ズット・フレンド・フォーエバー ACT:4


EPISODE 066 「ZUTTO FRIEND FOREVER ACT:4」




 涼子がエレベーター付近のベンチに腰かけていると、やがてソフィアとの会話を終えたレイが病室から退出してきた。彼は涼子の近くまで歩いてくると、彼女を見据え、こう問いかけた。


「ソフィアと話した。……この先には地獄しかないぞ。それでも、来るんだな」

 レイがエレベーターのボタンを押す。


「……私は……」

「その気ならば、後で着替えて会議室まで来るように」

 エレベーターが到着すると、レイはもう一言付け加える。

「それと、ソフィアが話したがっている。……彼女と話してやってくれ」

 伝え終えると、レイはそのままエレベーターに乗り込み、その姿を消した。


 レイが居なくなると、涼子もまた立ち上がった。




「あの……わたしです」

『涼子ちゃん? 入ってきて』

 涼子は扉をノックすると、ソフィアはドローンで返事する。病室に入室すると、ふわふわと宙に漂う卵型のドローンが涼子を出迎えた。


『ごめんね、今こんな状態だから、ドローンの方でしかお話できなくて』

「いえ、あの、ソフィアさん」

『いいの、お互いもう沢山謝ったから、もう、やめよ』

「うん……」

 涼子は頷き、さきほどまでレイの座っていた椅子へとその腰を降ろす。


『涼子ちゃん、怪我は大丈夫?』


「うん、大丈夫。打撲とかすり傷がほとんどで、骨は問題ないって、お医者さんが」

『そう、良かった……』


「あの、ソフィアさんは……」

『大丈夫、心配しないで。良いお医者さんが沢山いるし、祈り手の人達がお祈りしてくれるから、私の身体でもすぐ治るから』


 ハンムラビは科学と魔術、その両方の分野において高いテクノロジーを保有している。特に医療技術と併用して行う、祈り手たちによる治癒祈祷は、超能力者サイキッカーの持つ回復能力の多くが自己治癒に特化し、その数も非常に限られている中で、組織の軍事行動を支え。欠かす事のできない兵站の一つだ。



「本当……?」

『ホント、だから平気』

 医療用酸素マスクをつけたままのソフィアが、強がって無理にその笑みを作る。もう「ごめんなさい」とは言わなかったが、涼子は罪悪感をまだ拭い切れなかった。



『涼子ちゃん、もう少しだけ、ここにいて欲しいな』

「うん」


『……でも、行っちゃうんだよね』

 ふいに、ソフィアが寂しげな表情を見せた。


「ごめんなさ……」

 謝ろうとした涼子の鼻に、ドローンが触手をペタりとくっつけて、彼女の謝罪を制した。


『いいの。あなたは行かなくちゃいけないんだと思うの。でも一つだけ約束して欲しい事があるの』

「なんですか……?」

 するとソフィアは言った。

『絶対に無事に帰ってきて。レイも、そして涼子ちゃんも』

「うん、ソフィアさん……ありがとう」


 ふう、とソフィアが酸素マスクの中へと息を吐き出す。そしてこう切り出す。

『ねえ涼子ちゃん。昨日の話の続きなんだけど……』

「うん」


『涼子ちゃん。私、涼子ちゃんに怖い思いさせちゃって、ひどくいじわるもしちゃったけど……わたしのこと、まだ「友達」って、呼んでくれるのかな……』


 すると涼子は迷わずこのように即答した。

「ソフィアさんは友達だよ」

『ホント……?』


「ほんと! ソフィアさんいつも優しいし、沢山気にかけてくれるし、アニメや音楽の話も沢山して……私の大事な友達だよ」

 そして、ソフィアの擦りむいた手を両手でそっと握りしめ、自身の気持ちを伝えた。

「レナちゃんの事は凄く大切だけど……ソフィアさんも同じぐらい大切な友達だよ。私、中学まではあんまり出来なかったから……ソフィアさんのしてくれる事、いつも嬉しい。いつも私と仲良くしてくれてありがとう」

『ありがとう、ウレシイ』


『仲直り、しよ』

 ソフィアがその小指を立てて言う。

「うん」

 涼子も小指を立て、ソフィアの小指と結び合わせる。


『これからも友達でいようね』

「うん」

『ずっとだよ』

「うん、ずっと」

 涼子は頷いた。


 そしてソフィアは、念を押すように言った。

『だから涼子ちゃんは、無事に帰って来ないとダメなんだよ。まだ私達、仲良くなり始めたばっかりなんだから』

「うん、私、必ず帰って来るから……待っててね、ソフィアさん」

 涼子はその表情から迷いを捨て去り、真っすぐにソフィアを見つめて答えた。



『うん。こういうの……なんて言うんだっけ?』

「?」

『「ずっと友達って」意味のやつ、なんていうか忘れちゃった』

 ソフィアがふいに尋ねる。目覚めたばかりの彼女はまだその頭がボウっとしていて、うまくその言葉を思い出せない。


「”ズっ友”?」

 涼子はソフィアに代わって、その失念した言葉を言い当てて見せる。


『それ! わたしたち、ズっ友でいようね』

「うん、ズっ友」

 二人は互いにその友情を誓い合う。


 ずっと友達、という言葉を略して用いる”ズっ友”という言葉。ついこの間、まだ涼子の世界が平和だった頃はよく使っていた言葉だった。

 久しぶりに使うその言葉はどこか懐かしく、それでいて、心地の良い言葉だった。



…… ☘



 レイは一人、暗い霧の道を歩いていた。



「どうしてこんな事を」

 レイの足が止まる。耳に届いたのは、自分自身の声。横を向くと、霧に覆われた二つのシルエットが向かい合っている。弓を引き構えた女性の影と、銃を構え対峙する男の影……。


「ごめんなさいストームさま……あなたを裏切ってしまった……許されない事をしたことを、自分でわかっています……。でも、こうしなきゃいけない」

「やめるんだロビン! まだ間に合う!」

「もう遅いの!!」

 女性の影が、弓の弦から手を離した。矢が放たれる。


 ――思い出したくない。でも全てを忘れる訳にはいかない。もう10年以上前の出来事。





 霧が深まり、影は見えなくなる。レイは前に進む。新たな声が聞こえてきた。先ほどとは違う女性と、自分自身の話す声がレイの耳に届いた。


 二人のシルエットを横に、レイは霧の中を進む。



「ねえレイ、あなたは私の事、どう思ってる?」

「それは――あなたが私をどう思うかによる」


「私? 私はレイの事を、ずっとここまでやってきた、最高の戦友だと思っている」

 女性の影は答えた。

「あなたはどう?」


「俺は……ミカさんの事を、戦士としても、友人としても、一人の人間としても、君を心から尊敬している」

「じゃあ、同じだね」


 二人のシルエットがぼやけて霧の中に溶けた。

 また別の方向から、同じ二人の話し声が耳に届く。反対側に浮かぶ男女の影のシルエット。




「ねえレイ、話があるんだけど……」

「それは……この戦争の事か……?」

「ううん、友達として、個人的な話なんだけど……いいかな」

「もちろん。何でも聞くよ」


 それはいつの日かの、レイと彼の戦友、ミカとの会話だった。

「あんね、実はね……わたし結婚、しようと思うのよ」

 ミカの影は、小男の影に向けて言った。


「相手はこの世界の人間か?」

「ううん、ぜんぜん普通の人だけど」

「そうか! 良かったじゃないか!」


「うん。こんな時期に報告するのもアレなんだけど……」

「なぜ? 君が結婚すると聞いて、俺は自分の事のように嬉しい」

 影の男は嬉しそうに言う。その横を歩むレイも、霧の中で鼻を鳴らし、微かにその表情をほころばせる。


 ――――あの会話は、終戦の近い時期の事だった。思い出せなくなってしまった出来事もいくつかある中で、このやり取りは、そしてその時の気持ちも、今なお鮮明に思い出すことが出来る。



「ありがとう! レイならそう言ってくれるんじゃないかって」

「友よ、当たり前だろう。ミカさん」

 影の男は言う。

「……わかってるとは思うけど、これから俺たちは西へ侵攻に出るだろう」

「うん、だろうね」


 男の影は、険しい口調で女性に語る。

「本部撤退戦を越える、戦略クラスのサイキッカーを互いに全て投入して行う最悪の殺し合いになる。戦術核の報復使用すら検討されてる……最悪、京都府そのものが地図から消滅するかもしれない。ミカさん、今がこの戦争から離れる最後のチャンスだ。サイキッカー:シールドメイデンはその名を捨て、今すぐ引退しろ」

「レイ……」



 レイは霧を振り払い進む。すると霧を抜け、彼の景色に現実の景色が戻って来る。右腕にはめた時計をチラりと見る。ハンムラビ地上オフィスの会議室の一つ、その前に彼は立っている。ここは涼子の座学講習で何度も使った場所、彼女が一人で来れる場所のはずだ。



(友よ……)

 彼はこの世界を離れた戦友、シールドメイデンの事を考えた。彼女は殺しを捨て、争いを捨て、一人の女性へと戻った。生まれた彼女の子供は元気に過ごしているだろうか、男の子が一人、そろそろ幼稚園に上がる年頃ではないだろうか。


 戦友がこの世界を去った事で、互いに生きる場所が変わってしまった。だがそれは喜ばしい事だ。遠く離れ、もはや会う事がなくなったとしても、彼女への敬意は変わらない。

 彼女が組織を去ってもレイは一人戦い続ける事を選んだ。その時には既に病み衰えていた自身こそが、戦いを続ける事の最も困難な状態の人物であったにも関わらず、だ。


 ピークをとうに過ぎみっともなくしがみつき続ける自分に何が出来るだろうか、シールドメイデンや、ソフィアや、涼子の期待に、気持ちに、応える事が果たして出来るだろうか。



 ――いや、ソフィアは言っていた。涼子は、止まったり、引き返してはいけない人なのだと。自分もそうだ。もはや立ち止まれない、引き返す事も叶わない。自分も腹をくくらなければならない。


 敵がどこに隠れていても、敵がどんな能力ちからを持っていても、どんな武器を持っていても、誰がそいつの味方でも


 そいつが倒すべき存在なら、滅ぼすべき障壁であるのなら、

 必ずそいつらを追いつめ、逃げ場を奪い、足を潰し、手を潰し、心臓を潰し、頭を潰し。




 ――――そう、必ず抹殺する。



(ミカさん、俺は戦い続けるよ。俺の魂がやがて雨に呑まれ尽きるその瞬間ときまで……)


 レイは決意と共に気を引き締める。やがて、制服姿に着替えた涼子がツカツカと向かって来た。

「来たか」

 レイが少女を見据えた。





第六節【太陽は闇に輝く】 編 最終シナリオ

【すべてはこの日のために】へ続く。

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