ガナフライ・ミー? ACT:1
EPISODE 037 「ガナフライ・ミー? ACT:1」
――――どうしたこんなことになったのだろう?
目まぐるしく変化する自分の状況に頭が追いつかない。
ここしばらくはずっと、涼子は親友の
だが今は、超能力との出会いや地下に作られた街の事、そして自分自身が超能力者だと告げられた事で、彼女の心は驚きや混乱に満ちている。
色んな事実や体験が次々に押し寄せて来るせいで、彼女の頭に搭載された現実処理能力はとうにその処理の限界を超えている。
それでも、同性かつ非常に友好的なソフィアと知り合えた事、そして今の涼子の頭に押し寄せる驚きと混乱の波も、それまで悲しみの一色で支配されていた涼子にとっては、それまでよりもマシな影響をもたらしてくれた。
思わずハンムラビという場所で経験した事は非現実の出来事なのではないかと思いそうにもなったが、彼女の隣に座る女性――ブラックキャット、と呼べば良いらしい。ハンムラビで新たに出会ったその女性の存在が、涼子のこの三日間の出来事が夢ではなかった事を強く誇示している。
黒いスーツの上に深紅のコートを羽織ったその女性はとても大人びた年長の女性の雰囲気を醸し出してはいるが、どこか神経質そうな印象も受ける。そのため初対面から非常に友好的なソフィアほどの親しみやすさはなかった。帰りの電車内でも2、3、住んでる場所や学校、家庭の事などは尋ねられたが、それ以上はあまり話さなかった。
それでもブラックキャットは親切で、涼子の代わりに荷物を持ち、自宅のマンション前までずっと付き添ってくれた。そして「必要なら何時でも良い」と連絡用の電話番号とメールアドレスを彼女から教えられた。
(期末テストだって近いのに、わたしどうなっちゃうんだろう?)
「ふう、ただいま」
軽く息をつき、見慣れた家の扉を開ける。
「ああ、おかえりなさい」
涼子が自宅に帰ると、母が彼女を出迎えた。丸二日も自宅を無断で開けていた為、何か言われるものかと思ったが、不自然なほどに母の反応は薄く、その出迎え方はまるで涼子が近所への買い物から帰って来たかのような反応だった。
「あら涼子、オシャレな洋服ね。どこか出かけてきたの?」
「あ、うん。ちょっと友達とご飯食べてきたの」
涼子は適当に繕う。
「そう。夕飯はどうする?」
「あ、夕飯は欲しいな。食べたのお昼頃だったから」
「わかったわ。そうそう、涼子、なんか荷物届いてたわよ。部屋の前に置いてあるから」
「うん、ありがとう」
電車内でブラックキャットから「フラットという女性が説得に行ってくれた。家族はあなたが外泊してたと思っていないから、一切気にしなくて良い」と伝えられてはいた。言われている事の意味はよく理解しなかったが、帰宅してみればまさにその通りだった。
涼子はそのまま自室へと帰る。二日ぶりの自分の部屋だ。母の言う通り、涼子の部屋には現代では誰もがよく知るインターネット通販サイトArizona(アリゾナ)のダンボール箱が一つ置いてあった。箱の上には剣に巻き付いたヘビの紋章のシールがバーコード付きで張られている。宛名には自身の名前、備考欄には「学用品 及び 安全用品 在中」のボールペン文字。
そういえば通学カバンや制服は新しい物を送ってくれているとソフィアが言っていたのを涼子は思い出す。通路の邪魔でもあるので彼女はそれを中に運び入れ、それから自身のベッドへと倒れ込むのだった。
…… ☘
二日後の連休明けから涼子は新しい制服に袖を通し、新しい通学カバンを背負って登校した。新品のため少しだけ着慣れず、新入生にまで戻された気分だった。そして彼女の気持ちはそうはならなかったが、新しい制服とカバンは彼女に心機一転を勧めているかのようだ。
その日から期末試験が始まったが、ここしばらくの心理状態と登校率、加えて連休中の拉致や入院などのゴタゴタがあまりにも多いせいで、試験は予想通り
試験のせいで余計に気持ちの重くなる連休明け。涼子は試験が終わると深い深いため息をついた。それでも試験日程の為、いつもよりも早く下校できる事は救いだった。
試験は四日間続く。模範的な生徒であれば寄り道せずに自宅へと直帰し、翌日以降の試験科目に備えて自主勉強を進めるべきである。涼子本人も今まではそうだったが、今はあまり勉強する気分になれず、それに今日、彼女には寄らなければならない所がある。
……
試験が終わると彼女は自宅には向かわず、自宅とは逆側、横浜駅から一駅の東神奈川駅へと向かった。
普段なら特に用事もない所だが、そこから徒歩数分、横浜湾方面へ歩いた場所に彼女の行く場所はある。
涼子の知らぬことだが、表向きは在日米軍の施設という事になっているその場所まで歩くと、確かに検問所と武装した青い服の警備員こそいたが、見たところ警備の人は皆日本人で、そこに軍服の外国人の姿はなかった。
涼子がゲートに近づくと、検問所の警備員の一人が制服姿のその少女を見て
せいぜい歩いて行ける距離ではあるが涼子はワゴンまで歩くと運転手に載せて貰い、ビル入り口まで連れて行って貰った。そこは二日前、彼女がソフィアと一緒に登ったビルだ。いかにも、涼子は秘密結社ハンムラビの日本支部のその本部となる施設、その入口に立っている。
車を降りた彼女が建物内に入ろうとした時、彼女の後ろで風が吹くと共にスタっと軽い着地音が聴こえた。涼子が振り返ると、どこから現れたのかブラックキャットが彼女の後ろに立っていた。
「迷わず無事辿り着けたようね」
「あ、ブラックキャットさん、こんにちは」
「どうも」
(朝からずっと居たけどね)
二人は挨拶を交わす。ブラックキャットは実際には朝の登校時から既に、涼子に気づかれる事なく彼女の護衛についていたため、ここに彼女がいる事は何も偶然ではない。
そして今日、涼子がこの場所を訪れた理由も、このブラックキャットに呼ばれたからに他ならない。
「それじゃ、今日から早速始めるから、よろしく」
「は、はいっ、こちらこそお願いします」
……それからおよそ30分後、空き会議室の一つで椅子に座る涼子。隣の席にはソフィアの姿。少し眠そうだ。会議室の前面のモニターでは涼子のための教育映像が流されており、その傍らに黒スーツのブラックキャットが立つ。
『――では、超能力者になると普通の人とどのような事が変わるのでしょうか? ここに佐藤 ユウ君という一人の平凡な少年が居ます。この少年のケースを見てみましょう!』
少しばかり古めかしい教育用DVDから流れる映像と男性のナレーションが会議室を支配している。
『ユウくんは都内の学校に通う高校生です。彼は勉強は得意でしたが病気がちでスポーツは苦手でした。しかしそんな彼の人生に転機が訪れます。彼が夏休み、ご先祖様へのお墓参りに行った夜の日の事でした。枕元に彼のご先祖様を名乗る男が現れ「旅立ちの時だ」と伝えに来る不思議な夢を見たのです。
その変な夢を見た日からユウくんは特殊な才能を手に入れました。一体何が起こったのでしょう?』
ナレーションは続く
『ユウくんは二つの贈り物を手に入れました。一つは超越者、またはオーバーマン……簡単に言えば
モニターに映し出されるアニメーション。等身をデフォルメされたアニメキャラクターがコミカルに動いている。
(そういえば、最近アニメ見てないなあ……)
涼子はアニメを割と見る方だったが、最近アニメを見ていない事をふと思い出した。
(試験終わったら続き見よっかな……)
『超人としての強靭な体を手に入れたユウくんでしたが、ユウくんにはもう一つ受け取った贈り物がありました……超能力……つまりサイキックです! 彼は強い肉体を手に入れただけでなく、直接手に触れずとも、車やバイクなどを持ち上げる事の出来る「念動力」の才能に目覚めました!
やがてユウくんは自らのこの特別な才能を生かそうと、紛争地や災害のある場所に赴いては人命救助を行うヒーローになりました!
一般の人は超能力の存在を正しく認知することができませんが、それでも自分たちがユウくんに助けられた事は覚えていたので、皆は末永く彼に感謝しました』
モニターにはアニメキャラクターのユウくんが車やガレキを持ち上げて人々を助けるシーンが映し出されている。図解程度の極めて簡素なアニメーションで、普段涼子が見ているアニメのような面白さはないが、それでも涼子はまじまじと映像を見た。
『神々の力を操る超身体能力と、知恵を操る超能力。両方を持つ人も居れば片方しか持たない人もいます。そしてどちらも持たない人はもっと沢山います。ですが忘れてはいけません! 神の力を持つ持たずに限らず、あなたたちの全てには素晴らしい可能性と価値があります!
超能力を知る事で、世界をもっと良いものにしましょう! 第一回はここまで、第二回は超能力者と一般人の認識の違いについて解説します。それでは皆さん、良い未来を!』
映像が暗転し、エンドロールに移った所でブラックキャットが映像の終了ボタンを押した。
「……まあ、触りはこんな所ね。バカみたいな内容の教育ビデオに思うかもしれないけど、内容は覚えておくようにね」
「は、はい」
「あ、もう終わり? それじゃ次行こっか?」
涼子の隣でうつらうつらとしていたソフィアがパチりと目を開き微笑んだ。
「次、ですか?」
涼子が尋ねる。
「そうよ。今のは座学。演習もしないとダメに決まってるでしょ」
ブラックキャットは答えた。
☘
ビデオ視聴による座学を終えた涼子が次に案内されたのは、ハンムラビ関東横浜支部の地下シェルター内にある訓練スペースの一つだった。小学校の体育館ほどの広さはないが、それでも彼女の通っている空手道場よりはずっと広く、壁一面に白い衝撃吸収材が張り付けられている。
「来たか。あのビデオは見たか?」
パイプ椅子に座り三人を出迎えたのはファイアストームだった。SFモノのフィクションにでも出てきそうなピッチリとしたグレーと白の戦闘用タイツスーツをシャツ代わりに着用し、その上に私服のカーゴパンツを履いている。
「ユウくんのやつでしょ。涼子ちゃんと一緒に見て来た」
ソフィアもレイと同様のスーツを色違いで着用している。彼女も下には市販のスポーツ用のジャージを着用している。
「ああ。今の教育ビデオ、前のヤツより見やすくなってるよな」
「私知らない」
「私も。貴方がこの中で一番の古株だから。どんなのだったの?」
ブラックキャットが尋ねた。彼女も戦闘用の黒いキャットスーツに着替えている。
「ジョンっていう戦争帰還兵の話で、サイキッカーになったせいで社会になじめなくなった男が、新しい生き方を見つけていくまでのビデオだった」
「暗そう」
概要を聞いたソフィアが率直な感想を吐いた。
「ナイトフォールと一緒に見たっけな……。茨城さんは」
「まだ着替えてるんじゃないかな……あ、来たよ」
「お待たせしました」
涼子が遅れてその姿を見せた。彼女の服装はこの間の学用品と一緒に送られてきた新品の運動シューズ。そして上から下まで緑一色のジャージ。……彼女の高校の指定ジャージだ。
「懐かしいわね……」
彼女の服装に対してか、あるいはジャージの余りある地味さに対してか、ブラックキャットはその目を細めた。
EPISODE「ガナフライ・ミー? ACT:2」へ続く。
===
☘TIPS:世界観【検閲済】
ファイアストーム、ソフィア、フラット、ブラックキャット、リトルデビル……この者たちの中で一番戦歴の長いベテランはファイアストームですが、一番年上の人物は…………。
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