ソフィア・テイクス・アクション! ACT:4


EPISODE 062 「Sophia Takes Action ! ACT:4」




 ローズベリーに地面へと激しく叩きつけられ、機能を停止した卵型のドローンが、マチェットだけを残して光の塵となった……。



「やられた。……うっ……!」


 ドローンを破壊されたソフィアが舌打ちするも、突如その体調に異変をきたす。


「う……お、おええええっ……」

 ソフィアはヘルメットから防毒機構つきのマスク部分を展開させると、戦闘中にも関わらずローズベリーに背を向け、嘔吐した。戦闘に備えて食事を摂っていなかったソフィアは、空っぽの胃からゴボゴボと胃液のみを苦し気に吐く。




「その状態はあとどれぐらい持つの?」

 追撃しかけたローズベリーがその手を止め、ソフィアに訊いた。


「ハァ……ハァ……何の話」

「誤魔化しはいらない。この星空のことよ。あなたの能力ちからによってこの世のことわりが歪んでしまっている」



 ローズベリー=ハイアーセルフは空を指差した。ここは空無き地下空間だというのにその上空には異形の星空と大きな月が浮かんでいる。


 この世ならざる夜空を上空に作りだしたのはローズベリー=ハイアーセルフではない。となれば、それはソフィアの仕業に他ならなかった。



 ローズベリーは夜空に浮かぶ大きなオレンジ色の月を見る。


「この空がなければ、私は出てこれなかった。……初めから、涼子ちゃんじゃなくて私を召喚するのが目的だったのね」



 空の胃から胃液の全てを吐き出し終えたソフィアはうめき声をあげながらローズベリー=ハイアーセルフの話を聞き取る。揺らぐ視界と朦朧とする意識の中、なんとか呼吸を整え、タクティカルサスペンダーの脇ポケットから戦闘薬物のアンプルを取り出す。



「ハァ……ハァ……そうよ」

「私を呼べる確信があった?」

 ローズベリー=ハイアーセルフが質問すると、ソフィアは肩で大きく息をしながら、このように答えた。


「二度のあなたの戦いで、相当に主張の強い高次元自己存在ハイアーセルフが入ってる事は私とレイの間で確信があった。だから、条件さえ整えれば出てくるとは思ってた……。もっとも、レイは召喚に反対してたけど……」




 本来、高次元自己存在ハイアーセルフというのはサイキッカーでない普通の人であっても、潜在的には誰の心の中にもある存在である。あとは通常、瞑想や体外離脱によって本人がコンタクトを取る事を基本とする存在に対し、第三者がそれを呼び出すことが可能であるかだ。



 だが少なくとも、高速道路上での涼子の能力暴走の時点から、彼女の高次元自己存在ハイアーセルフがその暴走を手助けしていた可能性はレイによって指摘されていた。


 ならばその積極介入性から、閉鎖空間に影響を及ぼし、空間一帯を夢や魂の世界に近い環境に作り変えることさえすれば、そこの住民である高次元自己存在ハイアーセルフを召喚できる公算が非常に高いとソフィアは踏んでいた。




 そして、ソフィアは自身のサイキックの出力を暴走手前の状態まで引き出す事で、この異形の星空を作りだし、見事ローズベリーの高次元自己存在ハイアーセルフを召喚せしめたのである。


 もっとも、高速道路上の時点でその攻撃性と好戦性の高さが指摘されていたため、危険であるとしてレイはその召喚を行おうとしなかったが……。




「あとでどれぐらい怒られるかな……」

 ソフィアはレイの顔を思い浮かべた。彼がこの事態を知ったらどんな表情をするだろうか……。どれだけ怒るだろうか……。




「心得があったのね。でも、あなたのしている事は人間モータルの踏み込んで良い領域から半歩外れる行為。それを長時間続ければ、あなたは死ぬ」


 ローズベリー=ハイアーセルフは言った。ソフィアの体調悪化と、突然の嘔吐もこのせいだ。サイキックは人類に多くの力と可能性をもたらす一方、その使い加減を誤れば自身の破滅を招く。




「……まだ平気よ、もっとひどい人、知ってるから……」


 ソフィアは赤い薬剤の入ったアンプルを彼女の背後に接続されたドローンの触手に握らせる。そして、アンプルを首筋へと打ち込んだ。


 前線で活動する戦闘サイキッカーが緊急時に用いる戦闘薬物が彼女の身体に巡ってゆく。それは一時的に限界以上の力を兵士にもたらす代わりに、激しい痛みと反動を使用者にもたらす。



「アアアアッ……!!!」

 全身の骨に釘を打ち込まれるかのような激しい痛みにソフィアが悲鳴をあげた。ソフィアの執念は凄まじかったが、同時にそれは、あまりに痛々しく壮絶なものだった。

 その光景にローズベリー=ハイアーセルフさえも表情を思わず歪める。




「涼子ちゃんは、あなたに死んで欲しくない。私にあなたを殺さないでって言ってる。だから死なれたら困るのよ」



「シャット・イット……! 私はまだやれる……!」

 大きく息を吸い込んだ後、マスク部分を閉鎖したソフィアが最後の力で立ち上がり、ローズベリーと対峙した。



 ソフィアは既にその限界を超えて戦っている。ローズベリーもまた、度重なる銃撃のダメージによってエーテルフィールドを着実に減衰させられ、僅かながらダメージを受け始めている。


 そうでなくともソフィアが能力を完全に解除すれば、この世の住民でないローズベリー=ハイアーセルフは現実世界での表立った活動を制限され、また涼子の深層意識の底へと沈んでゆくことだろう。どちらにせよ、決着の時が近い事は明らかだった。




「なら今度は、私があなたを止める」

 ソフィアを無力化するべく、ローズベリーが仕掛けた!


 ジグザク走行しながら向かってくるローズベリーを、二機のドローンとソフィアが拳銃で迎え撃つ!

 ローズベリーは銃弾を掻い潜りソフィアに接近、ドローンの銃口がローズベリーを狙うが、その先にソフィア本人がいるため迂闊に撃つ事ができない……だがソフィアはドローンに引き金を引かせた!



「くっ!」

 ローズベリーの背中に銃弾が突き刺さり、彼女のコスチュームに穴を開ける。エーテルフィールドを展開しているローズベリーと違い、一歩間違えればソフィアの命を自ら奪いかねない極めて危険な攻撃である。狙いを外れた弾丸がソフィアの横をかすめていく。



 超越者オーバーマンであるか否かの差によって数倍にも及ぶ絶望的な身体能力差にも関わらず、ソフィアは前進し、自ら近接格闘に臨む!


 ローズベリーの怯んだ隙を狙ってソフィアが右ストレートを顎へと叩き込む! 更に連撃、ソフィアの拳が次々打ち込まれてゆく。


 ローズベリーが反撃、左の掌底を放つもソフィアが右拳でパリィ! 逆に左のカウンターをローズベリーに打ち込もうとする。ローズベリーは左手でこれを払い、そのまま裏拳でソフィアの頭部を薙ぐ! ソフィアの頭部ヘルメットの左カメラアイが破損しその光を失う。



 だがその被弾と同時、ソフィアの右アッパーがローズベリーの顎を捉えた。クロスカウンター! 双方がダメージでよろめく。ソフィアは危うく倒れ掛かるも、壁に手をつく事によって辛うじて立ち続ける。


「ハア……ハア……」

 ソフィアは壁から離れ、大きく肩で息をする。朦朧としながらも彼女はファイティングポーズを取り、ローズベリーと向き合った。




(おかしい、身体能力は私の方がずっと上のはず……)

 すべてが思い通りにいかない状況に、ローズベリー=ハイアーセルフは僅かに苛立ちを感じていた。



 エーテルフィールドがあるため打撃のダメージは極めて軽微。そして身体能力でも、反射神経でも、圧倒的にローズベリーがソフィアを上回っている筈……なのに、実際には圧倒できない。それ所か単純な技量では互角か、ローズベリーの方が若干分が悪いほどだ。


 一体なぜ、超能力サイキックが使えることを除けばただの人間でしかないソフィアが、ローズベリーと渡り合えるのか。



 秘密はもちろんあった。


 それは涼子と等しい期間、極めて強力な暗殺者であるファイアストーム指導のもと、ソフィアが厳しい訓練に耐え続けてきた事が要因の半分。そして残り半分は、ソフィアの脊椎と融合するようにその背後に張り付いたドローンのもたらす効果にある。


 戦闘能力らしい能力を基本能力として持たないドローンではあるが、全てがソフィア本人とは別に並列処理可能な個別の情報処理能力を持っている。


 ドローンを直接肉体と接続させることで、ソフィアは彼女の持つ情報処理能力を本体に上乗せする事ができる。


 ――その結果、反射神経では劣っていても、その情報処理能力によってローズベリーの思考速度を上回り、ローズベリーの次の行動を予測し、自身の行動の最適解を思考し続ける事によって、ローズベリーの超人的行動速度に対抗する事が叶うのである。



 もちろんその情報処理速度はオフィスワーク用であって戦闘行為の一切を本来想定していない。

 だが彼女は努力し、レイと共に知恵を振り絞り、一切の戦闘能力がなく、標準武装さえもない単なる偵察ドローンの操作能力であるにも関わらず、その能力をここまで昇華させたのである。




 よろめき離れたローズベリーが構え直すと、右腕から蔓を伸ばした。ソフィアはサイドステップで攻撃を躱す。


 ローズベリーは左腕から蔓を伸ばす。ソフィアは再びサイドステップで攻撃を回避する。その間も後ろからドローンがけん制射撃を行ってくるため、ローズベリーはそちらへの対応も迫られる。



 ローズベリーは再度右腕から蔓を伸ばす。ソフィアはサイドステップで回避。だがローズベリーの攻撃パターンが変じた。伸ばした蔓を縮めずに、そのまま横へと蔓の鞭を薙いだのである。




 ソフィアは身を屈め回避するも、ローズベリーの動きは止まらない。ローズベリーの腕から伸びた蔓から無数の鋭いトゲが生えると、彼女はその場で身体を一回転、いや二回転させた。


「!」

 ローズベリーの背後で彼女を狙うドローン二機への攻撃こそが本命か、二機のドローンが散開し回転攻撃から逃れる。


 二機のドローンが銃撃によって反撃。ローズベリーは側転回避しダブルバックフリップからのムーンサルト跳躍、上空から二機のドローンを狙おうとする。


 そこへソフィアがマチェット投擲、ローズベリーは空中から蹴りを放つと足から蔓を伸ばす。蔓でマチェットを絡めとると横向きで空中半回転し、そのまま後方へと刃を投げ飛ばした。反対側への壁へとマチェットが突き刺さる。


 超越者オーバーマンだけが為す事の可能な、その名の通り人間を超越したバケモノ的な動作と空中機動であり、常人の動体視力では満足にその動きを追う事さえできない。



「キディング!?」

 常識外の攻撃対処方法にソフィアが驚きの声をあげる。この戦いを通じて、ソフィアの手を学ぶ事で、ローズベリーの戦闘レベルが急激に上昇していることをソフィアは実感した。



 そしてローズベリーは空中で片手を突き出すと、真下のドローンめがけトゲ付きの蔓の鞭で薙ぎ払った。ドローンの一機が自ら盾となって犠牲になり、残り一機を逃す。



 ソフィアと共に残った一機のドローンが射撃! ソフィア側から伸びる白い光の線はローズベリーを外れるも、ドローン側の銃口から向けられる光の線はローズベリーの身を貫いている。



 ローズベリーは当たらぬソフィアの放った銃弾を無視し、ドローンからの銃撃にその対策を絞って片腕で防御行動を選択。蔓の巻き付いたガントレットで銃弾を弾き、あるいは受け止める。


 そのまま自由落下したローズベリーは背中を強打するも、片腕と首の力だけで逆立ちすると跳ねあがり、ソフィアの射撃から逃れる。


 薙ぎ払われたドローンは壁際に立つ影の女性を突き抜けて壁に突き刺さった。損傷も激しくこれ以上の行動は困難。残る拳銃付きの一機も弾切れを起こし攻撃手段を喪失。



 ソフィアの手持ちのP250のマガジン内の弾も空になり、空マガジンを直ちに排出。残るマガジンはあと二つ。左腿に取り付けられた12発入りのマガジン、その内一つは水色に塗装されたマガジンの底にハートのシールが張り付けてある。彼女は迷わずハートシール付きのそれを手に取り、P250へと差し込んだ!


 ローズベリーは態勢を回復し攻撃姿勢に。ソフィアはザウエルピストルを構え引き金を引く! 先ほどまでとは違う水色の銃弾がその銃口から発射され、ローズベリーの横をかすめてゆく。


「無駄な抵抗!」

 ローズベリーが左腕から蔓を伸ばすとソフィアの右足にからみつく。ローズベリーはそのまま腕を引き蔓を縮めると、ソフィアが転倒する。


 ローズベリーは更に蔓を縮め、ソフィアを手元まで引きずり寄せようとする。



 ソフィアはじたばたと抵抗するも、これをふりほどく事ができない。そして、絶望的なパワーの差の前に、引き寄せからも脱する事が出来ない。



 スゥゥゥゥ……。

 ローズベリーが息を吸い、右拳に力を込める。拳につるが巻き付き、植物のボクシング・バンテージを形成する。その手の甲には、白い野茨ノイバラの花が一輪、二輪、三輪と咲く。



 予想以上の抵抗を見せるソフィアに対し、ローズベリーは馬力勝負で押し切る構えか。このまま圧倒的パワー差で零距離まで引き寄せ、恐らくは必殺不可避の一撃によって確実にソフィアを戦闘不能に追い込むつもりだろう。



 だがソフィアは諦めなかった。


「無駄なんかじゃない。私のしてきた事全部!」

 ソフィアは引き寄せられながらも撃つ。ローズベリーのエーテルフィールドは相当に減衰しておりダメージと衝撃を相殺しきれない。水色の弾丸が次々刺さり、ローズベリーの身体を強打する。


 それでもローズベリーは足から伸ばした蔓を地に張って姿勢を固定し、ダメージに耐え、嵐に耐える大樹の如く立ち続ける。



 しかし、もはやローズベリーのエーテルフィールドが耐久限界を超えて破壊されるのは間近か。だがこのままではそれよりもローズベリーがソフィアを完全に手繰り寄せ、打ち下ろしの一撃によって彼女をノックアウトする方が先になる。




 それでもソフィアは諦めなかった。


「私の歩いてきた道、全部!」

 ソフィアは懐から最後の武器を取り出した。ソフィアの蒼いノーザンヘイトのヘルメットの、残されたカメラアイの光が……消えた。



 ローズベリーが懐から出したのは小型の黒い、円筒状の物体だった。

 ――キンッ


 彼女がその武器を懐から取り出すと、ジャケットに固定されたピンの外れる音がした。




 ソフィアとローズベリーの距離、ゼロ! ローズベリーはソフィアを完全ノックアウトすべく、その拳を打ちおろした!



 最後のドローンの一機が弾の尽きた拳銃を放棄し、ローズベリーの拳に組み付いた。

「私の積み重ねてきたものは、無駄なんかじゃない!」






 ――閃光、そして轟音が地下訓練室を支配した。



 



 閃光の中、ソフィアが残された力を振り絞り、身体を全力で横へと捻った。身体を捻った彼女の背中の後ろをローズベリーの拳がかすめてゆく。




「何!?」

 突如の轟音と閃光によって五感を封じられたローズベリー=ハイアーセルフが混乱の声をあげた。




 ――閃光手榴弾(フラッシュ・バン)。ソフィアの用意した切り札。それは攻撃力を有さぬ非殺傷武器でありながら、凄まじい閃光と爆音によって相手の五感や平衡感覚を奪い去る。


 相手が超越者オーバーマンである場合、常人モータル相手に使うときほどの高い効果は見込めないものの、それでも適切かつ効果的な使用を行えば、相手が例え人外の存在であっても100万カンデラ以上の閃光と、170デシベルの轟音は足止めとして合格点の効果を持つ。



 そしてノーザンヘイトのレプリカでこそあっても、ソフィアのヘルメットは決して単なる伊達ではない。そのヘルメットが対閃光、対音波攻撃を用いる超能力者サイキッカーからの防御を想定した作りであるならば当然、その力を人工的に生み出そうとして開発された閃光手榴弾の衝撃に耐える事も可能!



 蒼いノーザンヘイトの右カメラアイが復旧、ゴールデンアイカラーに輝き燃える!


 ソフィアは左腕でローズベリーの右腕に絡みつき、右手で至近距離からザウエルピストルの引き金を引く!


 至近距離から放たれた水色の銃弾がローズベリーの腹部に一発、二発と突き刺さる……そして、白いエーテルフィールドが音を立てて割れた!




 ソフィアが拳銃を放り投げ、下になった態勢のままローズベリーに殴りかかろうとした。



 だがその拳が届くよりも先に、霞む視界の中ローズベリーが左腕の蔓を外し、左拳によってソフィアの胸部に拳を打ち降ろす方が早かった。





「がはっ……!!」

 多大な力によってその衝撃は胸部のプレートキャリアを貫通し、ソフィアの肺は圧迫される。限界を超えて戦い続けていた彼女の肉体への酸素供給が止められた時、伸ばそうとした拳から力が失われてゆくのを彼女は感じた。









 そのままだらりと右腕を地面に降ろしソフィアも、ローズベリーも、動かなくなった。






EPISODE「ZUTTO FRIEND FOREVER」へ続く。

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