ズット・フレンド・フォーエバー ACT:3


EPISODE 065 「ZUTTO FRIEND FOREVER ACT:3」




 23日の夕方、TUSKを率いるビーストヘッド・プロモーションの一方的に突き付けた招待状の記載時刻まで、その猶予は24時間を切った。それに向けた作戦の最終調整までの猶予はもっと少ない。しかしまだ、ソフィアの意識が戻ったという報告は入っていなかった。


 レイが病室の扉をまたぎ、足を踏み入れる。彼の目元のくまは普段より濃ゆくなっており、顎には無精髭が伸び、剃られていない。


 一応今回の一件は「訓練中の予期せぬ事故」という事で押し通したものの、外への対応で多忙な状況で、更に内部の事まで内々に処理を迫られたレイの疲労と心労は、そのまま彼の顔へと浮き出ていた。



 病室内のソフィアはというと、未だに医療用酸素マスクをつけ、その眠りについたままだった。彼女のベッドの周りには、老若男女バラバラの白装束を着た人物が何人も集まり、ソフィアに向かってその祈りを捧げている。


「ああ、ファイアストームさん、これからお呼びしようかという所でした」

 祈りを捧げる白装束の者たちの中、一人の老女が立ち上がり、レイの方を向いた。その人は稲毛 セツ。ハンムラビが抱える貴重な高位の祈り手の一人である。


「稲毛さん、彼女の意識は」

 レイがベッド上のソフィアを見て尋ねた。


「戻っては来ています。間もなくだと思います」

 セツは答える。彼ら組織の祈り手たちは今、その貴重なリソースを動員してソフィアの治癒祈祷ちゆきとうに力を注いでいる。


 ボウルの上に置かれたソフィアのサイキックドローンはそのままだった。だが、時折一瞬だけ、非常に弱々しいオレンジの光を放とうとする瞬間があった。祈祷の甲斐あってソフィアの意識は回復へと向かっているようだった。



「……ローズベリーの方はどうですか」

 次に、レイはローズベリーの状態を尋ねた。


 するとセツは……

「彼女なら平気です。さきほど、こちらへいらっしゃると……」

 セツが言い終えかけた時、カツ、カツと小さな足音と共に、レイの後ろから涼子がその姿を現した。


「あっ……」

 レイの背中を見た涼子が、小さく声をあげる。レイは背後の涼子を一瞥いちべつして一言

「怪我は平気か」

 と聞いた。


「えっと……はい」

 涼子は非常に遠慮がちに頷き、肯定する。平気とは言うものの、彼女は薄水色の病院着に身を包み、腕には紫のアザができ、顎と頬にはガーゼが張られている。その病院着の内側にも、肩には包帯が巻かれていた。



「あの」

「謝らなくていい」

 レイが涼子の言葉をあらかじめ制した。

「はい……」



 その時、ペッド上のソフィアの指が微かに動いた。

「ソフィア」

 レイが祈り手の女性を乗り越え、彼女の名を呼んだ。彼の呼びかけに応じるかのように、ソフィアがゆっくりとその目を開く。同時に、ボウル上のドローンが軽快な起動音を鳴らし、オレンジの光をその中心に灯す。


『ここは……』

 ソフィアはドローンの目と耳を使って周囲の情報を得る。ベッド上で横になった自身の姿が真っ先に目に入った。


「医療区画だ」

『ああ……そっか……私……』

 ソフィアは自身の記憶を振り返り、悲嘆の声を漏らす。


「すみません、祈り手の皆さま、ソフィアを助けて頂いてこのような事を言うのは大変申し訳ないのですが……」

 レイが祈り手たちへ向かって跪き、恐縮して言おうとすると、セツが集団の代表として

「いえいえ。みなさん、休憩にしましょう」

 と、彼に皆までを言わせることなく、病室から自主的な退出を行い始めた。


「すみません、本当にご迷惑を……」

 レイは祈り手の人々と、セツに深く頭を下げる。涼子もまた、セツたちに深く頭を下げた。


「いいえ、私達がお役に立つ時は、いつでも声をかけてください」

「ありがとうございます」

 他の祈り手が皆退出し、最後に残ったセツはその老いた顔に優しい笑みを浮かべ、病室を後にした。


「すまない茨城さん、君も少し……外してくれるか」

 そしてレイは、涼子にもその退出を一時促す。

「はい」

 涼子は頷き、彼女も病室の外に出る。



 スライドドアが閉まり、病室はレイと、ソフィアの二人きりになった。

「……ソフィア、お前のやった事の検討はついている」

 レイはパイプ椅子をベッドのすぐ横まで引っ張り出し腰かけると、ベッド上のソフィアに問い詰める。

「あの子の高次元自己存在ハイアーセルフの召喚を試みたな、それも単独で」


『あの……ごめんなさい……』

「危険だからダメだと言っただろう」

 レイは眉間にしわを寄せ、ベッド上のソフィアを見つめている。


『ごめんなさい……怒ってる……よね』

「怒ってる」


 レイがそう言うと、ソフィアは黙ってしまった。

『……』

 レイが左手をかざすと、ソフィアは目を瞑る。自身の独断行動で彼に迷惑をかけてしまった。作戦の足を引っ張って、予定を狂わせてしまった。


 処刑とは、暗殺とは、すなわち人の命、生殺与奪をその手で管理するシビアな仕事だ。レイに叩かれたとしても文句を言えない。それに、どちらかと言えば平手の一つでも入れて欲しい、自分を罰して欲しい。ソフィアは内心そのように思っていた。


 だが、ソフィアが目を瞑っていると、レイは彼女の額の髪をかきあげ、もう片手でハンカチを取り出すと、彼女の額の汗をそっとぬぐった。


 そして呟いた。

「お前にもしもの事があったらどうするんだ……」


『殴って……』

 そんな光景からソフィアのドローンは目を背けて、自身への懲罰を懇願する。


「怪我人をか?」

『悪い事した人を』

「断る」

『どうして』


「ここまで二人でやってきた事なのに、お前一人の責任にするのは愚か者の考えだからだ」

 問われたレイは答える。

「非合理的な懲罰、責任転嫁……そういうのは、地上にもう十分溢れている。そんなものは沢山だと思うから俺はこの殺人しごとを続けているし、お前にはそうしたくない。メイクス・センス(理解したか)?」


『……メイクス・センス(わかりました)。ホントに、ごめんなさい……』


「俺だって謝らなきゃいけない。お前がそこまで思いつめているのに、気づいてやれなかった。もっとこの問題について話し合うべきだった。ソフィア……お前に苦労をかけた」


 レイはそう言って、ソフィアの頭をそっと撫でる。すると、彼女の頬を涙が伝った。

『レイ……優しいね……』


暗殺者アサシンの俺には冷たい血が流れている。優しさなど、持ち合わせてはいない」

 レイはソフィアの涙をぬぐうと、感情を殺して答える。だがソフィアはさらに言葉を返した。

『あなたが、あなたの良さに気付けていないだけ』


 するとレイは軽い溜息をついて、困惑の表情を作った。

「シールドメイデンみたいな事を言うんじゃない」

『言うよ何度でも……引退しちゃったミカさんの代わりに』

「……」


 レイにはまるで目の前にいる女性ソフィアが、かつて共に戦場で戦い、そして戦いを棄て、一人の母親として生きていく事を選んだ戦友とも、当時のコードネームを【盾の乙女(シールドメイデン)】。その人と向かい合って話しているような気分になった。


 シールドメイデン……村主すぐり ミカは、孤独な人生を歩み続け、組織でも長い間孤立していたレイの数少ない、真の理解者と云える人だった。

 そしてその友情の気持ちは、お互い生きる世界が変わり、遠く離れた今も変わる事はない。



『ねえ、レイ』

「なんだ」


 レイが応えると、ソフィアは話題を切りだした。

『涼子ちゃんを、作戦に連れて行ってあげて』


「それがどういう事かは、判っているな」

 レイは再び、険しい表情でソフィアを見た。


『当然。危ないのはわかってる。だけど……あの子と戦ってわかったの。あの子が悲しい出来事を乗り越えていくために、あの子は立ち止まったり、引き返しちゃいけないんだって……」


「……」

 ソフィアの意見に対し、レイは何と言うべきかわからなかった。ソフィアの口にする言葉は、レイ自身の境遇に当てはめることもできる言葉で、肯定するにも、否定するにも、適切な返答の言葉を見つけられなかった。



 複雑な表情をみせ黙っているレイに、ソフィアは擦りむいた指を伸ばし、レイに触れようとする。


『……大丈夫。暗殺者アサシンファイアストームは最強のヒーロー。どんなに危険でも、あなたなら不可能を可能にしてくれる』


 レイはソフィアの手を取る。それはレイ自身の左手と違って、血の通った温かい手。しかし彼の左手はもう、その温もりを感じる事ができない……。


「買いかぶりすぎだ。俺はヒーローじゃない。ただの人殺しに過ぎない」

 そしてレイは深い溜め息をつき、言う。


「それに、俺はもうピークを過ぎ、病み、そして衰えた……もう、かつてのように戦う事さえできない……知っているんだろう、俺の病気の事を」


 レイはまだ30半ばと、戦闘サイキッカーとしては若い年齢であるが、耐えがたいトラウマにその精神を蝕まれ、日々深刻化する病状に抗い切る事ができず、豊富な経験と超越者オーバーマンとしての超身体能力スーパーフィジカル、そして卓越した体術をフル活用することによって超能力サイキックの衰えをカバーしているものの、最も強力だった時期の7割程度にまで、現在のレイのサイキックはその最大出力マックスパワーが落ち込んでしまっている。


 その精神状態は超能力サイキックの制御にも悪影響を及ぼし、”出力の不安定化”という、出力パワーの低下よりも致命的クリティカルな問題を彼にいた。


 ――主な症状は、生成銃弾の作動不良、生成銃弾が弾詰まり(ジャム)を代表とする銃本体の故障を引き起こす確率の上昇。さらにホーミング能力の低下、生成爆発物の不発率までも増加した。


 特に爆破能力の不安定化がもっとも深刻で、その制御は困難になった。戦いの最中の爆発物の誤作動と不発は生死に関わる致命的欠陥であるため、爆破能力の方は使用そのものを躊躇ためらい、極力、銃撃能力のみで戦うようになった。


 そしてその衰えが彼の心を毎夜苦しめ、さらに悪循環を作り出す。それは雨の中懸命に燃え、目的を果たそうと足掻くものの、より強く激しい雨と風にさらされ、日々弱まっていく彼の命の灯火のようだった。




『……うん。何があったかすべては知らないけど、レイがとても苦しんでいるのは、わたし、わかってるよ』

 レイのすべてを知っているわけではない。出会う前の彼の事はよくわからない。だが、彼の心が緩やかな死に向かっている事には彼女も気づいている。

 今では、死にゆく彼の心を、なんとか引き戻したいとソフィアは心の底から願っている。


「なら……」『ミカさんは』

 ソフィアがレイの言葉を遮った。そして、そのまま続けた。


『ミカさんはね、引退する前に言ってたよ。「レイの火は消えてなんかいない。つらくても、かなしくても、いつか必ず変われる。レイのしてきた事は、レイの積み重ねてきた事は無駄じゃないって、自分でわかる日が必ず来る」って……』


 ソフィアは、レイが恐らく、自身を差し置いてさえ、この世で最も信頼するであろう女性ひとからその言葉を借りた。シールドメイデン、彼女は戦いを離れて久しく、今はもうレイの傍につくことができない。だが戦いを去っても尚、彼女の言葉はレイとソフィアの心に残り、レイの精神を繋ぎとめている。


 そして、ソフィアは自分自身の言葉で、こう頼み込んだ。

『だから……お願い。あの子の頭上の雨雲と暗闇を……あなたが一緒に打ち破ってあげて』

「…………」


 レイが返事できずにいると、酸素マスクをつけたソフィア本体が、口をぱくぱくとさせ、声にならない声をあげようとする。


 レイは彼女の唇の動きを読んだ。「オ・ネ・ガ・イ」ソフィアはそう言いたがっていた。ソフィアがレイの頬に手を伸ばそうとする……届かない…………。


 死神の黒腕は彼女の手首を優しく掴み、生身の右手で彼女の手を、もう一度握った。


「…………わかった。だから……よく休んでくれ」

『ありがとう……』

 ソフィアが口をぱくぱくとさせながら、喋れない本体自身の代わりに、ドローンにその声を出させた。


「……茨城さんを、呼んでこようか」

『うん、お願い』

 ベッド上のソフィアが微かに頷く。



 レイは席を立ちあがり、病室を後にしようとする。

『レイ』

 扉に手を触れようとするレイを、ソフィアのドローンが呼び止めた。彼は振り向かずにその場で立ち止まる。


 ソフィアは、彼に向けて言った。

『いつか、あなたにとってのすべてが終わったら……あなたの歩いてきた道の事、もっと教えて欲しい』


 レイはそのまま少し立ち止まると

「……また来る」

 とだけ言い残し、応えることなく病室を後にした。





EPISODE「ZUTTO FRIEND FOREVER ACT:4」へ続く。

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