ズット・フレンド・フォーエバー ACT:1


EPISODE 063 「ZUTTO FRIEND FOREVER ACT:1」




 戦いは決した。



 ソフィアは執念と積み重ねてきた努力の力によって、ローズベリー=ハイアーセルフのエーテルフィールドを破壊せしめる所まで追い詰めるも、最後の拳が届く事はなかった。


 最後にその拳を打ち込み、相手を下したのはローズベリーだった。




 壁際に立ち戦いを見守っていた青い瞳の影の女性たちが、わらわらと二人のもとへ集まって来た。



 その内の一人、「RAY」と書かれたハートを持った少女が歩み出ると、その場に跪き、そのハートをギュっと抱きしめる。


『マダ、シニタクナイ……』

 青い瞳の影はそう口にすると、「RAY」のハートを抱いたまま、ぽろぽろと泣き出してしまった。



「安心して、命は取らない。ハイアーセルフよ、下がりなさい。私はこの女性とまだ話すことがある」

 ローズベリー=ハイアーセルフは影の少女に向かって言うと、影の少女はコクリと頷いた。二人を取り囲む影の女性たちは後ろへと下がる。




「この戦いで私は多くを学んだ」

 ローズベリーが自身の拳によって下したソフィアを見下ろし、静かに言った。


「良かった……。それが狙いだったから」

 ソフィアはか細い声で言った。

「……ハイアーセルフは守護霊であっても神ではない。ゆえに、全能の存在にあらず……レイの受け売り。でも涼子ちゃんのためにも、あなたの能力の限界は把握しておいて……」


 ソフィアの訓戒くんかいに、ローズベリーは静かに頷いた。

「……教訓にするわ。それと、一つ聞かせて」

「……何」


「なぜ最後、銃を捨てたの」

「……弾切れ」

「いいえ、まだ弾が残っていたはず。あのまま撃っていれば私は負けていた」


 ローズベリー=ハイアーセルフはソフィアの嘘を見抜いた。二人の要る場所から離れて投げ出されたソフィアのP250のマガジン内には、まだ数発の弾丸が残されたままだった。


「……たら、れば、なんて無い。負けたのは私。私の決意が、涼子ちゃんのそれより弱かっただけ」

 ソフィアはあくまで冷静に振る舞った。


「他にも加減したでしょ。最後のこの弾丸、最初のよりも弱かった」


 ローズベリーは床に転がった水色の弾丸をソフィアの前に掲げた。それはソフィアが最後に装填したマガジンから放たれたもの。その水色弾丸の正体はゴム弾、暴徒鎮圧用などに加減された弾丸で、危険である事に変わりこそないものの、通常弾よりその殺傷力を遥かに抑えられている。


「……知らない」

 相手エーテルフィールドの減衰に合わせ、弾薬を弱いものへと切り替えていた事に対して、ソフィアは心の中に「それは加減ではない。単なる安全上の配慮」という言葉を浮かばせたが、もう言い返す体力さえなかった。



「ごめん、もう限界」

 会話を打ち切るかのように、ソフィアは能力サイキック行使の限界を告げる。それは即ち、ローズベリー=ハイアーセルフに対する強制送還の合図でもある。彼女の作りだした青い瞳の女性の幻影がひとつ、ひとつ、消えてゆく。


 そして地下訓練室の異形の星空が……消えた。


「そう。……また会いましょう」

 ローズベリー=ハイアーセルフはそう言い残すと、また主人格たる涼子の内深くへと沈んでいった。



 サイキックの行使によって変じていた白銀の色の髪とくれないの色の瞳がもとの色へと戻り、涼子はソフィアに覆いかぶさるようにして倒れ込む。




 ソフィアの蒼いノーザンヘイトの、破損をまぬれた右のアイカメラが白梅色へと戻った。白一色の天井と、天井に取り付けられた人工光が薄暗く二人を照らしている。もうそこには、異形の星空も、大きなオレンジ色の月も、輝いてはいなかった。



「あ……あ……ソフィア……さん、わたし……」

 ハイアーセルフが去り、涼子が肉体のコントロールを完全に取り戻すと、その顔を青くした。


「……ごめんね、涼子ちゃん」

 ソフィアは小さな声で涼子に詫びた。


「ソフィアさん、今すぐ私、助けを呼んで来るから……」

「まって、まだ行かないで……」

 立ちあがって助けを呼びにいこうとした涼子の手を、ソフィアが弱々しく掴み、引き止めた。


「ソフィアさん……」

「涼子ちゃん、私のお話、聞いてもらえるかな……」

「なんですか……?」


 ソフィアの蒼いノーザンヘイトのヘルメット後部が開き、隙間が空いた。ソフィアはヘルメットをその場に投げ捨ててから、その話を始めた。



「私のサイキックと身体はね……人工的に作られたの。子供の頃に魂だけを抜き取られて、作り物の記憶を持った、作りものの身体に、魂だけ詰め込まれて……。

 ……ある組織を支えるために作られた、サイキックドローンの生体管理ユニットとしての存在だったから、製造過程で戦闘能力を持てないように調整されてた……。だから、超越者オーバーマンにもなれなかった……」


 ソフィアは自身の過去を打ち明けた。それは人間ではなく、サイキックを道具として利用するための生体部品パーツとして創られた、暗い過去だった。



「私の相棒サイドキックのレイは凄い人よ。子供のころから20年間、ずっと前線で戦い続けてる。彼を国内最強のアサシンだっていう人も居る。私もそう信じてる。でもね……」


 ソフィアは大きく呼吸し、それを本当に言葉にして良いものかためらって……そして……


「だめなの……。彼、戦いで心を病んでいて……能力を使いすぎると自我が崩壊しちゃうって、お医者さんからも言われてて……、本当はアサシンを続けて良い状態からだじゃないの」



 それはファイアストーム、坂本 レイが抱える深刻な事情だった。戦歴の長さは彼の強さの表れであり、サイキック、体術、射撃能力、戦闘知識、判断力、どれをとっても非常に高い素養を身に着けた類まれなる優秀な戦士だ。


 だが……、それは彼の傷の多さの裏返しでもある。長い戦いは彼の心を限界まで傷つけた。

 非公式な医師の診断によれば重度のうつ病・重度のPTSD・パニック障害、加えてアルコール依存症、限定的な記憶障害、不眠症等も併発している。


 それでも彼の希望と、組織にとっても必要不可欠な戦力であることから彼は前線に立ちづけているものの、本来はもう、彼は戦える身体ではないのだ。



「……それでも彼も、涼子ちゃんと同じ。目的を果たそうと必死で、止まれないの。……彼のそれがどこにあるのか、私にもわからないけれど……」


 ぜえ、ぜえと苦し気に呼吸しながら、ソフィアは続ける。


「私はハンムラビ最弱のサイキッカー……涼子ちゃんに挑んだ所で、こうなるのは判ってた。だからせめて、あなたの生き残る確率が上がるように、あなたと、あなたの持ってる力の源……ハイアーセルフに、私の積み重ねてきた経験を託すの……」


 ソフィアは涼子をぎゅっと抱きしめた。これは誰も望まぬ悲しい戦いだった。だが、ソフィアが今日まで積み重ねてきたであろう多くの努力はこの一戦で、ローズベリーのハイアーセルフを通して聖火のように受け渡され、涼子の手元へと渡った。

 その灯火が、涼子の魂に熱をもたらしているのが彼女自身、実感できた。



「でも、あなたの力が本当は羨ましかったから、嫉妬で挑んだのも……本当はあるの。……私も涼子ちゃんみたいな力があれば、彼と並んで立って、彼をちゃんと、傍で……助けてあげられたかも、って……」

「ソフィアさん……私は……」


「涼子ちゃんがどうするかに関わらず……レイは一人でも敵の罠に飛びこむつもりでいる。物を頼める立場じゃないけど……涼子ちゃん、どうかお願い、彼の助けになってあげて。……無敵のアサシンに見える彼こそ……本当は助けが必要な人だから……」


「うん」

 ソフィアに抱きしめられながら、彼女の胸の中で涼子は頷いた。



「……ありがとう、そしてごめんね、涼子ちゃん」

 自身の胸の内をすべて正直に吐露し終えると、ソフィアは再び涼子へと謝罪した。 



「いえ、私こそ、ごめんなさい……。私、レナちゃんの事しかずっと頭に無くて……」

「それは仕方がないよ。だって、あなたの大切な友達だもの」


 すると涼子は身を起こし、彼女自身の素直な気持ちを口にした。

「でも……でも……ソフィアさんも、私の大事な友達なんです。それを……それを私、もう一人の私が出てきた時、あの人が代わりにソフィアさんをやっつけた後、大事な物を全部取り返してきてくれるんじゃないかって、途中から思い始めちゃって……」



 涼子は自分自身の心の弱さが恥ずかしかった。高次元自己存在ハイアーセルフはあくまで”自分の中にあるもう一つの自分”であって、自分そのものではないが、涼子の心の写し鏡ではある。



 自分の心の中には「友達から教わった空手があるから、困ってもそれで全て切り抜けられる」という気持ちが少しもなかっただろうか?


 ハイアーセルフが戦いだした時、ソフィアを説得できない自分に代わって、このままもう一人の自分が上手く事を収めてくれるんじゃないかと期待していなかっただろうか?


 麗菜の事を考えるのに夢中なあまり、悪い人たちの本当の狙いが今、生きている自分自身だという、一番恐ろしく一番危険な現状に、自分一人が目を背けていなかっただろうか?


 そして麗菜の事ばかりで、他の友達や、自分を助けてくれる周りの人達の意見から、自分は逃げていなかっただろうか?




 高次元自己存在ハイアーセルフ顕現けんげんによって、客観的な場所から写し鏡の向こうの自分を見た涼子は多くの自省と、自分の至らなさを感じ取っていた。



「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 そして、何度も、何度も、何度もソフィアに詫びた。


「私をまだ、友達って呼んでくれる……?」

 そんな涼子の頭を、ソフィアは優しく撫でると、遠慮がちに尋ねた。涼子はうん、うんと、何度もうなずいた。


「ありがとう、ウレシイ……」

 ソフィアは濃ゆい疲労の顔の中に安堵の笑みを浮かべた。涼子がソフィアの手を強く握る。ソフィアもまた、弱々しい力で握り返した。


 そしてソフィアは笑みを浮かべたまま、眠りに落ちるようにして気を失った。





 薄暗い光が地下訓練室の二人の女性を照らす夜、助けを求める涼子の叫びが虚しく響く。




 ――獣の張り巡らした罠が、少女と死神をからめとるその瞬間ときまで、既に48時間の猶予を切っていた。





EPISODE「ZUTTO FRIEND FOREVER ACT:2」へ続く。




===


☘TIPS:人物情報


☘ ローズベリー=ハイアーセルフ 

性別:女性(あくまで肉体の性別であり、人格としては両性)

所属勢力等:茨城 涼子


LIKE:???

DISLIKE:???


 ※ ハイアーセルフは一人につき一人の割り当てとは限らない事、加えて主人格の影響を受けて変化する不定形な存在だが、高速道路上の能力暴走以降に、ハンムラビの職員によって観測された存在を本項では扱う。



 茨城 涼子の心の奥深くに存在する高次元自己存在。彼女の親友、野原 麗菜の死をきっかけとして現在観測されるハイアーセルフの人格が形成されたと思われる。


 茨城 涼子の自尊心と孤独、恐怖を埋める存在であり、その人格には彼女の願望や、野原 麗菜の生前の人格の強い影響が見られる。


 彼女の自我存続の危機に際して形成された影響か、他のハイアーセルフにはなかなか見られない現世と主人格の行動に対する積極的な直接介入の性質が見受けられる。


 ハイアーセルフは主人格に対して非常に友好的なため、本体を害する事はないものの、涼子本人が抱える緊急トラブルに対する積極介入性と、独尊的性質が災いし、涼子の問題を実力行使によって無理やり解決しようと試みる傾向がある。

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