 水の底で >>


 呪歌は未だ続く。呪歌による弱体もあってファイアストームは敵を一瞬には押しきれず、包囲部隊と狙撃班からの銃撃を回避すべく飛び離れざるを得なかった。ローズベリーもまた、一緒になって包囲部隊から距離をとって逃げる。

 ファイアストームは飛び離れながら実体弾をフルオートで連射するが、敵はそれをステップで回避しひらひらと大鉈を振り回す。


 ファイアストームは大鉈を持つ女性を見た。……少なくともあの身体能力、普通の人間ではない。そして、クランクプラズマの尋問情報にない新手の敵だ。


「彼女は【ミートメイカー】、僕の秘書で、護衛役で、セックスフレンドで……そうそう、僕の大事な肉屋さんさ。彼女は”少しばかり”スポーツが得意でね、遊んであげてくれるかな」

 畑は口角を吊り上げてその女性を紹介した。



「フレッシュミート……社長のお腹があなたたちを待ってるわよ」

 超越者オーバーマン【ミートメイカー】は彼女の武器にして解体道具たる忌まわしき大鉈を構えた。





EPISODE「死神は処刑台に舞う ACT:2」へ続く。

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