NHKへようこそ!:ACT3-B
二人は早速クレープ屋でクレープや飲み物を購入すると、食べ歩きしながらショッピングモールを見て回る。
「ここ、地下、なんですよね……?」
「うん。病院もそうだし、居住区画とか商業区画……このショッピングモールがそうだけど、全部私達の”組織”の持ち物よ!」
「一体、どんな組織なんですか……?」
ソフィアについていけばこの場所について理解が深まるかと思ったが、解決する疑問以上に別の疑問がどんどん膨れ上がってゆくような気がした。
確かに涼子はこのような地下空間も、あの病院やここに来るまでに使った地下モノレール、このショッピングモールの存在も知らない。
だがソフィアの言っている事が全て本当であると前提した場合、一つの組織がこの地下空間の全てを所有し、管理に置いているということになる。そうだとすれば相当の大規模だ。そのような組織が存在するとして、それは一体どのような組織なのだろうか?
「いわゆる秘密結社というか、まあ魔術結社なんだけど……普通わかんないよね。魔法とか、超能力とか、オバケとか、涼子ちゃんはそういうの信じる?」
ソフィアは答えると共に一つ質問をした。
涼子は突拍子のない問いに少し困惑しながらも、正直に小さく首を横に振った。
「あまり……」
この地上から神秘のベールが取り払われてからは久しい。ノストラダムスの言葉を借りて、世界の終わりを予言した終末論者は予告されていた破滅の日を越え、21世紀の今を淡々と生きているし、マヤ歴やアセンション思想にその信仰を置く者の告げた2012年の世界滅亡もポールシフトも霊的上昇も起こらず、それからもう既に数年が経過している。
カメラが
手から火を放ったり予言や降霊術を行うといったテレビに出てくる霊能力者・超能力者の類は、全部タネや仕掛けのあるマジシャンや詐欺師でしかない事が視聴者に看破され、あるいは飽きられた、
それのみならずそれらの人々が超能力や霊能力など以ての他、一人の凡なる人間としても人格や思想の面でマザーテレサは無論、震災復興に多額の寄付を行ってくれるテレビショッピングの起業家の足元にも及ばない俗人であることが、その振る舞いから一般大衆に見透かされてしまったのだ。
――これらの出来事の積み重ねによる裏切りによって、いわゆる普通の人は世界に神秘などなく、人類に秘められた力などない事を知った。
現代社会、特に日本では神や霊の存在を本気で信じたり、人類にはまだ秘められた未知の力が眠っているなどと力説した日には、読者のあなたは周囲やインターネットからあらゆる迫害を受け。あなたの社会的信用は地に堕ち、友人や家族、職業を失い、気狂い扱いされて精神病院へと強制入院をさせられる。もっとも付く可能性の高い診断名は統合失調症だろう。
そして気の弱ったあなたを狙って右や左を自称する様々な悪しき政治思想団体や、あなたの純粋な気持ちをカモにする悪しき宗教団体・セールスマンがあなたの思想や弱み、孤独に付け込んであなたは心身はおろか金銭的にもボロボロになり、最後には一人寂しく首を括って死ぬだろう。
ファック・オフ。
この世の神秘や人類に眠る未知の可能性について追及したり、それらを議論することはそれほどに危険で恐ろしい事なのだ!
……だから誰も、信じる信じない以前に大っぴらかつ真剣に魔術や超能力については語ろうとさえしない。語ろうとする者や信じる者を社会圧力・同調圧力で抑えつけようとさえするだろう。
――ゆえに涼子も、神秘のベールが剥がされたこの現代に育った少女として、少なくとも霊魂の存在や生まれ変わりを信じたいとは心の中では思っていても、それを公然と口にすることはない。
「そうよねー……。でも私たちはそういう力を研究している組織なの。信じないのも無理ないわ。でも、今日からは信じられると思う」
ソフィアはそう言うと、モール内通路の木製ベンチに腰かける。そして静かに目を閉じ、組んだ両手の指と手のひらを合わせ、神への祈りのような所作を行う。
「今の涼子ちゃんなら、これがハッキリと視えると思う。タネも仕掛けもないからよく見ててね……」
ソフィアは鼻でゆっくりと、静かに息を吸い込むと、口から静かに息を吐く。精神を集中させ、意識の深くへと潜りこんでゆく。ソフィアの両手が輝き、彼女の金髪の毛先は栗色に光り、ふわりと浮かび上がった。
そしてソフィアが両手を開いた。開かれた彼女の手の中にはオレンジ色の光球が浮かんでいる。涼子はその神秘的な光景を息を呑んで見守る。
ソフィアの手の中にあったオレンジの光球はソフトボールサイズほどの卵の形を作りあげた。そしてオレンジ色の光は弱まってゆき……宙に浮く白い卵状の物体が出来上がった。
「ちゃんと見た?」
「……見ました。これって……」
その神秘的な光景に涼子は驚き、ただソフィアの問いに頷くしかない。
「これが私の超能力(サイキック)。能力の名前は【フォー・ユア・アイズ・オンリー】……カワイイでしょ、これ」
「ナイス・トゥー・ミー・トゥー! 仲良くしてね!」
卵状のドローンがソフィアの手を離れて浮かび上がると、ソフィアと同じ声を発した。ソフィア本人はニコりと笑みを浮かべながらもその口を閉じている。
ソフィア本人は口を閉じたまま、卵状のドローンからはソフィアの声が聞こえる。.涼子は目を見開いてそれを凝視した。
「わ、しゃべった!?」
「能力は毎日新鮮な卵を作れて、毎朝おいしいスクランブルエッグが食べられる……ごめんなさいそれはウソ。触ってみる? ……超能力はホントよ?」
卵状ドローンから聞こえる言葉に従って、涼子が恐る恐るそのドローン物体を指で突く。外見的には金属的な質感でありながらも、指で触れるとほのかに温かみがあり、意外と弾力のあって柔らかい、実に不思議な触り心地だった。
「ワオ! くすぐったい!」
「ごっ、ごめんなさい」
「ふふふ、ジョークよ」
「えっとその……これから声が出てるんですか?」
「そうそう!」
「ラプンツェルのI See The Lightを1人でデュエットできちゃうのよ? 得意なんだから」
「美女と野獣のTale as old as timeも凄く得意よ。これが私の特技その1!」
ドローンとソフィア本人が別々に話をすることで、涼子はまるでソフィアが二人に増えたかのような錯覚を受けた。
「これ、どうなってるんですか……?」
「だから超能力、サイキック、魔法、あるいはスーパーパワー……まあ呼び方は何でもいいけど」
ソフィアは更に付け加える
「レイなら原理に詳しいけど、彼からアストラル界と現界の繋がりに、エーテルとか、
「ううー……」
理解を越えた用語の数々に、眉間にシワを寄せて唸る涼子。彼女の頭からは今にもプスプスと黒煙を吐き出すのではないかとさえソフィアには思えた。
「うーん、じゃあこうしよっ! 涼子ちゃん、「ドローン」なら知ってる? ホラあの……」
「ええっと……ニュースとかで出てくる……」
秘密結社や超能力云々には知識のない涼子であったが、ドローンという単語には聞き覚えがあった。ニュースなどでも度々登場する単語だからだ。
「そうそう! アメリカ軍とかで使われてる小型無人機ね。私には特別な力があって、それは特別なドローンを作って操作する事。そしてね、カラオケ以外にも特技がいくつかあるの」
そう言ってからソフィアは口をつぐむと、わざとらしく口を両手で塞いだ。だが奇妙な事に、涼子の頭の中にソフィアの声が直接響いたのである。
『もしもし……私の声が……聞こえ……ますか……』
「えっ……」
「今のわかった? 「コイツ……直接頭の中に……!?」ってカンジしたでしょ?」
「えっと……はい。しました!」
涼子が強く頷いた。
「私のドローンの特技その2! このドローンを中継器としてテレパシーが使えるの。じゃあ涼子ちゃん、お口にチャーック!」
ソフィアがジッパーで口を閉じるジェスチャーをすると、今度は涼子が両手でその口を塞いだ。
『ハイ! じゃあそのまま、この子に向けて心の中でお話してみて!』
(……えっと、こんにちは?)
頭の中に響くソフィアの声に従い。涼子は宙に浮かぶドローンを見ながら心の中で語り掛けてみた。
「ハイ、こんにちは! うん、受信オッケー! それじゃ涼子ちゃん、好きな数字を思い浮かべてみて。ワタシ当てちゃうから」
「……」
「0912!」
ソフィアは見事涼子が心の中に念じた4ケタの数字を言い当てて見せた。
「わあ……凄い」
特別信じてはいなかっただけで、頑なに神秘や未知の存在を否定していたわけではなかった。
ソフィアの行った奇妙な芸当とテレパシーの実演で、涼子はもう超能力というものの、少なくとも目の前にある事象の存在を受け入れられるようになっていた。
「でしょ! 今日からテレパシーの存在、信じてね」
「は、はい!」
「じゃあ、あともう一つ、私の得意な技。ちょっと首の後ろ触らせてね」
ソフィアは立ち上がると涼子の黒髪をかき分けると涼子のうなじが露わとなる。後ろに回り込んだソフィアのドローンが触手を一本伸ばすと、涼子の首筋へと張り付いた。
触手の一本が涼子と接続すると、ドローンの中心で光るオレンジの光が点滅。直後涼子の視界に、自身についている二つの眼球から入る情報とは全く別の所から流れ込む第三の視覚情報が現れた。
その新たな第三の視覚に映っているのは……他でもない涼子自身の姿だった。
「……わ! ソフィアさん、あの……」
「何が見えた?」
「私が見えます」
涼子が答えた。
「正解! これが私の第二のテレパシー能力、サイト・テレパス!」
これがソフィアのドローンが持つ第二の機能「視界感応(サイト・テレパス)」である。テレパシーを行うに留まらず、ドローンを通じて互いの視界情報を共有する事が出来るのである。
「それじゃあチャンネルを切り替えてみましょうか」
ソフィアはニコニコして言うと、ドローンと涼子を繋いだまま、指をパチンと鳴らした。すると第三の視界が切り替わり、どこかのオフィス上のデスクとおぼしき空間の風景が映し出された。
「では中継行ってみましょう。こちらスタジオのソフィアです。現場のソフィアさん聞こえますかー」
「はーい、中継のソフィアですー。聞こえてますよソフィアさーん」
ソフィアがソフィアに呼びかけて、ソフィアが返答するという奇妙な一人芝居が始まる。視界が動く。頭にまだ包帯を巻きながらも、Yシャツにネクタイ姿でパソコンに向かうレイの横顔が映し出される。
「……何をやってるんだ」
ギプスにも関わらず両手でタイピングを行うレイの手が止まり、視線の方を怪訝な表情で見た。
「今ね、涼子ちゃんと遊んでるの」
ソフィアは答える。彼のオフィスのデスク上には「36」の番号の刻まれた卵状ドローンが置かれている。
「そうか。茨城さんの調子は大丈夫そうか」
「あ、はい。大丈夫です。お陰様で……」
レイはドローンの向こうのソフィアに話しかけたつもりだったが、ドローンから返って来たのは涼子当人の声だった。
「ん……ソフィア、繋ぎ方を教えたのか」
「うん。これからの事を考えたら必要でしょ? 特にサイキックを知る事は」
「確かに」
レイは納得し、またキーボードを叩き始める。
「ねーレイレイは何してるの?」
「見ての通り、報告書と始末書の作成中だ」
うんざりした口調で質問に答えるレイ。
「わー、タイヘンー!」
ソフィアはいかにもわざとらしく棒読みのリアクションをした。
彼が書くのは戦闘と交戦した敵勢力に関するレポート。それと暫定コードネーム:エンジェルに関する報告。加えて高速道路上で銃撃戦をやらかして被害をもたらした事と、組織と直接関係ない任務でフラットを負傷させた事と、無断で危うく政府のヒーローチームに喧嘩を売りかけた事の始末書……。仕事は多い。
「今日も
レイは息をつく。
「ずっと内勤でもいいんですよ」
彼が程よく第一線を退いてくれるなら、本当はその方がソフィアにとっては望ましい事だからだ。
「冗談を言え」
レイはそれを一蹴した。
「ねえ、レイレイも一緒に遊ぼうよ」
「あいにく仕事だ。ソフィア、お前の分もな」
互いの合意の上だが、役割分担の結果このようになった。涼子と同性でより彼女に接するのに向いているソフィアが涼子の世話を担当。そして治療中のレイは組織への報告に専念といった具合だ。
「つまんなーい」
「午後になったら少し顔を出す。それまで彼女の事を看てあげてくれ」
「うん、わかったけど、後で来てね? というわけでした、スタジオのソフィアさん!」
「はーい。中継のソフィアさんありがとうございましたー。どう? 楽しい能力でしょ?」
涼子のうなじからドローンの触手が離れ、視界共有状態が切断された。涼子はこの新たな体験にとても感動し、ソフィアに拍手した。
EPISODE「NHKへようこそ! ACT:4」へ続く。
===
TIPS:世界観
☘超能力
使用者/コードネーム【
能力名【FYEO (フォー・ユア・アイズ・オンリー)】
能力:特殊無人機の召喚・操作
能力説明:
・常人には視認不可能なドローンを召喚し、それを操る事が出来る。
・ドローンはテレパシーの中継器として機能する。有効半径は500mほど。
・またドローンと対象者を接続することで視界情報の共有が可能。
・上記能力をメイン機能として、他にもいくつかの機能や使い方を持つが、武装らしい武装を搭載していないため、ドローンそのものの単体戦闘能力が極めて低い、という致命的な弱点を抱えている。ソフィア本人も非超越者のため戦闘能力が極めて低く、また彼女の安全を重要視するファイアストームの意向もあって、前線要員としては働けず、支援要員としてファイアストームや組織の仲間をサポートする。
「彼女はとてもにぎやかですね」
――ナンバー エイト「ヤエ」
「私達も裏方です。出番があった時はよろしくお願いしますね」
――ナンバー トゥウェンティ・トゥ「ナデシコ」
「彼女がいなかったら、俺はどちらの仕事も続けられなかっただろう」
――ソフィアについて。坂本 レイ / ファイアストーム
「引きこもりとして特化した能力」
――ソフィアの能力について。エージェント:ブラックキャット
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