ズット・フレンド・フォーエバー ACT:2
EPISODE 064 「ZUTTO FRIEND FOREVER ACT:2」
――坂本 レイが訓練室に駆け込んだのは少し遅れての事だった。偵察任務からの帰還後、電話でソフィアを呼び出しても応答の一切がなかった。彼をここまで導いたのは、そのせいあってだ。
ソフィアの姿を探していると、兵器・工学科へ向かったという話を職員の一人から聞けたので、兵工科の石黒のもとまで行って直接問い合わせると、ソフィアの手によって彼女専用のノーザンヘイト・レプリカ【ブルーバード】と、ローズベリー専用装備のいくつか、それと何点か武器の持ち出しがあった事を証言してくれた。
上級職員権限で石黒に武器の持ち出し記録を提出させると閃光手榴弾、訓練用を含むマチェット二振り、拳銃三丁、それと対応する弾薬の持ち出しが確かに記録されていた。
ソフィア専用
ハロウィンやクリスマスになるとソフィアが着て遊んだりする程度の
そしてこの、単なる射撃練習にしては過剰な持ち出し武器の数……あまりに嫌な予感がした。
レイは真っ先に二人の外出確認と、各訓練場の使用状況の確認を行った。そして、訓練場の一つがソフィアによって貸し出されている事を確認すると、レイは廊下を走った。
レイが訓練室の第一ロックを銃撃で破壊し、開きっぱなしだった第二ロックを開いて訓練場の中に踏み入った時には、もう全てが終わっていた。
薄暗い地下訓練室。破損した【ブルーバード】のヘルメットが地面に転がり、傷つき倒れたソフィアを涼子が抱きかかえ……その助けを求めていた。
レイはすぐに内線で医療班を呼び、負傷した二人を医療区画へと運び込ませ…………
…… ☘
「レイくん、どうしたの」
いつの間にかレイは、女性物の白い日傘を抱えたまま、木製の黒いカフェチェアに腰かけていた。
「……いや、なんでもない。少し、考え事」
レイは返事し、前を見る。
小さなポーチを膝に抱え、落ち着きのある白い衣服を着た女性のマネキンが微動だにせず、丸テーブルを挟んだ向かいのカフェチェアに座っていた。
カフェテラスの屋内に静かでスローペースなピアノソロの曲が流れる。エディット・ピアフの愛の賛歌(イムヌ・ア・ラムール)……何度この歌手の、この古い曲を聴いただろう……。でも、何度も何度も、繰り返し不思議と聴いてしまう……。
「疲れてる? 働きすぎなんじゃないの」
「いや、平気だよ」
レイは、マネキンの女性に向かって返事した。マネキンの顔にはモノクロ印刷された一枚のコピー用紙が釘で打ち付けられてある。
目元を黒線で隠されたモノクロの女性の笑顔の写真が、レイと向き合う。
「……いや、やっぱり働き過ぎかも。昨日も朝まで”仕事”だった」
「前にも言ったけどさー……、やっぱりお仕事変えた方がいいんじゃないかな。もっとさ、楽なお仕事とか……」
「そうだな……”将来”の事を考えたら……。何か資格でも取って、転職しようと思う」
カラン。テーブルのレイ側に置かれたアイスコーヒーの氷が音を立てた。
「ほんと? わたしね、レイくんは社会保険労務士なんていいと思う。社労士の人によく会うけど……あ、そういうヘンな意味じゃなくて、お仕事のパーティとかでね。それでその人、とても穏やかで良い感じのおじさんで、レイくんはああいう仕事をした方がいいんじゃないかなって思うの」
「社労士か……。学校には行かなかったから、学歴要件で俺はなれないんだ」
レイは腕を組んで答えると、口を「へ」の字に結ぶ。
「そう……じゃあー……
「行政書士?」
レイが聞き返す。
「うん。あれもだめなの?」
マネキンの女性に問われると、レイは腕を組んだまま思案し、自身の持つ知識と記憶を辿る。
「いや……あれは学歴不問で資格を取れたかもしれない。あとでよく調べてみるよ」
レイは色々と複雑な生い立ち、特殊な家庭事情、そしてその後のより一層複雑で争いに満ちた日々に揉まれる中で……きちんとした学校教育を受ける機会を逃してしまった。
……もともと偽造の戸籍。
だがレイは自身のことをその立場に見合う人間だと思ってはいなかったし、高校卒業以上の経歴は作らなかった。また、組織を抜けるというアイデアなのに、その組織の力を極力借りたくもなかった。
「うん、法律屋さん。行政書士なんか絶対レイくんに向いてるとおもう」
「法律? 俺みたいに学校にも行かずに過ごした俺が?」
レイはマネキンに向かって自嘲的に言ってみせる。すると、マネキンからこのように声が帰って来る。
「レイくん、ほんとはすごく頭良いんだし、大丈夫だよ」
弁護士を除外する4つの法律資格の内、社会保険労務士、税理士は確か学歴要件がある。司法書士も、建前とホンネ……学歴要件不問といいながらも、その表向きには記載されない実質的な学歴要件の壁がある。
では行政書士はというと……確か、そうだ、学歴要件がなく、勉強さえすれば最終学歴が高等教育止まりであろうと、中等教育止まりであろうと、現実的なハードルでその資格を取れた気がした。
(嗚呼……思い出した……)
あの頃は、本気で
だけど結局……ダメだった……。戦いを棄てるために取った法律資格も、探偵業に関連する資格も……結局俺は全て、戦いと殺人のための
レイがマネキンの女性から視線を逸らし、横を見た。壁一面を覆う巨大な水槽が近くにあり、その中を無数のカラフルな魚たちが泳いでいる。
「キレイ」
「ああ」
「来てよかったね、水族館」
「ああ……でも、こういう所、女の人と二人で来るのは初めてで……」
「ふふ、緊張してるんだ?」
「うん、まあ。……ヘンだな、普段の仕事より、ずっと緊張するよ」
レイが照れ笑いした。
レイがマネキンの女性を恥ずかしそうに見つめる。
「えっと……ミサキちゃん」
「なあに?」
「えっと……その……もしかして口紅、変えたりした?」
レイが尋ねると、マネキンの女性から「ふふふ」と笑い声が漏れる。
「うん。やっぱりわかるんだ。レイくんって凄い」
「そうかな」
「うん。だって細かい所もちゃんと見てる。なんていうかね、凄く鋭くて、研ぎ澄まされてるの」
「そ、そんなじゃないよ、俺は……」
恥ずかしくなってレイは思わず目を逸らす。すると突如、レイの表情から照れ笑いが消えた。水槽の更に上部にある、天井から釣り下がったテレビモニターが、彼の視界に入った。
東北を襲った震災被害の映像。1964の東京五輪の開催シーン。そして女性の声で流される「新しい栄光を東京に。ニッポンでオリンピックを」のナレーションと、2024年の五輪開催に向けた仮のロゴマーク……。
「……」
まだ、オリンピック招致を日本のどこで行うかさえ、意見がまとまりきっていなかった時期の、初期のオリンピック招致に向けた東京都の国内向けプロモーションCM……。
映像にノイズが混じった。魔術六芒星の星と、その中心に輝く暗黒の太陽の瞳の描かれた紋章が写し出される。
紋章を目にすると、レイはその目を見開いた。
――例えこの先どんな事があっても、この紋章を忘れる事はない。
店内に流れる静かなピアノの旋律が大きくその音を外し――演奏を止めた。
「……嗚呼……俺は、何を言ってるんだろうな……」
「急にどうしたの?」
するとレイはマネキンの女性の顔に張り付けられたモノクロの写真の、その唇に視線を合わせ、悲し気な表情を見せると……こう言った。
「……君の唇の形が、その色がどんなだったか……あの日の君の口紅が何色だったか……もう思い出す事もできないのに、口紅を変えたか、だなんて……」
「……」
「俺は……」
「新しい、新しい、あたらししししあたらしい。ニッポンに栄光を、栄光を、ニニニッポンに栄光を。トトトトトトトトトトトトト東京に…………東京に栄光を」
モニターの映像が更に乱れ、狂ったような不快なノイズ音をまき散らす。
――わたしたちの手に栄光を、もう一度
空襲警報のサイレン音が、水族館のカフェ内にけたたましく響いた。
同時にノイズだらけで、音の大きく外れた愛の賛歌(イムヌ・ア・ラムール)の不快な旋律が、サイレン音の裏で小さく流れる。
サイレンと混じった不愉快な旋律は、この世の地獄の苦しみと、その中にある慟哭を音色にしたかのような、聴くに堪えない音だった。
モニターに、そして巨大水槽に影となって写し出されるピラミッドのシルエット。その頂点に輝く太陽の瞳。
水槽の中の水が赤く染まった。魚たちがその泳ぎを止め、力なく水面へと浮かび上がってゆく……。
「それはあなたの罪の代償」
マネキンの女性が、急に無機質な声で言った。
「……そうか」
レイはその場で、力なく肩を落とす。
「あなたのせいよ」
「……そうかもしれない、いや、そうだ」
マネキンが椅子から立ち上がり、両手でレイの首を強く締める。
「あなたのせい」
「そうだ……俺が……」
レイはその力に抵抗しなかった。ただ、ただ、マネキンの顔代わりに釘で張られている、黒目線を引かれたモノクロの女性の写真を、とても悲し気に見つめていた。
「あなたさえいなければ、私は死ななかった」
呪 っ て や る 。
……
…………
「! ……ゲホッ、ゲホッ……」
レイが自らの首からその左手を離すと、ゴホゴホとむせた。
「またか……」
レイが右手で自らの喉を抑えながら、パイプ椅子の背もたれにその身を預けた。
暗い病室内で、レイが陰鬱な溜息を吐く。また、あの悪夢だ。
居眠りの最中に自分で自分の首を締めるなど……。それも、これが初めてではない。暗い病室内に灯るソフィアの
……ソフィアはまだ目を覚まさない。彼女の口には医療用酸素マスクが装着され、今も眠りについている。
卓上のボウルの上には、81の数字と、ハンムラビの紋章が刻印されたソフィア持ちのサイキックドローンが一つだけ。彼女のサイキックが
この事態も、彼女は想定済みだったのかもしれない。
しかしドローンは仮死状態とも言えるような動作停止状態のままで、ボウルの中から動き出すことはなかった。
幸い、ソフィアの命に別状はない。しかし、彼女の体内から戦闘薬物が検出された。最前線で戦う屈強な兵士であってもその副作用と反動にのたうち、悲鳴をあげるような代物だ。ソフィアの体力では一週間は、この反動から来る痛みに苦しまされる事だろう。
ソフィアの意識と彼女のサイキックドローンが回復しないのは、薬物だけのせいではあるまい。恐らく……そのサイキックを過剰に使いすぎたのだ。
自身の不在中に一体何が起こったのか、聞かなくともその検討は既についている。それでも、話さなければならない事が沢山ある。
出来れば今日中か、明日の午前までに目が覚めてくれたら良いのだが……。
こちら側を後手に回す事で、現場を混乱に貶める事は彼らの狙い通り。……最低でも回復に一週間以上。どう見積もっても明日の作戦に、ソフィアは間に合わない。
「ビーストヘッド・プロモーション……やられたな……」
レイは小さく舌打ちした。
大事な戦力、そして戦力以上に大事な人物が、彼らの引き起こした混乱のせいで、やられた。
獣の張り巡らした狡猾な罠は、既に組織と、死神たちに無視することのできない被害と、
EPISODE「ZUTTO FRIEND FOREVER ACT:3」へ続く。
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