ソフィア・テイクス・アクション! ACT:3


EPISODE 061 「Sophia Takes Action ! ACT:3」




「……だから簡単には負けない」


 地下室の天井に広がる異形の星空にはオレンジ色の、四つの星が輝いていた。




「涼子ちゃん、私がまだ能力を使ってない事に気が付いてた?」


 ソフィアが今一度確認する。彼女は戦闘開始時点で、自身のサイキックの安全装置を解除してこそいたものの、その力を戦闘にはまだ一度も行使していなかった。


 超越者オーバーマンとしての力も持たない彼女は実際の所、生身の人間としての戦闘能力のみによってローズベリーに挑んでいたのである。




 そしてソフィアはどこか自嘲気味に言った。


「安心して、私の能力はそもそも戦闘用に設計されてない。だから凄く弱い」



 異形の空に輝く四つの光の内、一つがソフィアのもとへと降りて来る。白く、卵型で、ソフトボールほどの大きさのドローン。その中央からはソフィアのヘルメットアイと同じ、ゴールデンアイカラーのオレンジ光を放っている。



 その内の一つがソフィアの首筋に張り付くと、触手が後ろに向かって伸び、ゴールデンアイカラーのマフラーを形成する。

「でも精一杯戦う。ドローン四機、今の私が出せるギリギリのフルパワー……。セルフ・ゴールデンアイモード、起動ウェイクアップ



 ローズベリーが右腕からつるを伸ばし、それを鞭のように外側へと薙ぐ。

 ソフィアはスライディングで回避する。


 ローズベリーは薙いだ鞭をそのまま逆方向に叩きつけ、ソフィアを攻撃しようとする。だが、蔓の動きが止まった。


「!」

 三機の卵型のドローンが触手によって絡みつき、必死でローズベリーの力に抗っていた。



 その隙を狙ってソフィアが立ち上がると銃撃。一発、二発、三発、ローズベリーは蔓をまとった右拳で銃弾を弾き、あるいは受け止める。ソフィアは更に連続射撃。

 四発、五発、近距離で銃弾を捌くローズベリーの髪の色が徐々に白銀の色へと変じてゆく。


 蔓を食い止めていたソフィアの三機のドローンの内の二機は、その白い卵型の形状の内側に拳銃を取り込んでいた。蔓への拘束を解き離れると、二門の火砲が火を噴いた。


 ドローンの放った銃弾がローズベリーの右肩に次々命中する。ファイアストームのエーテル複製弾丸ほどの威力も貫通力もないとはいえ、一発一発は徐々にローズベリーのエーテルフィールドをこそぎ落とし、その出力を減衰させてゆく。


「――邪魔ッ!」

 ローズベリーは拘束の弱まった蔓を、それにしがみつき続ける残り一機のドローンごと強引に薙いだ。ソフィアの胴体を捉え、彼女を吹き飛ばす。



 吹き飛ばされたマチェット装備の一機が壁に立つ白い女性の影を突き抜けて壁に激突した後、姿勢制御によって持ち直す。




 地面を転がったソフィアはゲホゲホと苦しそうに咳き込む。超能力者サイキッカーでこそあっても超越者オーバーマンではない彼女の耐久力は所詮人並みであり、不可視のバリアが彼女の身をダメージから守ってくれる事もない。


 守ってくれるのは、彼女の大切な人が教えてくれた柔術の受け身技と、彼とお揃いになりたくて、わざわざ似せて作った防具の純粋な防御性能のみ……。



 ローズベリーが右肩を軽く抑える。血はまだ出ていないが、鈍い痛みを感じていた。そして彼女の肉体の主導権を持つローズベリー=ハイアーセルフが顔を歪ませた。



生命いのちの樹の実の味も知らない定命モータルに後れを取るなんて……」


 それは苦痛によってではなく、超越者オーバーマンですらない遥か格下の相手に後れを取っている自身の不甲斐なさに対しての悔しさと、苛立たしさから来るものだった。




「ごほっ、ごほっ、イグザクトリー……。努力したけど……私は超越者オーバーマンになれなかったの。”私達”ミラシリーズの超能力者サイキッカーは、記憶操作と洗脳の段階から戦闘能力を持てないようにデザインされてたから……」


 ソフィアは地を這いながらも必死になって立ち上がろうとする。ローズベリー=ハイアーセルフにはもはや、そこまでしてソフィアを突き動かすものが何なのか、測り兼ね始めている。




「……あなたは、歪められた個性の人たち……? かわいそう」

 ローズベリー=ハイアーセルフが、目の前の人物の言動から、彼女の出自にそれとなく気づいた。




「憐れまなくていいわ……。沢山努力したもの、どれだけ辛い運命でも、中指一つで覆せるように……。きっかけをくれた人は二人いたけれど、そこからは私の意志で……。沢山勉強して、超越者オーバーマンになるために努力もして、ドローンを強くする方法だって考えた……」


 ソフィアはまだ立ち上がれない。しかし彼女の首後ろの一機を除く三機のドローンが彼女をかばうように展開し、追撃をけん制する。





「……私の事はいいわ。問題はあなたたちよ。私のお父さんは、私を守って死んだ。それは立派な最期だったって聞いてるけど……レイや涼子ちゃんには、そうなって欲しくない」



 そしてソフィアは立ち上がり、ローズベリーの肉体の主導権を持つ人格に向けて言った。



「【高次元自己存在ハイアーセルフ】……その使命は、その主人格を導き、助け、知恵と成長をもたらすこと。超能力サイキックの使い方を教えるのも、そのデフォルトコードネームを持っていて伝えるのも、あなたの役目……」


 ソフィアは言う。

「すべての超能力者サイキッカーの使命はハイアーセルフとの対話と相互理解、そして一体化にこそあるとさえ言われる……」


「その通り」

 ローズベリー=ハイアーセルフはソフィアの言葉を肯定した。



 今のローズベリーを突き動かす存在は、多重人格によって生じたものでもなければ、彼女に憑りついた地縛霊ゴーストでもない。


 【高次元自己存在(ハイアーセルフ)】とも呼ばれるそれは、超能力者はおろか、何ら能力を持たない一般人の中にさえも、誰の心の中にさえも存在する「鏡に写したもう一つの自分の姿」である。


 そして彼らは魂の世界、あるいは夢の世界との繋がりの深い住民であるため、神秘の知恵と知識を持つ。一般知識で言う所の「守護霊」「守護天使ガーディアンエンジェル」に近い存在である。





「だけど能力が暴走したり、あまつさえ高次元自己存在ハイアーセルフが直接表の人格として出て来るなんて……そこまでの力を秘めてる超能力者サイキッカーは本当に一握りの中の一握り。間違いなく涼子ちゃんは天才よ。それも後天的に才能を勝ち取った」



「そう、涼子ちゃんは凄いのよ!」

 突如、ローズベリーが笑みを浮かべ、嬉しそうに誇る。



「……あなたのその性格、きっと友達に似せたのね」

  ヘルメットの奥で、ソフィアはその目を細めた。



「……」

「わかるよ」

 ソフィアは麗菜の事を、涼子から見せて貰った写真と彼女からの話、レイとの調査で見たデータ、そして……事件記録にあった凄惨な最期の姿しか知らない。


 それでも、ローズベリー=ハイアーセルフが見せる主人格への過保護とさえ思える言動は、亡き友人のもたらした大きな影響と、そしてその喪失がもたらした孤独と恐怖、そして心の飢えをソフィアに感じさせた。



「そうしないと、涼子ちゃんが可哀想。あの子の心がバラバラになってしまう」

 笑顔から一転、ローズベリー=ハイアーセルフはその表情に濃ゆいいの色を浮かばせて言った。


「優しいハイアーセルフなのね……」

 彼女の姿を見て、ソフィアはヘルメットの奥でようやく小さく微笑んだ。そして、すぐにその笑みを自身の覚悟によって掻き消した。




「でもダメなの、このままじゃ。今ならわかるでしょ、涼子ちゃんを殺そうとしてる連中は、私なんかよりずっとずっと強くて……怖い。私のお父さんを殺した人達みたいな連中が山ほどいる」



 ソフィアはまだ残弾の残ったザウエルP250ピストルのマガジンを排出すると、新しいマガジンと交換し、片手で構える。




「私はハンムラビでは最弱のサイキッカー。あなたがこれから立ち向かう、どんな敵よりも私は弱い。……その私を倒せないようなら、この先に進むなんて自殺行為、だからこうして止めるの。例えあなたを怪我させることになったとしても……」


 ソフィアは少し溜めてから、言葉を続けた。


「……殺されたり、強姦レイプされたり、どこか遠い国に売られたり……あるいは……過去の記憶の全てを消されて、違う人間に作り替えられたり……そんなことよりずっとマシだもの」



 しかし、ローズベリー=ハイアーセルフは瞳を紅に輝かせ、強い決意と意志を胸に抱き、一歩前へと踏み出る。

「私は前に進む。心の底で涼子ちゃんはそれを望んでいる」



 ソフィアもまた、ゴールデンアイカラーのカメラアイを輝かせ、拳銃の引き金に指を添える。

「判ってる。だから言ったでしょ」





 壁際に立つ蒼い瞳の女性の影たち。彼女らの手に持つハートの文字が「FIGHT」と「PROTECT」に次々と変わってゆく。その中で文字が切り替わらず、「RAY」と「FRIEND」と「PEACE」を持ち続ける三人の影の女性は安そうな様子をみせている。



「……それでも前に進みたいなら、生き残れるだけの意志と強さがある事を、見せてみて」

 ソフィアは注げると、左手で震える右手を抑え、両手によって拳銃を構え直した。





 異形の星空と月が地下訓練場の上空に輝く中、蒼い瞳を持つ女性の影たちが並んで二人のやり取りを見守っていた……。




「判りました。実力を示せばあなたは納得してくれるんですね」

「そうよ」



 ローズベリーが跳んだ! ソフィアがそれを狙って射撃! ローズベリーは空中で左拳を突き出し、つるのロープを壁に向かって飛ばす。壁に根を張った蔓に自身の身を引っ張らせ銃弾を回避。


 そしてソフィアの真上を通りかかる瞬間、右手から伸ばした蔓がソフィアの身体に絡みつく。そのままの勢いでソフィアを壁に激突させようとする!


 そこへマチェットを装備したソフィアのドローンが横切り、間一髪で蔓を切断。ソフィアは後方に転がされながら受け身を取る。



「あなたがフルパワーなら、私もフルパワーで応える」

 壁に張り付いた白銀の髪の乙女が闇の中、その紅の瞳を輝かせる。ローズベリーは壁を蹴り、その反動で飛び蹴りをソフィアの背中めがけて見舞おうとする!


「どうか死なないでね」

 あれこそは戦時中の戦闘機乗りが編み出し、今なお日本のヒーローたちに代々伝わる怪人殺しの奥義! 急降下爆撃蹴り、またの名を……ライダーキック!


 だがソフィアは叫ぶ!

「その技は知ってる! 何度も対策させられたもの!」

 ローズベリーの眼前にオレンジの光が二つ割り込む! 二機のドローンの触手同士が絡みつき、ネットとなってローズベリーの蹴りの勢いを削ぎにかかった!



 ドローンの銃口が向けられた。ローズベリーは肩の後ろから蔓を地上に向かって伸ばすと、それを縮めようとする力を利用して大きく体を仰け反らせ、銃弾を回避する! 蹴りの勢いが完全に止まる。ソフィア、急降下爆撃蹴りの対処に成功!



 地上へと逃れたローズベリーへ、上空の二つの火砲、そして地上から一つの火砲が向けられる。



 一斉射撃! ローズベリーは蔓のムチで銃弾を撃ち落とす! そして空いた片腕から蔓を伸ばしソフィアを捉えようとする。そこへマチェット装備のドローンが急降下、蔓を斬りはらう!




 上空からの銃弾を潜り抜けローズベリーは前進。切られた蔓を再生しながら、先ほどまで防御に用いていた腕を攻撃用に切り替える。左腕から伸ばした蔓がマチェット装備のドローンに絡みつく。


「貰った」「しまった!」


 ローズベリーは捕らえたドローンを思い切り壁へと叩きつける。蔓とドローンの触れた蒼い瞳の影が揺らぎ、霧となってはまた元の形に戻ろうとする。


 ローズベリーは走ると壁を蹴り上げて三角飛びし異形の星空を舞う。大きなオレンジの月が白銀色に変じたローズベリーの髪を照らす。


 ソフィアは何度も銃撃しローズベリーの行動を阻止しようとするが、その素早い動きを捉える事ができない。




 そしてローズベリーはドローンを捉えた蔓を振りかぶり、遠心力と全身のバネを用いてそれを思い切りに地面へと叩きつけた!



 激しく叩きつけられ、機能を停止した卵型のドローンが、マチェットだけを残して光の塵となった……。





EPISODE「Sophia Takes Action ! ACT:4」に続く。



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