NHKへようこそ!:ACT4


EPISODE 036 「NHKへようこそ! ACT:4」




それからもソフィアに連れられて横浜地下にあるというこの街のショッピングモール内を回った。散歩と称してソフィアは実にいろいろな事をしてくれた。


 味気ない病院食に退屈していた涼子を食事に連れて行ってくれるだけでなく、その食事代まで持ってもらった。



 それに留まらず、ソフィアは一昨日の一件で壊れてしまったらしいスマートフォンの交換手続きまで行ってくれた。

 新しいスマホがタダで手に入った事と、破損スマートフォンそのものは回収できていて、数日中にデータの復元が出来るという話で安心したのか、若干ではあったが、ここ一月近くなかったほどには涼子の機嫌は良くなっていた。



 地下都市の街に学生のような若い客は少ない。レストランの客席やら通り過ぎたりで見かける人物はスーツを着た年の行った男性や老夫婦。電動車椅子に乗った婦人に、観光客なのかいかにもお金を持ってそうな中国語らしき言葉を話す外国人。


 目線を合わせるのもためらうような、サングラスを付け上等そうなスーツを着て歩く大柄の黒人男性グループのような集団も、途中通り過ぎた飲食店の中に見かけた。……その食卓の上には拳銃のようなものが置かれていたような気がしたが、涼子はそれを見なかった事にした。



 目にするのはそうした、どれもこれも個性のありそうな人たちばかりだった。

 ソフィア曰く、誰でもここに来れる訳ではないが、彼女の組織のメンバーや、その他交流のある外部団体、フリーメイソンやモルモン教内部の一部に存在する協力会員などであれば、この地下商業施設は利用が叶うとの事だった。



 正直涼子にとってはあまりにも慣れない現実と光景に違いはなかったが、超能力の話を切りだされ、あまつさえそれを実体験させられるという形で既に披露された身。


 彼女の新たなる友人、ソフィアに体験させられた出来事を受け入れてしまった涼子にとって、横浜には涼子の知らない地下都市が存在していて、それすべてを所有している秘密結社があるなどというとんでもない話も、超能力の話に比べればまだ比較的には受け入れやすい事実だった。



 買い物や食事を済ませると、ソフィアについていくがままショッピングモールの外れへと向かう。空港のゲートのような場所に武装した警備員が立っていたが、ソフィアが改札ゲートに黒いカードをかざすと、警備員はソフィアに深く頭を下げた。


 そのままゲートの先のエレベーターに乗り込む二人。

「それじゃ、そろそろ地上に出てみましょうか」

 ソフィアが同じカードをエレベーターにかざすと、涼子へとウインクした。ソフィアがボタンを押すとエレベーターは上昇を開始する。


「横浜の地下って聞きましたけど……横浜のどのあたりなんですか?」


 涼子が尋ねた。ここが横浜の地下にあるという所までは聞かされた。だが情報としては抽象的だ。何せ横浜と一口に行っても、涼子の住む横浜西側の比較的静かな住宅地から、元町の中華街のある辺りまでと、横浜市という領域は実に広大だ。


「ふふふ、それはねー、上がればすぐわかるよ」

 エレベーターは急上昇し、地下を越えて地上へ。地上からは更にもう一つエレベーターを乗り継ぐ事に。エレベーターは高速で上昇……そして止まった。エレベーターの到達階数は26F。



「はい、到着。こっちよ!」

 エレベーターを降りた先は高層オフィスビル内の屋内テラスだった。スーツケースを引きずりながら駆け足で窓際まで向かうソフィアを涼子が追う。


「ここって……」

 ソフィアに追いつき立ち止まると、強化窓ガラスの外にある景色が涼子の目に入った。ソフィアはニコニコと外の景色に向かって順番に指をさす。


「ふふふ……。見える? あれは赤レンガ倉庫。あれはランドマークタワー。あれは……」

「コスモワールドの観覧車……昔、家族と行きました」


 涼子はソフィアの言葉を先回りした。見知らぬ世界から地上に上がった涼子の目に映ったのは、彼女のよく知る世界だった。

 横浜の海、遠くに見える赤レンガ建築の観光地、大桟橋のふ頭、横浜のシンボルでもあるランドマークタワー、あそこに見える時計付きの一際大きな観覧車は、横浜の遊園地にしてデートスポット、コスモワールドの大観覧車コスモクロック……。


 これらはすべて、彼女の知っている横浜の表の世界、横浜の都心とも言える、みなとみらいの景色だ。



「ここ、みなとみらいだったんですね」


「そう、私達はこの日本、横浜のみなとみらいに根を張り、あらゆる悪が恐れる秘密結社にして闇の魔術結社……その名も……


 【聖・ハンムラビ協会 (サン・ハンムラビ・ソサエティ)】へようこそ、涼子ちゃん」


 ソフィアが胸を張って答えた。そしてこれが、横浜みなとみらいの地下に密かにも自分たちだけの小都市型シェルターを築き上げ、超能力のような神秘の力までもを我が物とし、遺憾なくその力を社会へと行使する闇の魔術結社、名を聖ハンムラビ協会 (サン・ハンムラビ・ソサエティ)。


 その日本支部において、国内活動の中心となる場所がこの横浜市にある日本ロッジ本部 関東横浜支部だ。




『――ソフィア、聞こえるか?』

 そうしていると、別所にあるソフィアのもう一つのドローンを経由して、レイのテレパス通信がソフィアの頭へと届いた。


「ハイハイ、私はここにいます」

『茨城さんとまだ一緒か?』

「うん、代わる?」

 ソフィアがチラりと横の涼子を見た。


『いや平気だ。とりあえずお前に報告だ。まだ支部長への説得は準備中だが……とり急ぎ、【ブラックキャット】との交渉がまとまりそうだ。とりあえずは三日、例の件も含めて引き受けてくれると思う』


「ホント? ……私はナナちゃんの方が良かったけど……」

 レイの口調に反して、ソフィアは怪訝な表情を浮かべる。


『ナナちゃん……リトルデビルは学生だから護衛では動かしづらい。それにブラックキャットは頼りになるし、例の件に関しては間違いなく適材だ』


「それはー……そうだけど」

 そう答えるソフィアの歯切れはいつもより悪い。


『今どこだ』

「地上ビルの26階。一緒に外の景色見てる」

『わかった。今そっちに向かうから少しその辺りで待ってて貰っても構わないか』

「うん、オッケー」


 そうしてソフィアがレイとやり取りしていた矢先、彼らの会話に割り込むテレパスがソフィアの頭に突き刺さる。ソフィアは自らの頭を片手で抑えると、怪訝な表情を更に深くし眉を吊り上げる。


『……ザリザリ……こちらミラ:ナンバーエイトより、ミラ:サーティン・シックスへ。応答願います』

「はいどうぞ? こちらはミラ36」

 ソフィアが自らのコードネームで答える。通信先は「ミラ・エイト」と呼ばれている女性。ソフィアと同じく組織の裏方の一人だ。



『位置情報の同期を願います』

「ハイハイ? いいですけど?」

 ソフィアの傍を漂う卵状ドローンのオレンジ光が、青い光となって点滅した。


『……位置同期を完了。座標を確認したのでもう結構です。ご協力ありがとうございます』

「……はい? ちょっと? エイト? 他に用件は……?」


 一方的にテレパスを割り込まれたかと思えば、それに応えた途端「用件は済んだ」というエイトにソフィアはひどく困惑する。だが間髪入れず更にエイトを通してのテレパスの割り込み。


 今度は更に別の女性の声だ。

『今そっち行くわよ。窓から離れてなさい』


 ソフィアはその声に聞き覚えがあった。ソフィアが窓の外を見た。眼前に広がるみなとみらいの景色。だがその空の中に黒い飛行物体の存在を認めた時、ソフィアは大いに戦慄した。


「え、その声、あれはまさか……うそ、涼子ちゃん少し下がろ」

 黒い飛行物体は徐々にこちらへ迫って来る。ソフィアが涼子の手を引いて窓際から離れるように促す。涼子はまだ飛行物体に気付かず、首を小さく傾げる。



 こちらへと迫って来る飛行物体、あれは一体何か?

 鳥だ! 飛行機だ! いや……超能力者だ!



 その黒い飛行物体は、鳥でも飛行機でもアメリカ軍の無人機でもなく、なんと空を飛ぶ人間だった。黒い翼を生やし横浜上空を飛行する少女と、少女のハーネスと命綱で繋がってぶら下がるキャットラバースーツに身を包んだ女性の二人。


 下の女性は鳥のように空を飛ぶ少女のハーネスに付いた吊革状のトグルを使って、空飛ぶ少女をまるでグライダーか何かのように操る。彼女たちの遥か下には横浜の海が広がる。


 キャットスーツの女性が吊革から手を離し、空飛ぶ少女の両手を掴む。二人のハーネスを繋ぐ命綱の接続が遠隔操作で外される。もしこの手を離せばぶら下がっている女性は即落下だ。


「ナナちゃん、ここでいいわよ。貴方も忙しい所ありがとね」

「うん、じゃあこのままいくよー!?」


「アー……マズイ……。うん! 退避!」

 良からぬ事を予測したソフィアがスーツケースを捨てて涼子と一緒に更にその場を離れた。



 黒い飛行物体は更に接近してくる。飛行する少女にぶら下がる女性は後ろへと反動をつける。そして空飛ぶ少女は、下の女性の反動を利用して、彼女を思い切りビルへと投げ込んだ。


 空飛ぶ少女はそのままビルに激突する手前で切り返し、手を振って去ってゆく。一方投げ込まれた女性は……クラッシュ! 身を丸めたまま、ビルの窓ガラスをそのまま勢いよく突き破ると、滑り込むようにして片膝を突きビルの26F内部へと着地した。



 窓ガラスの激しい物理破壊の衝撃をビルのセキュリティが敵襲と誤認し、フロア内に警報ベルを響かせる。


「フシャー!」

 投げ込まれた黒いキャットラバースーツの女性は牙を剥き、獰猛なネコ化猛獣の如く唸る。女性の瞳はサイキック行使の影響でエメラルド色に変色し、瞳孔も猫の如きそれへと変化している。


 女性は肩のガラス片を払って立ち上がると、サイキック行使の影響でピンクに変色した、カシューシャ留めのショートヘアの後ろ髪を掻き上げて言った。


「待たせたわねファイアストーム。仕方がないから来てあげたわよ」

「あ、あのどうも……ブラックキャットさん」

 涼子と共にエレベーター近くまで退避していたソフィアが、恐る恐る女性に近づくと会釈した。涼子はその場で唖然とし立ち尽くしている。


「誰かと思えばサーティン・シックス、久しぶりね。あなたがどうしてここにいるの」

 ブラックキャットと呼ばれた女性がソフィアの姿を認めると、彼女へと挨拶を返す。


「あの、私はここの職員で、そもそもあなたが……」


「ああそう。でも引きこもりの貴女と違って私は忙しいのよ」

「ひどい、私だってお仕事沢山……」


 理不尽! そもそもブラックキャットはソフィアの位置を把握した上でこのビルの26Fに突入したはずである。ソフィアの心は早速ブラックキャットの仕打ちに傷つけられる。

 だがブラックキャット当人はソフィアの事などお構いなしで、まるで眼中にないかのようだ。



「まあ貴女の事はいいんだけど……、無駄にできる時間なんて一秒もないの。ファイアストームは?」

 ブラックキャットは苛立たし気にソフィアへと当たる。


「……彼ならもうすぐ来るって今さっき言ってましたよ。今こっち向かってますけど……」

 ソフィアが少し不機嫌そうな表情で答えた。すると苛立たし気だったブラックキャットは落ち着きをみせ、声の勢いを落として静かにこう告げた。


「そう……。じゃあもう少しだけここで待つわ」


(一秒も無駄に出来ないんじゃ……?)

「あの……ブラックキャットさん?」

 ソフィアは言いたい言葉を心の中に押し込めながらも、恐る恐るブラックキャットに声をかける。


「何?」

「ナナちゃん……リトルデビルを使ってこんな登場の仕方、しなくてもよかったんじゃ……」

 ソフィアが外を指さした。強化窓ガラスが見事に破砕し、警報装置は未だ鳴ったまま。同フロアにいて通りがかった職員が、何やら慌てふためいている。


「……やかましい」

 ブラックキャットの緑の鋭い眼光が睨みをきかせ、ソフィアを威圧する。


「ええ……。でも、本部ビルのガラスが……」


「私経理も兼ねてるから、これぐらい何とでもなるわよ。そもそも世界有数の魔術結社がこの程度で何をケチな事……」

 彼女がそのような事を喋っていると、エレベーターに乗って銃を構える武装警備員たちが現れた。そしてその中に一人、ザウエルP226を左手に持ち、スーツの上着を羽織った片腕ギプスの男、レイである。


 彼は武装警備員の先頭に立ちソフィアたちに歩み寄ると、第一声

「……敵か?」

 と尋ねた。ソフィアはジト目でブラックキャットを指さし、こう証言した。

「いえ……そこの人がやりました。リトルデビルを使って人間砲弾をやらかしてました」


「面白そうだ。見たかったな、それ」

 レイが事の顛末に関心を示した。ブラックキャットは少し恥ずかし気に顔を隠した。

「べ、べつにそれぐらいならいつでも……」


「……でも本部のガラス割るのはマズくないか? 高いぞ強化ガラスは」

「ホラ……」

 ソフィアがジト目でブラックキャットを見た。


「し、仕方がないでしょう。急ぎだって聞いてたから私……。まあ、ちょっと急ぎすぎちゃったみたいだけど……」

「……寒いな」

 レイが呟いた。ビル高所へと吹く冷たい海風がヒュウヒュウと音を立て、内部へとモロに吹き込んでいた。



「……とりあえず、敵襲はナシということで上には報告しても……?」

 レイの後ろに居た警備員の一人が一歩、歩み出てレイに尋ねた。

「昼時にすまないな……。警報はとりあえず止めておいてくれ。あと、できれば修理業者を……」

「了解しました」

 警備員の男が敬礼した。レイは拳銃を収め、右腕を負傷していたために左手で敬礼を返した。


 レイはブラックキャットの侵入によって割れた窓を一瞥した後、ラバーキャットスーツの女性、ブラックキャットを見た。

「まあこれは業者にやらせるからいいとして……呼び出して済まないなブラックキャット。色々忙しい時期に……」

「いいえ、仕事に余裕はあるし別に構わないわ」


「……確かお忙しいんでしたよね」

 ソフィアがチクリと刺すように呟く。ブラックキャットの鋭い視線がソフィアへと向けられる。

「何か?」

「……いえ」


「所でファイアストーム、依頼の件なのだけれど……」

「ああ、この子がそうなんだが……茨城さん?」

「はわわわ……」


 ファイアストームことレイが、ブラックキャットを呼び出したのは他でもない、涼子にまつわる事での頼み事をするためだったのだが……レイが涼子を見た。

 ブラックキャットの突入にショックを受けた彼女の意識はどこかここよりも空高くに行ってしまっており、ぷるぷると全身を震わせながら立ち尽くしていた。


「茨城……さん……?」

 レイが二度呼びかけるが応答はない。ソフィアは首を横に振った。


「……ブラックキャットさんがガラス割って入って来るから、多分そのショックで……」

 ブラックキャットがレイから視線を逸らした。レイが彼女を見た。

「……ブラックキャット?」

「……」


 ブラックキャットはレイのジトリとした眼差しに即座に屈すると、黒い髪、黒い瞳へとその色を戻し、精神的な恐慌状態へと陥っている涼子へと頭を下げ、優しく接した。


「あ、あの、驚かせてしまったならお詫びします。ごめんなさいね」

「あっ! は、はい……!」

 涼子はハっと我に帰り、目の前のブラックキャットの存在をようやく認識した。


わたしの事はブラックキャットと呼んでくだされば結構です。ファイアストームからの依頼を受け、数日間あなたの身辺の護衛を引き受けさせて頂こうと思っています」


「えっと、茨城 涼子です。はじめまして、えっと、ブラックキャットさん」

 涼子が深くその頭を下げた。


「そう、茨城さんっていうのね。コードネームは?」

 ブラックキャットが涼子に聞いた。涼子は質問の意味を解さず、首を傾げた。

「コード、ネーム……?」

「自らの社会生活を守る為に、真名まなを伏せ、別途にコードネームを持つのが超能力者サイキッカーの通例のはずよ」

 と、ブラックキャットは説明する。だが涼子はますます言葉の意味がわからず精神に混乱をきたす。



「マナー……?」


 そこへレイがフォローに入り、ブラックキャットへこう述べた。

「悪いブラックキャット、言い忘れてた。この子はまだその辺の説明が最中で、それが終わってないんだ……」

「あら、それは失礼」

「え、えっと……? あの……? 何の話でしょうか」


 混乱する涼子へ、ソフィアが口を開いて説明を始める。

「Well……涼子ちゃん、さっき私の能力と、私が超能力者サイキッカーだってこと見せたよね」

「はい」


 そしてソフィアは、涼子にこう告げた。

「えっと実はね……涼子ちゃんももう、超能力者サイキッカーになっちゃってるの」





「はい……はい?」


「医療区画で行った検査の結果、無事合格って聞いてるけど? おめでとう、あなたもう、とっくに超能力者サイキッカーよ」




「………………え、えええっ!?」



EPISODE「日本の秘密結社へようこそ!」END.


NEXT EPISODE「ガナフライ・ミー?」



===


☘TIPS:世界観


 聖ハンムラビ協会 (サン・ハンムラビ・ソサエティ)の日本ロッジは数年前の戦争によって多くの死者を出し、いくつかの拠点を放棄しました。甚大な被害を受けた組織は一時地下に潜伏しましたが、その間に多くの戦力補充を行い、今ではかつての力を取り戻しつつあります。

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